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8話と9話、同時投稿
「はぁはぁはぁ……。あ、当たった、の?」
消えたと思われた静音は、突然現れた。
反対に、今までいたはずの夏華羅は音もなく消えた。
現れた静音は、堪えることもなくバタリと地面に倒れた。
「はぁはぁはぁ」
静音は、高濃度窒素による攻撃が来ることがわかった瞬間、ある術を発動させた。
それは所謂、奥の手であった。
体の全身に刻まれた魔術式がフル稼働で連動し、成しえる術。
電の姫の由来となった技。
「雷光」
その技は、自身の体を脳の電波信号を操り肉体を極限以上に加速させる奥義。
その速度は、光には届かないものも音速の域にまで達している。
肉体の効果も同時に行わないと、当然死んでしまう。
欠点はさらにある。
一度に十秒までしか発動さられず、発動させれば最低二日は満足に動けなくなる。
最初にあらかじめ送った命令にしか動かない。機械と同じだ。
そして、起こった現象を術者さえも知覚できない。動きが人の反応限界を超えているのだから当然だ。
お願い。当たっていて。
静音は起き上がることもなく、そう祈った。
秋を守りながら、見えない術を防ぎ、狭い空間で、秋に被害が及ばず、敵本体を探して、瞬時に倒す。
そのためには、自身で封じた奥義しかなかった。
夏華羅は、空気の揺らぎの周囲にいることは分かっていた。
大気を操る魔法は、その場その場の大気の在り方によって、術に補正をかけなければならない。
そのため遠距離から操るタイプの魔術ではない。そこまでは分かっていた。
そして、先ほどまで目の前に見えていた夏華羅は実体ではない。
おそらく蜃気楼か、それに似た錯覚を見せる術の一種だろう。
少なくとも幻覚とまではいかない。
夏華羅は近くには存在しているの。
しかし、奥か、左右か、空気中の成分を操って惑わせていたのだ。
だから静音は、静音より前方で、目に見える夏華羅の付近以外を駆け巡った。
音速で、体当たりをしに行ったのだ。
夏華羅が見えなくなったのは、術が解けたからだろう。つまり、当たったのだろう。
どんな当たり方をしたのかわからないが、音速と、硬化した肉体に衝突したのだ。
無事では済まない。
もう一つの杞憂だった死霊術師は、ここまで現れないとなると、この場にはいないのだろう。
秋の妹を殺して蘇らせ、その上で、遺伝子か、血か、はたまた魂か、なんらかの共鳴によって、無理矢理死んだ秋の妹を使って秋を探し出したのだろう。
死霊術師はそれだけ行い、後の事は夏華羅に任せたというところか。
そして、見つけた後は、術の痕跡を残さないため、夏華羅に眼球を潰させてそこから脳を焼かせたのだろう。
(惨すぎる。なんであんなことまで)
妹の遺体を抱いている秋を見て、静音は心から悲しんだ。
けど、この場は死霊術師がいなかったからどうにかなった。
それに、夏華羅がもっと、危険な気体を操る術を使っていれば、勝機はなかっただろう。
しかし、秋を配慮してか、静音を侮ってか、そんな術は使ってこなかった。
いや、そういうじゃない。
(私が余計なことをしたから死霊術師が出てきたんだ)
今朝、すでに秋はマーキングをつけられていた。
静音には、どのタイミングで付けられたのかは、分からなかったが、おそらく秋が学校についてすぐだろう。
静音はそのマーキングを取り払うために、あえて秋に接触した。
マーキングは上手く取り外せた。
しかし、そのせいで秋の妹が死霊術師に利用された。
マーキングがついていないなら、妹を使えばよい、と。
(私の落ち度だわ。結局、夏華羅に見つかってしまったんだもの。これじゃあ、マーキングを取り払わずに早々に結界をはるべきだったんだわ)
後悔は何度でも押し寄せてくる。
私のせいで彼女は殺され、もてあそばれたのだ、と。
しかし。
秋を守る。
それだけが、静音の心を守っていた。
これが勝ちと言えるかは、別としてとりあえず、夏華羅を撃退できた。
(ごめんなさい、妹さん。私のせいで……。けど、秋様だけは守ることができました)
静音は動かない体で、そう安堵した。
「ざけてんじゃねえぞ糞餓鬼!」
「え……?」
夏華羅煙竜。
彼は負けていなかった。
「糞がっ! 餓鬼の分際で調子こいてんじゃねえ!」
嘘。なんで立っているの?
静音はそう叫んだ。
ただ、声に出す力も残っておらず、それは心の中の叫びでしかなかった。
「長の言いつけなんてもう知らねえ! 女ァ! お前は殺す! いたぶって嬲って犯して殺すッ!!」
静音は、夏華羅の一言で、自分が勝てたと思った理由が理解できた。
(そっか。きっと竜胆の長がコイツに何かしらの制限をかけていたのね。たとえば、秋様の前で人を殺すなとか、な。どうりで手加減されてたわけだ。大気の奏者といったら日本の魔術師ではトップクラスのやり手だもんね。私なんかが勝てるわけないもの……)
夏華羅は無防備な静音の首をつかんで持ち上げた。
「女ァ。もう立てねえのか? 抵抗しろよ。俺が面白くねえだろ。さぁ! さっきみたいに威勢のいいところ見せてみろよ! ああ゛!」
静音は悟った。これは私の負け、と。
「チッ。諦めてのか」
「……あ…て……」
「あ?」
「諦めたり、なんか、しない」
負けを悟っても、諦めはしない。
(夏雄様に、村の者に頼まれたんだ。秋を守って、って)
そのために、一秒でも多く時間を稼いで、来るはずのない増援を待ち続ける。
(どんなに望みが薄くとも、あなたのためならこの命、使う覚悟はできています!)
秋の村の人々もその想いで散っていったに違いない。
(私だけ諦めるのは許されない。私が私を許せない)
静音の目にはまだ光があった。
(私にはもうそれくらいしか出来ないから……。ごめんなさい。秋様。あなたに受けた恩を返すことができなくて……。けど、最期の最期まであなたを守り続けます!)
静音は魔力を練りだす。
魔術回路がズタボロになっていくのが、激しい痛みととも知覚されていく。
「おうおう。そうだ。もっと抵抗しな!」
夏華羅の拳が静音の腹に深くめり込んだ。
「――――ぁっ!」
しかし、限界を超えて練った魔力は、痛みで霧散していく。
「ほらオイ! もう一回やってみろよ」
「――――かはっ」
夏華羅はもう一度静音を殴った。
その表情は愉悦で満たされていた。
「あ、き、さ」
「オラ! オラ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ‼」
静音を地面にたたきつけ、馬乗りになった夏華羅は、ひたすら彼女を殴り続けた。
何度も何度も。執拗に。徹底的に。残酷に。顔だろうが、腹だろうがお構いなく。
楽しみながら。
そして反応が薄れてきた当たりから、夏華羅は静音の服に手を伸ばした。
「どうだ女ァ?」
卑下た声が静まり返った通路で響いた。
「くははっ! はははっ! はははははははははははははははははっ!!」
「く、お、ん?」
「ああ゛?」
「……ぇ?」




