俺は世界を呪う、世界は俺を呪っている
青年はすでに絶望していた。
『誰も言ってないよ』
―信じられないっ!!―
『誰も言ってないよ』
―嘘をつくなっっ!!!―
『誰も言ってないよ』
―お前も、お前も、ぉ前さえも……敵なのか………。―
青年は完全に一人だった。四面楚歌とは、こういうことなのか、と思い知った。俺が、何をしたっていうんだ。何もしてないっ!!!安心できるのは自分の家だけ、そこでさえも布団に入り、ブルブルふるえていた時があった。
これは少年が、とある高校に入り、二年生になったばかりの時の話。
高校が終わり、電車に乗り、帰宅するはずだった、あの日。あの日は、全てを、俺の全てを変えた。
高校の帰り、青年は電車に乗っていた。いつもどうり、電車の中では、ワイワイ、ガヤガヤ、といろんな声が聞こえる。
『たっ君の彼女の写真、みせてもらったけど〜、コレ、笑えるよね〜。』
『あはは、マジ、これはないって。』
『あ〜、腹いて』
『もうすぐ、べリー・ボッパーの映画が上映されるんだけど、見にいかね?』
『あの子かわいい。』
全て、他愛のない話にみえた。
しかし、最後に聞こえた声の意味とおんなじ意味の言葉が、繰り返される。
『ほんとだ、かわいい』
『かわいい』
『キャー』
アイドルでもいるのか?と思ったが、それらしき人物はいない。どころか、こっちを向いてる人がいる。
ま、さ、か?そんな妄想を打ち消そうと努力しながら、顔は真っ赤になる。
そして、降りる駅に着いた。気分は悪くなかった。…そのときは。
毎日ではなかったが、そんなことが続いて、2ヵ月後。あるまじきことが起きた。クラス内でもかわいい、という事を聞くようになった。
最初はアイドル(又は他校の生徒)の写真でもケータイでみているのだろう、と思った。
ところが、それは違う、という事に気づかされるのはさらに一ヵ月後になる。
その時になると、もう、意味が、分からなかった。授業ごとの休み時間になると、他のクラスの女子がドアを1センチぐらい開けて、このクラスを覗いている。
そして、覗いたと思うと、キャー。と言って、走り去って行く。
最初は変人か?と思ったが、次の日もその次の日もそしてそれ以降も(たまにだが)一ヶ月間ぐらいあった。
しかも、声からしておんなじ人ではないらしい。だが、全て女子の声で、みんな、こう言っていた。
「似ている」
と。
誰が何に似ているのかは全くわからなかったが、これは一つの恐怖だった。だが、だれもこのことを話題にする奴はいない。
「似ている」
この言葉を思い出した時、俺の背筋に悪寒が走った。
そして季節は夏。このころになると電車の中でいろんなおかしな声がこだまするように流れる。そして、それらが全て自分に向けられているように感じた。
『かわいい』
これは以前と変わってない。
『くさい』
くさい?確かに汗臭い時もあるが…。電車中にまで拡がるだろうか?そんな事はない、と思いつつ、医者に行き、漢方薬をもらったが、いまだ、声は変わらない。
『ニヤけてる』『キモい』
これはニヤけてて、キモい。という意味ではないか?と判断した。確かに思い当たる節はあった。最近、かわいいという声をきくと唇の筋肉が横にひきつる。妄想してるからか、と考えて、それらを考えないようにする…が、やはり、暗示のように”あの声”をきくと、ひきつる。
これはそれ以降も努力したが、所詮、無駄だった。
そして、最後に…、
『死ねっ』
これは男子からの声だった。臭いからなのか?まあ、一応、それで、理由は分かるが…。この”死ねっ”は1番堪えた。何度死のうと思ったか、分からない。とにかく、悪意のある声で低く、響きのある声で、死ねっの合唱が始まった。
後で、死ねっ、の前に”しんしょう”がつくことになる。そして、女子の声も加わるようになる。
そして、これらの言葉はやはり、”かわいい”のように1、2ヵ月後に学校にまで伝染した。
また、ある日、電車の中でいつもどうり罵倒を受けていた時、
『―君はしんしょうじゃないよ。』
という声が聞こえた。
この声には聞き覚えがあった。
中学時代の…。
胸が痛く、痛くなった。これがいじめだとして、そのいじめを止めようとする奴が一人いれば、その一人がその後、どうなるかなんて、容易に想像できる。
俺の為に…。
そんなこと、我慢できなかった。むしろ、その人も俺を罵倒して欲しかった。
我慢できず、しかし何もできない自分が恨めしかった。結局、我慢するしかなかった。
青年は…絶望した。そして泣いた。とにかく、泣きまくった。
―俺が、何をしたっ!何をしたっていうんだっ!!―
悲痛の、声にでない声だった。
やがて、少年は近くの店でもそれらの声を聞くことになる。
青年は…青年は誰も信じたくなくなった。下ばかりをむいて、前を見るのが、人間を見るのが、恐くなった。
それでも、と友達達に聞いて見る。これまで聞こえてきた事について。勇気を持って。
次にでた心の声は前とおんなじだったが、怨みの声だった。