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「母さん! え……、え? ここは……」
周りは真っ暗で、何も見えない。
「母さん!」
僕は力一杯叫んだ。
しかし、全く応答はなかった。
地面はコンクリート。両手を広げたら、左右の壁に両手がつく。壁もコンクリートだ。高さは二メートル程か。指先がわずかに届いた。
僕は手探りでここの広さを調べた。
これが魔術なのか……?
なら、母さんたちは本当に魔術師としての戦いをしているのか……。
「オン。ライト」
「――――!」
その時、女の声が響いた。
母さんかと思ってドキリとしたが、声が全く違う。聞き覚えがない声だ。
ライト? 光のことか?
そして、どこからか光が差した。
「まぶしい」
辺りがようやく見えるようになった。
確認すると、どうやらここは細い通路だった。母さんの言っていた逃走経路か。
ずっと真っ直ぐに道が伸びている。
数キロはあるんじゃないかな?
一体どこに繋がっているんだろう。
しかし、どういう原理だ?
ここには電灯も懐中電灯もない。
光源が分からない。
ライト。
さっきの聞こえた女の言葉と、何かしらの関連があるのだろう。
「魔術、か」
「見つけました!」
「だれ?」
後ろから少女が声をかけてきた。
「あ……」
その少女は、昨日下校中にぶつかってしまった金髪の少女だった。
もしかして、この子が……。
「初めまして。龍泉寺秋様。私は久遠静音。あなたを守護いたします」
やっぱりだった。
彼女は、母さんが頼れと言っていた久遠静音だ。
「初めまして。龍泉寺秋です。早速で悪いんだけど、僕を村まで返してくれる?」
僕は努めて穏やかにそう言った。
「それは無理です」
「どうして?」
「まず魔力が足りません。空間をわたる魔術など、たとえ短距離だとしても個人でできるものではありません。そして、あなたを守るためです」
「……チッ」
僕は舌打ちをしてしまった。
苛立ちを隠しきれなかった。
「納得できなくても、理解してください」
理解?
僕の中で何かが音を立てて切れた。
「家族が殺されるのを理解しろって!? それも僕をかばって! ふざけるなっ!! そんなの理解して言い訳がないっ!!」
「……」
僕は荒れた息を整える。
「……とにかく僕を村に帰せ」
「……無理です」
「僕を村に帰せ! 妹を! 父さんを! 母さんを! みんなを助けないといけないんだ!」
みんなを死なせたくないんだ!
敵は僕が狙いなんだろ?
何でかは知らないけど、それなら僕一人が犠牲になればいいじゃないか。
なんでみんなが犠牲になるの。
村のみんなは、いつも僕に優しくしてくれた。
父さんと母さんと春は、いつも僕の傍にいてくれた。
僕を支えてくれた。
みんな家族なんだ!
家族を守るんだ!
「あなたが行って何になるの?」
そんな僕の思いなどどうでもいいと言うかのように、少女は冷たい眼差しで僕を見た。
僕は彼女の問いに言葉が詰まる。
確かに僕は村で何が起こっているのか、正確には分かっていない。
「僕が、敵の元へに行けば、この争いは終わる……」
「……それだけはさせられないわ」
僕の言葉に返答した少女の声は、申し訳なさそうなものにとなっていた。
「ふざけるな!」
僕は少女の胸ぐらを掴んだ!
かなり横暴な振る舞いをしているのは分かっている。
おそらくだが彼女も魔術師。そんな人に、こんな態度を取ったら危険がことは分かっている。
けど、家族が危険にさらされていることに、僕は動揺して興奮して想いが先走ってしまっている。
自覚していても、それは収まらない。
死なせたくない!
そう心が体に命令してい止まない。
「これを見て」
少女は僕の行動に全く怯むことも、怒ることもせず、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「あなたの父、夏雄さんからよ」
「……父さん?」
なんで父さんの名前が今出てきたのか、僕にはわからなかったが、とりあえず、その紙を受け取った。
僕は彼女の胸ぐらを掴んでいる手を放し、紙に意識を向けた。
『秋へ』
一目で分かった。
お世辞にも綺麗とは言えないこの字は、確かに父のものだ。
僕は続きを読む。
『久遠静音を信じろ。彼女はお前の味方だ』
母さんもそう言ってた。
味方には違いないんだろう。
僕は久遠を一瞥だけし、視線を手紙に戻す。
『父さんたちは、お前にたくさんの隠し事をしてきた。すまなかった。しかし、今は何よりも逃げろ。村は危険な状態にある。すぐに村から離れて、久遠静音の力を借りろ。絶対に村に残るな。父さんと母さんの間に生まれてきてくれてありがとう』
「なんだよ、これ……」
きっとこの手紙は、母さんが僕に上手く伝えられなかった時のためのものなんだろう。
意味が分からなくなるまで簡略化されているが、母さんの話と照らし合わせると、理解できる。
しかし。
「父さんまで、僕に、逃げろって言うんだね……」
僕の頭はもう使い物にならないくらいこんがらがってしまった。
「村から出ましょう。この通路は村の外につながっているわ」
「村から、出る? なんでだよ……。みんなが。みんなが……」
「それでも行くのです」
僕は首を横に振った。
なんで村から出ないといけないんだ。
はやく村に戻って、みんなを助けないと……。
「行きましょう」
久遠は僕の手を引っ張るが、僕は動かない。
そっちに行ったら村から出るんでしょ。
僕は村に戻らないと。
「早く! 急いで!」
うるさい!
僕の道はそっちにはないんだ!
「早く!!」
「うるさい! 僕は村に帰るんだ!」
とうとう僕の許容量を超えた。
「いきなり何なんだよ! 村はメチャクチャになってるし、僕が狙いとか、魔術とか、精霊とか! もうやめてくれ。僕の居場所は村なんだよっ!」
「――っ!」
バチン、と言う音が僕の頬から鳴り響いた。
久遠の平手打ちをあびた。じんじんとした痛みが頬を襲う。
痛いが、それ以上に怒りが募り出す。
「……」
あんな訳のわからない説明で分かるわけないだろ!
僕はこのもやもやしたストレスを吐き散らそうとした。
「お願い、だから! ついて、きて。あなたを、守りたいの」
久遠の言葉に、僕は固まった。
今にも泣きだしそうな表情で紡ぎ出したその言葉は、僕の体の支配権を奪った。
久遠の必死さは尋常ではなかった。
「夏雄さんも、冬香さんも、村の方々も、きっと、同じ。あなたに、生きてほしいの……っ!」
初対面の僕に対して、何を思っているのかは予想もできないけど、その想いに僕の心は揺らいだ。
僕は握っていた拳を開いた。
「しんじて。きっと、村の人たちは、生き残る、って」
「……わかった」
「ありがとう。ありがとう……」
信じよう。
母さんも父さんも春も、みんな生きて再会できることを。
僕は信じる。
――そして、覚悟した。
ようやく僕と久遠は先に向かって走り出した。
後ろは、振り返らなかった。




