プロローグ
魔術師ダトゥヤールは最強である。
誰が一番強いのかという話題はいつも人を惹きつける。人はあるいは【裁き手】ベラトーレムこそ最強だと言い、あるいは【竹取り】のトーレフより強い者はいないと言う。しかし【裁き手】も【竹取り】も【月を見る人】も【冬】も【魔法使い】も、ダトゥヤールに比べれば子供同然である。
ダトゥヤールは特に有名な人物ではない。高地の小さな村で地面を耕しつつパン屋を営んでいる。彼のことを知るのは村の外にはほとんどいない。村の中でも、「パン屋のダトゥヤールお兄ちゃん」が本当に並外れて誰よりも強いということは誰も知らない。
そのダトゥヤールであるが、その日は熱心に何冊もの本を読んでいた。彼が本に熱中するのは珍しいことではない。しかし今回読んでいるそれは魔術や武術の研究書ではなく、冒険小説だった。
「——良いな。俺も冒険がしたい」
これまで冒険とか旅とかを志したことがなかった訳ではない。だが彼の強さの前には冒すべき危険というものがなかった。遠見をはじめとする究極の魔術の数々があれば、手足を動かすことなく、人々を脅かす恐ろしい怪物を仕留めることができるし、悪人の企てるおぞましい計画を未然に叩き潰すこともできる。
また彼は強さというものに対して思うところがあった。こうして小さな村で暮らしているのも、できるだけ力を振るわずにすむようにだ。世間で暮らしていれば、どれだけ平和に生きようとしても、降りかかる火の粉は払わなければならない。また困っている人を容易に助けることができるというとき、良心の声に耳を貸さない訳にはいかない。
「ちょっと強くなりすぎてしまったかな——」
上達が楽しいからという理由でやっていたのだが、力をつけすぎたかもしれない。
「生まれ直すか」
読んだ物語の中にちょうど、平和に暮らしていた主人公が生まれ変わって冒険に身を投じていくというものがあった。転生という霊的自然現象を人為的に起こし来世に記憶を持ち越す程度の魔術を発動させるのは、ダトゥヤールにとって卵を割るくらい簡単なことである。鍛えた魔力などを持ち越すとなるとかなり骨が折れるが、ここではそれは不要である。力を持ち越さないことをこそ望んでいるのだ。
そうと決まれば村人や数少ない村の外の知り合いに遺言を遺し、転生の術式を起動した。待ってろ、冒険の世界!
***************
次回のメイド!!!!!
職能判定の鏡の前に立つと、鏡の中のダトゥヤール、現世ではヒシュマーシュ家ヨリナ分家四男ミコトの姿が変わり——侍女服姿になった。
「——は?」
『この者ミコト・ヨリナ・ヒシュマーシュの天職は、侍女騎士<メイドナイト>』
「——は??」