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ジェネシス・ギア  作者: 橋本
第一部 新たな歯車
3/6

第3話 具現・殺戮-2


 泰智は緊張の面持ちで会場へと到着した。

 電車で五駅ほど行ったところにある市民会館が決戦の舞台だった。

 参加者であることを証明するネームプレートを胸につけた泰智は指定されたホールへと移動した。


「うわあ……すごい人数だな」

 会場についた泰智はまずその参加者の数に度肝を抜かれた。

 数百人ほどの人間がホールに集められていた。

 基本的に立候補すれば誰でも大会に参加できるので、メイキングファイターの参加者は毎年軽く四桁を超える。


 全国の都道府県の予選で優勝した四七名でリーグ戦を行い、成績上位八名が決勝トーナメントへと駒を進めるのだ。

 無論、泰智もまさかここで優勝できるとは思っていない。

 まずは一回戦突破。それが今回の目標だ。


 そのとき、一人の男性がホールの壇上に登った。どうやら彼が進行係のようだ。

『――えー、参加者の方は全員お集まりですね。それでは時間ですので、これより第五回メイキングファイター全国大会の県予選を開催いたします!』

 おおおおッ! という歓声と共に拍手が鳴り響いた。泰智もつられて拍手をした。


 それから司会者は大会の概要をすらすらと説明し始めた。

 会場に用意されたパソコンは五○台。

 一度に二五試合が可能ということだ。それ以外の参加者は控室で他のプレイヤーの対戦を観戦することができる。


 泰智は最初の二五試合の内の一試合に組み込まれていた。

 ホールに集まった大半の参加者が控室へ案内される中、泰智を含めた五○人はホールに残され、それぞれ一人一台ずつパソコンを割り当てられた。


「おう、よろしくな!」

 対戦相手の男が元気よく挨拶してきた。タンクトップ姿の体育会系の男だった。ネームプレートには『岩田』と書かれていた。


「あ、よ、よろしくおねがいします」

 泰智がたどたどしく挨拶を返す。周囲を見ると、他の参加者も互いに対戦前の挨拶を交わしていた。これが大会の雰囲気なのか、と泰智はドキドキしながら椅子に座った。


『それではプレイヤーの方々はアバターメイクをパソコンへ接続してください』

 司会者の指示に従い、泰智は割り当てられたパソコンにアバターメイクを接続した。

 見慣れたメイキングファイターのタイトル画面が現れ、データの読み込みが終了するとモニターにベルの姿が現れた。


それとほぼ同時に相手のキャラクターも画面に表示された。

 キャラクター名は『アーノルド』。

 全身が真っ黒に焼けたムキムキのスキンヘッドなキャラだった。見るからにパワータイプだ。


『では第一試合、始めてください!』

 司会者の宣言と同時に画面はバトルフィールドへと移った。


 フィールドは事前に運営側に指定されている。

 暗い地下駐車場が泰智の決戦のフィールドだった。このステージでの戦い方は何度も繰り返し頭に叩き込んである。


 『BATTLE START』の文字が表示され、ついに泰智の緒戦が始まった。


 ――だ、大丈夫だ。僕だってがんばってきたんだ!


 興奮と緊張で早打つ鼓動を感じながら、泰智はギュっとコントローラーを握りしめた。

 開幕、アーノルドがベルに向かって突進する。

 アーノルドは武器らしいものを装備していない。見た目通りその拳が武器なのだろう。

 リーチではベルが圧倒的に勝っていることを把握する。


 ベルは腰から一振りの剣を取り出した。

 刃渡り一メートル程の長さで、刀身は薄く細い。

 ソードというよりはサーベルに近いデザインだった。


 これも泰智が自作したベルの専用武器だ。

 近未来化が進んだベルの世界ではほとんどの武器が最先端の光学兵器ばかりだが、そんな中でベルは人智を超えた月の精霊から、この神秘のミルキークォーツを授かった。

 あらゆる攻撃を弾き、どんな硬い金属も一太刀で切り捨てる最強の剣。――という設定だ。


 序盤の攻防が繰り広げられる。

 まずは互いのキャラクターがどんなタイプなのかを知るのが鉄則だ。


 メイキングファイターはその仕様上、基本的に対戦相手のキャラクターの情報を事前に知ることができないため、キャラクター毎の対策がしづらい。

 闘いが進むにつれ、互いにだんだんと技やコンボを晒し合い、そこに駆け引きが生じていく。


 泰智はひりつくような緊張感の中、努めて冷静にアーノルドのキャラクター構成を分析していく。


 スタンダードな近接型で、リーチは短いが技はどれも速く隙は少ない。

 コンボは派生よりも始動のバリエーションを重視。

 プレイヤーである岩田の傾向としては、攻撃と防御のメリハリに優れる。

 見た目とは裏腹に無暗に攻め続けるタイプではない。

 若干の連打癖――。


 ――とにかくコンボを出しまくるタイプならベルのスピードで翻弄できるが、そういうタイプでもない。

 となれば、最も有効な手段はカウンターだ。徒手のアーノルドは剣を持つベルに比べリーチで大きく劣る。この差を活かしてカウンターを仕掛けるしかない。


 アーノルドの右ストレート。

 バックダッシュで逃れるベルに僅かに届かず、その硬直をベルのミルキークォーツが絡め取る。

 上段の薙ぎ払い――をフェイクにした下段斬り。


 しかし岩田は即座に反応した。

 ベルの牽制を見抜き、下段斬りを上空からの空中ダッシュで回避。

 そのまま攻撃を仕掛ける。咄嗟に防御するベルだったが、地面に着地したアーノルドは流れるような動作で攻撃を下方に移す。


 上空からの攻撃に対しての防御態勢しか取っていなかったベルの足許を、アーノルドの鋭い足払いが刈る。


「あっ!」

 思わず泰智の口から声が漏れるがもう遅い。

 足払いで浮いたベルの身体をアーノルドのアッパーカットが打ち据える。上空へと浮き上がったベルを追ってアーノルドも跳躍。

 絶好の空中コンボの位置。攻撃を受けて硬直中のベルは泰智のコントロールを離れている。


 そのまま無防備なベルの身体へ次々とアーノルドの空中攻撃が炸裂する。

 パワータイプのアーノルドの一撃の重さはベルの比ではない。見る見る内に減少していくベルのヒットポイント。

 見事に空中コンボを決められたベルが為す術もなく落下したその地点で、待ち構えていたアーノルドが必殺技の構えに入る。


『うおおおッ! くらえ、『爆裂拳』!』


 画面にアーノルドのカットインが入り込むと、力強く振りかざしたアーノルドの右拳が激しい炎を纏い、勢いよくベルに向かって撃ち出された。

 凄まじい轟音を響かせながら、爆炎が地下駐車場の暗闇を散らす。


『きゃあ!』

 必殺技の直撃を受けたベルは呻き声をあげながら礫のように吹き飛ばされ、駐車場の柱に激突する。

 その隙を見逃すことなく迫るアーノルド。ベルの起きあがりの隙を狙うつもりだ。


 ――まずい!

 アーノルドの狙いを察した泰智はすぐさまベルを後退させる。

 間一髪のところでアーノルドの追撃を回避したベルはそのままアーノルドに背を向けて逃走する。


 アーノルドもそれを無理に追うことはしなかった。未だヒットポイントに余裕のあるアーノルドに対し、ベルは既にヒットポイントの七割を失った。

 攻め込まずともきっちりと迎撃していれば自ずと勝利は確定する。


 アーノルドから距離を取ることには成功したベルだが、開けられた差をどのように埋めるべきか、泰智は歯噛みした。

 アーノルドはそれほど俊敏に動けるタイプではない。

 対してベルは俊足タイプのキャラクターに育てている。その持前の機動力を活かして、とにかくアーノルドを撹乱しようと試みる。


 宙を舞い、柱を蹴り上げ、地下駐車場内を縦横無尽に駆け抜けるベル。

 そのスピードはアーノルドを圧倒していたが、アーノルドは駐車場を滑る銀色の光芒をしっかりと視界に留め続けていた。

 なんとか死角に潜り込もうとするベルだが、アーノルドはベルから絶妙な間合いを取り続け、常に迎撃態勢を崩さない。


 苦し紛れに繰り出されるベルの突き攻撃。

 だがいかに素早いとはいえ見え見えの中段攻撃など容易く防御され、アーノルドの強靭な筋肉の鎧にはダメージを与えられない。


 アーノルドは常にベルから一定の距離を保ち、突き以外の攻撃が届かない位置を確保している。

 これ以上接近すればそれはアーノルドにとっても攻撃圏内だ。


「上手い……」

 対戦相手を分析していたのは泰智だけではない。岩田もまた序盤の攻防でベルの性質を推し測っていた。


 敗北の恐怖心が泰智の攻撃意欲を削いでいく。

 いざ攻め込もうと意気込んでも、アーノルドが少し攻撃の素振りを見せるだけで泰智は慌ててベルを後退させてしまう有様だった。

 ベルに出来るのは、駐車場を淀みなく飛び回りながら、コンボに繋がりにくい突き攻撃をときおり繰り出すことだけだった。


 ――だめだ、相手の方が格上だ……。

 ベルが攻撃の手を見いだせないまま臆病に突き攻撃を繰り返している内に、制限時間が刻々と迫ってきていた。

 残りは一七秒。まだ両者のヒットポイント差は歴然だ。このままタイムアップを迎えればアーノルドの勝利が決定してしまう。


 残り一二秒。ここまでくればアーノルドも攻め込んでくる気はないのか、じっと防御の姿勢を取り続けている。残り一○秒。敗北の瞬間が迫る。


「――っ」

 だが泰智はまだ諦めてはいなかった。ベルには一発逆転の手が残されている。

 序盤で必殺技を使用したアーノルドは、必殺技を使用するためのリミットブレイクゲージをほぼ使い果たしている。

 一方でベルはそのゲージを試合中ずっと温存しており、あと僅かでリミットは限界まで溜まり、超必殺技を使用可能な『オーバーリミットブレイクモード』へと移行できる。

 もはやそこに一縷の望みを託すしかない。


「――いくぞ、ベル!」

 意を決してベルが地を駆ける。

 一筋の白銀の閃光となって迫るベルをアーノルドが迎え撃つ。

 フェイントを一つ加えての突進で瞬時にアーノルドへと肉薄するベル。

 しかし相手もまた場数を踏んできた実力者だ。ベルのフェイントを瞬時に見抜き、絶妙なタイミングでの右ストレートを突き出した。

 アーノルドの使用できる攻撃の中で最速の攻撃でありながら、次のコンボへと繋がりやすい一撃だ。これを食らえばベルの敗北は決定する。


 しかしその攻撃こそ泰智の待ち望んだ展開。

 徹底した防御態勢が攻撃へと転じるその瞬間。その隙。全てはそこを狙い澄ましてのことだった。


 アーノルドの右ストレートがベルを捉えるよりも一瞬早く、ベルは俊足を活かしたバックステップで素早く距離を取る。

 コンマ数秒でも遅れれば間違いなくベルの眉間に打ち据えられていた拳を紙一重で回避しながら、ベルはアーノルドの攻撃圏外、かつミルキークォーツの攻撃圏内という絶好の位置を、アーノルドの攻撃モーション中に取ることに成功する。


 ――ここだ!

 千載一遇のチャンスを掴み、ついに振るわれるベルの斬り払い。

 中段から下段、そして打ち上げへと転じたコンボ攻撃が決まり、アーノルドの身体が宙へ浮く。

 それと同時に鳴り響く効果音が、ベルのリミットブレイクゲージが溜まりきったことを告げていた。


「なっ! しまった!」

 岩田が焦燥の声を発する。

 だがもはやアーノルドはベルの攻撃によりコントロール不能に陥っている。

 すぐさまベルはオーバーリミットブレイクモードを発動。残り時間は四秒。ここで決めるしかない。


 泰智は素早く正確に、超必殺技を発動させるための特殊コマンド《オーバーブレイクコマンド》の入力を成功させる。


『これで終わりです!』


 台詞と共に差し込まれるベルのカットイン。

 ベルがミルキークォーツを大振りの構えで振りかざす。

 途端、ベルの前方に吹きすさぶ旋風。

 嵐にも似たその風は螺旋を描きながら急速に球状に収束していく。


 嵐を凝縮したかのような風の塊に向けてベルのミルキークォーツが振りぬかれ、超必殺技、『エアロ・シュトローム』がアーノルドへのヒットを確定させる。


 ミルキークォーツが風の塊を斬り裂いたと同時に、密集していた全ての風が解き放たれた。

 旋風は暴風と化して、大気を余すところなく斬り刻みながら突き進む。

 視界を眩ますほどの爆風は地下駐車場の柱や壁を蹂躙し、無数のカマイタチが車を次々と両断していく。


 圧倒的な風圧に吹き飛ばされたアーノルドにカマイタチの連打が襲いかかる。

 岩田の顔が焦りに歪み、泰智が勝利を確信する。

 駐車場を震わせる巨大な衝撃が発生したそのとき。



 ――予選会場にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。



『――ERROR SYSTEM OUT――』


「え――?」

 困惑の声は泰智やその対戦相手の岩田、そして二人の試合を観戦していた他の参加者たちの口から同時に漏れ出た。


 泰智のパソコンのモニターが突如異変を起こし、ブラックアウトした。

 どうやら岩田のものもそうであったようで、互いに突然のエラーに動揺の表情を浮かべた。


「どうかしましたか?」

 近くで会場を監視していた係員が数名駆け寄ってきた。

「あ、あの……なんか急に画面が……」

「フリーズかな? いや、でも何か様子が……」

「ああっ!!」

 不意に悲鳴にも似た大声が泰智に聞こえてきた。それは岩田の声だった。


「ア、アーノルドが!」

「どうしました?」

 別の係員が岩田の傍へよって尋ねる。

 他の参加者も何事かと泰智たちの方を眺めていた。

 岩田はパソコンから取り外したアバターメイクを両手で抱え、わなわなと肩を震わせていた。


「俺のアーノルドのデータが消えてる!」

「え?」

 係員が岩田のアバターメイクを確認する。

 泰智の方からではどうなっているのか確認できないが、係員の様子から、どうやら確かに岩田のアバターデータが破損しているようだった。


「お前、なんかしたんじゃないだろうな!」

 岩田が泰智を指さしながら叫んだ。


「え、な、何かって!?」

「お前のアバターが必殺技を出したらこんなことになったんだ! お前のせいじゃねえか!」

「そ、そんな……!」


「まあまあ、落ち着いてください。ゲームが落ちた際に何か不具合が生じた可能性があります。バックアップデータは取ってますか?」

「と、取ってるけどよぉ……」

「じゃあ、どうしましょう。ご自身でデータを復旧されますか? こちらに預けていただければ修理もさせていただきますけど」

 係員が岩田を説得している間に、別の係員が泰智に話しかけてきた。


「あなたが攻撃した際にエラーが発生したのですね?」

「は、はい……」

「まあ、たまにこういうエラーが出るんですよ。データがデリートされるというのは初めてですが。念のため、データプログラムの確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「プログラムの確認、ですか?」

「はい。あまり大きな声では言えませんが、稀にアバターメイクのデータを違法に改造して相手のデータを破壊するようなウイルスプログラムを組み込む悪質なプレイヤーがいますので」

「は、はい。わかりました。あの、でも僕……そんなことしてません」

「解ってます。念のため、です。形式的なものだと思ってください」


 泰智は係員に連れられて、がやがやとざわめき立つホールを出た。


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