脅威、その名はトーフ
「——これがこの村で一番の菓子屋、イェーゼだ。ここのアルマジロクッキーは全国でも戦えるレベルだとわしは思う」
「村で一番のお菓子屋さん、って感じの味ですね」
「おお、そうか! この良さが分かってくれるか!」
笑顔で容赦無く低評価を下すマリーアお姉様と、褒められたと受け取る案内のおじさん(セイという名前らしい)だ。こんなやりとりを、村の生活を支える川(何の変哲もないちょっと急な川)や村で一番の鍛治職人(普通の鍛冶屋)、村を守るらしい辻の神(どこにでもある石像)について交わしてきた。
まあ、そんなもんだと思っていた。
「ほらミーちゃん、あーん」
誰がミーちゃんか。マリーアお姉様がなぜか楽しそうにしているのでいいことにするか。
「最後にすごいのを見せてやろう、村に伝わる伝説の武器と封印された巨大な魔獣——あれ?」
気になる存在の話をするセイさんに連れられて村を囲む森の奥に来たが、不自然な広い空き地があるだけで封印された何とやらは見当たらない。
「おかしいな——」
「セイさん。その巨大な魔獣というのは白くて四角いやつですか」
「ああそうだ、本当ならこの空き地を埋め尽くすほどの白い直方体があるはずなんだが」
「滑るように動いて、面の部分から魔力波を出して、木とかに当たると燃えたり」
「魔力波は知らないが確かに何かを放って森を燃やしたという言い伝えはあるな。——何でそんなこと知ってるんだ?」
——何となれば。今まさに「そいつ」は村を挟んで我々の反対側を動き、木々を燃やしながら燃える村に向かって滑り進んでいるからだ。
「う、うわああああ」
振り向いたセイが腰を抜かす。
「ッグギャオォォォォドボボボボボ!!!!」
鳴き声なのだろうか。名状しがたい音を上げ、そいつは地面に降りた。突き上げるような揺れが走り、空気が震え木々が軋む。
「嘘、だろう——」
【ミイェリ】の霊視がそいつの性質を暴く。物理戦闘力は極めて高い。あれだけデカければ当たり前だ。そしてその種族、それは見た目から想像できた通りだった。——トーフである。
トーフはかつて大豆を司る古龍が『トーフ』という【魔法】を行使することで創り出した魔木である。トーフの木は自然界では大変珍しい四角い果実をつけ、食用になる。大豆を司る古龍の手によるだけに、大豆ソースが合う。その果実が何らかの異常成長を遂げるとあのようなデカブツができる。
その特性としては、魔力を吸収すること、半端な物理攻撃は通用しないということが挙げられる。今も、村人が魔術や弓矢、投石機を使って攻撃を加えているが全く効いていない。高い自己再生能力を持つので、大火力物理攻撃で殺しきるしかないのだ。一応体内で魔術を行使すると効くという話はあるが、大口径の銃砲と魔術を付与した弾でも使わないことには不可能だろう。
高い自己再生能力を持つ魔術生物の常として、体内に核を持ち、それを破壊すれば殺すことができる。しかしあれだけ大きいと核がどこにあるか調べるのも一苦労である。そういえば。
「セイさん、伝説の武器というのは」
「あ、ああ、あの大樹の中に埋もれている持ち手が見えるか? あれだ。ただ封印されてから取り出せたものはいない」
あった。持ち手には歯車が付いている。回すと中で何かが動いているようだ。これはもしかして。
「——ナルナナナヤンか?」
「知っているのか?」
剣術の達人は剣をうまく振ることで剣が当たらないはずの遠くの対象を斬ることができる。ナルナナナヤンでできた刃は達人でない使用者にもそれを可能にするという性質を持つ。そして素早く動かせば動かすほど遠くのものを深く斬ることができる。この性質を知っていれば封印を解くのはわけないことだった。これがあればあのデカいトーフを二つに斬ることができる。
「けど、あれを真っ二つにしようと思ったらかなり素早く動かさないといけないんじゃない? それに一発で核を貫けるの?」
「私に考えがあります」
そして。マリーアお姉様に箒で飛んで——空中を走ってもらって、トーフの上の面よりだいぶ高くまで登った。ちなみに箒による「空中走行」は飛行規制に引っかからない。地面に一番近いところに足があれば、それは飛んでいるのではなく空中を走っているのだという理屈が立ち、飛行規制の龍と眷属は見なかったことにしてくれるのだ。
「本当に大丈夫なんだよね!?」
「減速の呪符がありますし。失敗してもマリーアお姉様が下に回り込んでおいて拾ってくだされば大丈夫です」
「うえー、プレッシャーかけないでよ」
「では成功を願っていてください」
——箒から飛び降り、空気抵抗を減らすような姿勢になって加速の呪符で下に加速する。ナルナナナヤンはその性質上鞘などに入れると事故を招きやすい。そこでカッターナイフのように歯車を回すと刃がせり出すような機構になっている。刃を出し、トーフに向ける。
「oooooooooooooo」
トーフは唸りながら二つに裂けていった。その半分が崩れ落ちる。しかし残り半分はまだ動けるようだ。さらに切れた面から再生が始まっている。
「だっダメだーっ!」
箒で俺を拾ってくれたマリーアお姉様が悲鳴を上げる。そして。
トーフの残り半分はぐらりと揺れて先の半分と同じように崩れ落ちた。
「えっえっなんですか!? 今、何が」
「核に近いほど再生速度は上がる。だから切れた面の再生具合から核の位置を割り出し、ナルナナナヤンで突きを繰り出して核を破壊した」
「それ、突きもできるんだ」
正直突きも遠くまで届くということには確信が持てていなかった。うまくいって心底ホッとしている。そうでなければもう一回飛び降りをやらなければならないところだった。
「——嬢ちゃんたちがアレを倒してくれたのか! いやーありがたい! 今夜はトーフ鍋だな! ぜひご馳走させてほしい」
村の人たちは「嬢ちゃんたち」という認識らしい。まあそりゃそうか。ていうかあのトーフ食うの? トーフは死ぬと柔らかくなって食べやすいし栄養もあるのではあるが。
「旅程が狂うので遠慮しますね」
そして村の人たちの厚意を断るマリーアお姉様である。旅程ならすでにわりと狂っているし別に構わないと思ったが。
「それではその武器を持っていってくだされ。それをもってお礼とさせてもらいましょう」
村長っぽい人がお礼としてナルナナナヤン刃をくれることになったのでありがたくもらうことにした。
「楽しかったね」
楽しかったか楽しくなかったかで言えば楽しかった。高いところから飛び降りるのは気持ちよかったし、うまくいくかどうか分からない試みには心踊った。だがもう一度やりたいかというと——どうだろう。
「楽しかったね?」
「——はい」
そして俺たち2人は復旧した列車に乗り、トゥツルを目指すのだった。
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「ああ旅のメイドさんお強いのですね、魔獣が出て困っているのですが」
「お断りします」
「本当ですか! ではあちらからお好きな武器をお取りください」
聞いちゃいねえ。