決闘と試験
「決闘ですか。ルールを聞かせてもらいましょう。まさかどちらかが動かなくなるまで殴り合うとかではありませんよね」
「相手の拳を鈍らせる見た目や振る舞いも実力のうちですし、わたくしはそれでも構いませんが。まあ今回はこうしましょう。あなたがわたくしに素手で物理攻撃を一発当てればあなたの勝利。わたくしがあなたに素手で物理攻撃を五十発当てればわたくしの勝利。相手に対する魔術の使用はなし」
すごいハンデをつけられた。
「対等な条件にしてもらってもいいのですが」
「わたくし一回殴るだけでは収まる気がしませんの」
まあそういうことだろうとは思った。めちゃくちゃ怒っている上に勝利を疑っていない。
「勝った方はどうするとか負けた方はどうなるとかは」
「要りませんわそんなもの。反省の心がない謝罪を受け取っても何にもなりませんし、逆に心を入れ替えるのならば謝罪は要りません。そしてわたくしはこの決闘で伸されたあなたは自己を反省するようになると思っています」
わかるようなわからないような理屈だ。これが彼女の価値観なんだろうか。
「学園の闘技場へおいでなさい。動きやすい服装に着替え、互いにそこにある武器を一つ取って使うことにしましょう」
そして——
「いかがなさいまして!? 逃げ回るだけですの!?」
俺は闘技場を駆け回り、お嬢は鎖鎌を振り回す。俺が選んだ武器はというと木の棒である。現在攻め切れていない理由の一つは鎖鎌の攻撃範囲と、もう一つ。ユリヤお嬢様の体が炎に包まれている。焼身自殺ではもちろんない。自らに火属性を付与しているのだ。生身で迂闊に近づけば火傷を免れない。自信満々だったのはこういう背景があってのことか。この時代でも自身への属性付与は切り札となりうる高度な魔術のようである。——まあ、そろそろ逃げ回るのはやめにしてもいいだろう。足を止める。
「巡れ」
木の棒に魔力を『通す』。そして、横薙ぎに迫る分銅に対して——何もしない。ただ、その軌道に棒を置く。
「なっ!?」
分銅が砕けた。自然哲学的には、木の棒と鉄の分銅がぶつかり合って分銅が砕けるのはありえない。しかし魔力を通せば別である。
生物や生物だったものは魔力が通りやすい。それゆえ、木や竹、あるいは骨でできた武器は魔術戦士などの間で広く用いられた。前世で【竹取り】と呼ばれたある武闘家はそのような武器の扱いに非常に長けており、人々に尊敬され憧れられていた。
ユリア嬢が鎖を巻き取るうちに、距離を詰める。
「しかし! 近づいたところで! わたくしの体に触れることができますか!?」
「——エンチャント:ファイア」
俺は自身に火属性を付与する。火属性の付与は当然、周りに炎を発生させるとともに炎によるダメージも無効化する。これでお嬢様の炎を無視できる。
「そんな——」
ユリヤ嬢の頭に、そっと手刀を落とした。
「——はあ、わたくしの負けですか」
決闘以後のことなど何も考えずに勝ちを取ってしまったのだが、意外にもお嬢は俺に対し怒りや憎しみを向けてこなかった。貴族にふさわしい洗練された態度と言われればそうかもしれないが、もう負の感情を抱いていないかのように見えて違和感があった。
「わたくしは炎使いですから。炎の魔術を見て、さらにそれを受けたなら、その使い手の心のあり方はわかります。あなたはわたくしが思ったようなならず者ではなさそうですわ」
なんか何とかなったようだった。そして。
「ミコトさん! 学院で困ったことがあったらわたくしを頼っていただいてよろしくてよ! できる範囲でご助力いたしますわ!」
(たぶん)心強い味方が、ついたのだった。
「はい、まずは試験に合格しなければですね」
「あれほどの戦いができるミコトさんなら大丈夫ですわ。あの分銅を砕いたのも、なにをされたのか分からなかったくらいですもの」
実際、試験は楽勝だった。
筆記試験は過去問を見るに最低限の選別をするためのものと判断していたが、今年も本当にすぐに解ける問題ばかりだった。一部、少し頭を使う問題があったが概ね解けたと思う。
礼儀作法の実技も、家で叩き込まれた通り振る舞えたはずだ。ただ、覚えていない挨拶を要求されたのには焦って前世での大陸共通語を口走ってしまった。試験監督には、
「古語の決まり文句ではマイナーな部類なのに、それを流暢に——」
とむしろ好印象を与えたようだった。古語というか前世ではニアネイティヴだったので流暢なのも当たり前だ。少しズルをしている気分になった。
加えて、魔術と武術の実技試験も受けることになっている。合否には関わってこないが、副専攻とする課程に対応するものは受験しておかなければならないのだ。
魔術の試験は探知や射撃、無生物への属性付与などからなる基本的なものだった。基本というと魔力の操作が試験の項目にないのが気になったが、全員できるという前提なのかもしれない。
また他の受験生は、初歩的な魔術であるにも関わらず呪文の詠唱を行なっていた。大魔術を展開するのでもないのに詠唱をするのか。試験だから何の魔術を使うのか明示するという配慮なのかもしれないと思ったが。
「無詠唱で、しかもこの出力だと——」
記録係は俺の魔術を測りながらそんなことを呟いていた。詠唱と出力は関係ないと思うが、最近の魔術理論ではそうではないのだろうか。すると俺にはまだ伸び代があるということになる。楽しみだ。
武術の試験は、必要なら武器を手にとって型を披露したあと、同じ流派の試験官と戦うというものだった。
俺は、竹刀を手に取り、前世でかじった風に振る。二年前の時点で魔力を込めればヒシュマーシュ家の剣術指南役と打ち合えていた程度には、剣はできる。一通り振って見せると、なにやら試験官たちがざわついていた。
「何だあれは」「ベルンシュタイン流に似ているようだが」「見たことがないぞ」「竹林流の古い形があのようなものではなかったか」「竹林流ではないだろう」「何だ」
そうしていると集団の中で、ミイェリにより可視化された数値的に、飛び抜けて強そうな壮年の男性が口を開いた。物理系の数値では俺より強い。
「竹林流で合っている。最右派だな。【竹取り】がもし実在したならば使っていただろうという再建形を実演したかのようだ」
【竹取り】さん、実在を疑われているらしい。実在したんだけどな。会ったことあるし。
「じゃああの少年何なんですか」
「わからん。だが竹林流右派なら私が相手しよう」
するとまたざわめき出した。「ユプト様が」「御自ら」などと聞こえるが何者なんだこの人。校長とかか。そして男が腰を上げると、
「ミコト・ヨリナ・ヒシュマーシュという者はいるか!? 本学始まって以来の鬼才だぞ!! 私も実技を見たい!!」
後ろ髪を馬の尾のように垂らした女性が駆け込んできた。
「これはサアク先生。ペーパーテストの採点は終わったのですか」
「採点業務よりも大事なことというものがあるのだ!」
一受験生の実技試験観戦が採点業務より大事ということはないだろう。しかしあの筆記試験は高いレベルでの差異を測るようなものだったのか? 足切りの基準ぐらいでしかないと思っていたが。
「まあサアク先生がそうおっしゃるならそうなのでしょうな。しかしタイミングがいい。ちょうどその彼とユプト様の試合が始まるところです」
「なんと、ユプト様が!」
ほんと何者なんだこの相手。まあ、誰であっても全力を出すだけなので問題ない。それでも勝てないだろうけど——
「——見事だ! お前ほどの強者は初めてだぞ!! 将来が楽しみだなあ!!」
勝てた。技の冴えでも力量でも勝てる要素はないはずだったのだが、ユプト様は属性を付与する以外に得物に魔力を込めてこなかったのだ。武器性能でゴリ押しみたいになったが、勝ちは勝ちでいいだろう。
しかし、いい加減感づいてきたのだが——この時代、魔術のレベル低いな?
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「悪いが私では勝てそうにない。お前さんの合格と特待生待遇は保証してやるから代わりに戦っておいてくれ」
俺はユプト様の代わりに受験生と戦うことになった。どういう状況だよ。
「僕はズィロ・ボロフ! 前世の名をタカハシ・コジマというヘパイストス型転生者だッ!! 固有魔術【武器錬成】で生成された魔剣を受けてみろ!!」
転生者ってそういうノリで明かしていいものなわけ? ヘパなんとか型って何? そして——
「いや負けたなこれ」
前世を合わせても久方ぶりの、それは敗北の味だった。