魔王決着
「我が名はラースラー。——この間のお前か」
演習林の魔王のもとにやってきた。
「このあいだのこれは弔花だな。死者への手向けというわけだ。まさか私を亡き者にしようというメッセージでもないんだろう? ——今日は何だ? また何か持ってきたのか」
ズィロ少年が加工した石を取り出した。
「墓標など、必要ない。がまあ、あったらあったで構わない」
いわゆる墓標、つまり死者への祈りが周囲の環境に及ぼす影響を吸収するための石である。これを受け取ってもらうまでに一悶着あるかと思ったが、普通に置かせてもらえそうなので安心した。ラースラー氏が行使していた白魔術というのも死者を弔っていたので合っていたようだ。
「どこまで分かっている?」
死者を弔っているということだけしか分かっていない。それが彼の言う、彼「に力を振るう愚か者」なのかどうかも確証は持てていない。
「——話を、聞くか?」
ラースラー氏は切り出した。——これはきっと悲しい物語だ。そして尊い物語でもある。多くの死者の物語がそうであるように。俺は、それを。
「いや結構です」
断った。長そうだからだ。
——その次の月から、白魔術の行使による霊的汚染はおさまったとのことだ。
「ふむ、ミコトくん! 魔王問題は解決したようであるな!」
そしてまた、校長の執務室に呼ばれている。
「残念ながら校長としてのこのクロギにできるのは次の終業式の時に表彰するぐらいのものだが——」
まあ別に何でもいい。
「ところで今度の学祭では0組は例年通り学術展示を行うようだが、お前は何かやるのか」
——学祭?
「初めて聞いたみたいな顔をしているな」
「はい、初めて聞きました。祭といえば大勢の人が暮らしの中で余らせた魔力が空気中にたまっているのを神などへの祈りに変えて解消するための魔術儀式ですよね」
前世では歴史上この意味付けは後付けのものという学説があったが、だいたいこう思っていて間違いはなかった。
「学祭の近日中の存在を初めて聞いたのかという意味だったが、学祭とは何かというところから説明しなければならないか」
「お願いします」
授業にほとんど出ないしネットも必要なことを調べるときしか見ないからこういう情報は欠けがちなのだ。数少ない友人であるユリヤ嬢やズィロ少年も何も言っていなかった、というか特にユリヤ様は最近見かけていない。学祭とやらの準備で忙しかったのかもしれない。
「学祭が祭の一種であるのは合っている。学業成就の聖人トトーララのための祭だな。第一学院では伝説上の創始者初代ドランドルもか。学生が教室や天幕を使って出店を開いたり、臨時の舞台で武術や魔術の模擬試合を演じたりするのだ。教室を展示に使うのもあるな。さっき言ったように0組がそうだ」
あまりイメージができない。出店はわかるが。
「アスターネットに念写映像や宣伝動画が上がっているから見てみるといい」
「はい、見てみます」
「それから——」
校長は何か言おうとして言い淀んだ。この校長でも言い淀むということがあるのか。
「なんでしょうか」
「交友関係を広く持つよう試みてはどうだ。情報源になるほか色々有利だぞ」
——まるで俺が友達作りが極端に苦手みたいに言わないでほしい。
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「何だあの格好は」「子供の寝間着か?」「しかし何を象っているんだ」「魚じゃないのか」「魚ではないだろ」「あれは——サメだ」「サメだと」「バカ言え、サメと言やああのおっかねえ魚だろ? あのお嬢ちゃんのとは似ても似つかんさ」「お前たちは知らないからそんな口が叩けるんだ——」「彼女こそはヘルウェティカの街で名を馳せた、ブラッディ・シャークだ」
さめ。サメ。鮫。シャーク。その少女はサメを模した着ぐるみのような服を着、サメのようなフードを被り、サメのような人形手袋、サメのような靴を身につけていた。