私は魔王様の側近です
初投稿です。さっくり終わる予定です。
私の口からごぽりと溢れだした血は、真っ赤なドレスを更に赤く染めていく。
上手く息をすることが出来なくて、苦しくなる胸には大きな剣が突き刺さっていた。
「よし! 魔女は倒した!」
大きな歓声が上がる。
ぼんやりとする視界に、私を刺している青年の姿があった。
きらきら光る金髪に蒼い瞳を持つ勇者と呼ばれる彼は、ずぶりと私から剣を抜き取って叫んだ。
その際に、私の胸から鮮やかな血が大量に吹き出す。
ああ、これでは助かりませんわね。自分のことなのにどこか遠くで私はそう思った。
剣で刺されたのに痛みを感じずに、ただ寒気だけが襲ってくる。
痺れる手で私は血が流れる胸元を押さえた。血は止まってくれない。
「さぁ、次は魔王だ」
「この戦いももう少しで終わるんですね」
いつの間にか勇者の傍らに全体的に純白の服を着た可愛らしい少女が寄り添っていた。
彼女は脅えた様子で勇者の胸にしがみつき、恐る恐る私を見てくる。
そんな彼女を落ち着けるように勇者はぎゅっと抱きしめた。
「レオン様もご無事でよかった」
「心配をかけてしまったね、私は無事だよリリー」
お互いに抱きしめ合う二人の周りにわらわらと人が集まってくる。
私はただそれを眺めていた。
「……ま、だ……あの方の…もとへは……」
私の口から途切れ途切れの言葉が絞り出される、私はまだ戦える、あの方の元へこいつらを行かせるわけにはいかない。
私は魔女。
魔王様を守る、ミレイ・シャーベンド。
こんなやつらに倒されるわけにはいかないと私は力を振り絞り、私を倒して安心している勇者どもに魔法で攻撃しようとする。
もう目がかすむ、それでも私はまだ攻撃する力もある限り、私はあの方のために力を振るう。
ごぽごぽと溢れる血に構わず、私は右手に力を込める。
勇者を倒さなければならないの。私のために、あの方のために。
「しぶといな」
魔法が私の掌から放たれる瞬間、冷酷な声と共に勇者の剣が
私を再度貫いた。
×××
突然ではあるが、私は前世の記憶がある。
その記憶によると今の世界は、前世で有名だったアニメ映画のようだった。
人間と魔族が対立している世界。争いが絶えない地に濡れた世界。
私は魔族として誕生した。
見た目は人間と大して変わらない、ほんのすこし犬歯が大きく鋭くなり耳が尖っているのが一目でわかるくらいだ。しかし、前世と比べると身体的能力がぐんと大きく伸びている。視力も聴力も体力も普通の人間とは全く違った。
「ミレイ、あなたは魔王様のもとで働くのよ」
「まおーさま?」
「そう、私たちが使えるべき偉大な方。あなたも魔王様を会えば分かるわよ」
「ふーん」
幼いころ、母に連れられて魔王城に来た私は初めて会う魔王様に対して特に何も感じていませんでした。
私たちの一族は代々魔王様に仕えているそうで、私も将来魔王様使える為に来たのです。
その時の私は、前世の上司のような存在だろうと気楽に構えていました。しかし――
「お前がミレイか、せいぜい期待しているぞ」
ぴっしゃーん!と雷に打たれたような衝撃が私の体を突き抜けるのを感じました。
初めてお会いする魔王様の存在感は圧倒的なもので、私は間抜けにもポカンと口を開けて魔王様を見てしまいました。
なんて、存在感。なんという魔力の大きさ、そして周りの者に傅かれるのが当然といった態度。
魔王がそこに居ました。
魔王様は広い広間の奥にある玉座に座り、膝をついている私を見下ろします。
漆黒の髪、赤い瞳の魔王様の証の色彩を持ち、ゆるく波打つ黒髪を無造作に流して頬杖をついている魔王様。
私はあっという間に魅了されてしまいました。
この方が魔王様。私は使えるべき尊い方。私が守るべき大切な存在。
「ミレイ・シャーベンドと申します。命を懸けて魔王様に使えることをお許しください」
気がつけば私は頭を垂れてそう申し上げていました。
じっと動かずに魔王様に嘆願するそんな私を、魔王様は長い間眺めています。
どれくらいそうしていたでしょう、魔王様は少し笑い声を上げるとこう言いました。
「いいだろう、その命、我のために使え」
その瞬間から、私のすべては魔王様のものになりました。
それから両親の手ほどきを受けつつ私は魔王城で暮らし始めました。
ここはとても面白く退屈しない場所です。
魔王城の入り口を守っているケロべロスは何時も三つの頭を突き合わせて会話を弾ませています。
一度、何の話をしているのだろうかと話に加わってみると、人間の食べ方や人間を使う遊び等など結構物騒な内容を話していました。そのせいで私は人間のどこの部位が美味しいのかという要らない知識が身についてしまったのは悲しいような、でも何時か食べてみたいと思ってしまったのは私が魔族だからでしょうか。
厨房では魔王城で働く者たちの食事を作っています。
この城には沢山の種族の方々がいるのでその分食べる物の種類も豊富になります。
この前覗いてみたら、大きな像みたいな赤色の生き物が料理長の手により捌かれていました。
白いコック帽が赤い血に染まりながら、楽しそうに調理をする彼に私はいつも食事をありがとうございますと感謝をしてそっと厨房から出ました。
大きな魔王城は実は清潔に保たれています。なんでも魔王様が命じていつも城を綺麗にするようにしているようで、メイドの方々がせっせと掃除をしてくれています。
この前城で吸血鬼と狼男が喧嘩をして廊下や壁を血だらけにしていましたが、一刻後にはすでに綺麗になっていました。凄いですメイドの方々は。ついでに喧嘩をした吸血鬼と狼男も掃除されたのを見たのは思わずその場で合掌いたしました。
魔族たちは己の力を伸ばすために城にある鍛練場で日々訓練しています。
しかし、一度に皆が訓練しようとすれば訓練する場を確保できなくなるので実は使う時間が決められています。時間を延長して使おうものなら鍛練場を管理しているオーガに殴られ吹っ飛ばされてしまいます。
私も何回もここで訓練したことがあり、いつも母にボコボコにされていました。母は血だらけで倒れる私を見ながら、まだまだですわと高笑いするのです。今でもその高笑いが耳に残っております。おお、怖い。
そして、魔王様は城の奥でいつも玉座に座っておられます。魔王城を覆う結界の維持、魔族が暮らす地域の魔力バランスの調整などなど魔王様は私たち魔族のために仕事をしてくれています。
それでも手の届かない仕事があれば他の信頼できる魔族に任せます。それが私の一族の役目ですわ。
「ミレイ、喉が渇いた」
私は魔王様の言葉を受け、すっと彼の目の前に紅茶を置く。
魔王様はそれを当たり前に受け取り、優雅に飲みだした。
私はその様子を見ながら魔王様の後ろに静かに控える。
「はぁ、最近はつまらん。ミレイ何かやれ」
「その眼を抉り出しましょうか」
「阿呆、再生はするが痛いのだぞ」
「ならば仕事をしてくださいませ」
クッキーをぼそぼそと食べながら暇だと言う魔王様を見て、私は半眼になる。
ああ、初対面でこの人はとても素晴らしく感じたのに、今の様子はどうだろうか。
クッキーの屑を服の上にこぼしながら食べる姿に威厳などありはしない。それに私は溜息を堪えながら、食べかすを手で払う。
私が魔王城で暮らし始めてどれほどの時間が経ったのか。私に幼さなどなく大人の姿をしており、人間の見た目で言えば20歳くらいだろうか。実際はそれ以上の年なのだが魔族は中々老いることがないので、私ももちろん目の前の魔王様も初めて対面した時から見た目が全く変化していない。
実は魔王様よりも私の母の方が年上だと聞いたとき、私は間抜け面をさらしてしまったことがある。
その母は先代の魔王様に使えていたらしく、今は引退して父といちゃこらしている。
「っはぁあぁぁ、初めて会った時のお前はあんなにも素直な奴だったのに」
やれやれと困ったように首を振る魔王様は私を見た。
どうせまた初対面の時でも思い出しているのだろう。私はそんな魔王様に構わず彼の手から空になったカップを取りあげた。
「何十年前の話をしていらっしゃるのですか」
「……60年ぐらい前か?」
「それほどの時が経てば人は変わります」
あの時は母の趣味でゴスロリみたいな黒いドレスを着ていたが今は魔王様に仕えているので動きやすい服装をしている。
袖のない体にぴったりな上衣に、下は対照的にゆったりとしたズボンを穿いている。
基本的に黒い色で統一しているが、長い髪をまとめるのに紅い髪留めをつかったりネックレスも凝ったものをつけている。おしゃれは大事ですよね。
しかし、戦うときには上からローブを被って肌を守ります。火の粉とか飛んできたら危ないですし、魔王様からも被るように言いつけられてますの。
「そういば、人間が魔族領域に侵入してきたと報告がありました」
「人間が? どうせまた我を倒すぞといって来たのだろう、強いやつなら此処まで来るが最近の人間は弱いのばかりだからなぁ」
人間と魔族の争いが絶えないと言っていますが、主に領域の境のことをいいます。
人間はどうやら領土を増やしたいらしく頻繁に勇者といった人間をこちらに送り込んで魔王様を倒そうとします。
私たち魔族は適当に攻めてきた人間を玩具にして遊んだり食糧にしますが。基本的にこちらから攻めるということはありません。魔王様曰はく面倒だと、これ以上管理する土地が増えても我の仕事が増えるだけだと言って積極的に人間の領域に侵略することはありません。
人間を襲いたがるのは理性の聞かない阿呆な魔物ばかりです。
「ふむ、今回はどんな人間か見てこいミレイ」
「承知いたしました」
さて、お仕事が言いつけられたので仕事をしましょうか。
×××
あらあらあら、これはどうしましょう。
私は魔王城から遠い、人間領域が近いところに来ました。
そこに人間が数人います。
私はその人間の顔を確認して思わず、手で口を押えました。
「見覚えがある顔ですわね」
私は困ったように顎に指をやり考え込みます。
私に前世の記憶があることは知っていますでしょう?
その前世で見たことある顔がずらりといるのです。
人間の集団で一番目立つのは金髪の鎧を着た青年。いかにも勇者っぽい格好をしています。
そして、よくそんな服で魔族領まで来たなといいたい少女の姿、聖女といえばいいのでしょうか。
他にも魔法使いや銃をもつ男の姿など様々な人間がいます。
「あらまぁ……勇者ではないですか」
今までたいして使ってこなかった前世の記憶が甦ります。
有名だったアニメ映画、勇者が魔王を倒す王道的な物語だったが、私は楽しく見させてもらった。
「最悪ですわ」
私は結末を思い出して、表情を歪める。最悪です、ああ、どうしましょう。
彼は魔王を倒すために来ています、このままでは魔王様はシナリオ通りに彼に殺されてしまう。
ああ、ああ、そんなことはあってはありません。
魔王様が死ぬなんて、私が許しませんわ。
あんな普段はだらしなくとも、あの方は私の使えるべき大切な人。
私は勇者の人間を遠くから、睨みつけた。
「魔王様を殺すモノなんて、私が潰してあげます」