セルフカットのススメ
俺は中学生の多感な時期に馴染みの床屋でオカッパみたいなダサい髪型にされた。
いつもはすきバサミで自然なスタイルにしてくれたのに……。
言えば良かった。『直して下さい』って。でもお金が足りなかったらどうしようと思い、言えなかった。
学校では当然、バカにされる。悔しい……。これはイジメだ。
田舎の流行らない床屋なんてこんな程度か。2度と行かない。
日曜日の朝、家の洗面所でなんとなく歯を磨いてると、すきバサミを見付ける。姉が前髪を切る為の物だ。
…………そうだ! 床屋がダメなら自分で髪の毛を切ればいい!
早速、姉が読んでたファッション雑誌のメンズコーナーを見て、洗面所で前髪を少し切ってみる。ゾクゾク感が堪らない! こいつぁクセになりそうだぜ!
よし、雑誌に載ってるこの俳優の髪型を真似してみるか。ほぼ、すきバサミで切ってる感じのヘアスタイルだ。
漫画原作の映画からベストセラー小説が原作のドラマなどで主役を張るくらいの俳優だ。顔の形は少し似てる。
Tシャツを脱ぎ、まずは前髪を切る。それからトップ、三面鏡で見ながらサイド、後ろ、襟足と切っていく。
全体を切ったあとに三面鏡で隅々まで髪の毛を確認する。……少々手直しが必要だな。
もう夢中になってた。左右の手でハサミの切り口が違う。右利きだけど左手で後ろと襟足を切るとザクザク切れる。
すると、『アツシ! いつまで洗面所を使ってるの? 私、出掛けたいんだけど』
『姉ちゃん、今は入らない方が良いよ』
洗面所のドアを開けられる。『アツシ! いい加減に…………キャー! 毛が散乱してる!』
『どう? バッチリ決まってる?』
『ちょっと何やってるのよ……』
『自分で髪の毛を切ってみた、アハハ』
『何やってるのよ!? バカじゃない? 』
『すきバサミを借りたから。切れ味があんまり良くないね。で、どう? 上手く切れてる?』俺は姉に頭を見せる。
パラパラと切りカスが落ちる。姉の脚の上にも。
『ちょっと! 取り敢えず、頭と床の毛を掃除機で吸いなさい。持ってくるから』脚に落ちた毛を手で払いながら言った。
『吸引力の強いハンディタイプの方を持ってきてね』
――俺は掃除機を渡されヘッドを外す。スイッチはトリガー式。
ヒュイーン! まずは頭の毛を吸う。スースーして気持ち良い。
続いて床を吸う。『ちょっと! 洗面器に毛がたくさん落ちてるじゃない。次からは新聞紙を引いて切りなさい!』
俺は洗面器に落ちている毛を新聞紙に包み、『姉ちゃん、髪の毛って何ゴミになるの?』
『燃えるゴミよ。気持ち悪いからさっさと捨てて!』
姉と洗面所を代わり、掃除機を片付ける。
何か肩がチクチクする。手で肩を触ると切りカスが大量に付いてた。
バスルームでシャワーを浴びて流す。手ぐしで髪の毛を触ると切りカスが手に付く。切りカスがなくなるまでシャワーですすぐ。
ドライヤーで乾かしてると、良い感じだ。
――両親が買い物から帰ってきた。
『どうしたの、その頭。床屋に行ったの?』母さんが言う。
『自分で切った。もう散髪代は要らないから。有名俳優みたいでしょ?』
『ええっ!? 自分で髪の毛を切ったの?』
『鶏冠を触られるのは元々嫌だったんだよね。どう? 上手く切れてる?』
『えっ、ええ、ちゃんと切れてるわ。でも失敗したら……』
『母さん、良いじゃないか。アツシは将来、美容師だぞ。ワッハッハ!』父さんが言う。
――それから、1ヶ月に1回のペースでセルフカットをする。小遣いで買った2千円のマイすきバサミは切れ味が良い。
最初は周りから『あれっ? 何か変』って言われる事もあったが、イジメはなくなった。高校に入ってからは自分で切ってると言わなければ、分かってもらえない。社会人になってからは、自分で切ってると言っても信じてもらえない。
俺はセルフカットを手に入れ、月3千円と換算して年間3万6千円の儲けだ。美容室に通ってたら、もっとコスパが良い!
あなたも、レッツ! セルフカット!