覚醒
アザード自由国に貴族制はない。ヒシュマーシュ家はアザード自由国に起源をもつ事業家の一族であり、自由国西北州のいくつかの営業組合の幹部を輩出している。私立の総合大学や伝統芸能の劇場の運営も手がけており、そのため学者、政治家、芸能人の家系や国外の貴族などと一族ぐるみで付き合いがある。ミコトはそのようなヒシュマーシュ家のある分家の四男で、家からはできるだけ余計な仕事などはせず遊んで暮らすことを求められているらしい——
「貴族じゃねえか!!」
俺ことダトゥヤール、今生での名はミコトというらしい、は目覚め、流れ込んでくる現世のこれまでの記憶を確認する中で、思わず叫んでしまった。自室の装飾も豪華でありながら下品になることがない、見事なものである。貴族の部屋としか言いようがなかった。それはともかく。
「まあ、大当たりを引いたということになるのかな」
家柄は文句なし。かといって家のことで手を煩わされたりはない。理想的と言えた。
「——あとは、そうだな、【ミイェリ】」
前世で持っていた固有魔術「霊的状態の数値化」を使ってみる。ちゃんと使えた。これは人やものの霊的状態を数値化する魔術である。説明になってないか。例えば人に使った今の場合——
『ダトゥヤール=ミコト・ヒシュマーシュ 満8歳 身長1.25ヤーリ 体重2.4ゴメ 1500/1000/1500/1000/3000』
こんな具合である。斜線で区切られた数は物理攻撃力、物理守備力、魔術攻撃力、魔術守備力、俊敏性を表す。目安として前世では平均的な成人男性はだいたいどれも1000弱だった。
「いや子供にしては高いな!? この時代だとみんなこんなもんなのかな」
ちょっと他の人を見てみよう。そう思って扉を開けると、
「うわっ!? ——ミコト、びっくりさせないでくれ」
兄の一人がいた。
『ラク・ヒシュマーシュ 満9歳 身長1.28ヤーリ 体重2.4ゴメ 500/300/300/200/400』
「ミコト、そろそろお披露目の予行だろう。広間へ行くぞ」
そう、ヒシュマーシュ家の習わしで子供は8歳になって最初の春分の次の満月の次の第一曜日にお披露目を行う。自己紹介に加えて簡単な楽器の演奏か詩の朗唱または舞踏を演じ、また職能判定の鏡で適性をみるのだ。一族全体の前でやるひと月前に、父母と兄姉の前での予行がある。それが今日というわけだ。
そして。
『この者ミコト・ヨリナ・ヒシュマーシュの天職は、侍女騎士<メイドナイト>』
鏡が天職を告げると広間の全員に静かな動揺が走ったのがわかった。前世の記憶でも、現世の物心ついて数年間の記憶でも、メイドとは貴人に仕える女性、小間使いのことを指す。前世では、村にはいなかったがいくつかの国では家畜と同等かそれ以下に地位が低かった覚えがある。
「このことに関しては——」
やや上ずった声で父が宣言する。
「——二週間後に扱いを決める」
この決断の先延ばしで、その場は解散となった。
しかし、どうなるんだろうな。前世の常識では四男坊なんてどうでもいい地位の公子はぞんざいに扱われるものだ。適当に遊んで人生を過ごせと言われている自分も、まあ家にとって高い価値はないんだろう。するとまあやらされるのかな、侍女騎士とやら。それはそれで面白そうなので別に構わない。
ちなみに家族の数値は自分のを下回っていた。
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次回のメイド!!!!!
「ミコト・ヨリナ・ヒシュマーシュ! 侍女の装いで油断を誘い女性を食い物にせんとする狼藉者であるあなたを成敗してくれますわ!!」
金髪の縦ロールを六ふさ垂らした、いかにもお嬢様といった女性の逆鱗に俺は触れてしまったらしい。
「ヨルンギュイア王国クロガン二等領領主ジョルジュ・イオナ・トッルヴァガの次女、わたくしことユリヤ・イオナ・トッルヴァガと決闘なさい!!」
決闘か。やはりメイドをやると人生に張り合いが出そうだという予感に狂いはなかったらしい——面白い。