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「え? 知ってる?」 

 僕はつい聞き返してしまった。

「そうよ。これは予期されていた事態なの」

「予期された事態って……」

 母さんの言葉の意味がつかめない。

 こんな事態を予期するだなんと、絶対におかしい!

「……なにしてるの?」

 母さんは電気もつけずに、ごそごそ何かを弄っていた。

 僕は電気をつけた。

「なんなの? その格好」

 母さんは、皺一つない真っ黒のスーツに大きなローブを羽織っていた。

「|魔術正装《Full Armament》よ」

「ふる、あーまめんと?」

 完全武装、ってこと――――!

「母さん! 外に行く気なの!?」

 外で何が起こっているかはわからないが、絶対に血が流れるような危険なことには違いない。

 明らかに武装している風には見えないけど、武装しているって母さんは言った。

 武装ってことは、つまり、母さんが戦うってことなの!?


「そうよ。私も戦うのよ」


「"も"?」

 僕は母さんが闘うと言ったことにも驚いたたが、その"も"という言葉に嫌な予感を感じ取った。

「そうよ。父さんも、春ちゃんも戦っているのよ」

「え……?」

 どういうことだ……?

「ごめんなさいね。秋くんには今まで隠していたことがあるの」

「な、何を?」

「私達は、いえ、この村のみんなは、魔導の道を歩む魔術師なの」

「何を言ってるんだい母さん?」

 魔導? 魔術師?

 そんなのいるわけないじゃないか!

「そして、あなたも()は魔術師だったのよ」

「え……?」

 僕が、魔術師?

「そうよ。二年前に秋くんは、記憶障害になったわよね。原因は流行り病。ごめんなさい。それは嘘なの」

「う、そ……」

「秋くんは昔、魔術でとても嫌な思いをしたの。秋くんの心はそのせいで潰れかけていたわ。だから、秋くんは自分で自分を守るために、記憶を封印し改竄したの」

「僕が、魔術師……。嘘でしょ……。村のみんなだって魔術とか口にしたことすらないんだよ!」

「みんなはね、秋くんが記憶を改竄して以来、秋くんに魔術と言う存在を秘密にすることにしたんだよ。秋くんを守るために」

「僕を、守る?」

「そう。秋くんがまた昔のことを思い出したら、今度こそ潰れてしまいそうだったから」

「……意味わかんない。意味わかんないよぉ……」

「目を背けないで。私の話を聞いて」

「嫌だ!」

 僕は半ば無意識に耳をふさぎ、しゃがみこんでいた。


「大丈夫」

 

 母さんは、怯えきっている僕をそっと抱いた。

「大丈夫よ、秋くん。もうあなたをを傷つかせないから」

「……」

 暖かい。

 僕は母さんの暖かさに、次第に力が抜けていった。

「放すかどうか迷たんだけどね、秋くんには自分のことを知っていてほしいから話すわ。このままでいいから聞いて」

 母さんはいつも以上に優しい声で言った。

「この村の事態はね、秋くん、あなたを狙ったものなの」

「――――!?」

「落ち着いて」

 僕を狙った事態?

 家が燃えて、血が流れることが、僕を狙った行動。

「大丈夫だから。落ち着いて私の話を聞いて」

「う、うん」僕は肯いた。


「あなたには精霊の加護が宿っているの。精霊の加護はもう今は誰もいただけないの。秋くん、あなたを除いては。だから、今村を襲っているのは秋くんを狙ってきた魔術師たちなの」

「精霊……。僕を狙って……」

「そうよ。そのまま落ち着いて聞いて。村の人たちはあなたを生かすために、今必死に時間を稼いでいるの。父さんと春もよ。そして私はあなたを逃がす役目」

「逃げるって、どこに」

「ここから魔術であなたを少し離れた村の非常時の脱出経路に空間転移させるわ」

「そんなことできるの?」

「ええ。村人全員で二週間かけて魔力を溜めこんでくれたからね。なんとかなるわ。転移させたら、久遠静音(くおんしずね)と言うあなたと同い年の女の子が待っているわ。その後は彼女を頼って逃げて」

「わ、わかった。母さんたちもすぐに逃げるんだよね?」

「……それはできないわ」

「か、母さん?」

「逃げるのはあなただけよ、秋くん」

「何で!?」

 なんでなんだ。僕を逃がしたら、みんな逃げればいいじゃないか!

 魔術師同士の争いって……僕にはよく分からないけどきっと危険なものなんでしょ!

 何で逃げないの!

「私達は戦わなければならないの。これだけは逃げられない戦いなの。―――そして、きっとこの戦いでみんな死ぬわ」

「……え?」

 何言ってるの?

 みんな死ぬ?

 性質の悪い冗談はやめてよ。 

「ごめんなさい。秋くんを一人にすることになるわ。本当にごめんなさい」

「……い、嫌だ!」

「これからは、久遠を頼って生きて」

「お願い母さん! 魔術でもなんでも信じる。もっといい子にする。だから一緒に逃げようよ。死ぬなんて言わないで!」

「ごめんなさい」

 母さんはそう言って、一層力強く僕を抱いた。


「愛してるわ。生まれてきてくれてありがとう」

 

 母さんは僕を部屋の中心に移動させた。

 なにやら床には円の図と文字とが書かれていた。

 それに数十個の赤くきれいな石が転がっていた。

「魔石解放」

 母さんの言葉に呼応するように、散らばっていた赤い石が光を帯びだした。

「物質補足……。座標取得……。波長確認……。位相、接続…………」

「母さん!」

 円陣から立ち上る光は、どういう原理か、僕を宙に浮かせた。

 やめろ!

 僕は身動きが取れなくなった。

「同調条件…………クリア。……位相同調!」

 母さんは、一息ゆっくりと着いた。


「ありがとう」

 その言葉は振るえていた。

 涙を流しながらも紡いだ母さんの必死な言葉だった。

「母さ――」

「ブレイク!」

 


 その瞬間、目の前から母さんは消えた。





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