表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターランド  作者: 牧名もぐら
第一章
4/6

騎士ウェインの遭遇

人類種の砦、次元城。近辺で発信された救難信号を受け、騎士の一人ウェインが独断で現場へ向かう。

 外界観測所が、要救助信号を受け取った。その知らせは観測所にいた兵士からすぐさま四騎士の元へと向かい伝えられる。


 長い廊下の片側には壁がなく、代わりに柱が幾つも立っている。そこは城の外側であるから、遥か遠くには、雪のかぶさった青い山々が延々と連なっているのを臨むことができた。付け加えれば、城の立つ断崖の底を臨むこともできるが……否、永遠に続くこの崖の底は、何人にも見切れまい。そんなすぐ側に奈落のある白い廊下を、一人と二人が歩いていた。一人は甲冑を着込んでいるからして、騎士であろう。兜は脇に抱えていて、今は素顔を晒している。もっとも、その甲冑はディテールを見るに、明らかに機械仕掛けのものであるが。後の二人はシャツにズボンを着用している。彼らは総じて剣を持ち、腰に下げている剣は一目で尋常の代物ではないと分かるだろう。剣は鞘に収まっておらず、鍔を鎧やシャツの裾の隙間から出た輪に引っ掛けて保持している。剣は一つの鉱石から掘り出して造られたようで、刀身はもちろん、柄に至るまで全て同一の素材でできている。特に騎士の持つ琥珀色の剣の機械的な鎧との組み合わせは嫌に似合わず、一見した限りでは脆そうで、武器としての機能も怪しい。


 ガチャガチャと音を立てて歩く先頭の男に、シャツを着た二人の一方が言った。やや歳をとって見える男で、髭を蓄えた顔は彫りが深い。


「待て、ウェイン。まずは状況の確認からだろう」


 鎧を着た騎士、ウェインは、歩調をゆるめない。男の方に目もくれず、まっすぐ歩く。放ったらかしの金髪は寝癖のようにでたらめな癖が付いているが、まだ幼さの残る彼の顔立ちと眉間に寄ったしわがいかにも気難しい年頃の少年のようで、その印象は人によって良くも悪くもなると言った具合だ。


「カルロ、今行かなきゃいけないんだ。今、人が機械種に襲われてるんだ」

「その身は容易に危険に晒して良いものではないんだぞ」

「見捨てろと言うのか」


「……我々は、この城の騎士だろう」

「人を守ってこその騎士だ」

「……ハーマン!」


 カルロは、もう一方のシャツの男、ハーマンに同意を求める。ハーマンもまたカルロのように彫りが深く髭を生やしているが、口の上で綺麗に整えられたそれはカルロの無精なものとは逆に紳士的に見える。ハーマンはつぶらな垂れ目で、ウェインを見る。


「ウェイン、あなたが一人で行きたいというのなら止めはしません」

「ハーマン!?」


「止められるなら止めたいですが、そうはいかないようですから。しかし、我々はあなたに同行できません。分かるでしょう、我々は何よりこの身を大切にしなければならない。厳しいようですが、外の民よりも、この城に住まうものを第一に守らなければならないのです。なにより、我らが王を」


 三人は城の正面にある広場へと出る。広場の一辺にはいくらかの小さな空間が壁を隔ててあり、その壁の側面には何やら操作するためのコンソールがあった。ウェインはそれを操作し、『馬』を呼び出す。


「俺は死なない。俺は空の騎士の称号を持っているんだぞ、機械種の一体や二体」

「群れだったらどうする」

「何体だろうと駆逐するまで」


 カルロを見るウェインの背後で、小部屋の床が割れその下からせり上がる物があった。流線的なフォルムの機械で、跨って乗るのだろう。搭乗者を風圧から守るため、申し訳程度に突出したガラスの盾があり、本体はその大部分に装甲を張り付けられているが、一部の内部機関はそのまま覗くことができる。


 ウェインは兜、あるいはヘルメットを被る。カルロが言った。


「死ぬぞ」

「なら力ずくで止めるか」

「すぐに暴力に訴えるのはいけない」


 ハーマンが冷静に言うと、二人は言葉を切らす。ウェインはすぐに『馬』へ向き直った。


「行かせてもらう」


 ウェインは黒い『馬』に跨り、ハンドルを回す。エンジンが作動し、『馬』が宙に浮かんだ。カルロとハーマンは進路から退くが、カルロは依然として、納得できていないような目でウェインを見続けていた。ウェインはカルロからあえて視線を外したが、ややあって彼を見た。


「死にはしない」

「……必ず」

「分かってる」


 カルロが言いきる前にウェインが返すと、ハーマンが続いた。


「私たちも、状況が確認で来たら行きます。言っても無駄でしょうが……無茶はしないでください」

「ああ」

「ウェイン」


 いよいよウェインが発進しようとしたところで、カルロが呼ぶ。ウェインを睨むように見つめ、ゆっくりと瞬きをしてがら、絞り出すようにカルロは言った。


「聖霊の加護を」

「……聖霊の加護を」


 ウェインの操作で『馬』が僅かに音を立て、広場を駆け抜ける。城の正面に掛けてある長い橋を越えた先に、城門はあった。


「…………」

「カルロ、あまり考え込むものではありませんよ。ウェインが騎士になって初めての信号です。一度くらい好きにやらせましょう。……次からは、きっと言うことを聞いてくれます」

「……ハーマン」

「はい」


 カルロは橋を駆けるウェインの後ろ姿を見つめながら、ハーマンに言った。


「ウェインは……なぜ機械種を憎むんだ」

「人が襲われているからですよ」

「それは、そうだが……あれはその限りではないだろう。俺はあいつが騎士になる前から知ってる。今回はたまたま人が襲われているだけだ。奴はただ機械種がうろついているだけでも出て行くぞ。良いもんの機械種だっているのに……」


 カルロはそこで一息ついて、続けた。


「奴の怒りには理由がないんだ。あの強烈な衝動はまるで」

「……カルロ、言いたいことは分かります。しかし、決して、彼の前で口にしてはいけませんよ。機械種を果てなく嫌う、彼だからこそ……」

「分かっているともさ。少なくとも、今は」


 ハーマンはカルロを見る。悲しげにも見えるその目は、何かを危惧しているような不安を孕んでいた。


 ウェインが門に近づくと、門の格子は一人でに上がっていき、彼を『向こう側』へと通す。門の外には城より見えていた山々ではなく、平原が広がっていた。門の裏にも山らしい山はなく、ただ一つ、何のために存在するのか分からない門が立っているのみだ。


 ウェインは記憶した方角に向かって走る。

 野から荒野へ、荒野から山へ。


 『馬』の計器類の表示されている箇所に、歯車の模様が赤く浮かび上がる。同時に、駆動音とは違う高い音が一定のリズムで繰り返され始めた。機械種が近くにいるのだ。ウェインは警報を止め、そのまま直進する。前方の道が途切れている場所で、ウェインは馬を止めた。崖になっているようだ。下に森が広がっているのが見渡せる。


 音がした。ウェインは馬を下りて崖際へ寄る。そっと下を覗くと、急な傾斜の先に道があるのが分かった。この切り立った地形は階段状に何段かあるようだ。かなりの幅があるその道に、車両が停まっていた。十数人を運べる大型の車両だ。三体の機械種が、それを取り囲むようにいる。


 車両には襲われた形跡がない。むしろ、たった今包囲したばかりのようにも見える。いくらか前から発見され、救難信号を出しながら逃げ回っていたところを、今しがた捕まったという所だろうか。機械種にしては、車両に目立った損傷を与えずによく捕獲したものだ。ウェインは冷たい眼差しを向けながらそう思う。


 三体の機械種はどれも地味な配色で、大きさは小型から中型といった所か。一々角張って関節部は細く、言うなれば骨ばっているようだ。機械種にもいくつか種類があるようだが、彼らはその中でも『フラム』に分類されるだろう。機械種と言えばそれを指す、最も一般的なものだ。


 ウェインは赤や青や緑といった派手な色を持つ機械種がいないことに、わずかに安堵する。サイズも、大きいものでウェインの身の丈三倍ほどだ。三体の姿形は全く異なるものだが。まず一番大きいもの人型で、茶色い。人型と言っても、頭部に当たる部分が見当たらないが。次に、二本の脚を持ち、腕を持たない代わりに、先端に巨大な刃物のある尾を持つ者。胴体は前後に伸びて動物的で、前方に頭のような突起がある。そして、背に無数の砲らしき筒を持ち、腹から腕を一本伸ばした特に異形な者は、地に接点を持たず、常に浮遊している。


 通常であれば、人類種が機械種に立ち向かっても勝てる道理は無い。多くの攻撃手段は、彼らの強靭さの前に無力だからだ。しかし、ウェインには武器がある。


 ウェインは腰に下げた剣を抜く。鉱石から掘り出したような、石の剣。


 ウェインは時間を掛けないよう、最初の獲物を選定する。機械種はどれも驚異的な身体能力を持つ。その上、見た目通りの硬さもある。デタラメに振るわれた腕に当たりでもすれば、その一回で死亡、よくても意識は失い、結局殺される。鎧を纏っているウェインはまだ軽傷で済むだろうが、油断は命取りになる。


 大切なのは、奇襲によって確実に倒すことが出来る最初の一体。ウェインは決める。崖から離れ、緊張をほぐすように体を揺らす。


 ヴァフレット。ウェインはそう小さく剣の名を呼び、そして走り出した。崖際で飛び、獲物の頭上を取る。

 ウェインの目が見開き、琥珀色の剣が輝く。四聖剣が一つヴァフレットの、金色の輝き。切っ先は真下の人型機械種に向けられ、ウェインは自由落下以上の速度で敵の頭に


「がっ!?」


 ウェインの体を、鈍重な衝撃が襲う。


 なんだ


 土の香りがあった。空中にいたはずなのに、視界には横倒しの地面が広がっている。


 一体何が


 ヘルメットが、ウェインとスーツのパラメータを表示していた。右腕脱臼、他重度の打撲。スーツは機能の七割を損失。


 何が起こって


 ウェインは自分の息が荒くなっているのに気付いた。痛みは感じないが、力を込めることもできない。立ち上がれない。


『へへ、本当に来やがった』


 機械種が言った。尾を持った機械種だが、ウェインはどれが言ったのか分からない。理解する努力より先に、何とかして立ち上がろうとする。


『でもこいつ、本当に次元城の騎士なの?』


 浮遊する異形の機械種が言う。ウェインはようやく、自身の手にヴァフレットが無いことに気付いた。


『そいつは間違いないぜ。その証拠に』

「……ヴァフレット」


 ウェインが剣の名を呼ぶと、石の剣がどこからともなく飛翔し、彼の手に収まった。


『こんな芸当が出来るのは、次元城の騎士しかいないだろ』


 人型の機械種が、満足げに言った。ウェインは剣を左手で持ち、地に立てる。剣は地面に刺さることなく、ウェインの体重に耐えて、彼が立つのを待つ。しかしようやく立ち上がったウェインは、もはや戦闘可能な状態ではなかった。


 尾付きがウェインに刃を向けようとすると、人型の機械種が制止する。三体の機械種は、ウェインの次にとる行動を見ていた。それを見物にしようとしていた。


 ウェインは車両へと体を引きずり、車体に背を預ける。ヘルメットを脱ぐと、顔に当たる空気に痛みを感じた。最悪だ。ウェインの頭はその言葉で埋め尽くされる。奇襲が失敗したのだ。機械種三体相手に初手を取られ、これほどの傷を負わせられたなら、もはや覚悟を決める他なかった。ウェインは鎧を脱ぐ。首の後ろにある小さなボタンを押すと、空気の抜ける音がし、スーツの装甲がぼろぼろと外れていく。黒いインナースーツだけになると、ウェインの体は急激に痛みを覚え始めていった。苦痛に顔を歪めながら、それでもスーツの鎮静作用で筋収縮が阻害されないようになった今、無理を働き体を動かすことが出来る。脱臼した右肩を車体にぶつけ、強引に治した。苦痛にあがりそうになる声を、噛み殺す。


『それをよぉ、外しちまっていいのか~? なあ、よー』


 煽ってくる尾付きの機械種を無視しながら、ウェインはふと気づいたことがあった。手に何かが付いた。液体のようだった。黒いスーツのせいで色は良く分からないが、若干の粘り気がある。気になって、車両の中を覗いた。


「…………」


 暗い車内に、元々何人が乗っていたのか。それはもう分からない。車両は底の方に穴が開いており、穴は幾度も巨大な刃を突き刺して出来たもののようだった。


『おい、ばれちまったぜ』


 尾付きが人型に言う。


『構うかよ。むしろ良い余興になりそうだ』

「……ァァアアアアアアアアアアッッ!!」


 ウェインはヴァフレットを左手で構え、尾付きに向かって駆け出す。ヴァフレットが発光すると、尾付きはすかさず車両を尾で薙いで、走りくるウェインに叩き付けた。車両はウェインを巻き込んで、そのまま崖の急な斜面へと激突した。


『あ』

『あ』

『おい……』


 土埃が舞うそこを見つめて、三体は立ち尽くす。


『やりすぎだ、もう終わっちまったぞ』

『うわあん、ぬわうん、撃ちたかったあん』

『ご、ごめん』


 二体に責められながら、尾付きは尾を鋭く振るう。車両を飛ばした際についた血液が、綺麗に取れた。


『さっきもお前ひとりで全員やったクセに』

『ローグが作戦あるって言うから、僕は我慢したんだぞ!』

『……じゃあ文句はローグに言えよ!』


 横倒しの車両が震えた。機械種たちが一斉にそちらを向いたその時、車両は発光し、強烈な風に押されて尾付きのいる方へ吹き飛ぶ。尾付きは面食らいながらも、車体を尾で叩き伏せる。車両の中から、石の剣を持った人類種が一人、宙に留まった。


 尾付きは仰け反るも間に合わず、強烈な風に後押しされたウェインが、勢いのまま尾付きの尾を発光するヴァフレットで斬り飛ばす。


『あっギャアアアアア! ギャアアアアア!』


 着地したウェインは、すぐに自身が斬り落とした刃付きの尾の下へ走る。


「宝剣ヴァフレット、今一度我に強靭なる聖霊の加護を……!」


 ヴァフレットの刀身を撫でた手で巨大な刃に触れると、それが音もなく浮かび上がる。察知したように顔を上げると、人型機械種のローグが拳を振りかぶっていた。ウェインが剣を揺らすと、同期して巨大な刃も威嚇するように動く。ローグが一歩下がったのを見計らって、ウェインは背後に向かって思い切り剣を振った。巨大な刃は尾を失くした尾付きの下へ直進し、その首元に深々と突き刺さる。傷口から溢れるように火花が上がり、尾付きは今度は声も上げず、ケダモノのように唸りながら暴れる。


『き……貴様ァ!』


 叫ぶローグが、ウェインの背に鉄拳を振り下ろす。ウェインは直撃するより先に、風圧に当てられたように弾け飛んで、のたうち回る尾付きの足元へ着く。巨体の地団駄に足元が揺れ、溢れる火花が頭上より降るが、ウェインは胆力でもってこれを耐え、敵を見る。異形の機械種が背の砲を向け、十数とあるそれを発砲していた。


『バカ!』


 ローグの声に異形もハッとしたようだが、もう遅い。ウェインは完全に尾付きの影に入る。砲弾の数発が尾付きに直撃し、爆発した。体の大部分が消し飛んだだろう、どろどろと赤熱したものが滴り、散った。ウェインは腕で顔を守りながら、その様子を見る。熱はフレームを歪め、脚の一本が千切れると、軋む音を立てながら尾付きは成すすべなく地に臥した。それまで暴れまわっていたのが嘘のように、半身を欠損した尾付きは微動だにしない。


『…………』

『…………』

「…………」


 尾付きの傷口から蒸気が立ち始めた。辺りには金属の臭いが充満し、熱気が陽炎を見せる。ウェインは荒い息を立て、顎下の汗をぬぐった。


『……よくも』


 ウェインは剣を持つ手に力を込める。彼の周囲で、風が渦巻き始める。


『よくも仲間をォ!』


 ローグの一歩が地を揺らした。ウェインはヴァフレットに溜め込んだ力を解放して、自らを宙に吹き飛ばす。ローグも追うように跳躍し、手を伸ばした。そして、人類種の小さな体をその手に収める……かと思われたが、ウェインは伸ばされたローグの指先に対し、切り払うようにして剣を当てた。剣の腹を使ったそれは無意味な行動にも思われたが、ウェインは反作用によって空中で軌道を変え、元来た崖の上へと到達した。


『ちくしょう野郎!』


 着地し、ローグは崖の上を見る。異形の機械種も崖の上を見るように体を動かし、ローグに向きなおった。


『あの上へ?』

『ああ!』


 ウェインはヴァフレットをスーツの腰から出ている輪に通しながら、『馬』へと駆け寄る。『馬』を起動させていると、異形の機械種に捕まって上昇してきたローグが、崖の上へ姿を現す。ローグは異形から手を離し、着地するや否や、地に拳を叩き付けた。不自然な行動に、直後ウェインは身の毛を弥立たせる結果を見る。周囲の土が動き始め、ウェインの退路を断つように巨大な壁を作り上げた。


「聖霊の……加護? 馬鹿な、お前は無色じゃ!」

『この褐色のボディが見えねえのか!』


 異形の機械種が、ウェインに背の砲を向ける。ウェインはヴァフレットを抜き、すぐに風を起こした。放たれた砲はウェインを風の盾ごと吹き飛ばし、ローグの土壁を崩す。ウェインは脳が揺れる感覚に耐え、振り落とされた『馬』の下へと急ぎ、発進する。逃げ出した背後で、さらに複数の着弾音が轟いた。


 山腹に茂る森の中に入り、木々を避けながら走るが、砲撃は彼を追ってやまない。低い発砲音と木が軋み倒れる音が幾度も聞こえる。


 ウェインは考えた。どうにかしてあの二体を倒さなければならない。今の自分の状況では、城に帰ることは許されないからだ。このまま帰れば奴らもついてくることになり、それは城を危険に晒すことになる。その上一体は聖霊の加護を持っていると来た。扱いは下手なようだが、途中で新たな敵と出くわして、面倒が増えることだってありえる。ここはモンスターランド、地には無数の機械種がはびこっている。


 ウェインを影がなぞった。ウェインを飛び越えたローグは異形の機械種から手を離し、ウェインの前方に立った。異形の機械種は『馬』と並走しながら反転し、砲を放った直後、木に衝突し短い悲鳴を上げて姿を消す。わずかに照準の反れた砲弾はウェインの背後や左右に着弾し、直撃こそしないものの、その音と衝撃は『馬』の制御を如何ともし難くするのには十分すぎた。左右へ避けることができないまま、ウェインの『馬』はローグへと迫る。敵の脚が動く。ウェインが反射的に『馬』から飛び降りると、『馬』は蹴り飛ばされ、宙を舞った。ひしゃげた鉄塊は木の幹をかすり、二、三度弾んで地を滑ったところでようやく止まる。自ら宙に躍り出たウェインもまた、ローグの股下を越えながら、勢いがなくるまで転がった。やがてウェインは、一本の木の下に止まる。


 ――ウェインは土の匂いを嗅いだ。緑のざわめきが涼やかにウェインを撫で、木漏れ日がちらちらと彼の体にまだらをつけた。もはや動かない鉄塊と化したあの『馬』も、緑に囲まれこの風を受けているのだろうか。薄目を開け、草が揺れているのを見た。


 ウェインは手をつく。


 ――これは、聖霊の加護だろうか。


 剣を突き立て、それに依って立ち上がる。


 ――きっと、残酷なこの世界そのものだろうと、ウェインは無感動に受け止めた。


 剣を構える。せめて一体は倒そう。『馬』は破壊されたが、信号装置が生きていれば、仲間たちが仇を討ってくれるかもしれない。むしろ、上出来だっただろう。一体は倒したのだから。最後に、カルロの言う事を聞いておけばよかったと、刹那に過ぎった思考は切り捨てる。恐らくそれは、なによりも無意味なことだから。ウェインは思う。ここまで言うことを聞かなかった俺だから、最期も、今までの俺でいるよと。


 ローグが土を操り、ウェインの背後に壁を作る。追いついた異形がローグに合図され、ウェインに背を向けると、十数個の砲がウェインを見つめた。


 あいつをやろう。剣を持つ手に力が入る。


 ……いざ、と言う時だった。異形とローグが空を見上げる。ウェインは奇怪に思うも、これを好機として走り出した。直後、足を止める。空から何かが降ってきたのだ。衝撃に土埃が舞い、ウェインは後ろ向きに倒れる。上体を起こして、ウェインは目を見開いた。

 新手の機械種だ。線は細いがローグよりも大きい人型で、四肢があり頭がある。更に言えば、頭部より一本の細長い部品が髪のように下ろされている。何より目を引くのは、その体色。膝から上は青系で、膝と肘より先は緑。前腕には赤い装飾品のようなものを着け、機械種にしては派手な色合いだ。しかも、腿には武器なのか、青色の三叉槍と赤い錫杖を固定具によって着けている。機械種が道具を持つのも驚きだが……ヴァフレットのように、それらの装備は柄から対端まで、一つの鉱石から掘り出して造られたような代物だった。


『見つけたぜ人類種』


 派手な機械種は、頭をウェインに向けながら言う。ウェインはそれの頭部の突起したバイザーの上に、若草色に輝く結晶のようなものがあるのに気付いた。


『オレの名前はル・ギル、初めまして!』


▽▲▽▲▽


 極彩色の機械種の登場は、ウェインの心を挫くのに十分すぎる影響を与えていた。ウェインはまず彼の体の色……赤、青、緑の三色が揃っているのを確認した時点でどうしようもない無力感に襲われ、そして今、その機械種の尋常ではない戦いぶりに動くことすらできない。初めて見る機械種同士の戦闘。ウェインを追い詰めた強力な機械種、ローグ、異形、そして極彩。二体と一体は結託することなく、争い合っているのだ。動く度に地が鳴る強大な怪物たちは、その重さを感じさせない軽やかさで攻防を繰り広げている。ル・ギルと名乗った化け物はウェインの中にある機械種のイメージを全く崩壊させる立ち回りで、その猛烈な戦いぶりから目が離せないのだ。


 ローグと向き合うル・ギルの背後に、異形が回り込む。ローグが素早く土の盾を作ると、異形が背の砲をル・ギルに向けるが、ル・ギルは軽やかに跳躍し異形の背後へと回る。体勢を低くしたその脚部から低いモーター音が聞こえたかと思えば、尋常ではない加速で浮遊する異形の真下をくぐり、一本生えた異形の腕をひったくるように掴んで、脚でブレーキを掛けながらも凄まじい勢いのまま、引っ張ってきた異形をローグの土壁にぶち当てた。大質量のハンマーと変わらぬ衝撃に土壁は紙のように破れ、異形とローグは激突する。ローグは森林の中を、木々を巻き込みながら吹っ飛んで、転がった。ローグの左腕は胴にめり込み、異形の体もまた盛大にへこんで、ル・ギルに掴まれていた腕の付け根は外れかかっていた。


『まだやりたいなら付き合ってやるぜ』


 ル・ギルは異形の機械種を手放し、一度も抜いていない、腿の赤い錫杖と青い三叉槍に手をやった。異形の方はもはや全く動けないようだったが、ローグは体を起こそうと右手をついていた。ル・ギルは彼の下へと、ゆっくり近づいていく。


 ウェインは、これを好機と思った。逃げるチャンスだと。それと同時に、逃げるべきではないという内なる声も聞く。『馬』が信号を出しているなら、仲間が来る。自分が逃げれば、その仲間はあのル・ギルとかいう化け物と戦うことになる。それは自分がこの場に残って、奴に殺されても同じことだろう。しかし、何かしらの手がかりを残すこともできるかもしれない。命をかければ、倒すまではいかなくとも、決定的な一撃を与えられるかも知れない。与えられるはずだ。そう思いながらも、ウェインはやはり動けずにいた。


 逃げる。


 その選択肢、単純で明快でこの上なく簡潔なその選択肢は、ル・ギルと戦うという案よりも遥かに分かりやすく、合理的で、何よりウェイン自身の命を救う選択肢であった。つい先ほど捨てたはずの命。逃げきれないと思ったからこそローグにくれてやるはずだったそれが、いざ自分の元へ戻ってきたときに、ウェインは再び同じ行動をとれなくなってしまっていた。今なら奴の注意はローグに向いているし、それになにより、ル・ギルという機械種の持つ強さへの恐怖が彼を襲っていた。ローグや異形相手ならば、立ち向かって傷を負わせる自信はあった。それがあの極彩色の機械種になると、話は全く変わる。きっと、近づけもしないのだ。ローグか異形か、あるいはその辺に生えている木を投げつけられて圧死させられるのだ。立ち向かっても一太刀とて与えられないのなら、逃げるべきではないのか。逃げて、自らの命を守り、仲間たちの結束によってあの極彩色の機械種が倒されることを祈る。それが最も良い選択肢なのではないのか。


 ウェインは荒い呼吸の中で、体の痛みが急激に襲ってきたような感覚を覚えた。その痛みが強烈に生を実感させ、死への恐怖を湧き立たせる。顔を上げた先に、地に落ちた異形の姿があった。草が揺れて、葉が舞い、ウェインは青い空を見上げた。雲が多い。それでも陽は強く照って、ざわめく木々を若草色に輝かす。


 音があった。ル・ギルの向かった方だ。巨大な土の柱が木々の頭を越して見え、ル・ギルがそれから降りている。ローグの最後の攻撃だったのだろう。間を置いて聞こえて来た足音に、ウェインはいよいよ腹を決めた。


 その場を去ろうと、ヴァフレットを地に突き立てたときだった。琥珀色の刀身が、彼の目に映った。


 ヴァフレットに選ばれた騎士ウェイン。


 ヴァフレットに見出された、騎士を統べる者。


 機械種を斬る救世の宝剣、四聖剣が一。


 陽に照り返り、金色に輝くヴァフレットの声なき声を、ウェインは聞いた気がした。


『終わったぜー、あいつレアな加護持ってるくせに下手クソだったよ……あれ』


 人類種の下へ戻ったル・ギルは首を傾ぐ。いないのだ。ようやく見つけ出した人類種の姿が見当たらない。ル・ギルは自分が飛び越えてきた土壁を見上げ、半壊した異形を見て、場所が間違っていないことを確認する。


『マジかよー』


 ル・ギルは座り込んで、やりきれなさそうに言った。


『くそっ、やっと見つけたと思ったのに……いや、すぐに探し直せば』


 そうして立ち上がろうとしたその時だった。脇にある木の影から、ウェインは飛び出した。それに気づいたル・ギルが振り返るよりも先に、ウェインはヴァフレットを突き出す。


「ヴァフレットオオオ!」


 直後発生した激しい圧力に、機械種の体は地に伏せる。木の葉が飛んで幹が揺れる。強烈な風が極彩の機械種の上方より吹き付けていた。機械種の力でもってしても立ち上がることはできず、土が削れ、徐々にその巨体は大地にめり込んでいく。極彩の機械種は体色からして風の加護を使えるはずだが、ウェインの暴風には効果がないようだった。


『や、やめろ! 俺は敵じゃない!』

「俺は……俺は……!」

『テメエ聞こえてないのか!? グゥ……!』


 ウェインはヴァフレットを突き出した格好のまま動かない。機械種ル・ギルから流れてくる風が彼自信を叩くが、それも意に介しておらず、むしろ意識があるのかどうかも怪しい風体だ。それが唐突に、ウェインの鼻から赤いものが線を引いた。風にあおられ、鼻から耳の方へと流れていく。目も充血を始め、体が震え出す。風は更に強くなり、風流で生まれた真空に周囲の空気が流れ込んで、規模も巨大になっていく。


『おい! やめろ! 良く分からないけどヤバイ!』

「イノチぃ……モロトモぉ!」

『ちくしょうがどうなっても知らねえぞ!』


 地にめり込んだル・ギルの両腕にある赤い腕輪が、熱を持ち始めた。


『風がダメなら火だ!』


 徐々に熱しながら、ル・ギルは自分の腕を地中へ潜らせていく。そのまま更に熱量を上げながら、ル・ギルは祈った。


 熱は地中を伝わって、広く深くへ伝播する。周囲の地表はウェインの風で変化はないようだが、近くにある木の根は既に炭化し、ル・ギルの腕の辺りの土は液化している。ウェインの風に押されて、巨体は熱の泉へと沈む。風が土を削り、熱液が流れ、そして固まる。その下で、ル・ギルは錫杖を抱くように持って適当な方向へ体を捻った。粘性の高い溶液の中を泳ぐように手と足を動かす。ある程度進んだ先で流れに捕まり、そのまま身を任せると、ル・ギルは地上に出た。ウェインの風流からほど離れたところでは森の原型がなくなり、赤い溶液が木々を飲み込む地獄と化していた。


 ル・ギルは一先ず、溶液の中で一息ついた。全身をわずかに赤熱させながら、ル・ギルは一方を見る。風が流れてきていた。人類種は未だにあの暴風の側にいる。


 機械種は熱源を失い固まりつつある溶液から出た。足が沈むより先に次へ進んで、ル・ギルは自然と走る格好になる。


 そこへ近づくにつれ風は強くなり、ウェインの小柄な背が見えた頃には四つん這いでようやく進めるほどだった。溶液に飲み込まれた周囲の木々も大概だが、この付近の木々もどこかへ吹き飛んでしまっていた。ル・ギルが根を焼いてしまったのもあるだろう。つい先ほどまで磔にされていた箇所は、クレーターのように台地が抉れている。


 何もない死の世界の中心で、ウェインは硬直したように立ち続けていた。機械種は青い三叉槍を抜き、二又の爪のような形状のつま先を地面に刺しながらウェインの背に寄っていく。間合いに入ったところで機械種は槍を構え、ウェインに向けて振り下ろした。


結構長くなってしまいました。当初、最期の暴走シーンは後の回にまわす予定だったのですが、それでは間が開いて冗長になってしまうと、一話の最後に付けてみました。逆に蛇足感否めないですが……。

顔出しの設定ばかりで、説明はこれから徐々にしていきます。これから先つよいやつらが沢山出てくるので、乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ