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授業が終わり、僕は帰路についていた。
今日は珍しく一人だった。
いつもは隣に春がいるのだが、春は担任との面談があるらしく、先に帰ってってほしいと言われた。
待とうと思っていたけど、先手を取られたので、僕は一人で帰ることにした。
んー、それにしても静かだ。
春がいるかいないかだけでこんなにも変わるんだ。
と言っても帰る途中に色んな人に会っては、その度に声を掛けられているけど。
その時、前を歩いている人と肩がぶつかってしまった。
ぶつかった拍子にその人のカバンの中身がばらけて地面に落ちた。
「す、すいません」
僕は急いで拾う。
「大丈夫ですか」
「ええ。大丈夫です。お気になさらず」
どうやら壊れたものはないらしい。
ぶつかった人は、同年代の少女だ。
けど見たことがない。
こんな小さな村で見たことがないとなると、村の外から来た人なのかな?
少女は落としたものを拾うとスタスタと歩き去った。
「……あれ」
振り返ると誰もいなかった。
「誰だったんだろう?」
それにしても可愛い子だったな。
なんとなく、お嬢様って、イメージを持った。
おっとりした喋り方なのに、丁寧な口調だからかな?
まぁ、完全に僕個人の主観なんだけどね。
「あらあら秋くんじゃない」
「おお。秋、お前も帰りか」
「うん。そうだよ。母さんも父さんも、もう帰るところ? 仕事は終わったの?」
前を向き直し、帰ろうと歩き出すと、父さんと母さんが仲良く並んで横道から出てきた。
「うむ。どうにかこうにか終らしてやった」
「もう今日は、家でゆっくりするわ。秋くんも一緒に帰りましょう」
僕は、うん、と肯く。
「機能は家に帰らなかったけど、そんなに仕事忙しいの?」
父さんは村長。母さんはその秘書として働いている。
父さんは厳格、母さんはおっとりとした人だ。
まるで正反対のこの二人がどうやってくっついたのかは、まだ聞いていない。
気にはなっているから近いうちには聞く予定だ。
「……まあな」
父さんはそう言って、僕の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
「……」
どうしたんだろう?
こんなことは、滅多にない。
僕は撫でられている間、驚きのあまり固まっていた。
父さんが、とても悲しそうな笑顔をするから。それに母さんも同じ表情だ。
二人は笑っているはずなのに、その表情にはどことなく影が感じられた。
「父さん……」
「ん、なんだ?」
「……えっとね」
けど、その表情の裏にあるモノを僕は聞けなかった。
「そういえば今日もね、春は朝から寝坊してさ、僕まで遅刻するかと思ったよ」
僕は無理矢理に話題を変えた。
その表情の理由を聞くべきはない、と本能的に感じ取ったのだと思う。
「ぷはぁ」
布団にダイブ!
今日も一日疲れた。
帰宅してからも、春に振り回されっぱなしだった。
帰ってそうそう「お菓子作って!」から始まり、「ゲームしよ!」「勉強教えて!」「テレビ見よ!」と、今日も我儘お姫様前回だった。
さすがに「お風呂一緒に入ろう!」と「一緒に寝よう!」は断った。
全く中一になっても子供のままだね。
父さんと母さんも、笑顔で見守らないで、少しは止めてよ。
「あ、そういえば聞き忘れてた」
なんとなしに僕は思い出した。
学校からの帰りがけにぶつかってしまった少女のことを、父さんに聞こうと思っていたのだ。
村の外から来る人の情報は、父さんのもとにほぼ必ず行く。
これぞ田舎ネットワーク!
特に外の人が、村に入ればみんなが注目する。
数時間も立たないうちに村中の噂になる。
ま、明日父さんに聞けばいいか。
「……それにしても父さんと母さんのあの表情」
僕は帰宅途中の、父さんと母さんの表情を思い出した。
「いや、考えるのはよそう」
きっと、父さんも母さんも疲れていただけだ。
職場に一泊しないといけない程の仕事があったんだ。
その疲れが表情に出ただけ。
それでいい……。
「ん……、んっ?」
深夜。時刻は二時。太陽はまだ沈んでいる。
寝ていると、外から騒がしい物音が聞こえ目が覚めた。
「何だろう……」
こんな時間に騒がしいなんて、初めてだ。
この村では、人口の割には携帯電話とか液晶テレビとか、それなりに新しいものが入ってくる。
けど、村の光は高級な電気製品が入ってこようが、日が落ちてしばらくすると、落ちていく。
遅い人でも十時には寝てる。
なら何だろう……え!
僕は外を見るためにカーテンを開けた。
そこは火の海だった。
「な、なんだよこれ……」
外は辺り一帯に火が放たれていた。黒焦げに全焼している家もあった。
騒がしい音も、よくよく聞けば人の悲鳴だった。
女の高い声から、男の低い声まで、老若男女問わず多くの人の叫び声が響いてきた。
一体何が起こってるんだ!?
「ゆ、め……か」
そうだ。夢に違いない。
こんなこと、あり得るわけがないのだから。
夢なら覚めてくれ!
僕は働かない頭でひたすら祈った。
窓から"ビチャ"という嫌な音が聞こえた。
赤い液体が窓に激突した音だった。窓に張り付いたのは大量の血だった。
僕の部屋は二階にあるんだぞ!
なんで血が飛んでくるんだよ!
僕は、はっと気が付いた。
竦んでいた足を無理矢理動かした。眼の端には少しばかり涙が溜まりだしていた。
父さんと母さんは家にはいない。
「春っ……」
僕は妹の部屋に向かった。
父さんと母さんも心配だが、まず隣の部屋の妹の安否の確認が先だ。
無事抱いてくれ!
「春っ!」
扉を勢いよく開けた。
「え……」
そこに春はいなかった。
「春! どこだ!」
僕は家全体に聞こえるように声を張り上げた。
「……」
しかし、誰からの返事もなかった。
「なんで? 何で何で!」
何で春がいないんだ!?
僕は急いで全ての部屋を見てまわった。
「父さん! 母さん!」
「あら、秋くん。目が覚めたの?」
そこには母さんだけがいた。父さんはいない。
母さんの声はいつも通りのおっとりしていた。
まさか、この事態に気付いてないんじゃないのか!?
「大変なんだ母さん! 外が大パニックで、火がいっぱいで、血も、それで、春がいなくて――」
僕は母さんに緊急事態だと伝えたかっが、パニックになった頭では、どうにも上手く説明できない。
しかし、母さんは僕の声にかぶせて、
「知ってるわ」
そう言った。いつもの穏やかな声だった。




