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君のためなら  作者: 細雪
3/18

幼なじみのご帰還

 「そんな大したことないんだってば。ただの貧血」

 パタパタ手を振りながら言うと、ロベルトはルーマの如く眉間にしわを寄せた。

「医者に診て貰いました?」

「貰ったよ。何ともないって言われた。心配しすぎだよ」

「ルーマに連絡しなくていいんですか」

「何でよ。そんな大げさな話じゃないって」

「ベッドの上から言われても説得力ありません」

「数日間大人しくしてろって言われただけですー!」

 むくれたユウをなだめて、ロベルトは帰って行った。


 ロベルトにはああ言ったものの、一人で部屋にいると少しだけ心細かった。本でも読もうと思ったが、何となく身体が怠くてやる気にならない。


「ユウ」


 いきなり声が聞こえて、ユウは思わず飛び上がった。一拍遅れて、誰の声か認識する。

「え……ルーマ?どこ?」

「君は相変わらずバカだね。指環預けただろ」

 そう言われてやっとどこから声が聞こえているのかわかった。

「ルーマ、元気?」

「こっちの台詞。何、へろへろな声出して」

「別にそんな声出してないよ」

 言い返すと、ルーマが鼻で笑った。

「そう?風邪でもひいたわけ?」

「ああ、うん、ちょっと」

「ちょっと何」

「いや、ちょっと……貧血?」

 返事はなかった。

 ふわっと風が吹き、瞬きするとそこにルーマがいた。

「え!?何!?」

「…………顔色が悪い」

 突然現れたルーマは、何の説明もしないままベッドに歩み寄りユウの額に手を当てた。

「ちょっとルーマ、どこから出てきたの。砂まみれだけど」

「空間転移だよ。当たり前でしょ。砂まみれは我慢して。砂嵐に遭ったんだ。それより君、何をしたわけ?魔力足りてないみたいだけど」

「へ?魔力?」

「貧血じゃないよ、これ。魔力が足りなくて身体に不調が生じてる」

 ルーマが手を引っ込めて説明してくれるが、ユウにはまったく心当たりがない。何せ魔術を使った覚えがないのだ。

 そう言うと、彼は眉間にしわを寄せて考え込むような素振りを見せる。

「魔力って戻るのよね?」

「普通はね。食べて寝れば体力と同じように回復するよ」

「じゃあ心配いらないよ。食欲もあるしちゃんと寝てるもん」

「本当?それならもう回復してもいいんだけど」

 ルーマはまだ険しい顔だ。

「ちなみに、魔力が戻らないとどうなるの?」

「死ぬこともある。体力と同じだからね」

 厳しい言葉にちょっとだけどきっとする。しかしユウはぱたぱた手を振って笑った。

「大丈夫だよ。大人しく寝てるから。それよりルーマの方はどうなの?いつ帰って来れそう?」

「……結界はやっぱり弱まってる。原因を調査したら帰って来るよ。北の鎮守社へ行ったんだけど、あの周辺は日照りがひどい。その調査もさせているから、少し遅くなるかもしれないけど」

 ルーマの手が頬に触れた。いつもと違う優しい動作に戸惑う反面、胸の奥がきゅんとする。彼の手首にはユウの渡したお守りがちゃんと結ばれていた。

「君は大人しくしていて。心配かけないでよね」

「心配してくれるの、ルーマ先生」

 照れ隠しもあってからかうと、彼はますます眉間にしわを寄せた。

「君のそういうところは本当に可愛くない」

「ルーマにだけは言われたくないな、それ」

 こちらも眉をひそめると、彼はにやりと笑った。

 じゃあ、と言ってユウの頭をあやすようにぽんぽん叩き、少し離れて詠唱を始める。あたりに風が吹いて、軽い光を伴って彼の姿は消えた。

 ルーマの触れた頬に確かめるように触れて、ユウは約束どおり大人しくしようと毛布に潜り込んだ。



 体調は、数日後に回復した。妙な怠さは残ったが、きっと何日もベッドでだらだらしていた報いだろう。


 そしてユウが動き回るようになってから十五日ほど経って、ルーマが戻ってきた。知らせてくれたのはロベルトで、ユウは家庭教師を放置して彼と城の入り口に駆け出した。

 そこには既にセオドアがいて、二人の表情の厳しさに思わず声をかけられずに立ち止まる。

「鎮守社の社人に聞きましたよ。あなたは全部ご存知だったんですね、陛下」

 ルーマがいつも以上に丁寧な、辛辣な口調でくすんだ緑の瞳を眇ている。対するセオドアは無表情でルーマを見下ろしていた。

「王家の習わしだからな」

「止めようとは思わないのですか。おかしいと感じたことは?」

「王家に生まれた者の義務だ。止めるつもりはない」

 ルーマが険のあるため息をつく。

「偉そうなこと言ってるけど、便利なものに依存するのが楽なだけだろ」

「兵団長」

 口調のきつくなったルーマを彼の副官が止めようとする。ルーマは彼の手を振り払い、踵を返した。


「姫様」

 ロベルトの手が肩に触れ、ユウは我に返った。

「出直しましょう。執務室に行けばいつでも会えます」

「……うん。そうだね」

 ユウも頷き、ロベルトと二人セオドアに見つからぬようにその場をはなれる。

 ルーマの副官がこちらを見ていることには気がつかなかった。




 ロベルトの言ったとおり、夕食後にこっそり抜け出して執務室に行くと、彼はすんなり迎えてくれた。ユウの来訪は予想の範囲内だったらしい。「遅かったね」と言われて思わず謝ってしまった。それからいやいや、と謝罪を否定する。

「私だっていろいろ忙しいのよ」

 昼間に迎えに出ようとしたことは秘密にしておく。

「そう?フェルディがーー僕の副官が言ってたよ。『姫様がせっかく出迎えにこられたのに、兵団長が陛下とけんかしてるから』って」

 見られていたらしい。

 ユウはちょっと肩をすくめて、勝手知ったるルーマの執務室でお茶をいれるべく棚を開けた。

「コーヒーにして。濃いやつ」

 国中ーー世界中探しても、執務室の椅子にふんぞり返って王女にコーヒーを要求する臣下は彼以外いないだろう。

 しかしユウも彼もそれが普通のことなので何とも思わない。ユウにとってルーマは臣下である前に、幼なじみで友人だった。

「寝れなくなるよ。あ、報告書書くの?」

「報告書はフェルディにまわした」

「まわしたって……」

「報告は口頭でした。聞いて覚えられないならあとは知らない」

 素っ気ない答えにため息をついて、お望み通り濃いめのコーヒーをいれてやる。どうも、と受け取ったルーマが目をあげた。

 ユウは、このくすんだ緑の瞳が好きだった。澄んだ緑ではなく、少しくすんだ不思議な色。

「そういえば君、体調は?」

「え?ああ、もう平気」

「……そう」

「天候はどうだった?日照り続きじゃ畑がやられてて大変でしょ?」

「ああ。それは陛下の采配に任せるよ。でも変な話を聞いた。北部は日照り続きだけど、東部は雨ばかり降るって」

「……アストレアは、地域で気候の変化はないって習ったけど。王都も最近雨が多いよ」

「……そう」

 短く答え、ルーマは分厚い本をめくり始めた。こうなると彼はもう相手をしてくれない。それでも、同じ部屋にいるだけで良かった。昔から彼が仕事をしている横で本を読んでいるのが好きだった。

 いつも通り、本棚から興味のある本を選んで執務室のソファに身を沈めた。お気に入りのクッションを抱き寄せて本を開く。


 夜の静かな部屋に、本のページをめくる音だけが響いていた。



 ルーマはそれから執務室にこもるようになった。はじめはいつ行っても部屋にいるので嬉しかったが、あまりにも彼が部屋にこもっているのが今度は心配になってきた。


 ある日執務室へ行くと、副官のフェルディがいた。

「姫様」

 彼は胸に手を当てて礼をとる。ユウも慌てて挨拶した。

「お話し中だったんですね。出直します」

「終わったからいいよ。コーヒーいれて」

 椅子から顔もあげずに言ったルーマにフェルディが目を剥いた。

「兵団長!姫様を使うなんて何考えてるんですか」

「大声出すなよ」

 ルーマが眉をひそめる。

「フェルディも飲みませんか」

「めめ、滅相もございません!むしろ私がいれます!」

「いい。君がいれると何か薄いから」

「あなたの普段飲んでるのが濃すぎるんですよ!」

 上官と部下の言い争いを聞きながら、ユウは三人分のコーヒーをいれた。ひとつだけ濃いめであとは普通に。

 最初は恐縮していたフェルディも、すぐにユウと打ち解けた。ルーマの横暴ぶりを笑い話として提供され、ユウは彼と二人で笑い転げた。当人はむすっとして本をめくっていたが。

「冷静に見えて意外と血の気が多いですからね、この人」

「そうよね。たいてい揉め事の原因は彼の口の悪さな気がする」

「……姫様にまで口が悪いのはいかがなものかと思いますが」

「あ、それはいいの。丁寧なルーマなんて気持ち悪くて正視できないから」

「言ってくれるね」

 ルーマが低い声で文句を言った。それは肩をすくめてやり過ごす。

 楽しそうに笑ったフェルディが、カップを置いてルーマの方を見た。

「それにしても兵団長、遠征から帰ってきてずっと調べものをされてますけど、何を調べてるんです?異常気象のことですか?私も手伝いますよ」

「それもあるけど……いいよ。個人的な関心だから。君は僕の代わりに兵の訓練でもしておいて」

「はあ……」

 曖昧な返事をして、フェルディはちょっと眉をひそめた。

「兵の士気、落ちてますよね。おそらく騎士団も。結界がある以上、仕方のないことなのでしょうが」

「そうなの?」

「ええ」

 フェルディは近くにあった棚から地図を取り、カップをどけてテーブルの上に広げてみせた。

「姫様も大門はご存知ですよね」

「うん。東西南北にある結界の切れ目でしょ。この国へ入る唯一の道」

「ええ。そのうち、北門と西門は峠の麓にあります。敵としては攻めにくい。そうなると……」

 フェルディがつつっと指を走らせる。

「この国の弱点は、東門と南門になります。そこで、重点的にこの二つの門に兵が配備されるのですが、反対にこの国ではここさえ守ればあとは安心だと言えるのです。もちろんそれは、結界が有効だという前提なんですけどね」

 ユウが頷くのを見て、フェルディは話を続ける。

「わが国に結界が張られたのは、姫様の曾祖父様の代ですよね。それまでは騎士団も魔術兵団も他の国のように国境を守っていました。そして結界が張られてからも、人員が減らされることはありませんでした。結界が有効だという認識は広まって、国境の防衛に割かれる兵はどんどん減りました。そして今ではもう兵力が余っているんです。訓練してもその力が発揮されることはない。士気があがらない気持ちもわからなくはありません」

「そうだね。人員を減らすことはないの?」

「保守派の議員が反対していますからね。……ちなみに兵団長と私も反対派です」

 首を傾げると、ボスッと頭を重い何かで叩かれた。何かと思えばルーマの読んでいた分厚い本だ。叩いたのはもちろんルーマである。

「ちょっとは頭を使いなよ」

「うるさいな」

 分厚い本を払いのけつつ、頭を働かせてみる。

 ふと以前ルーマがセオドアと会議室で揉めていたことを思い出した。

「……結界がいつかなくなるかもしれないから?」

「ご名答。やればできるじゃん、お姫様」

 今度は本の代わりに掌が降ってきて、ぽんぽんと頭を撫でられる。

「結界の原理がよくわからないのにそんなものに頼るのはおかしいだろ」

 撫でられた頭に手をやり、彼の様子を眺めながらふとユウはこの国のあり方が不安になった。

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