29 魑絋
結局、婆ちゃんに聞くしか無いと言う事だが
主屋の何処を捜しても、婆ちゃんを見つける事は出来なかった。
何処へ行ったんだか……
洗い物を済ませて、風呂に入ることにする
やはり、暖かいお湯は良い
御祓だと冷たい滝に打たれるので、身は引き締まるがホッと出来ないからね
湯船に浸かりながら、目線を下げるとデカイ胸が目にはいる
しかし……もうちょっと小さくても良いんじゃないかな……邪魔で仕方ない
そう言えば、ずっとドタバタしていて、ゆっくり自分の身体と向き合った事はそんなに無かった
んー、よく漫画にあるような、自分の身体見て赤面するって言うのは、僕の場合無いんだよな
だって、股間に付いてた愛棒が無いんだ
それだけで、ムラムラ来るような性欲は無くなっている
いや、性欲はまったく無いわけではなく、身体が女性化しているので、男性を求めてるんだと思う
だけど、心が男な為、男性と付き合うのを拒否している
チグハグな状態である感じだ
まあ、僕が簡単に男であることを捨てられれば、女性として不自由なく生きて生けるんだろうけど
ほぼ16年生きてきて、ずっと男で居たんだ
今日から女の子ですって言われた処で、心は簡単に変えられない
じゃあ、心が男なんだから自分の女の子の身体で興奮するだろって処に戻るが
自分の身体だよ?
いちいち興奮してたら、万年興奮の変態になってしまう
例えるなら、自分の身内…母や姉妹に興奮するか?
特殊な性癖以外、身内に興奮しないのと一緒で、自分の身体にも全然反応はない
まあ…どんなのか興味はあるけど、わざわざ弄り回して調べたいとも思わない
その辺り、女体化した身体に男の心が女性側に引っ張られてるんだと思う
それに、身体の事は、だいたい保健体育で習うからね
でも、どうするんだろうな
このまま角が完全に生えてしまったら……アイツの子供産むのかな……
まあ、その為に女体化させられてるんだし
流れで行けばそうなるだろうが……
僕の心は……どうなんだろう
ずっと先延ばしにして、考え無いようにしていたが
ゆっくりだが、確実にその日はやってくる
その時、僕は……僕の心は龍神を受け入れられるんだろうか……
確かに、日が経つにつれ、ギクシャクしていた感じは無くなって
一緒に居て楽しい感じは出て来て居るが
なんだろ……
正哉と同じく『男友達』と言う域を出ていない
それに、龍神に対して、何故か喧嘩腰になってしまう
別に、女の子されて憎いとか、そう言うんじゃ無いんだけど
素直になれないって言うか……照れくさいって言うか……
あーもー、僕は何考えてるんだ! 男の子なのに
男の子……か……
なんか、最近香住と良い感じなのが悔やまれる
もし、女の子になって居なければ、普通に付き合って居たんじゃないのかと思ってしまう。
皮肉なものだ、男の子だった時は『幼馴染』の域を出なかったのにねぇ
しかし、最近全てが急変していて、流れについていくのがやっとだわ
まあ、その流れの中心に居るんで、逃れることは出来ないんだけどね
さて、のぼせる前に風呂から上がるとしますか
脱衣場に行くと、スマホに香住からラインが着ていた
どうやら、料理が上手行ったかと心配しているようだ
しまった!
7年前の話の事ばかりで、料理の感想聞いてないや
今から聞きに行ってくるか?
いや、既読にしちゃったし
あまりに返信遅いと、電話着そうだよな、と言ってる側から電話が鳴る
「只今留守にしております、出ることが出来ない為、一昨日掛けやがってください」
『…なにアホな事言ってるのよ、1時間以上返信来ないから料理失敗して、塞ぎ混んでるのかと思ったじゃない』
「あー、ゴメン、洗い物したり洗濯機回したりで気付かなかったわ。でも、失敗だと? 甘いな香住さん、ハンバーグはちゃんと上手くいったさ」
『それで、どうなったの?』
「風呂に入っていた、ちなみに脱衣場で真っ裸だ」
『早く服着なさいよバカ! て、そうじゃなくて龍神様の反応は?』
「熱がってた」
『はぁ? 意味わかんないんだけど』
「熱々の出来立てだったんで、効果覿面だった」
『あ、確かに温かい方のが美味しいものね』
正確には、熱々のハンバーグを頬にめり込ませてやったんだが
まあ、熱々が覿面に効いたのは、嘘じゃないし、香住も喜んでいるので良しとしよう。
『ねぇ、明日も休みだよね、どうする?料理の特訓するの?』
「んー別に用事は無いけど……婆ちゃん捜すぐらいかな」
『和枝お婆さんどうしたの? 役場に届けた?』
「いやいやいや、徘徊老人じゃ無いんだから」
大体、あのPC達者な婆ちゃんがボケるとか想像できん
今も何処かの国にクラッキングしてそうだし
「いやー7年前のこと聞いたらさ、逃げられてどこ行ったか解らないんだよ」
スマホの向こう側の声が無くなる
「おーい香住?」
『あ、うん……大丈夫』
急に歯切れが悪くなるし、何か知ってそうだな
「香住はさ、7年前の事…何か知ってないの?」
『私は別になにも…ただ、千尋が事故にあったって聞いて、お母さんに頼んで病院に連れてって貰ったの、そうしたら千尋…ずっと病室の天井見つめながら『ハンシンが消えた』ってずっと呟いてて』
……
覚えてねー
「ちょっと待って、それ何日のこと?」
『んっと、見舞いに行ったのは…13日の事故の翌日だから14日かな』
8月13日の…盆入り
黄泉の蓋が開き死者が里帰りする時
一説によると、黄泉へのゲートは一方通行だと言う人も居るが
それは『千引きの岩』という千人係りで無いと動かせない、岩があるからである
しかし、ある遣り方で開ける事も可能なのだ
『毎日千人殺すと言うイザナミと、毎日千五百人生ますと言うイザナギ』
その負と正を逆転させれば良い
黄泉側の力が強まれば、抑えて要られなくなる
少子化が叫ばれ、生まれてくる子が減っている今の日本なら、死者数が生者数を上回るのも容易いだろう
あとは、本物の人間に見立てて、代用品を死者として使うか、自然に死者数が上回る日を待って『反魂』を行えば良い
でもこれで、益々失敗した儀式が『反魂』であることが濃厚になってきたな
しかし、誰を?
問題はそこに尽きる
その時『お兄ちゃん』と、あの闇に溶けた子の言葉が思い出される
「なあ香住、変な事聞いて良いか? 僕って一人っ子だよな?」
『私の知る限り、私と同じ一人っ子だと思うけど』
ですよねー
考えすぎか……
『ただ、知り合った幼稚園からはそうだったけど、その前は知らないわよ』
!?
それって、幼稚園に上がる前に亡くなった妹が居たかもって事か
う~
面倒くさい
大体婆ちゃんに聞けば一発で解ることなのに……
逃げるし、はぐらかすし
「あーもー、ヘックチ!」
『屁口?』
「いや、くしゃみが……」
『アホー、だから早く服を着ろって言ったのに』
「仕方あるまい、電話しながらだと着替えずらいんだよ」
『じゃあ、もう切るから、ちゃんと服着て風邪引かないようにね』
そう言ってブツっと切られる
すかさずラインで、おやすみも無しか? と送ったら
良いから早く着ろ! て返信が来た
何処で見てるんだ
まあ、巫女の御勤めは終わったので、巫女服ではなくジャージに着替える
自分の部屋に戻りベッドに横になるが、一向に睡魔は襲って来ない
駄目だ色々考えてしまって
少し夜風に辺りにいこう
そう思い立ち、上に1枚羽織ると、神社を飛び出す
ぶらぶら歩いて帰るつもりが、何故か……学園まで来てしまった。
夜なので赤外線の防犯装置が効いているが、赤外線ごとジャンプしてしまえば別にどうってことはない
今度は防球ネットにも気を付けて跳ぶ
校庭の真ん中で佇み
試しに
「居るんだろ?」
と声をかけてみた
「あら、見えてるなんて凄いのね」
闇から僕そっくりな少女が出てくる
「当然、僕にはお見通しだ」
まさか、本当に居ると思わなかったんで内心バクバクである
「それで、まさか殺されに来た訳じゃ無いよね」
「お前、神社の石段前で言っただろ、お兄ちゃんは殺さないって、だから大丈夫さ」
なんか、凄い呆れた顔で
「はぁ…それは邪魔しなければって意味だからね」
と言われた
「大丈夫、今のところ邪魔する気はない、ただ真実を知りたくてさ」
「それなら祖母か、あの龍神にでも聞いたら?」
「もう聞いた、龍神には知らないって言われたよ、なあお前さ……」
「魑絋……」
「今なんて?」
「お前じゃなく、魑絋」
読み方が同じで紛らわしい
「もうちょっとこう……何とかなりませんかね」
「なりません」
「ちーちゃん」
「ダメ」
「ひろっち」
「嫌」
「じゃあ、何が良いんだよ!」
こちらを指差して
「お兄ちゃんの方を愛称にすれば良い」
「あのな、只でさえ女顔で、声高くて、背も160しか無かったのが女体化で更に縮んでるんだぞ、これで愛称で呼ばれてみろ、完全に女の子じゃないか!」
「じゃあ、私がつけてあげる『武蔵』」
「…いや、男らしい名前だと思うが、『ちひろ』のどの文字も入っていませんが」
「じゃあ『大五郎』」
「『ろ』しか入ってねーし、『ちゃーん』とか言いそうだし」
「そこはお酒じゃ無いって言うかと思った」
「甘いな、そこらのトーシロと違うのだよ」
暫く呆れた顔で見られた後
「ジジイ」
ボソッと言われる
「やかましい!うちの婆ちゃんが時代劇ばかり視るんだから仕方ないだろ!」
「知ってる」
コイツ……アホのDNAは、絶対うちのだろ
自分と話してるような錯覚に陥るし
駄目だ、このまま流されると永遠とアホな掛け合いになる
「ちょっとタンマ、名前は置いといて7年前の話をだな」
「それはダメ、私から話せることは無い」
「どうして、当事者なんだろ?」
「私が生まれたのは7年前のここだけど、その過程までは知らないから」
「そうなのか?」
「じゃあ、お兄ちゃんはどうやって産まれたか覚えてるの?」
う…
覚えていません
やっぱり婆ちゃんだけか……
「兎に角、私に言えることはそれだけ」
そう言うとまた闇に溶けて消える
そして何処からか魑絋の声がする
「今度、北校舎に来たときは、あのキス女と一緒に殺すから」
うわ、見られてたし
龍神のことも殺すって言ってたよな
物騒な奴め
さて、どうやってあの偏屈婆ちゃんに喋らせようか…
それを考えながら帰るとする。




