裏の林の魔王
「魔王ですか」
裏手の演習林は、演習の授業で使われる林である。それはそうか。野生動物やそれほど強くない魔獣がおり、魔木もたまに生える。そうした生物を相手に訓練を積むのだ。そこに魔王とやらが棲み着いたとのことだ。よくわからないが魔王というぐらいだから魔術ないし魔獣の王なのだろう。
「ああ。魔王は強力な魔力をもつ、人か少なくとも人型の動物で、毎月11日に何か白魔術を行使している。ここしばらく様子を見ていたが、そのごとに魔力による霊的汚染が起こり、森の魔獣が強くなってきているのだ。このままでは演習には使えなくなってしまう」
「言葉は通じる相手なんですか」
「さあ、少なくとも我々の常識では白魔術の行使は人語を使用して会話するよりも高度な営みだな。控えさせるよう使者を出しはしたが、会って話して帰ってきたという報告はない」
「しかし、定期的に超自然存在に働きかけるというのは宗教的行為なのではありませんか? だとすればやめろと強いればふつう摩擦は生まれますよ」
何気ない指摘のつもりだったが、これを聞いて校長は瞠目した。
「——なるほど、考えたこともなかった」
いや考えろよ。周りの人間も誰も気づかなかったのかな。もちろんこの仮説が正しいとは限らないが、可能性としては結構あると思う。
と少し呆れていると、扉がノックされた。
「入りたまえ」
「失礼します」
ズィロ少年だった。なぜここに——とは思わない。強い魔力をもつ者を「どうにかする」ために強い俺を呼んだのなら俺に勝った彼も呼ぶのが当然だ。
「斯く斯く然々というわけだ」
校長が手短に説明した。
「なるほど魔王ですか。確かに裏手からなんとなく不穏な気配は感じていましたが、強いんでしょうかね、楽しみですねえ」
戦う気満々かよ。こいつ転生者のはずだけどどんな殺伐世界から転生したんだ。
「戦闘狂か? 話し合いで穏当に解決できればそれがいいだろう」
「なるほど。ミコトはさすがだね。僕が見込んだ通りだよ」
なんか見込まれていた。こいつもこいつで気持ち悪いな。
「あと教室では言い忘れたけど——ロングスカートのメイド服も素敵だね?」
こういうところである。もっと爽やかな奴だと思っていたんだがなあ。
「さて、では早速林の様子を見て来ましょうか」
無視して提案をした。
「今からか」
「僕も同行しよう」
「様子を見るだけですよ。魔王と戦ったりするつもりはありません」
言葉が通じるかどうかと、ミイェリによる戦闘力評価を確かめたいだけだ。が、実際行ってみると——
「我が名はラースラー。【通せんぼ】のラースラー」
甲冑姿の人らしきものが声を出す。だが、それが甲冑を着た騎士などではないことが俺にはわかっている。
『ラースラー 種族:メタルスライム 年齢不詳 身長不定 体重100ゴメ
やばいな、こいつは——
4000/2500/1000/63587600/4000』
——戦って勝てそうにないぞ。
スライムは森林部などにいる生物である。魔獣とする見解もあれば、菌類の仲間だとか魔菌とでも呼ぶべき生物であるとかも言われており、定説はないらしい。前世の時代には菌類の概念がなく、スライムは魔獣とされた。動物でいう胃液が体外に出ておりそれで微生物や植物、小動物を殺傷して栄養とするという特殊な生態をしている。核を潰す、燃やす、錬金術的な薬品を使うなどすれば退治できる、魔獣としては弱い部類だ。
メタルスライムはスライムと比べてごく最近になって見られるようになった生物だ。幾らかの神学者は、重金属を河や大地に流すという人類の罪悪、それに対する罰なのだと考えている。それはともかくメタルスライムが、廃液などの金属をスライムが取り込んで生まれたというのは、ほぼ定説となっているようだ。
メタルスライムの生態はスライムとあまり変わらないが、スライムよりもだいぶ強い。核が外から見えず、物理的な炎も効きづらいのだ。魔術的な炎など魔術は通るが、それも魔術守備力が常識的な範囲ならの話だ。また普通、スライムもメタルスライムも人語を解さないとされるが、目の前の相手は普通ではないメタルスライムのようである。
「何か用かね」
「あなたが魔王という方ですか」
「知らんな。先ほど名乗った【通せんぼ】のラースラーという他に第三の名を持ったことはない」
「定期的に白魔術——超自然存在への働きかけをなさっていると聞いたのですが」
「心当たりがないな」
「何かに祈りを捧げたりとか」
「——答える必要はない」
「ここに何か特別なものがあったするのですか」
「ここには何もない。ただの墓場だ」
「墓場?」
「——私に力を振るう愚か者のな。お前もここに眠るかね」
悪い印象を与えてしまった。まあ尋問のように質問を重ねるマネをすればそれはそうか。
「遠慮しておきます。それからこれは迷惑料として受け取っておいてください」
「もので機嫌を取る腹づもりか——ん?」
ラースラーは俺が持ってきた手土産の包装の中身を見て(実際に外界から光の情報を得ているかどうかは知らない。だが包装の外からは中身がわからなかったようなので多分そう思っておいて大きく外れてはいないだろう)固まった。何か思うものがあったようだ。これは好感触だろうか。
「それでは今日はこれで失礼します」
硬直したままのラースラーを置いて俺は来た道を戻っていくのだった。
***************
次回のメイド!!!!!
「おいらはグリンボルドランゼピオ!」
「おいらはグランボルドランゼピオ!」
「「飛竜の双子の兄弟だ!!」」
「ちょっと、なんですの!? 次は飛竜が二羽も!? まったくミコトさんといると退屈しませんわね!!」