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神様のケンカに巻き込まれたシリーズ

Which. Which? Which! 『スイッチ オア スライド』

作者: 廿楽 亜久

 打ちっぱなしの小さな部屋の三分の一にだけひかれたゴザ。そこに座り、鼻歌交じりに何か作業をしているブレザーを着た少女は白い球体を作るように紐を縛れば、できあがったそれを窓にかざす。


「ねぇねぇ、宗ちゃん。宗ちゃんはてるてる坊主に顔かく派?」


 てるてる坊主を下ろしながら振り返れば、『宗ちゃん』こと玉打宗司(たまうちそうじ)は教科書から顔を上げた。少女とは違い、ゴザのひかれていない場所に置かれた椅子に座っている宗司は少女、衣笠喜美(きぬがさよしみ)の手に持つ無地のてるてる坊主を見ると、


「かかないですよ」


 そう答えた。


「だいたいなんです? てるてる坊主の顔かく派、かかない派って」


 そんな些細なことでさえ派閥ができてしまうのだから、対立してケンカだって絶えないのだろう。人間同士ならばいいが、神同士の対立を想像しては当事者として少し頭が痛くなる。


「ちょっと気になっただけだよ」


 そういって喜美はマジックペンを持ち出すと、目を書き入れた。

 できあがったてるてる坊主を嬉しそうに窓枠につれば、総勢五人のてるてる坊主ができあがった。ここ最近雨が降り続き、そのたびに作っていたらこの数だ。


「……先輩、雨の方がいいんじゃないんですか?」


 喜美は、神使と呼ばれる天から才能を与えられた人間だった。その才能は、“傘作り”。名前だけ聞けば、それほど魔の退治には使えそうにない才能だが、実際のところは逆。

 祓魔の才能は傘作りの才能に付加されているため、直接的に使える人に比べては力は弱いものの、その才能によって作られた傘は全て祓魔の力を持つため、ただの一般人でも魔を倒すことが可能になる。つまり兵を増やすことができる才能であるため、物作りの才能を持つ人間は社会的にも必要とされていた。


「そんなことないよ? 傘は別に雨を遮る以外にも日だって遮れるよ」

「ついでに視線も遮ってるんですか?」


 日傘ならばあまり気にしないだろう。しかし、普通の傘を晴れでも関係なくさしていれば誰だって目をやる。

 不思議そうに目を瞬かせると、喜美は笑った。


「そうかもね」


 喜美は宗司に近づくと教科書をのぞき込んだ。宿題と思われる場所には印がついており、もう終わりに近いようだ。


「すごいなぁ……宗ちゃんは数学もできるし。もしかして、数学の才能もあった?」

「ない。別に宿題なんて今日やったところの数字変えればいいだけでしょ」


 ただそれだけだ。考える必要なんてあまりない。


「簡単に言ってくれるなぁ……私、数学は本当に意味わからないんだから!」

「胸張るな! 理解しようとしてやるからだろ。この公式はなぜ。とか考えないでやれば人並みにできる」


 最後の計算を終え、答えを書いて顔を上げれば、少しだけ寂しそうに眉を下げた喜美の顔。


「なに……」

「それ、楽しい?」

「たの、しい……? 勉強が? 楽しいわけないだろ。得意な奴ならわかんないですけど」

「得意とかじゃないよ。好きとか楽しいって、別にできるできないは関係ないと思う」


 ゴザに座ると、喜美は難しい表情をして唸る。


「まぁ、勉強が好きって人は少ないとは思うけど」


 「それに」と続けると、宗司を見上げた。その目には寂しげな色が浮かんでいて、宗司は目を逸らした。


「宗ちゃんが数学好きなら、それでいいと思ったんだよ」


 何も答えられなかった。勉強も数学も、好きでもなんでもない。やらなければいけないからやっているだけ。


「あ、そうだ! 傘作り一緒にやる?」

「なんでそうなるんだよ!?」

「宗ちゃんも好きになるかもしれないじゃん!」


 いつからか、喜美は宗司が好きなことを探そうとしていた。その原因は、宗司が一番知っていたし、否定することもできなかった。


「私は私の好きなことを宗ちゃんに勧めることしかできないけど……大丈夫! 傘作りってひとりでやるわけじゃないから、宗ちゃんの好きなことを勧めてくれる人と絶対に会えるから。会えるまで一緒にいろいろなことしよう」


 その微笑みに勝てたことは一度だってなかった。


「なら、ちょっとだけ……」

「うん! なら、いこっか!」


 早速向かったのは、喜美が傘を卸している傘屋だ。手頃な値段の物から、台風で壊れたら涙が出てきてしまいそうな値段のものまである。一部、時代が合っていないようなものまである。

 レジにいた店長は喜美を見ると、慌てて駆け寄ってくる。


「衣笠ちゃん。急にどうしたの? 後ろの子は? 彼氏?」

「幼馴染の宗ちゃんです。傘作りを一緒にやろうかなって思って。たしか、体験用のセットありましたよね?」

「ちょっと待って」


 店長は一度奥へ消えると、すぐに奥から手を振ってくる。


「大丈夫だから上がってきて」

「はーい。行こ」


 奥の部屋に入ると、フローリングの小さな部屋。その中心に置かれた箱いっぱいに詰められた着物の生地。

 ふたりが言うにはこれを好きに組み合わせて傘を作ることができるそうだ。


「月に一度やってるの」

「いいんですか? お邪魔じゃ」

「いいのいいの。骨組みとか貼り付けは衣笠ちゃんが手伝ってくれることも多いし。それに月一教室は布作って張って終わりだけど、宗ちゃんは骨組みからやってもいいから」


 場所は貸してくれるそうなので、早速取り掛かってみれば、頭を悩ませている喜美。


「どうしたんですか」

「傘作ることは得意なんだけど、布に書く絵とかになると得意じゃなくて……おもしろいけど、すごく難しいよね!」

「……普段はどうやって作ってるんだよ」

「無地とか、蛇目傘は色とかだけだし。いざ、こうして着物の生地だと難しい。レインボーとかどうかな?」


 三角形に折ながら並べてみては楽しそうに頭をひねっている喜美に、宗司も箱の中からひとつ取り出してみた。


***


 翌日のこと。風紀委員会による手荷物検査が行われていた。宗司のカバンを見たひとりが驚いたようにそれを取り出した。


「パチンコ……? それにビー玉まで。両方とも持ち込み禁止ですよ」


 教室にいた誰もが最初、その言葉に耳を疑った。慌てたのは同じ風紀委員会の委員長。


「バカ! 玉打は神使だっての」

「へ!? 神使って衣笠先輩だけじゃないんですか?」

「玉打もだっての……悪いな」

「いえ……一応、持ち込み禁止ではありますから。気にしないでください」


 神使は特例として、その才能に関係あり、魔を祓うために必要なものであれば学校へ持ち込むが許されていた。そのため、風紀委員も先に注意しているのだが、喜美のことしか知らなかったらしい。

 パチンコを鞄に戻していれば小声で話す声が嫌でも耳に入ってくる。


「パチンコの才能って、なんかな」

「金は稼げそうじゃね?」

「そのパチンコじゃねぇって」

「でも、確かにおもちゃだもんね」


 小学生の頃は、足が速いやつだったり、運動ができるとモテるように、パチンコが別格にうまかった宗司は学年問わずヒーローだった。

 しかし、年齢を重ねる毎にパチンコはただの子供の遊びに成り下がった。それがうまいからといって何か変わるわけではないし、むしろいつまでも子供の遊びから離れない人は周りから冷ややかな目で見られた。

 例え冷ややかな目を向けられようと切り離せないのが、天に与えられた才能というもので、きっと一生パチンコを持ち続けることになるのだろう。


「……どうせ天才になるなら、使える才能がほしかったな」


 どこかには物事を教える才能や、二輪車を乗りこなす才能といったものを授けられた人もいるという。そういったものであれば応用も効く気がする。才能なんて選べるものではないが、選べるならパチンコの才能なんて選ばなかっただろう。

 ため息混じりに窓枠に寄りかかれば、どこからか聞こえてきた懐かしい音楽。魔が現れたらしい。それからクラスメイトの悲鳴。


「ッ」


 慌てて教室に入れば、窓から下を指さしているクラスメイト。カバンからパチンコを取り出してのぞき込めば、魔が二体いた。

 窓を開けてビー玉をふたつ引っ掛け、飛ばした。ビー玉は二体に穴を開けると、魔は声を上げそのまま倒れる。


「玉打! 衣笠が!」


 教室に飛び込んできた風紀委員長の言葉に、教室を飛び出した。


 傘で貫かれた魔は、ぎこちない動きをしていた。乱れた息を整えながら様子を伺っていれば、視界の隅に黒い影。ボタンを押して開けば、強い衝撃が襲いいくつか骨を折った。


「あ……折れちゃった」


 開いた傘を見つめると、長めに息を吐き出した。


「あのね、宗ちゃん。パチンコがすごく得意なんだけど、好きじゃないみたいなの。だからね、無理させたくないと思わない?」


 飛びかかってくる魔に傘を肩にやると、もうひとつ、短い折りたたみ傘を向けると、ボタンを押した。ワンタッチで伸びるタイプの傘は、魔の胸を貫く。しかし、まだぎこちないものの動いている。

 喜美の目が恐怖に揺れた。逃げ場はなかった。魔が睨む視線を遮るように傘の位置をずらす。


『すごいすごーい! 宗ちゃんの早撃ちかっこいい!』

『……かっこよくなんてない』


 昔は確かに楽しんでいたはずなのに、いつからかただ得意なだけなことになっていた。

 得意でも楽しくないなら辛いだけ。ここにいる魔を祓えば、宗司はパチンコを撃つ必要はなくなる。それで一緒に傘作りに行こう。好きじゃなかったら、今度は何に誘おうか。

 折れた骨が食いちぎられ、魔の視線が喜美を睨んだ。足元からも迫ってくる先程倒したはずの魔。


「――ッ」


 息をのんだその瞬間、二体の魔の頭に穴が開いた。


「宗、ちゃん……」

「大丈夫ですか? 先輩」

「……うん」


 安心したのか喜美の目は少しだけ潤んでいた。


「な、なに……? どうしたんだよ」

「ううん。宗ちゃんの早撃ち、やっぱりすごくかっこいいなって」


 素直にそう答えれば、宗司は目を見開くと頬を引っかきながらあらぬ方向に目をやった。


「その、なんていうか、先輩に褒められるのは、嫌いじゃないっていうか……」

「!」

「だから、そんなに気にしないでくださいよ」


 しばらく瞬きすることすら忘れていた喜美は、ゆっくりと表情を崩すと頷いた。

 それと同時に現れた顔を隠した諮問会。


「汝らに問う」

「げぇ……」


 宗司はあからさまに嫌そうな顔をし、喜美も少しだけ頬がひきつっていた。


「傘はワンタッチで開くものが良いか、それともそうでなくとも良いか」


 相変わらずどうでもいいことでケンカしていると、頭を抱えそうになっていれば、喜美は大きな声で答えた。


「どっちもいいと思うし、そんなことでケンカするならカッパを着たらいいと思います!」


 第三の答えに、諮問会はその場から消えると、すぐに魔も消えていった。


「あ、アレでいいのかよ……」


 呆れていれば目に入った喜美が肩にやっている一部が抉れた傘。


「…………先輩」

「なに?」

「先輩って傘の修理できるんですか?」

「できるよ? ただそっちにすごく才能があるわけじゃないから、カンペキにはいかないんだけど」


 喜美も抉れた傘に触れながら、直せる程度か考えていた。傘作りの才能はあるが、修理の才能はないらしく、祓魔の力は下がってしまうだろう。


「じゃあさ、昨日のアレさ、それのない部分に当てて修理とか、できる? 俺がやっても変わらないなら、だけど」

「…………」


 本日二度目の言葉もまばたきも忘れれていたものの、何度も頷いた。


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