壊された宝珠
「宝珠を壊したのは、緑の瞳の青年と青い瞳の娘でした……」
北の社の社人は、宝珠が祀られていた空っぽの台座を見つめながらぽつりぽつりと話をしてくれた。
「男の人、髪の色は?」
「焦げ茶色でしたよ」
ロベルトが小さくため息をついた。
「……ルーマだな」
「青い瞳の娘っていうのは誰でしょう?どんな人でしたか」
「そちらのお嬢さんと同じぐらいの歳の方でした。灰色の髪で、大人しそうな娘さんでしたが……彼女はすごい力を持っていました。宝珠を破壊したのも彼女です。……リア、と呼ばれていました」
リア、とユウは呟いた。聞き覚えのない名前だ。社人が教えてくれた特徴に心当たりもない。
フェルディが社人に問いかけた。
「彼は何か言っていましたか?なぜ宝珠を壊すのか、なぜ結界を消すのか……」
「いいえ……。大人しくしていれば命はとらぬと言われ、屈してしまいました。陛下に何と申し上げればいいか……」
うなだれる社人の肩に手を置く。
「あなたのせいじゃないから大丈夫よ。彼ほどの魔術師を止めるのは簡単じゃないわ」
そう言いつつ、ユウの頭は違うことを考えていた。
「次にどこへ行くか、言っていませんでしたか」
フェルディが訊ねる。
「いいえ……。あの、あれは魔術兵団のルーマ殿ですよね?なぜ彼が結界を消しているのです?あなたがたは何かご存知なのですか?」
「私たちにも何とも言えません。数日すれば、王都から本格的な調査が入ると思いますので……」
ロベルトが傍らにやって来た。
「ユウ?大丈夫か」
「ん、何が?」
「いや……ルーマの仕業だってはっきりして、ショックだったんじゃねえかと」
「ああ、平気。確信はあったから……ありがとう、心配してくれて」
そう言ったものの、何だか胸の奥がざわざわしていた。
社のある村で宿を借りることにして、村へ入ると結界を消してまわっているルーマのことが噂になっていた。「緑の瞳の悪魔」「この世の災厄」というのが彼の呼称らしい。
何とも言えない気持ちになったのは、ここ半年の日照りまで「災厄」のせいになっていたことだ。確かに北の地方は荒廃しており、生活は厳しそうだった。しかし、それとルーマは関係ないはずだ。
そう思いつつ、その噂にも彼の呼称にもユウはあまりショックを受けなかった。城にいたころだって、愛想が悪く腕だけは滅法強い彼に、心ないことを言う者は少なくなかった。兄でさえも。
「魔術人形」「性悪魔術師」……他にも、ユウの理解できないようなものもいくつかあった。しかし、そのなかでも兄の言った「土人形」とは異質だった。あれは何だったのだろう。
胸の奥がざわつく。
苛々する。
これは何だろう。
前にも、似たような思いをしたことがなった。
ルーマが、魔術兵団の一員として遠征から帰って来た時ーー……。
「ルーマ、お帰り!」
城のテラスから手を振ると、下の広場にいたルーマがこちらを見上げた。
「君、今勉強の時間でしょ?」
「今日はルーマが帰って来るからお休みにして貰った!ねえ、着替えたら裏庭に行こう。お花がきれいだよ」
「ああ……」
ルーマが返事をしかけた時、侍女が彼の傍へやって来た。
「ルーマ様、お帰りなさいませ」
「ああ」
ルーマは彼女を知っているらしく、ごく普通に応対する。
「お怪我等、ございませんか」
「ないよ。……何か用?」
無愛想なルーマに、侍女は微笑んだ。何事か囁いて、ルーマを連れて行こうとする。
「ルーマ!」
ユウは慌てて上から叫んだ。
「私も行っていい?」
「なりません、姫様」
ルーマより先に侍女が答えた。
「すぐにお返ししますから、姫様はお待ち下さいね」
子ども相手に言い聞かすような口調に腹が立った。確かに、十二歳はまだ子どもかもしれないけれど。ルーマがそのまま行ってしまったのも面白くなかった。彼を労るような仕草を見せながらついて行く侍女も嫌だった。
すっかり膨れてしまったユウは、裏庭で一人花冠を編んでいた。本当はルーマと一緒に編みたくて少し待ったのだが、彼は来なかったのである。きっと、彼はユウのことなんて忘れてしまったのだ。胸の奥がざわざわして気持ち悪い。
しかし、一人で花冠を編むのは思った以上に面白くなかった。編みかけの花冠を放り出し、その場に寝転んで目を閉じる。
ふと、日が陰った。
「何してるの、お姫様」
「わっ!」
目を開けると、至近距離でルーマが顔を覗きこんでいてびっくりする。
「何驚いてるの。君が呼んだんでしょ」
「……だって、もう来ないかと思ったんだもん」
「何で?」
「……あの人と行っちゃったから……」
「君の父上に呼ばれてただけ。それで拗ねてるわけ?」
意地悪く笑ったルーマがその場に座って、投げ出された作りかけの花冠を拾った。
「拗ねてなんかないもん」
「拗ねてるでしょ、その反応は。泣きそうな顔して『だって』とか『だもん』とか言ってる時は、拗ねてる時だろ」
そう言われて、自分が泣きそうな顔をしていることに気づいた。
笑みを浮かべたルーマが、ふっと顔を近づけてくる。
「ヤキモチ?」
「ち、違うもん!」
「君、本当に単純だよね」
呆れたように言うと、ルーマは花冠をユウの膝に放った。
「続き、作りなよ。見ててあげるからさ」
珍しく優しいルーマに、胸のざわざわはいつの間にかおさまっていた。
「ユウ」
低い声で呼ばれて振り返ると、暗闇のなかにロベルトが佇んでいた。
「どうしたの、こんな夜中に」
「それ、こっちの台詞。何やってんだよ、こんな夜中に。そんな小さい窓から何か見えるか?」
「星?」
ロベルトが傍に来て、身を屈めて窓の外を覗いた。
「曇ってるけど」
そう言われて、曖昧に微笑むしかない。
「ちょっと考え事だよ」
「あんまり背負いこむなよ。無理に聞こうとは思わねえけど」
背の高いロベルトを見上げ、ユウは思わず眉をさげてしまった。彼は、ユウが考えていることを知って軽蔑するだろうか。
何も言わないユウを見て、ロベルトはふっと困ったような笑みを浮かべる。
「気になってるのか?ルーマと一緒にいた女魔術師」
言い当てられて、目を丸くする。ロベルトは苦笑した。
「あんた見てたらわかるよ。何者なんだろうな。フェルディも気にしていたけど……あ、もちろんあんたとは違う意味でだぞ。あいつ、そんな趣味ねえだろうし」
ロベルトのおどけた言い方に思わず笑ってしまう。
「お城の外にルーマの知り合いがいるなんて聞いたことないし……あ、でもお城に来る前の知り合いかもしれないよね。ルーマの出身ってどこなのかな?」
ロベルトは首を横に振った。
「聞いたことねえな」
こうしてみると、ルーマに関して知らないことはたくさんあった。十年以上一緒にいたのに、それは少し意外でとても寂しかった。
北の社に行ってから十日経ったが、ルーマが次の行動に出たという知らせは入ってこなかった。かわりに、シルヴィア皇国が斥候部隊を出して来ているという情報を、フェルディの鳩が持って来てくれた。アストレア王国の軍も、国境に兵を集めているらしい。
ユウたちは、北から近い東の社へ向かうことにした。城にいた時に感じていた身体の不調はまったくなくなり、ロベルトやフェルディと並んで馬を駆ることができた。
何度か野宿することになったが、それも問題なくこなし、フェルディが感心とも呆れともとれる顔で「すごいですね」と呟いたのが面白かった。
「ユウ、顔色がだいぶよくなりましたね」
野宿をしたあとに火の始末をしながら、フェルディが微笑んだ。
「王都を出たころは顔色が良くなかったから……」
「夏バテしてたみたい。それに、気候もだいぶよくなってきたし、外にいる方が気も紛れるのかも」
フェルディは眉をひそめた。
「無理しちゃダメですよ。今はルーマ殿のことで精神が高揚してるはずだから……」
ユウはぽんぽんとフェルディの肩を叩いた。
「ありがと。でも大丈夫。ルーマに会って一言言うまでふらふら倒れてるわけにはいかないから」
出発の準備のためにくるりと背を向けたユウを見て、フェルディは小さくため息をつく。
「それが心配なんじゃないですか……」
フェルディはこれまでユウと特に親しかったわけではない。なにしろ、相手は国の姫様だ。しかし、ルーマが彼女の幼なじみであることはもちろん知っていたし、ルーマが彼女を大事にしていることも感じていた。二人が恋仲でないにしても、特別な関係だということはすぐにわかる。そのルーマが、国を裏切ったのだ。普通なら、落ち込んで涙にくれてもおかしくない。それが、彼女は反対にルーマに会って真相を聞くためことを糧にしている。そのタフさが、フェルディは心配だった。そのうち、ぽっきり折れてしまう気がして。
「フェルディ」
馬をひいたロベルトが呼んだ。
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
「ああ、すみません。今行きます」
フェルディは慌てて立ち上がった。ユウはもう馬に跨がっている。その顔は、不安になるほど清々しかった。