グリンボルドランゼピオとグランボルドランゼピオ
「なんと、魔王の件に解決の目処がついただと!」
「2ヶ月ほど時間をいただきたく存じます」
「ああ、2ヶ月で解決できるのなら御の字だ! カリキュラム上演習の始まりは3年生の7月だからその1ヶ月前までに片付いていればまったく問題ない!」
校長に猶予をもらった。なお実際には遅くとも1ヶ月後の2月半ばには最終結果を出すつもりだ。まずは——
「期末考査の前倒し受験をやるか」
期末考査は、当然学期末に行われる。しかし全ての講義と一部の演習について、初回授業に前後して試験を受けることができる。これに合格すれば以降の授業の参加不参加に関わらずその科目を履修したものと評価される。もちろん合格基準と成績評価基準は高く設けられる。俺のように副専攻を2つ以上取ろうとする場合、授業コマ数の都合上、前倒し受験をしなければ留年してしまうことになる。
そういうわけで、また自由時間の捻出も兼ねて、前倒し受験をすることにしたのだ。担当教官にアポイントメントを取り、45コマ中33コマを片付ける(ちなみに授業は1コマが1時間=3600秒で、1週間=9日の内の6営業日に合計最大36コマ入る)。
「——はー終わった終わったー」
14日後、第33の試験である南東海料理概論Ⅰの合格をもらった。しかし解放感はあまりない。何となれば——
「さすがはミコトさんですわね! 第四曜日なんてほとんど休日なのではありませんこと? 実はわたくしも第四曜日は空いているのですけれど、今度、」
「まあーそうまくし立ててくれたまうな、ユリヤくん! それと腕も解いてやりたまえ! ミコトくんも困っているぞ!!」
「腕を組んでいては彼が困る? 妙なことを仰いますのね、サアク先生だってミコトさんの腕を掴んでいらっしゃるではありませんか」
「ミコトくんはこれから私と白魔術研究会の部室へ行くからだ」
「違いますわよ?」
「なに?」
「彼は黒魔術研究会の部室に行くのです。先生も部室でなく医務室へ行ってはいかがですか? 少々疲れているようにお見受けしますわ」
「ハハハハハハ——」
「ホホホホホホ——」
俺は捕われた容疑者か未確認生物のように両腕を固められ、しかもその両脇の二人は火花を散らしているというのだ。両手に花と喜ぶ気にもならない。まあこの間会ったえらい魔術師のレオニャーロ氏にねっとりした眼差しを受けるのに比べたらだいぶマシではある。
「——それではミコトくん! 君の意見を聞こうか」
どういう話の流れかわからないがなんか意見を求められた。しかも腕に力を込められる。痛い。魔王と対面した時よりも危機的状況な気がする。
「山登りを計画しているのですが、お越しになりますか?」
意味がある本当のことがかろうじて口から出た。
「山ですか」
「おおいいじゃないか。しかし——深窓のお嬢様には厳しいかもしれないな山は——」
「あらあらあら」
「ええと——登ろうというのはこの山なのですけど」
地図を広げる。わりと難しいと知られている山だ。
「——ってデスボス山ですの!? これはちょっとわたくし残念ですが——」
さしものユリヤ嬢も冷静な判断を下すほどである。
「じゃあ代わりにユリヤ様とは今度こちらのヤオケッロ山に行きましょうか」
申し訳ないので代案を出した。
「え、ええ、そちらに行きますわ!」
「あ、ああ、楽しんでくるといい」
サアク先生もこれにまで乗ってくるほど大人気なくはなかった。
そして、ヤオケッロ山登山の日——
「ご覧なさいなミコトさん! 素晴らしい眺めでしてよ!」
「まだ中盤ですよ。あんまりはしゃいでいるとバテます」
「まったく、ミコトさんといると退屈しませんわね! 山登りとは単調な運動ではないのですね!!」
絵葉書の絵の中に入ったような光景だった。ヤオケッロ山は険しくはないが景色がいいことで知られる。
こういうのだ。こういうのを望んでいたのだ。冒険の旅に出たいと思っていた気がしたが、それは正確ではなかった。ほんとうは、綺麗なものをたくさん感じたかったのだった。だから、前世では高地のパン屋をやっていた。あそこでは毎日違った美しい空と毎日違った素晴らしい香りのパン、毎日違った尊い人々の暮らしを見ることができたから。つまり。
「まったく! ミコトさんといると退屈しませんわね!!」
ユリヤ嬢が鎖鎌を振るって空飛ぶ岩妖精を粉砕し、あるいは拘束する。
「私もっ、出会った日からユリヤ嬢のことは面白いと思っておりましたよ!」
俺も突進してくる魔猪に竹刀を振るう。——つまり、こういうのは違うのだ。こうした怪物駆除はただ疲れるだけの体の運動である。まあ魔獣の肉は調理すればおいしくいただけることもあるが、そういうものに限って命を失うと魔力が凝集して魔石などを残し肉体が消滅したりする。
ところで、岩妖精は普通空を飛ばない。この世界では前世の時代でも現代でも、世界法則として飛行規制が敷かれている。飛行規制の龍に特別に許されない限り、どのような生き物も空を飛ぶことができない。鳥などは生まれながらにして免許を得ている。人間の場合生まれて成長したあと飛行規制の龍のもとに行って講習を受けなければ空は飛べない。そのため浮遊する乗り物や空中を走る乗り物はあっても空を飛ぶ乗り物は非常に少ない。
空を飛ぶことが許されない者が空を飛ぶとどうなるかというと、龍の眷属が来て怒られる。怒られるとは具体的には撃墜されるのである。そして龍の眷属とは具体的には——
「おいらはグリンボルドランゼピオ!」
「おいらはグランボルドランゼピオ!」
「「飛竜の双子の兄弟だ!!」」
こういうやつである。二羽の飛竜は残った岩妖精を息吹や頭突きで撃墜して行った。
「ちょっと、なんですの!? 次は飛竜が二羽も!? まったくミコトさんといると退屈しませんわね!!」
これにはユリヤ嬢も興奮気味である。というかそのセリフ気に入ったんですか?
「飛竜なんて初めて見ましたわ! 岩が空を飛んでいたあたりで来るかもしれないとは思いましたけれども!!」
俺も今生では初めてだ。双子の飛竜となると前世を合わせても初めてか。
「嬉しいね、なあグラ、演舞を見せてやろうぜ」
「なんだいグリ、人間風情に珍しがられて気を良くしたのかい」
「おいグラ、風情なんて言うなよ」
「ごめんグリ、ごめん人の子たち、演舞だな、やってやろうか」
そう言って二羽は踊るように空を飛び回り、お互いの尾を追いかけるように円を描いたり、螺旋状に上昇・下降したり線対称な動きを見せたりと息ぴったりの舞いを披露してくれた。
「「じゃあねー」」
感動しどおしの俺たちをそのままにして、飛竜たちはどこかへ飛び去った。
「——すごい! 素晴らしゅうございましたわね、ミコトさん! サアク先生にも自慢できますわ!!」
ああ、まったく。俺が冒険の旅に求めていたのは、こういうものだった。
「ええ、来た甲斐があったというものです」
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「何だい何だいミコトくん! ユリヤくんとは二人きりで山に登っておいて? 私と行くときはズィロくんも連れて行く? しかもユリヤくんのは彼女を楽しませるのが目的で、今回は素材の採集が目的だって? 扱いがひどすぎるよ! 許されざるよ!?」
まあ、サアク先生には申し訳なかったかもしれない。
「——ククク、俺を倒したぐらいでいい気になるなよ。俺は山の番人四天王のうちでも最弱、数合わせで入れてもらっただけの、四天王の面汚しよ」
——自分で言うかそれ。
「——ぁ、がっ——」
痛みに耐えきれずうずくまる。今、何をされた——?