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ベジタブル・バトラー・オンライン  作者: 青田 ガリ
1章 大会のはじまり
1/10

野菜で戦うVRMMO

 VRと俗に呼ばれる仮想空間の技術が発達していく中で、VRMMOと呼ばれるゲームが楽しまれるようになった。

 テレビや携帯ゲーム機で遊んでいた世代にとっては、ゲームの世界に入れるということで社会現象にまでなるような人気となった。


 それから数年後。

 一般家庭にもVRのための機器が普及し、日常生活とVRは切っても切れない深い関係になったのである。

 VRMMOでも、中世ファンタジーの世界で剣や魔法を使って戦う。

 SFの世界で宇宙船を操作して自分の星を開拓するといったゲームが大ヒットしているなか、人気VRMMOランキングの中で異色を放つタイトルが一つあった。





 絶対深夜に会議した企画だろうと揶揄される、謎のVRMMORPG「ベジタブル・バトラー・オンライン」である。



-----


「なんじゃ……こりゃ……」


 ライトは絶句した。

 謎のVRMMOであり、ふざけた方向に進みながらもなぜか人気ランキング3位以内の常連である、このゲームを興味本位で買ってみた。

 そのゲームがあまりにも噂通りのゲームすぎて逆に驚いてしまったのである。


 普通のVRMMOならば、プレイヤーキャラクターは現実の肉体とほぼ同じとなる。

 顔をいじれるので、全員理想のイケメンアンド美女ばかりになるのが日常だが、このゲームは一体何なのか。


 ライトの全身はきれいな緑色に染まり、顔だけが現実のもの。

 服など来ていない状態だが、全身はところどころに白いぶつぶつがあり、現実よりも心なしか身長が高くて体が細い。


 間違いない。

 ライトは確信した。

 今のライトの体は、小学生でも知っている超有名野菜の一つ「きゅうり」であることを。


 キャラメイクを終えて、自分の体を茫然と見つめるライト。

 その周りにも、おそらくライトと同じようにキャラメイクを終えて完成した自分の体に茫然としている人が見受けられる。



 このゲームのタイトルに「ベジタブル」なんて単語が入っていることから、納得がいかないわけではないが、さすがに理想の自分になりきるはずのVRMMOで初期装備がきゅうりの着ぐるみという事態にただその場の新人プレイヤーは驚愕していた。

 そんななか、三分ほど困惑していたライトのもとにひとりの女がやってきた。


「ライトー! 待ってたよ」


「あ、待ってた? 悪い」


 ライトの現実世界の友人であり、このゲームをやることを誘ったレターである。

 ライトは、自分とは違って普通のVRMMOでよくありそうなカッコカワイイ装備をしているレターと自らのきゅうりボディを比較した。


 レタの装備は、いたるところにレタスのような葉がついており、兜もきれいな緑色のかぼちゃのようである。

 武器のハンマーもおそらくじゃがいもをモチーフにしたものだとは予測できたが、自分の姿とあまりにも大きすぎる違いに思わずライトは嫉妬した。


「なんでお前はそんな普通の装備で俺は全身きゅうりなんだよ」


「ふふ。それはプレイヤー全員が思うことだからしょうがないよ。一応レベル10から各部位に「ベジポン」を取りつけられるようになるから。「ベジポン」はベジタブルウェポンの略で……。まあ、いわゆる装備みたいなものね」


「それまではこの着ぐるみみたいなきゅうりで我慢か……」


「そういうこと。とりあえず私のファームに来て」


 レタに連れられ、ライトはプレイヤーに必ず支給されるという土地の「ファーム」へと連れて行かれた。

 ネットで簡単に調べた情報によると、基本はよくあるVRMMORPGだが、ベジタブルウェポン。通称ベジポンの存在が異色を放っているらしい。


 ファームは完全な自分の土地であり、畑を作って野菜を栽培することでベジポンを入手することが出来る。

 なかには、野菜の加工設備を作ることでさらにベジポンを強化することが出来るとか出来ないとかいろいろ書いてあった。


 

 そして、このゲームを一度プレイした人は大半がこういうらしい。


「なんだろう。馬鹿らしいゲームと分かっているのになぜかやっている自分がいる」と。



 レタはライトにファーム作りの見本を見せるために自分のファームに招いた。

 多くの野菜を栽培しているであろう畑が広がり、その脇には倉庫のようなものがあって野菜を保管している。

 小屋のようなものもあり、かなり自由度が高く開拓されている。


「どう。なかなかいいところでしょ。今度ファームを拡張して、あのあたりに畑を増設しようと思ってるの」


 自慢げに自分のファームを紹介するレタ。

 ライトも、頭の中で自分のファームをどう進化させていこうか構想を練っていた。

 

「そうだ。レベル1から装備できるビギナー・ナスがあるからあげるよ。あそこの倉庫にしまってあるから」


 レタは倉庫のある場所にライトを案内していった。

 ベジポンは使用回数制限(しょうひきげん)があるので、常に予備のベジポンを用意しておく必要がある。 生鮮食品は大変だ。

 そのために倉庫は必須らしい。


「そういえばさ。なんできゅうりが初期装備なんだ?」


「それはね……」


 ライトの方を向いて話しているレタが倉庫の扉を開こうとした瞬間、生理的嫌悪感を覚えるムシの鳴き声が聞こえた。

 思わず身構えて倉庫の中をのぞくと、褐色の体に角が生えたカブトムシのような虫がいた。


 合計五匹。

 どのムシも中型犬ほどのサイズがあり、都会暮らしでムシを身近に感じたことがないライトにとっては虫唾が走るような奴だ。


「グロース・コクゾウムシ! いつのまにこの中に!?」


「え、なに、こいつら」


「ライト、VRMMOでの戦い得意でしょ。ちょっと駆除を手伝って。こいつらはグロース・コクゾウムシっていう倉庫の中のベジポンを食い荒らす害虫なの」


 

 ……野菜を育てて野菜で戦うゲームならモンスターは必然的に害虫になる。

 

 ライトにとっても納得がいかない設定ではないが、さすがにムシを巨大にするのはやめたほうがいいとライトは思った。


 しかし、ライトはVRMMOの上級者である。

 普通のゲームと違い、現実の運動神経をそのまま反映できるし、操作システムも似たり寄ったりが多い。

 様々なゲームを経験すればするほど、どのゲームでも初期装備のまま戦えるほどの高度なプレイヤースキルを身につけることが出来るのである。



 初期装備はこのきゅうりボディに、腰に差してあった「キューリナイフ」。

 短刀形の武器であり、どのVRMMOでも見られるポピュラーな武器。

 ライトにとって使いこなすのは容易なことだった。


「はあっ!」


 いつもとは感覚が違う細くて長い体を動かし、一番近くにいたコクゾウムシに接近する。

 頭についている角はカブトムシのようだがどこか短い。

 どれだけの速さで動けるか分からないが、あの角はまず間違いなく攻撃力が高い部位。

 ライトの今までの経験がそう言っていた。


 正面からの戦闘を回避し、後方から回り込んで攻撃を仕掛ける。

 たとえきゅうりボディだとしても、動きにはほとんど支障がない。


 白いイボイボが大量にある、見るからに触ると痛そうなキューリナイフをコクゾウムシの甲殻と甲殻の間に突き刺す。


「ギギギ……。キギャア!」


 痛みに耐えかねたコクゾウムシが体を大きく振ってライトを振り払った。

 そのときキューリナイフが突き刺さったままになっており、ライトのただひとつの武器はあっけなく奪われてしまった。


「んなアホな! 甲殻があるモンスターの甲殻と甲殻の間を突き刺したらたとえ初期装備でも大ダメージになるのが普通だろ! 防御力の高いモンスターは普通体力が少ないから体内に直接ダメージを与えれば致命傷になるはず! この技がどれだけ高度な技術か知ってんのかよ運営!」


 コクゾウムシの体の中にナイフを突き刺したときの手ごたえからして確実に仕留めたと思っていたが、普通に動くことが出来るコクゾウムシ。

 おそらくレベルもそこまで高くないはずなのに。

 ゲーマーであるライトにとってショックな事態だった。


「当たり前でしょ。たかだかきゅうりで一撃必殺が出来るわけないよ。きゅうりは世界で一番栄養がない野菜なんだから。弱くて当然」


「ええ!? 野菜の強さってそんな基準なのか!?」


 ライトもきゅうりに栄養がないということは聞いたことがないわけではなかった。

 


 ……野菜を育てて野菜で戦うゲームの野菜の強さは当然野菜の栄養素で決まる。


 確かに納得がいかない設定でもないが、そんな分かりにくい基準を設けるのはやめたほうがいいとライトは思った。

 初期装備がきゅうりであることもよく納得した。



 落胆している間に、レタは胸を張り、自分の武器を突きあげた。



「その点、私の「ポテトンファーM」は優秀。豊富なでんぷんに炭水化物、カリウムを含んでいることに加え、煮る、焼く、揚げると加工方法も様々でベジポン工房での加工もしやすい野菜。それに加えて保存食のように加工することで普通のベジポンよりも長い寿命を持つまさに万能野菜。昔の日本でもコメ不足の飢餓時に活躍した野菜の一つ。さらにじゃがいもの芽に含まれる強力な毒素ソラニンによってこのポテトンファーMはベジポンの中でも珍しい毒属性持ち。凄いでしょう」


「よく意味が分からんがとりあえず凄いってことは分かったよ! あと、現実(リアル)でもここでも『ない』のに胸を張るのは見てて悲しくなるぞ」


 言いながらレタの胸に目を向けると、後頭部に強い衝撃が走ると同時に、地面に叩きつけられた。



「な~に~がないんでしょうねー。あると動くのに邪魔だしね~!」


「ないことを言い訳にしてどうすん、ンガッ!!」



 やはり貧乳はコンプレックスらしい。

 あまり触れない方がよさそうだ。


「あ、そうそう。ちなみにきゅうりも食べると体温を下げる働きがあるからその格好なら「暑さ」による状態異常を防げるはず。あときゅうりにはビタミンCを破壊する酵素が含まれているからポテトンファーMみたいに状態異常も狙えるはず……ん?」



 何か引っかかったライトとレタは先ほどキューリナイフが突き刺さったままのコクゾウムシを見てみた。

 するとそこには、ひっくりかえってピクピクと動いているコクゾウムシがいた。


「初期装備のきゅうりだから強い属性攻撃力はもってないはずだけど、やっぱりあそこまで深く突き刺さってたら効果あるんだ……。ビタミンCが欠乏すると壊血病みたいになるらしいし、アイツもしばらくは動けないわね」


「……本当によく分からない」



 ……野菜を育てて野菜で戦うゲームで装備ベジポンが持つ特殊能力は当然その野菜が持つ性質で決まる。


 確かに納得がいかない設定でもないが、よほどの健康マニアでもないと分からないような設定はやめたほうがいいとライトは思った。



「さて、じゃあ残りはすぐ始末するから。そこで動けない奴の経験値はあげるよ」


 じゃがいもがついたトンファーを持ったレタが、残りのコクゾウムシに向かって走り出した。

 そのじゃがいもはスーパーで売っている物より明らかに濃い青色をしていて見るからに毒々しい。



 ……こんなゲーム馬鹿らしい。

 そんなことを思っていた時期が俺にもありました。


 

 正統派の剣と魔法のファンタジーゲームなみにライトがやりこんでしまったゲーム。

 それがベジタブル・バトラー・オンラインである。



 -----



 ライトがベジタブルバトラーオンラインを初めて一日も絶たないうちから、ネットの海には波風が立ち始めていた。


「あのライトがベジタブルバトラーオンラインをはじめたらしいぞ!?」

「まじかよ…。そうなるとあのゲームのランキング一気にトップになるんじゃねーか?」

「もう動き始めてるよ。すでにベジバトの運営の株価がえらいことになってる」

「盛り上がってきたな…」


 VRMMOの登場によって、ゲームの世界には大きな激震が走った。


 現実と同じように体が動かせることで新規への敷居も下がり、直感的にその面白さが体験できるような時代の到来。

 それに伴い、ゲームだけで生計を立てる人種。

 いわゆる「プロゲーマー」の社会的地位も大きく上昇。


 もともと格闘ゲームやカードゲームなどではeスポーツとして、ゲームのスポーツ化の振興が行われいたが、VRはそれを激しく加速させた。

 普通のスポーツと同じように扱われるだけの地位を手に入れたのである。



 プロゲーマーの中には、企業から莫大な広告料で雇われるものが現れて多くの人間が新規参入。

 ゲーム大会の賞金総額は億を超え、テレビで中継されるほどに。

 最近ではオリンピックの新競技に加えることも検討されているようだ。

 

 人類の大半がゲームと密接に関わるようになり、全体のゲームの技量も大きく上昇した。

 ゲーマー養成学校も、今までのように詐欺じみたものではなく国から支援が出るほどに。

 


 VRが世間に浸透するまでの時間は識者たちの予想を大きく上回った。

 そんなVR産業革命を牽引したゲームの天才少年の名が「ライト」である。



「俺は、ゲームをするために生まれてきたんだ」



 ゲーマー達のレベルが急激に上昇し、また多くの人間がゲームに触れるようになったことで人類のゲームレベルは格段に上がった。

 そしてVRMMOの登場はさらにゲームを加速させる。


 プロのアスリートがスポーツゲームに参入したら?

 プロボクサーが格闘ゲームに参入したら?

 プロの演奏家が音ゲーをするようになったら?

 

 現実とゲームの境があいまいになることで、ゲームがうまいものは自然と現実でも強者となっていく。


 つまりゲームの世界で最強のライトは、現実世界でも最強に近い存在なのだった。

 

 

 本当に同じゲームを遊んでいるのかわからなくなるほどの異常な挙動。

 運の要素が少ないゲームにおいては、まさに無敵であった。



「いや、まさかリアル系のFPSで壁走ったり飛んだりされるとは…。」


「あいつのキャラクターだけなんか動きが倍くらい速いから読みあい以前の問題なんですけど」


「どっから打ってもスリーポイントシュートが絶対入るってどういうことだよ」


「あいつだけ無双系のゲームみたいに敵なぎ倒してんなー」


「なんではじめてピアノ弾くのに一発耳コピができんだよ。ピアノやめます」


「動体視力が神レベルだからあいつは絶対じゃんけんに負けない」


「司法試験って一か月の勉強で受かるものナンダ…」



 人生における全てをゲームだととらえるライトの鬼才ぶりに、全人類が驚愕した。

 そして彼にあこがれる人間が多くいたことで、人類のゲームレベルはさらに飛躍的に上昇。


 プロゲーマーの中でも「トッププレイヤー」と呼ばれる人類の最高傑作達はこうして生まれた。




 ライトがベジタブル・バトラー・オンラインを始めたと聞きつけた他のトッププレイヤーたちも、続々と集結していく。

 プロゲーマー達にとって、稀代の天才でありながらも普通の高校生のように見えるライトは憧れであり目標でありライバルなのだ。


 ライトがベジタブル・バトラー・オンラインを初めて数日後にはアクティブユーザーが1.5倍近くに増えたという意味不明な逸話からも、その影響力がうかがえる。




 そうしてライトがベジタブル・バトラー・オンラインを初めて一年後。


 このゲームがサービス開始して以来の一大イベント「BBOサラダバーカーニバル」がはじまる。

 そのイベントの一番の目玉は、「トッププレイヤーたちによるPvP」




「イッヒッヒ。この『食物繊維』の性能をいかんなく発揮できればあのライトでも倒せるはずだナ!」


「あのライトでも、我々のギルドがここまで高度な『バイオテクノロジー』を完成させているとは予想できていないはず」


「ついにできた……! 血のにじむような『品種改良』の末、やっとこの力が……!」



 天才ライトを倒すことを夢見る数多のプロゲーマー達は、入念に準備を進めているのだった。



 これは、あまりにも強すぎるライトと、それを倒そうとありとあらゆる手段で襲い掛かってくるプロゲーマー達による、「BBOサラダバーカーニバル」の記録である。 


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