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モンスターランド  作者: 牧名もぐら
第一章
6/6

雨の降る日

ウェインを心配する騎士たち。一方、ウェインはル・ギルと打ち解けていた。

※この回は「崩れて壊れて」の改版です。タイトル変更に伴い、内容も異なるものになりました。

以降の回は追って、本「雨の降る日」より派生したストーリーを投稿していきます。

 外界観測所では、混乱が起きていた。それまであった救難信号に加えてウェインの駆った『馬』の信号も受信したかと思えば、突如それらが途絶えたのだ。周囲の地形の、大規模な変形を伴って。


 次元城の前部にある広場では三人の、機械鎧を纏った騎士が今にも出撃をしようと準備をしていた。カルロとハーマン、そしてもう一人。ウェインを救おうと気を張っていたのが、観測所からの連絡でまたしばらくの間待機せざるを得なくなってしまい、カルロは焦りを募らせていた。


「くそ、まだ外の様子は分からないのか!」

「落ち着いてくださいカルロ」


 ハーマンが諭すように言う。


「こういう時こそ冷静になるべきです」

「しかし……くっ」


 カルロは『馬』に手をかけ、脱力したように座り込む。ヘルメットを着けた頭にもう一方の手を当てた。


「殴ってでも止めるべきだった……」

「鎧を着た相手にですか?」

「でなければ共に」

「鎧を着ていなかったのにですか?」


 言葉を詰まらせたカルロに、ハーマンは変わらず、ゆっくりと落ち着いた口調ではっきりと言った。


「カルロ、自分を責めるのも良いでしょう。過去を見つめるというのは成長に繋がることです。そう言った点であなたのそういう所は美点と言えるでしょう。しかし、カルロ、必要以上に自分を追い込んではいけません。そういったことを繰り返していると、自信を失ってしまうのですよ。あなたは誇り高い騎士、四聖剣セレオスタに選ばれし地の騎士です。さあ立って」


 ハーマンはカルロを立たせ、自分より大きな男の弱々しい目をしっかりと見た。


「我々に勇気と活路を見せてください。それがあなたの仕事なのですよ、カルロ」


 呆然としていたカルロもまた、ハーマンの目を見返す。自分を支える彼の両手の力強さと言葉を受けて、カルロの目に力がこもった。ハーマンの手を解くと、カルロは言った。


「そうだな、すまなかった」

「ああ、良かった。これで立ち直らなかったら殴っていたところです」


 カルロが苦い笑みを浮かべると、門の方で動きがあった。カルロとハーマンが同時にそちらを見る。何やら煌めく粒のようなものがあり、それが門と次元城を結ぶ橋の上を飛んできていた。光の粒は非統一的に七色に輝き、品よく『馬』に座っている騎士が指を伸ばすと、光るものはそこへ留まった。それからしばらく静止して、光が消えると、騎士はおもむろに『馬』から降り、カルロとハーマンに向かって言った。透き通る中に艶やかな深みのある声だった。


「ウェインは無事だって」

「ルクス、それは……」


 ハーマンが言い終わらないうちに、騎士は城へ戻るように歩いていく。まるで意に介していない自由気ままな立ち居振る舞いに、二人の騎士は何も言えなかった。


「相変わらずだな」

「ええ……ですが、彼女が大丈夫だというのなら大丈夫でしょう。しかし安心はできません。結局、問題は残っているのです」


 二人は顔を見合わせ、橋の向こうの門へと目をやった。次元城を囲む深淵の向こうには雪の被った山々が左右に延々と連なって見え、門は底知れぬ奈落の上に立っている。この城に住まう者たちにとって、いつも見ている変わらぬ景色。しかし、全く変わらないわけでは無い。


 次元の狭間にある太陽は、既に傾いている。


「このまま日を終えては、ウェインが次元城に帰還する見込みはなくなってしまいます」


 ハーマンの言葉に、カルロは踵を返した。


   ▽▲▽▲▽


 土の匂いが強くなっていた。草の香りが鼻腔をくすぐることはないが、土の香りの他に、何か焼けて炭化したような臭いがあった。風は吹くことはなく、木々のざわめきもない。その体を撫でるのは、小さなものが地を叩く音と、冷たい感触のみ。どちらも不快ではなかった。小さなものが自身の体にも降りかかっている感触に、ウェインは目を覚ました。


 一瞬見えた曇天に焦点が合う間もなく、目に水が入って瞼を閉じる。ウェインは深呼吸をすると、埃っぽさにむせながらも、体を地に預けたままにした。右手にはヴァフレットが収まっている。


『今、動いたのか』


 機械種の声が聞こえた。小さく唸るような音が聞こえて、ウェインはその機械種が自分のすぐ隣にいて、また身じろいだことを知った。


『おーい、動くなら声を出してくれよ』


 機械種の大きな声が、環境音を忘れさせる。ウェインは目を閉じたまま、また地に仰向けで寝た体勢のまま、口を開いた。


「俺を助けたのか」

『おお、おお、やったぜ、やったぜ!』


 地が揺れて、ウェインは機械種が立ち上がったことを察知した。声からしてあの極彩色の機械種だということが分かり、ウェインはあの長身の怪物が自分の近くで、雨乞いのような格好で天に感謝している姿を想像した。


『こいつはよぉ、聖霊の巡り合わせってやつだぜ』


 例によって感情豊かな声に、ウェインは雨の感触を身に受けながら訊いた。


「俺を殺さなかったのか」

『え? コロサナ? 人類種のセイシカンだっけ。なんで壊さなかったんだってことを訊いてるんだったらよ、それは俺が次元城に行きたいからだよ』


 機械種の言ったことに、ウェインは口元をゆがめた。


「次元城に機械種は入れないよ」

『なんでだよ』

「敵だからだ」

『敵かどうかはそれこそ、お前を壊さなかったことを見て決めて欲しいな』

「俺を囮に使う気かも知れないな」


 ウェインの発想に機械種は感心したような声を出す。ウェインは目を開き、一息吐いて、体を起こそうとした。筋肉にまるで力が入らず、腕と腹筋は体の重量に震える。想定外の苦戦にウェインも粘るが、ついに元の仰向け状態へと戻った。


「ああ、体が動かない」

『手伝おうか』

「頼む。名前は」

『言っただろ、ル・ギルだ』

「ウェインだ」


 ル・ギルは手をウェインの下に潜らせ、土ごと掬うような具合で彼を立たせた。そのままヴァフレットを立ててもウェインは自立できず、結局ル・ギルの手の上で座る格好に落ち着く。ル・ギルが大型の部類と言っても、所詮はウェインの五倍程度の大きさしかない。鋼鉄の手より片足はずり落ちていて、人一人がようやく乗ることが出来ていた。


 雨に濡れながら、ウェインは高所から周囲を眺めていた。目の前には大きなクレーターがあり、近辺には緑など一つとして存在せず、土には蠢いた跡があった。乾いた大地の埃っぽさは雨が降り続ける今もなお名残があり、そのわずかな粉塵が雨と合わさって霞を生んでいるようだった。


「俺がやったのか」

『まあ俺もだけど。それにしても驚いたぜ、人類種の力って初めてみたけどよ、すごいのなんの。風で立てなくなっちまうんだもんな』


 ウェインは黙って、膝に置いたヴァフレットを見る。琥珀色の刀身が濡れて、ウェインの顔を写していた。


『あんなんなら機械種とか余裕なのに、どうして負けてんだ?』

「さあ。そういうのはハーマンに聞いてくれよ」

『ハーマン? 人類種の仲間か』

「暗くなってきたな」


 ウェインは力なく空を見る。重く垂れこめた暗雲は、明らかに通常よりも暗く影を落としている。ウェインが暴発をしなければ、ル・ギルが火の加護で森を焼かなければ、今頃は夕日が見え始めている時間だった。


『暗くなるとまずいか』

「まだ大丈夫だ。それでも、今日中に次元城へ戻らなくてはならない。しかし俺は体を動かせないから――」

『お、え、良いのかよ!』


 一瞬気をよくした拍子にル・ギルの手元が大きく揺れて、ウェインが落ちかける。慌てて右手を添えて元の体勢に戻すと、二人は安堵の声を漏らした。


「俺を殺さなければな」

『気を付けるよ』

「とりあえず、『馬』を探そう」


 ウェインの指示に従ってル・ギルが歩み出す。雨に濡れた巨体は動く度に水滴を撒き散らし、体を捻れば肩や頭部の溝やくぼみから水が溢れる。雨音の他には、機械種の歩行音が一つだけだった。細身のル・ギルの見た目から想像できるものよりも、更にやや軽い足音だった。前後に伸びる二又の爪のような形状の足は、固い土にHに似た形の足跡を残す。


 ウェインは……奇妙な感覚の中にいた。あれほど憎く、破壊したくてたまらなかった機械種に抱かれて、攻撃の機を伺うとか、せめて手首は落としてやると言った目論見が、全く浮かばない。ヴァフレットに目を落とし、あるいはそうなのかもしれないと、ウェインはハーマンが言っていたこと思い出した。聖霊の加護は脳から発されるのだ。ル・ギルの話は、ヴァフレットのオーバーロードのことを言っているようだった。先代の空の騎士がそれで命を落としたことを考えると、ウェインは命を落とさなかった分の代償が実感できた。ウェインは気を抜いて、ル・ギルの手のひらに身を沈めた。


 ウェインの指示で一通り探した挙句、ル・ギルが見つけたのはいくつかの鉄塊であった。最も大きなものがローグ。次点で異形。最も小さなそれが、ウェインの『馬』であった。どれも地中に埋まりかけていたが、『馬』に至ってはほんの一部分が露出しているのみだった。


『なにこれ』


 ル・ギルが掘り出した物はウェインの想像に違わず変形して、元の機能などとうに失っているのは目に見えて分かった。『馬』を捨てて、今度は当初の目的であった、大型車両を探しに出た。ウェインはローグに追われながら通った箇所を逆行するが、地形が大幅に変化しているせいで同じ場所だとは全く思えずにいた。


 歩くにつれて、辺りは暗くなっていく。ル・ギルの頭部の結晶が淡く発光しているのにウェインが気づいた頃、木が現れ始めた。始めはそうであるかどうかもわからない炭の塊であったのが、倒れていたり立っていたりと、原型を成すものへと遷移していく。炭の木を通り抜けていると葉が見えるようになり、茶色の幹と緑の葉の取り合わせも出現しつつあった。焦げた根本に耐えて立っているもの、そうはいかず倒れたもの。地形の変化も大きくなく、見覚えのある道筋に安堵しながら、ついにその場所へウェインは戻ってきた。


「……ああ」

『ここか?』


 崖だったそこは崩れ、車両が巨大な土塊に呑み込まれているであろうことは、ウェインにしか分からないことだった。


『掘っても良いぜ』

「いや、いい。時間があるから形見の一つでも取っておこうと思ったが、こうなると話は変わる。行こう、ル・ギル。もう大分暗い」


 ル・ギルは周囲を見渡してから、ウェインの指す方向へと歩き始めた。


   ▽▲▽▲▽


 日はとうに暮れて、辺りは全く暗くなっていた。カルロは門の外で待機する許可を貰い、ハーマンともう一人の騎士、ルクスも彼と共に門の外に出ていた。雨はやんでいたが、月は見えず、明かりは無い。機械種に見つかる危険性を踏まえてのことだった。ぬかるんだ土と草が匂い立つ中、それによって自分が門の外にいるのだと、居場所を再確認しながら、時折どこからともなく聞こえる甲高い金属の音に、神経をすり減らされるような心地をカルロは覚えた。それでなくても、刻々と神経はすり減らされる。モンスターランドの夜は、空気が冷えた。


「……カルロ」

「来る」


 ハーマンの声に、カルロは断固として返す。その時、ルクスが光を放った。炎のような暖色の光はルクスの傍らに浮遊する。光は当然、三人を闇の中に目立たせ、カルロとハーマンは手をかざしながら慌てたように言う。


「ルクス! 何を!」

「機械種に気付かれますよ!」

「来た」


 ルクスの静かな呟きに、二人は弾かれたように振り返った。音がした。重い音だ。一定の間隔で聞こえる。他に何も音が無いために、最も聞きたくなかったその音はひときわ大きく聞こえる。光の届かない闇の中から、それは徐々に近づいてきていた。カルロは剣を抜き、ハーマンもそうした。ルクスはただ、闇を見続けている。


 足が見えた。紛うことなき、機械種の足だ。赤く丸い胴体から両手両足が生えているようだが、フラム特有の機械骨格が丸出しになっているような造形に、球形の胴体は歪に見えた。赤い機械種はカルロたちの2、3倍ほどの大きさで、三人に陽気に話しかけた。


『人類種じゃーん。何やってんだあ、こんなところでぇ』

「カルロ!」


 地に剣を刺すハーマンの声を合図に、カルロは剣を機械種へと突き出す。周囲の土と草が乾いて、巨大な水の球が機械種を包むように発生した。


「水は苦手なんだがな!」

「十分!」


 次に土が隆起し、機械種の足を捕らえた。水の抵抗で相手は自由に動けず、また火の加護が使用できる場合にも抑止できる。足を固定されて移動もできない。ハーマンは背後のルクスの名を呼ぶ。


「好きじゃないのに」


 ルクスは言いながら剣を抜き、機械種に向かって跳ぶ。そしてその直後、機械種を包んでいた水が弾けた。蒸気の中から伸ばされた手が、ルクスを捕らえる。


「な、カルロ!」

「分からん、ルクス!」


 困惑し焦る二人とは裏腹に、当のルクスは特に困った様子も見せず、憮然としている。


『あの程度の水で俺を止めようってのがお笑いだぜアヒャヒャビャ!?』


 勝ち誇っていた機械種の手がーー鋼鉄の手が酸に浸けたように泡立って溶け始めた。ルクスは痛みに喘ぐ機械種の拘束から抜けると、危なげなく着地する。


「さっさと握り潰せばよかったのに」

『グゥ、こンのっ……!』


 カルロとハーマンが同時にルクスを引き戻すと、彼女のいた場所に火柱が上る。火柱は左右へと増殖し、やがて騎士たちと門を囲んだ。


「この程度の炎で!」

「カルロ」


 剣を握る手に力を込めいきるカルロに、ハーマンが冷ややかな声で言った。


「残念ですが、潮時です」

「正気かハーマン!ウェインはまだ」


 ハーマンに目配せされたルクスが、カルロの首筋にそっと手を当てる。カルロは硬直し、急に力が抜けたように膝から崩れた。ハーマンは剣を地面に突き刺し、分厚い土壁を門の周囲に立ち上がらせると、カルロを担いで門へと寄った。落とし格子が彼らの通れる分だけ上がり、三人の騎士は門の向こうへと消えた。


   ▽▲▽▲▽


 ル・ギルとウェインは真夜中の森林を抜けて、丘へ登り、平原へと出た。闇の中で、ル・ギルの頭部にある若草色の結晶が、ぼんやりと光っている。

 鎧を失ったウェインには、周囲の様子は全くわからなかった。ル・ギルが支えているその体の下に地面があるのかどうかどうかも怪しく、またそこが本当に次元城の門があった平原かどうかも怪しかった。どうやってかル・ギルには辺りが見えるらしいが、ウェインは不安になって炎を出そうと何度か試みていた。しかしその度に激しい頭痛が起き、単純な火の玉すら出せない。ウェインは不思議とほの温かい鋼鉄の手の上で、ただ揺られていた。


『なんかあるぞ』

「どんなだ」


 不規則に揺れに、ル・ギルがやや進行方向を変えたのが分かった。


『巨大な岩みたいな』

「岩?それじゃあ……」


 ウェインは門から出てきた時のことを思い出すが、注意深く周囲を見渡した覚えなどない。門のある平原に岩があったかどうかなど、まるで心当たりがなかった。騎士の長たる空の騎士が、聞いて呆れると、ウェインは自らを笑う。


『奇妙だな』

「なにが?」

『岩の周りだけ草が焼けてる。それと……』


 ル・ギルが屈んで、ウェインは煤のようなにおいを嗅いだ。結晶の光が反射し、すぐ目の前に岩肌があるのに気付いた。岩には穴が穿たれており、ル・ギルはそれを覗き込んでいるようだった。


『空洞だ』

「そうか……」


 ウェインがここで起きたことを想像し、最悪の結果になってしまったかと、下唇を弱々しく噛んだ時だった。

 ル・ギルが急ぎめに立ち上がり、闇を見つめた。


『なんだよ』


 ル・ギルのぶっきらぼうな声が、ウェインの全身から汗を噴きださせる。


『それはオレのセリフだよばーか』


 機械種の声。ル・ギルのものとは違う。姿は分からないが、間違いなく凶暴な種類だ。もしかしたら違うかもしれない。ル・ギルのように友好的であることを望んだが、モンスターランドを歩くところそのような機械種に簡単に会えるのであれば、人類種は次元城に篭ったりはしなかっただろう。


『お前が持ってるそれ、人類種?俺のだよそれ』

『は?』


 キッと空気が鋭くなった。


『さっきここで人類種とやりあったんだけどさ、どっか逃げちゃったんだよ。その中に逃げたのにいないの。分かる?』

『何が』

『俺が最初に見つけたの、それは俺の獲物なの!』


 ウェインは体に圧がかかるのを感じた。今まで感じたことのない、全身の血や内臓がグッと重くなるような感覚。限界を迎えた体は意識を途切れ途切れに、逆巻く炎と、かたわらに立つ青い棒、そして鈍重な衝突音と火花だけが、白昼夢のようにウェインの記憶に残った。


 ル・ギルの怒声が聞こえる。ウェインはようやく、小さく弱々しい炎に照らされた敵機械種の姿を見た。ル・ギルの背丈の半分ほどしかない、小さくまん丸な赤い体に、短い四肢を生やしている。頭部に当たる部位は元から無いようだが、胴体はひどく傷つき、大きく凹んでいた。損傷箇所から火花を散らして、ル・ギルを警戒しながらジリジリと後退している。すぐ目の前に浮かせている炎は威嚇のつもりだろうが、灯り以上の役割を果たしていなかった。


『去れ!ぶっ飛ばすぞ!』


 機械種は後退する速度を上げると、やがて炎を消し、闇の帳の中へと消えた。


「ル・ギル……」

『ん、なんだ』

「次からは……俺を下ろしてからやってくれ……」

『なんかマズかったか』

「俺は……機械種じゃない……」

『?』


 ウェインに言われル・ギルは彼の体をそっと地面に下ろした。乾いた草の香りに一息つきながら、ウェインはゆっくりと言った。


「次元城はもうこの辺りにはない」

『移動したのか』

「ああ。知っているのか」

『ここにないってことは移動したってことだから、誰だって分かるだろ』


 ウェインには今一ル・ギルの考え方を理解できなかったが、続けることにした。目を瞑り、大きく息を吸う。


「次元城の門は1日ごとに移動する。かなりの距離をな……お前一人でなら、全速力で走ればきっと今日の門の場所へと間に合うかもしれない。けどそれは無理だ。門の場所を機械種に教えることはできない」


 ゆっくり息を吐くように言うと、ウェインは一度言葉を切り、間を開けて再び息を吸った。


「俺はこの状態だ。人類種の体の勝手を知らない奴とそんな長い距離を一気に行くのは無理にもほどがある」


 先ほどよりも息が続かず、息を切らす。荒く呼吸をしていると、ル・ギルが口を挟んだ。


『じゃあ、どうするんだ』

「俺のことか、お前の目的か」

『両方でもいい』

「つまり手は一つだ……」


 ウェインはル・ギルに頼み、岩の中へと入れてもらった。


「お前は俺を連れて行く。ゆっくりと、長い旅になるが……要するに、先回りをする……次元城の門が出る場所に」

『どう言うことだ?』

「次元城に着くため、お前は俺が必要だ。そして……俺もまた、お前が必要だってことだ。限界だ、寝る」

『あー、おう。分かった、おやすみ』


 ウェインにはもう、ル・ギルが人類種しか使わないような語を発したことにも気づかなかった。朦朧とした中、ようやくの思いで釘を刺して、気を抜くと、彼はモンスターランドの平原の只中で、機械種の手の届くすぐそこで、眠りに落ちた。


   ▽▲▽▲▽


 カルロは自室で目を覚ました。しばらく呆然として、何か良くないことを思い出そうして、それが悪い夢ではないのかと逡巡した後、弾かれたように窓を見た。空は青く、陽が照っていた。

 脱がされていた鎧を着て、大股で、カルロは次元城の東廊下を進んだ。腰には彼の剣セレオスタが柄から切っ先まで青く光りを返す。門へ通じる橋の架かった正面広場に出ると、ハーマンが待っていた。鎧を纏って、他には誰もいない。


「ダメです」


 カルロは構わず、『馬』の格納庫へ寄って自分の『馬』を呼び出す。しかし、一向に出てくる気配がない。早々に諦め自分の脚で門へと歩き出すと、ハーマンが行く手を遮った。


「ダメです」


 カルロは胸ぐらを掴もうとして、ハーマンの鎧の胸部アーマーを両手で掴むと、その怪力で揺さぶった。自分より力が強く、大きい男になされるがままにされて、ハーマンはうめき声一つ上げなかった。

 カルロは怒りに震えながらヘルメット越しにハーマンを睨み付ける。やがて大男は時間をかけて手を離し、ズルズルとその場にしゃがみこんだ。


「俺が……俺のせいなんだ……ハーマン……」

「私もその場にいました」


 ハーマンもまた姿勢を低くして、カルロの肩に手を掛けた。


「ウェインは生きています。夜通し宝物庫にいましたが、ヴァフレットは帰って来ていませんでした。ルクスもそう言っているのです」

「ウェインなら大丈夫」

「だったら……なおさら……!」

「私もそう思いました、しかし不可能なのです。今日の門と昨日の門の場所との間にはキリアビア山脈があります。1日のうちにそこを越えウェインを探し戻ってくるなど、そこに機械種と遭遇する可能性を含めると、不可能なのです」

「俺一人なら……」

「ウェインとヴァフレットを失った今、あなたとセレオスタを失うことなど万が一にもあってはならないのです!分かってくださいカルロ。森の騎士として、私はすでに答えを出しています」


 ハーマンは彼の剣である黄一色のリックレインに触れた。


「ウェインは騎士です。次元城の門がいつどこに出るか、全て知っているはずです。であれば、いつの日か必ず帰ってくることを信じて、この城を守り続けることが我々の使命でしょう?」


 ハーマンは手を差し出し、カルロはそれをじっと見てから握った。ハーマンは親友のようにカルロの体を抱きながら、彼の辿って来た道を戻り、部屋まで送り届けた。道中、カルロが門へと振り返るたびに何度も励ましの言葉をかけながら。

 カルロの部屋の扉を閉め振り返ると、鎧を着たルクスがいた。輪を描くこの通路には四つの扉があり、それぞれが騎士専用の部屋だった。ルクスは城内でも鎧を脱がない。


「恋人みたい」

「せめて師弟といってください」


 ハーマンは静かに言ったが、げんなりしているのは鎧越しでも分かった。


「気が重いですよ」

「ウェインがいないのが?」

「カルロの世話をするのがです。彼はウェインのことは小さい時から面倒を見ていましたからね、前の空の騎士が死んだ時も大変でしたが……戦闘時の彼は頼もしいのですがね。普段あまりにもナイーブすぎるのですよ」

「ハーマンに甘えてるんじゃないの」

「我ながら、それはあると思います」


 ハーマンはは深くため息をつき、背後の扉を振り返った。分厚い鋼鉄製の扉は、城の内装に合う木目調に見えるよう加工されている。


「ウェインと言いカルロと言い……」

「ハーマンは、私に甘えてみる?」

「恐ろしいこと言いますね。結構ですよ、顔も見たことがない人にはこの身を預けられません」

「ピュアね」

「たまに話し相手になってくれれば結構です。夜の騎士であることが関係しているのかは分かりませんが……貴女と話すのは落ち着きますから」


 ハーマンは挨拶をして、自室へと歩みを進めた。


 扉の閉まる音を聞き、ルクスは一人、通路に残った。

以前第9部分まで執筆しましたが、書いてる作者本人が「つまらない」と思い、この部分から書き直すことにしました。申し訳ありません。

依然として投稿は不定期なもののままであると思いますが、新しいモンスターランドをよろしくお願いします。

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