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なんで俺が、メイド科に!?  作者: LOVE坂 ひむな
第一章 学園の巻
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疾る海風のフーカ

 悪ふざけが過ぎたかも。今日は先にもう一話更新しています。

 王都ドラフロアには多様な人間がいる。少しくらい変わった格好をしたぐらいでは浮くことがない。だが、その少女は変わったというより異常だった。変わったファッションの若者が集うダラーッ区ならともかくドラフロアの中心地ではあまりにも目立つ、その格好はサメの着ぐるみだった。


 サメは海に生息する魚の一種で、人を襲うと信じられ——実際襲うものもいる——世界的に恐怖の象徴とされる。海に面している部分が小さいヨルンギュイア王国でさえ、その恐ろしさは知れ渡っている。


 ただ、彼女が身につけている——被っているフードや履いている靴と手袋に付いているサメの顔は、かわいらしくデフォルメされたもので、幼い顔立ちと相まってむしろ親しみやすさを感じさせた。


 だから。そんな彼女が冒険者ギルド物理本部のようなところに足を踏み入れたとき、まずは困惑、そして嘲笑を以って迎えられたのも無理のないことだ。


「何だあの格好は」「子供の寝間着か?」「しかし何を象っているんだ」「魚じゃないのか」「魚ではないだろ」「あれは——サメだ」「サメだと」「バカ言え、サメと言やああのおっかねえ魚だろ? あのお嬢ちゃんのとは似ても似つかんさ」


「オイオイ嬢ちゃん! ここがどこか分かってんのか? 大道芸人ギルドか保母さんギルドだとでも思って来ちまったか?」


 率先して絡みに行く金髪を逆立てた目つきの悪い冒険者を止めるものはいない。一つの理由は彼がそこそこの実力者として有名だからであるが、そもそも周囲の冒険者たちは止めようとも思っていない。忍笑いを浮かべつつ次の展開を見守っているものが大半である。冒険者ギルドといえば聞こえがいい——少なくともその言葉が使われ始めた頃は聞こえがよかった——が、その内実は概ね荒くれ者ならず者の寄り合い所帯である。


 少女は無視して受付に向かい、低体温な声で自分は冒険者であると告げる。


「聞いたか冒険者だとよォーー!! ハッハッ——な!?」


 金髪の哄笑は途中で止まった。少女が机の上に出したものを見て驚愕したのである。


「ラスラナーラ10体。あと40体あるけど」


 ラスラナーラは人型小の魔獣である。少女がそれを50体討伐したらしいということはこの際どうでもよい。金髪も仲間を呼び時間をかければそのぐらいはできる。問題はそれを収納するだけの霊的収納空間を持っていることである。


 10体の未解体ラスラナーラを収納するだけでも、金髪の魔力量では不可能なことである。それが、50体と言ったのだ。ハッタリではなさそうだった。加えて、少なくとも受付が検べているものは全て魔術でなく刃物でとどめが刺されている。


「オイなーにビってんだよジャン! お嬢ちゃん、いくらかできる冒険者だとお見受けするがこの先一人でやっていくのは難しいぜ。兄ちゃんがついて行ってやろう。冒険者のあり方ってものを手取り足取り腰取り、あ痛たたた!!」


 黒髪を真ん中で分けた男が金髪の肩を叩き、少女に話しかけて、そして腕をねじり上げられた。


「お前たちは知らないからそんな口が叩けるんだ——」


 後ろの方のテーブルで先ほどから顔面蒼白になっている大男が言った。その見た目からは想像できないほど弱々しい震え声だ。


「彼女こそはヘルウェチカの街で名を馳せた、ブラッディ・シャークだ」


「じゃあ金髪と私のことを知ってるっぽいそこの大男に頼みがあるんだけど」


「なっ——何だ!」「ひっ」


「さっきの金髪みたいに私が冒険者ギルドに来たらバカにしてくる人がまた出てくると思うから、その時ここにいたら止めてもらえる?」


「あ? ちょっと魔力があってフロックが続いたからっていい気になってんじゃねーぞガキ!!」


「やめようジャンさん! 相手が悪い!!」


「うるせえ!!」


 その後少女が魔力を禁じての決闘を提案し、顔面が変形するまでジャンに手袋越しにしてはあまりに強力なパンチを食らわせ続け、その場にいた全員が彼女の恐ろしさを知ることとなった。


 一方、女学生マリーア・イェスペッルアは冒険者ギルドの近辺を浮かない顔で行ったり来たりしていた。彼女はガガニメ小領の領主の娘であるが、領地付近で魔獣が大量発生したというのだ。領民や地元の駆除業者では勝てない。こうしたときのために冒険者ギルドはあると言っていいはずだが、親戚筋との兼ね合いで通報できていない。


 彼らには武功を立てさせて持ち上げたいお抱え冒険者がおり、そいつに討伐をさせようとしているのだ。しかしお抱え冒険者は仲間を連れてくると言ってどこかへ行ったまま帰ってこない。被害が出れば緊急事態と見なして通報ができるが、それでは遅すぎる。


 マリーアは自分にできることがないかと思って冒険者ギルドの施設に来たが、入るのを躊躇している。自分の独断で冒険者を頼っていいのか。家族に迷惑がかからないか。ガラの悪そうな怖い人たちしか出入りしていないし。


 考え事をしていたからか。ギルドから出てくる人と肩をぶつけてしまった。


「ご、ごめんなさい! すみません!」


「あ、いいよー」


 それはこんなところには似つかわしくない、自分と同じぐらいの年の少女だった。


「——サメ?」


 しかもサメの着ぐるみに身を包んでいる。この人も冒険者? 歩き去る少女を見てマリーアは頭を働かせる。あの格好の少女が冒険者ギルドなんかに行けば目立つ。怖い人に絡まれたりしそうだ。無事に出てきたということはそれをはねのけることができる何らかの意味での『強さ』があるということ。バックにえらい人がいるとか。


 ——無事に? 少女の着ぐるみの胴の辺りに血が付いていた。自身の血じゃない。返り血だ。それもまだ新しい人間の返り血。もしかして彼女なら——


「あっあの! サメさん!!」


「なに? あと私フーカね。サメじゃなくて」


「フーカさん! ——相談したいことがあるんです。ご馳走しますから、そこの喫茶店に来ていただけますか」


 藁にもすがる思いだった。


「——というわけなんです」


「ふーん」


 マリーアは山の紅茶を飲みながら、牛肉鉄板焼定食を食べるフーカに事情を話した。が、興味なさげだ。


「それって、素性のわからない冒険者が来て勝手に魔獣を討伐すれば解決するよね」


「え? それはそうでしょうけど」


 そんな虫のいい話はない。冒険者とて慈善事業でやっているわけではないのだ。


「この定食、デザートが欲しいね」


「ど、どうぞ頼んでください」


 フーカは本当に何気なくデザートが欲しいと呟いただけだったが、マリーアはそれを自分への要求と解釈した。


「いや、ここにあるのより美味しいの持ってるからいいよ」


「え? ええ?」


 なので断られた時には混乱した。というかデザートを持っているって何?


「ごちそうさま。あと自分の会計は自分で持つね」


 ——ああ、そうか。依頼を、断られたんだ。どうにかなるわけないということぐらい分かっていたはずなのに、マリーアはサメの少女に会う前よりも暗い気分になった。


「そんな暗い顔しないでよ。プリン食べる?」


「ぷりん——?」


 フーカはどこから取り出したのかテーブルの上に、皿に載った黄金色の何かを置いた。


「——美味しい。これ——卵と砂糖と牛乳ですか?」


「うーん。レシピは教えられないかな」


 それはそうだ。料理人にとって秘されたレシピは命の次に大事なものなのだ。菓子職人の真似事をしているマリーアもそのことは分かっていた。


「ですよね——。でも、とても甘くて美味しいです。ありがとうございます。少し元気が出ました」


「うんうん。領地のことも、きっと何とかなるよ」


「あの、申し訳ありませんが、無責任な慰めはやめてください」


「ううん。絶対、何とかなるよ。保証できる」


 ——その確信に満ちた表情には神聖なものすら感じられて。マリーアはそれ以上何も言えなかった。


「じゃあね、マリーア。また会えたら」


 その二日後。ガガニメ小領の魔獣が一掃されたという知らせが入った。身元不明の冒険者が一人で全て倒したのだそうだ。


 ——あの人だ。フーカさんが、やってくれたんだ。どうやってかは分からない。けれどマリーアにはそれ以外に考えられなかった。アスターネットに潜っても、誰がやったのかは判明しなかった。口止めがなされているようだ。


 その代わり。サメの格好をしたフーカという冒険者については、膨大な情報が得られた。

 曰く、冒険者登録から数週間でランクを二級まで引き上げた。

 曰く、商人としてレストランを営み斬新かつ美味の料理で大繁盛させている。

 曰く、二つ以上の場所に同時に存在できる。

 曰く、神話に登場する【魔法使い】の再来。


 彼女はサメの加護を受けいかにしてか鍛え上げられた戦闘技術を万全に発揮する。

 彼女は膨大な魔力でサメの魔術を操る。

 彼女は異界の知識を活用しおいしい手料理を振る舞う。

 愛らしい見た目の、地上を泳ぐ非常識である。


 万能人(オールラウンダー)(ジョーズ)


 疾る海風のフーカ。


***************


 学祭である。


「フライドチキンいかがですかー」「冷たいお茶ありまーす」「腸詰肉ー串焼きー」「♪この大地が丸かったなら 僕らまた会うことできたんだろうか」「ハイッ! というわけでね、やっていきたいと思うんですけれども」「革命的青年会革命的会誌の革命的バックナンバーあります」「瞑想体験していきませんかー」「終末の日は近い! 裁きを畏れよ!!」


 俺は一日中0組の教室にいて自分で作った魔力操作についてのポスターの番をするつもりだったのだが、そこにユリヤ嬢がやってきた。


「ミコトさん! サメと戦ってみませんこと!?」


「ズィロ少年が負けた?」


 ——拳と拳がぶつかり合う。勝つと分かっている『作業』ではない。負けると分かっている『罰』でもない。それは久しぶりの、本当の戦いだった。

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