栗の木
A太の家の畑は竹藪に面しており、その中に一本の木が生えていた。
毎年秋になるとたくさんの赤い実が実り、それが落ちてくる度にA太は拾って食していたのだが、いよいよ寿命が来たのか、近年は幹の腐敗が進んでいた。
「枯れて倒れる前に、切ってしまおう」
祖父がそう言いだしたのは、実も葉も落ちきった冬のことだった。
中学生だったA太が学校から帰ってくると、既に木は切り倒されていた。
倒れて誰かが怪我をしなかったのはよかったと思う反面、長年見ていた木が無くなるのは寂しく感じた。
ところがある日、A太が祖父の手伝いをしに畑に出かけると、切り倒したはずの木が元の場所に生えていたという。
不思議に思って駆け寄ると、木は煙のように消えてしまい、代わりにその場所には祖父が倒れていた。
病院に運ばれ、脳梗塞の診断を受けた祖父はそのまま入院となった。幸い症状が軽かったため、二週間程度で退院できると医師から告げられた。
「倒れる前に夢を見た。夢の中でわしを含む三人が、木の下敷きになった」
祖父は不安げな顔で、そう呟いた。潰れた赤い実が血のように広がっていたという。
祖父の不安は的中した。
翌日、元気だった祖母が原因不明の腰痛で倒れ、そのまま入院した。
A太は震え上がった。
「木の祟りかもしれない」
両親と相談し、供養のために酒と塩を畑に撒くことにした。
父親が先頭で塩を撒いて進み、その後ろをA太が清酒を撒きながら畑をぐるりと一周した。木を切り倒した場所には入念に塩と酒を撒き、両手を合わせて心から謝罪した。
願いが通じたのか、やがて祖父は回復し、予定より早く退院することができた。祖母も何事もなく、その数日後に無事に家に戻ってきた。
今では家族揃って元気な毎日を送っているという。木を切り倒した場所には、代わりに栗の木の苗を植えた。すくすく育ち、自分が高校生になる頃には立派な実がなることだろう。A太は笑顔でそう話していた。
翌年、A太は足の骨を骨折して救急車で運ばれた。
数日後には受験を控えていたという。