33 説得
もうすぐ5月に成ろうとしているが、まだまだ夜風は冷たく、寒いぐらいだ。
ジャージに着替えるのも面倒なので、巫女服のまま夜の学園へ出掛ける
まあ、22時を回ったしクラスメートに逢うことも無いだろう
何時ものように、防犯センサーごと跳び越える。
侵入に慣れて来ている自分に罪悪感が…
別に、何か盗もうって訳じゃ無いんだけどね。
さて、確実に逢うんだったら、北校舎だろうけど
流石に、校舎内には入れないよな
よく漫画とかなら、ピッキングとかで鍵開けて入るんだろうけど
僕にそんなスキル無いし
昨日みたいに『居るのは解ってる』とか言ってみたが、そう都合よく出てくる筈もなく。
仕方ない、校舎の周りを回って捜して見ますか
北校舎の北側の外壁に沿って歩いて行くと、暗闇に2つの目玉が…
唸りながら出て来たのは、大きな虎?の化け物
魑絋の事ばかり考えてたけど、他の物の怪も居たんだった
ヤバイ、『龍の血肉は、物の怪の妖力底上げに欠かせない』と言っていた龍神の言葉が脳裏に浮かぶ。
失念していたが、僕はただの女の子じゃなく、半龍なんだ
どうせ、もう元に戻るからと完全に忘れていた。
こう言う時は、なんだっけ…
目線外しちゃいけないんだよな
テレビでやってた、熊に遭遇した時の対処方法だった気がするが
たぶん、熊も虎も似たようなもんだろう…
目線を合わせたまま後退りする
が
後ろにも気配が!
嘘!?挟み撃ち!?
自分の早い逃げ足も、退路を断たれたらどうにもならない
もしかして詰んだ?
そう観念しようとしていたら…
「後ろに跳んで!」
声を掛けられ、言われた通り後方へ跳躍する
此方の大きい動作に釣られ、飛び掛かってくる物の怪に
後ろから迫って来ていた人物が、なにやら護符のような物を投げ付ける
刹那
物の怪の身体に電撃が走り、悲鳴と共に消滅した
辺り一面に肉の焦げた臭いが広がる
暫く焼肉料理は遠慮したくなった。
「まったく、わざわざ食べられに来るなんて、そんなにマゾだったの?」
そう言って現れたのは、小鳥遊先輩だった。
「いえ、食べるのは良いですけど、食われるのはちょっと…」
「じゃあさ、私を食べてみない?千尋ちゃんなら大歓迎だけど」
「遠慮します、途中で攻守逆転して食われそうだし」
「えー、龍の巫女の処女貰えたら、祟り神なんて簡単に消せるのに」
「先輩?今祟り神って…」
「そうよ、千尋ちゃん処の神社から正式に討伐依頼があったのよ」
…
婆ちゃんが依頼したってヤツか
「今日は私が様子見で来てるだけで、明日からは一門総出で討伐に来るわ」
「ちょ、ちょっと待ってください、魑絋は僕が説得しますから、討伐は延期して貰えませんか?」
「魑絋?…何か訳有のようね」
そこで、討伐依頼の出ている祟り神が妹であることを説明した。
「成る程ね…妹さんを討伐させたくない気持ちは解るけど、討伐依頼は反古出来ないわ」
「な!?…どうして?」
「依頼は千尋ちゃんでなく、祖母の和枝さんから出ているからよ、依頼人以外からの取消しや延期は受け付けないわ」
「先輩!、1日だけで良いんだ、それで無理なら諦めるから」
「いい?千尋ちゃんよく聞いて。今日の昼間にね、先生に話して校舎に入ったの、私が北校舎で見たものは、食い散らかされた物の怪の死骸よ」
「死骸?なら魑絋が倒してくれてるんじゃ…」
「私はね、『食い散らかされた』って言ったのよ、そう…食べて取り込んでるの」
「取り込んでいる?何でそんな…」
「物の怪の妖気を集めてるんでしょうね、そうやって力を付けて、神社の結界を破る気よ」
「じゃあ狙いは…」
「ええ、龍神様でしょうね」
「ちょっと待って、もう龍神も契約を終わりにするって言ってくれたんだ、だから殺す必要何て無いのに!」
「それを話して止まるかしら…妹さんの取り込んだ物の怪の数は相当のものよ、まだ理性が残っていれば良いけど…」
それを聞いて、かなり絶望的な事を理解した
唯でさえ、祟り神に精神が蝕まれて居たのに、更に物の怪を取り込むなんて…
正気で居られるか解らない。
「兎に角、3日後が満月なのよ、そうなれば私の兄でも勝てるかどうか…」
「それじゃあ、その前に?」
「ええ、急な依頼だったんで準備に手間取ってるけど、早ければ明日の夜、遅くても明後日には討伐に出るわ」
となれば、魑絋と話せるのは今夜しかない
だが、そんな僕の考えを察したのか
「たぶん、今夜は逢えないと思うわよ、千尋ちゃんが襲われてて出てこないんだから」
まあ、理性が無くなってる可能性のが高いか…なんて呟いてる
先輩は暫くブツブツ言ってたと思ったら
「千尋ちゃん、此処でしてみない?」
「は?」
この万年発情先輩は、いきなり何を言い出すんですか
イヤらしい目付きで迫って来る先輩に、触られたくなくて後退る
が
直ぐに校舎の壁に追い詰められてしまう
今回は止めてくれる香住が居ない
いくら夜中で人目が無いからと言っても、外でするなんて…
先輩の吐息が僕の耳に掛かる
「あ…」
ゾクゾクっと何とも言えないモノが走り、足に力が入らなくなる
校舎の壁に寄りかかり、どうにか堪えが、先輩の攻めはまだ続く
先輩は、そのまま首筋に舌を這わせようとして…
「お兄ちゃんから離れなさいバカ女!」
そう声がして闇から魑絋が現れる
先輩がニヤリと笑いながら
「あら、残念」
そう言って振り替える
この人、わざと僕を襲って魑絋を誘きだしたな
でも、助かった
自分の身体が、これ程敏感になってると思わなかったから
というか、魑絋のヤツ滅茶苦茶怒ってますよ
ほら、言うことがあるんでしょ
と僕に話をさせようとしているが
もうちょっと落ち着かせてくれませんかね
「なあ、魑絋、龍神はもう契約は終わりにするって言ってくれたから、龍の巫女は僕で終わるんだ、だから龍神を殺す必要はないんだよ」
「…」
暫く沈黙した後
「…もう遅いよ、私の中の祟り神は止まりそうにないから」
そう言ったのを聞いて
「やっぱり、呑まれてるわね」
先輩が護符を投げる
魑絋は大きく飛び退きながら
「やるなら相手になるわ祓い屋!特にお兄ちゃんに手を出そうとしたお前は、念入りにバラバラしてに引き裂いてやる!」
そう言いって、殺気を放ってくる。
もう、何でそうやって暴力に訴え掛けるかな…
その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる
何で?
よく見ると、先ほど先輩が投げた護符の1枚が、防犯の赤外線センサーに触れていた
「祟り神相手に、私1人じゃ分が悪いもの」
成る程、先輩がわざとパトカーを呼んだのか
たぶん、警察官が加勢に入っても、普通の人間が祟り神に勝てるか解らない
いや、勝てないだろう
しかし、魑絋は大人しく引き下がり闇に消える
先輩曰く
満月迄は、騒がれたく無いんでしょ
とのこと
魑絋の気配が完全に消えたので、パトカーが到着する前に僕たちも退避する
「そう言えば、先輩どうやって入ったんですか?」
「え?私は昼間からずっと敷地内に居たのよ」
この間も、校門前で待ち続けるとか…何かこの人、忍耐強いな
仕方ないので、出るときは先輩を抱えたままフェンスを跳んで越える
「お姫様抱っこされちゃった」
そう言って、首に腕を回そうとしてくるので
問答無用で地面に落とす。
「つれないなぁ、さっきはあんなに感じて居たのに」
「感じてなんか居ません!」
本当は、危なかったけど
学園を見ると丁度パトカーが到着して、警察官が中の異常を点検し始めている
「今夜はこれ以上無理ね」
そう言って、地面に落とされて付いた土埃を払いながら
「此れで解ったでしょ、もう妹さんには言葉は通じないわ」
「でも…」
「明日以降は夜学園に近づいちゃ駄目よ、討伐に巻き込まれるから大人しく神社に居なさい」
そう言いながら、またねっと去っていく先輩
本当に打つ手は無いのか…
何も出来ずに、このまま妹は…
そんな無力感に苛まれながら、学園を見ていることしかできなかった。