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ジェネシス・ギア  作者: 橋本
第一部 新たな歯車
5/6

第5話 ジェネシス・プログラム

説明回です


 泰智が瞼を開けると、淡いランプの明かりが視界に入った。

 まどろむ意識の中、泰智は周囲を見回した。

 見たことのない洋風な造りの部屋だった。洒落たアンティークが備え付けられており、どれも高そうなものばかりだった。


 一見して裕福そうな家だと判る。綺麗な木造のテーブルの上には一輪の花が花瓶に生けられており、部屋の隅には暖炉まであった。

 泰智はむくりと上体を起こした。どうやらベッドに寝かされていたようだ。


「目が覚めたか」

 不意に横から声がかけられた。

 左を向くと、そこにはソファに座って泰智を見つめる一人の女性の姿があった。

 ウェーブのかかった赤毛。切れ長の目。まだ十代だろうが、大人びた風貌の端正な美人だった。


「あ、あなたは……?」

「私はスメラギ・マイカ。君は横山泰智君だな?」

「は、はい。そうです、けど……あの……」

「ここは私の自室だ。君はあの住宅街で突然倒れて、私がここまで運んできたんだ」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」


 多少寝ぼけた感覚が残っている頭ではまだ事態がよく把握できていなかったが、どうやら泰智はこのマイカと名乗った女性に助けられたようだ。


「それで、どこまで覚えてる?」


 仕切り直すようにマイカが尋ねてきた。

「え、どこまでって?」

「ギアを出したことは覚えてるな?」

「ギア?」

「あの銀色の少女……あれは君のアバターだな?」

「あ――」


 その言葉で、先程の光景が泰智の脳裏に蘇ってきた。

 自分を連れ去ろうとする男たち。

 宙を這い回る銀色のコード。燦然と輝く白銀の光。


 飛び散る鮮血……それに塗れたベルの姿。


「――うっ!」

 あたり一面にぶちまけられた男たちの血の匂いを思い出した泰智は思わず口許を抑えてえづいた。

「大丈夫か?」

 心配そうに尋ねるマイカに泰智はなんとか頷き返した。


「あ、あれは……いったい……。ゆ、夢……?」

「現実だ。少なくとも、私たちにとっては」

 マイカはリモコンを手に取り、テレビの電源を付けた。

 そこで泰智は初めて気づいたが、もう時刻は午後十時を回っていた。

 点けられたチャンネルではニュースが報道されていた。


『――本日夕方六時ごろ、浜城市の住宅街で複数人の男性の変死体が発見されました』


 泰智が息を呑んだ。

 テレビに映し出されていたのは、まさしく泰智が攫われそうになったあの住宅街だった。

 まだ完全に拭き取られていない血痕が生々しく残り、大勢の警官と野次馬が集まっていた。


『――現場は閑静な住宅街で、事件当時は人気もほとんどなかったようです。外が騒がしいと感じた住民が様子を確認したところ、道路におびただしい血痕と複数人の男性の死体が放置されていたとのことです。またほぼ同時刻にすぐ傍で一台の乗用車が炎上し塀に激突、爆発するという事件も起こっており、住民の中には銃声らしき音が聞こえた、と話す人もいたようです』


 紛れもなく、先ほど泰智が体験した出来事そのままがニュースで報じられていた。

 泰智の痩身に、ある種の絶望感がのしかかる。


「夢じゃ……ないんだ」

 茫然と呟く泰智を気遣ってか、マイカはテレビの電源を切った。


「……何から話そうか。少し長い話になるんだが、いいか」

 泰智が頷くと、マイカは腕を組んで視線を上に向けた。


「そうだな……。一八年前、とある研究グループが、自らの意識を電子化して電脳空間に転送、保存するという実験に着手した」

「……ごめんなさい、分かりません」

 急に難しい話が出てきて泰智は呆気にとられた。


「自分の記憶をセーブデータにしてパソコンに保存するようなものだと思ってくれ」

「あ、それなら分かります」

「この研究により、人間はその記憶を仮想空間に保存し、それを再読み込みできる機械の身体に再転送すれば、擬似的な不老不死を得ることも夢ではないと世界中の注目を集めた。

 ――が、計画の最終段階で実験は失敗。実験に参加した八人の意識が突如消失した。すぐに八人の意識のサルベージが行われたが、結局、戻ってこられたのは二人だけだった。計画は失敗に終わり、その危険性から、プロジェクトも凍結した」


 人類初の試みは、六人の犠牲者を出して幕を下ろしたということだった。


「生還した二人は研究グループの中でも抜きん出た天才だった。二人の名はアルフ・マギーとエルザ・オースティン。まだ若い男女だったらしい」


 名前から察するに、アルフが男性で、エルザが女性だろう。


「研究グループのメンバーが二人に詳細を尋ねると、二人とも口を揃えてこう言ったそうだ。『見たこともない世界へ飛ばされ、そこでコードの大渦を見た』と」

「コードの……大渦?」

 上手くイメージできず、泰智は首をかしげた。


「二人によると、信じがたい程の膨大な量のデータが竜巻のように荒れ狂う空間に突如意識を転送されたらしい。エルザがその渦のデータ容量の一部を計測していたが、桁が大きすぎて計測不能……いわば宇宙の広さを求めるような途方もない値が出たらしい」

 泰智には疎い分野の話だったが、マイカの語る話の凄さはなんとなく伝わってきた。


「グループはその正体不明のデータの捜索に出たが、目当てのものは見つけられなかった。事故の原因も判らないまま、ついにはプロジェクトの凍結も決まった。

 だがアルフとエルザは諦めきれず、事故が発生した時と全く同じ状況を再現しての実験の再始動を行おうとした」

「え、危なくないんですか、それ」


「その通りだ。同じ轍を踏むわけにはいかない。そこで二人が考案したのが、自分の代わりに電脳空間へ潜るバーチャル・アバターの存在だった。自分の分身となる電子キャラクターを作成し、それに同じ実験をさせたんだ。

 ――二人の思惑通り、アルフとエルザのアバターはその謎の領域への到達に成功し、件のコードプログラムへ辿りついた。プログラムの解析を行った二人は、それが電脳空間の全てのサーバーに干渉していることに気がついた」

「全てのサーバーに干渉……ってどういうことですか?」


「要するに、当時世界中に存在していた全てのサーバーへ自由に侵入できるということだ。高校生のブログページからCIAの機密情報まで、全てを掌握できる状態にあったらしい」

「それって……凄くないですか?」

「凄いな。何が凄いって、そんなプログラムは電脳空間のどこにも存在していないということが何よりも凄い」


「え?」

 マイカの言葉の意味を理解できず、泰智は呆けたような声を漏らした。


「存在していない? でも、今あるって」

「電脳空間にはな。よく考えてみろ。容量が計測不能と出るようなプログラムをどうやって管理するんだ。電脳空間にそんなデータが存在するなど有り得ない」

「そ、そうなんですね」

 泰智には難しくてよく分からなかったが、とりあえず納得することにした。


「よって二人は、この世界には『現実世界でも電脳空間でもない、全く未知の領域』が存在すると考えた。実験中の事故は、何らかの原因で被験者の意識がその領域に迷い込んでしまったために発生したのだ、と」


「未知の空間、ですか」

「そうだ。二人はその空間を『コードスペース』と名付けた」

 なんだか話が壮大になってきたな、と泰智は気圧されたように息を吐いた。


「そのデータを解析していく内に、二人はそれが電脳空間を司る制御プログラムなのではないかと考え、続いて、そのソースコードを書き替えることはできないのだろうかと興味をもった」

「コードを書き換えるって、そんなこと出来るんですか?」


「並の人間にはプログラムの解読すらできなかっただろうな。稀代の才能を持った二人だからこそできた試みだ。そして制御プログラムの一部を書き換えたとき、異変は起こった。……一五年ほど前に大規模なサイバーショックがあったのを知っているか?」


「あ、聞いたことあります。世界中のインターネットが動かなくなった事件ですよね?」

「そうだ。時間にして二○時間ほど世界中の通信機器が不能になり、世界中が大混乱になった。当時は大規模サイバーテロではないかと言われたあの事件だが、あれはコードスペースの制御プログラムを不用意に弄ったために発生した事故だったらしい」


 もしその話が本当ならば、確かにとてつもない事実だ。

 泰智の記憶には残っていないが、今でもその事件の原因は不明となっている。

 まさかそんな背景があったとは。


「つまり、その制御プログラムは世界中のインターネットに影響を与えるプログラムだった、ってことですか?」

 泰智がそう尋ねると、マイカは苦々しく首を横に振った。


「……そんな簡単な話ではなかった。君は二四年前にメキシコで起こった旅客機の不時着事故のことは知っているか?」

「いえ、知りません」


「二四年前、メキシコの国際空港への着陸を試みた一機の旅客機が着陸に失敗して大破。二○○人を超える死傷者を出した事故だ。これも、二人がその制御プログラムに干渉したために引き起こされた事件だ」

「プログラムを書き換えて飛行機を墜落させた……?」


 いまいちピンとこなかった。

 凄いプログラムを弄ったらサイバーショックが起こった、というのはまだ解るが、プログラムの改竄行為が旅客機の着陸失敗にどう繋がるのだろう?


「――というより、その事故は実際には起こっていないものだったんだ」

「……? 誤情報だったってことですか?」

「いや、実際に事故は起こったことになっている。死傷者も確かに出ているし、当時の記事も見つかっている。現地の人々の記憶にもその事故のことは残っている。――だが、それは二四年前には起こってなどいなかった事故だったんだ」

「……? すみません、意味がよく解らないんですけど」

「無理もないな。このあたりから君にとっても理解に苦しむ話をすることになるが……」


 そこでマイカは一度、言葉を探すように視線を泳がせた。

「もう一度私が言ったことを思い出してくれ。プロジェクトが開始されたのが一八年前。制御プログラムを操作できるようになったのはその三年後、一五年前だ。そして事故が起こったのは二四年前。プログラムを弄ったところで九年前の事故になど干渉できると思うか?」

「あ、言われてみれば」

 ではいったいどういうことなのか。


「――簡単に言うと、歴史の改竄が行われたんだ」


「……は? 歴史の……え?」

 思ってもみなかった答えに、泰智は思わずポカンと口を開いた。


「二四年前にはそんな事故などなかった。二人はそれを事前に確認した上でプログラムを書き換えた。それがどのような結果をこの世にもたらすのかを確認するための実験だ。結果は、歴史は書き換えられ、実際には起こってもいないはずの事故により、死んでいないはずの人間が死に、それに関する人々の記憶も改竄された」


 マイカの語る話は完全に泰智の理解を超えていた。

「じゃ、じゃあそのプログラムを書き換えれば、過去の出来事が変わるっていうことですか?」

「過去の出来事だけじゃない。今後、未来に関する出来事も自由に書き換えられる。その気になれば、この宇宙の法則すらも好きなように書き換えられる可能性がある。まさに神の如くな」

「……神?」


 いきなり出てきたその単語に泰智が気圧されていると、マイカは「そうだ」と話を続けた。


「――神のプログラム。二人はそれを『Gプログラム』と名付けた」


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