五つめの宝珠
「しかし、あんたがカトリ様とはなれるとは思わなかったな。護衛なんだろ?」
ユウを挟んで右側を歩いていたロベルトが、反対側のバルトを覗きこんで言った。バルトはちらりとロベルトを見て、また前に視線を戻した。
「一応な。でも、あいつは自分の身ぐらい自分で守る。俺の身分は護衛騎士で主はあいつだが、あいつにへばりついてるわけじゃねえ」
「あんた、カトリ様にすげえ気安いよな。もともとか?」
「おまえだって、姫に随分気安いだろうが」
「ああ、うん、確かに」
ロベルトは決まり悪そうにユウを見る。助けを求められたので、笑いながら説明した。
「ロベルトとフェルディには私がお願いしたの。普通にしてって。姫様扱いされるのも肩が凝るし。それに、姫として行動してるわけでもないし」
「俺だって、城に戻れたらちゃんと姫様って呼ぶよ」
「なんだ、そうなの?」
がっかりして言うと、ロベルトは情けない顔になった。
「俺、仕事なくなっちまうよ」
鎮守社に着くと、宝珠はなくなったといえど社人たちはちゃんといた。ユウは彼らに用があったのでほっとする。身分を明かすべきか迷ったが、そもそもこの格好と状況で名乗って信じて貰えるかは怪しい。しかし、名乗らないと本当の話は聞けない気がする。
迷いつつ、とりあえずと声をかけた。
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんです」
社人は顔をあげた。
「なんだい?一般人は立ち入り禁止だよ」
「ああ……ええ、知っています。お話が聞きたいだけです。宝珠について、ちょっと」
「はあ……。お嬢さん、学者かい?」
社人は訝しげにユウを見、後ろのロベルトとバルトに目をやってますます不思議そうな顔になった。
「学者ではないのだけど……」
どう説明しようかと考えていると、ロベルトが隣に来た。
「あまり事を荒立てたくないのだが、こちらは陛下の妹御、ユウ様だ」
「はあっ?」
社人が目を剥いた。
ロベルトは腰の剣を鞘ごと抜いて彼に見せる。
「俺は王国の騎士団の者。これが証だ」
剣の鞘には、騎士団の紋が彫ってある。社人は目を白黒させた。
「はあ……これはこれは……失礼を致しました。姫様でございましたか」
「はい。突然申し訳ありません。社のなかへ入ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
社人はユウたちを社のなかへ誘った。
「それで、お知りになりたいことがおありだとか」
「ええ。五つめの宝珠についてお聞きしたいのです」
ぴちょん、ぴちょん、と水が滴る音がする。
「五つめの?」
社人は目を細めた。
「五つめの宝珠は、先々代の陛下が王都へ持って帰られたとお聞きしています。王都の防衛に利用するために」
「でも、王都に結界はありません」
ユウの言葉に、社人は頷いた。
「私が知る限りでも、王都に結界が作られたことはございませんね」
「それなら、五つめの宝珠はどこにいったのでしょう。まだ王都にあるのでしょうか?」
「さあ……わかりませんが、噂を聞いたことがあります。五つめの宝珠で秘術を試したと」
「秘術……?」
「宝珠は魔力の塊です。本来は球体ですが、その形を変え、常に陛下の傍に置いておけるようにしたと。噂ですよ」
社人は念をおしたが、ユウの背中はぞわりと粟立った。
「人の形にしたということでしょうか」
「それはわかりません」
社人はそう答えたが、ユウのなかでは嫌な予感がしていた。後ろを振り向くと、ロベルトも同じ考えに至ったのか顔色が悪い。
「もうひとつお聞きしたいんですけど……ここ最近の異常な天候と宝珠の魔力が弱まっていること、関係があると思うんですけど何かご存じないですか」
「ああ……その件に関しましては、我々の間でも噂になっておりました。それも段々、異常さが増しているような気がしておりまして……」
振り返ると、ロベルトとバルトがこくりと頷いた。社人に向き直り、頭を下げる。
「ありがとうございました。参考になりました」
「いえいえ、お役に立てましたなら良かったです」
社人は深々と礼をした。
社を出ると、ユウは二人を振り向いた。
「どう思う?」
唇を引き結び、地面を見つめて答えないロベルトをちらりと見て、バルトが口を開く。
「宝珠の魔力が天候に悪影響を与えているのは間違いないみたいだな。だんだん影響が強くなっているっていうのも気になる」
彼はわざと、ユウが本当に訊ねたいことと違う回答をしている。ユウとロベルトに考える時間をくれたのかもしれない。
「ユウ」
俯いていたロベルトが顔をあげた。
「ユウはどう思うんだ?」
歩き出そうとしていたのをやめ、青い瞳を見つめる。
彼が言っているのは、天候のことではない。ルーマのことだ。
「……反発したいんだけど、材料が見つからない」
何だかロベルトは泣き出しそうだった。
「誰も年齢を知らない。出身も知らない。ずっと一緒にいたけど、全然歳をとったように見えない。今まで不思議だなって思ってたことが、全部解決してしまう気がする。兄上がルーマに『人形』って言ったことも」
ロベルトの表情が歪んだ。
「じゃああいつは、人間じゃないってことなのか?俺、一応あいつの友達で……もう、何年も友達やってて、これからもずっと、あいつのこと友達だと思ってて……」
「あの男が何者でも、おまえと奴の関係は変わらねえだろ」
あっさりとしたバルトの言葉に、ロベルトがぴくりと反応する。
「奴が人間じゃないからって、築いてきた関係が変わるわけじゃねえ。姫、あんたもそうだろ」
「……そうだね。それはバルトさんの言う通りだと思う。でも……」
何だと言いたげにバルトが眉をあげる。
「ルーマは、宝珠を壊すことが目的だって言った。彼自身が宝珠なら、それはどういうことになるのかな」
「まさか」
ロベルトがはっとしたように目を見開く。
「そんなこと許さねえ。そんなバカな話あるか。自害なんかしてみろ。絶対許さねえ。ぶん殴ってやる」
奥歯を噛み締め、その隙間から絞り出すような声だった。
バルトが組んでいた腕をほどいた。
「奴が宝珠を壊す理由と、次に現れる場所を把握しないといけねえな。帰ろう。カトリたちが何か掴んだかもしれねえ」
「二つ、わかったことがあります」
夕暮れ時、少し早めの夕食の席でフェルディが指を二本立てて切り出した。彼はカトリに視線をやり、先にカトリが話し出した。
「一つは、リアという娘さんのことですわ。彼女は、この街の近くで魔女として捕まっていたそうです。それをルーマ殿が助けたようですわね。災厄が魔女を連れ去ったと噂になっておりました」
そんな場合ではないのに、胸の奥が疼いた。嫉妬だ。きっと顔に出てしまったが、誰もそのことには触れないでいてくれた。
次に、フェルディが口を開く。
「二つ目は、宝珠のこと。歴史書を読み返して気づいたんですが、宝珠の力が弱まった時期と、先代の王妃様、先々代の王妃様がお亡くなりになった時期が一致しています。宝珠に魔力……それに生命力まで吸収されたことが原因だと考えられます」
ロベルトがナイフとフォークを放り出して、フェルディの方へ身を乗り出した。
「そういえば、宝珠の力が弱まったってこの前視察に出てたよな」
「ええ。……行儀悪いですよ」
眉をひそめたフェルディに睨まれ、ロベルトはすとんと腰をおろした。
「あ、ああ、悪い。でも、その時ちょうど、ユウ、体調崩してたよな……?」
「うん……そういえばあの時、ルーマが一度、空間転移で様子を見に来た。あの時は大げさだなって思ったけど……」
「そのあと、魔術兵団が視察から帰ってきて、ルーマが陛下と口論してたな」
「うん。ルーマが兄上に、知っていたのかって聞いて、兄上は『それが王族の務めだ』って答えた。あの時は意味がわからなかったけど、あれは…………私のことだったってこと?」
食堂に沈黙が流れる。
それを破ったのはカトリだった。
「ではやはり、ユウの力を吸収しているのは宝珠なのですね。それを止めるために、ルーマ殿は宝珠を壊しているということでしょうか」
「……そのことなんだけど」
ユウは、カトリとフェルディにルーマが宝珠から創られた者であるという予想を話した。二人とも難しい顔で聞き、少し質問もしたが、その予想をひっくり返すことはなかった。
宝珠の天候への影響についても話したが、それはもう予想の範疇だったのであまり議論にならなかった。
夕食を終え、風呂からあがったユウをカトリが待っていた。ユウより先に風呂に入ったらしく、長い黒髪をまとめて寝間着である。彼女はにっこり笑って手に持った瓶を振った。
「ユウは、お酒飲めますの?」
「ちょっとなら」
「では、少し飲みませんか?この街特産の果実酒ですわ」
「いいね!」
カトリは自分の部屋にユウを誘い、グラスにお酒をついだ。たまたま、この果実酒を選んだのだろうか。それとも、ロベルトやフェルディにリサーチをして、ユウがミードやエールをあまり好まないことを知っていたのだろうか。
乾杯をして、他愛もない話を少ししてから、カトリはユウの顔をじっと見た。その顔に困ったような笑みが浮かぶ。
「夕食のあとから、ずっと眉間にしわが寄ってますわ。無理もないと思いますけれど」
「……ルーマの真意はわからないけど、私たちの予想が当たってるとしたら、ルーマが結界を消したのは……」
「……ユウのため、ですわね」
「…………私のために、戦争が起きそうだった。この国の人が、不安な思いをした……」
カトリは黙ってグラスをまわした。
「兄上の言うとおりなのかも。宝珠に力を吸収させるのが、国を守ることになる。王族の務めなのかも……そしたら、宝珠の魔力は足りて天候がおかしいのもなおるだろうし……」
「私は嫌ですわ」
ことん、とグラスをテーブルに置き、カトリがこちらを見た。
「犠牲の上に胡座をかいた平和なんて嫌ですわ。それは現実逃避です。それに卑怯です。楽な方へと逃げた結果の産物でしょう?」
カトリの視線が辛くなり、グラスの液体に視線を移す。彼女はかまわず続けた。
「勝手な意見ですけれど、アストレアはこれで良かったと思います。自分の力で諸外国に対応し、平和を築くべきですわ」
「……すごいね、カトリは。ちゃんといろいろ考えて生きてる」
拗ねたような口調になってしまったのが自分でわかった。それを見て、カトリはにっこり微笑む。
「ごめんなさい。受け売りですわ、バルトの。私はただ、ユウを羨ましいと思っただけです」
「私を?」
「ええ。だって、ルーマ殿はあなたのこと、とても大切に思ってるってことでしょう?それって素敵なことですわ」
ユウは視線を落とし、でも、と呟いた。その声は少し震えていた。
「私、そんなことしなくていいから一緒にいて欲しかった。例え力を吸収されて、早く死んじゃうことになっても、ルーマと一緒にいたかった。それだけで良かったのに」
向かいに座っていたカトリが、隣に来て肩を抱いてくれた。
「それは、ルーマ殿に会って直接仰ったらいいですわ。頑張りましょう、彼に会えるように」




