魔力の行方
ルーマが何者だろうと関係ない。彼が何者だろうと、幼い頃からユウと一緒にいてくれた事実も、ユウが彼を好きだと思うことに変わりはない。
カトリは部屋に戻ったユウに謝りたそうだったが、ユウはそれを止めて自分の態度を謝った。
翌朝、五人は朝食をとりながらこれからのことを話し合った。
「ルーマ殿は、結界を消すことではなく宝珠を壊すことだと言っていました。ということは、結界を作っていない残りのひとつも壊す気でしょう」
フェルディがソーセージにフォークを突き刺しながら言う。彼の隣でユウはパンケーキを切っていた。
「残りのひとつはどこにあるんだろう……やっぱりお城かな」
「でもそれなら、最初にそれを壊した方が良かったよな。今からあいつが城に入るのは大変だぞ」
パンをちぎるロベルトの髪は寝癖がついている。
「どうして彼は宝珠を壊したいのでしょうか……」
そう言うカトリは、パンケーキにハチミツをたっぷりかけている。パンにベーコンエッグを載せていたバルトが眉をひそめた。
「宝珠を結界として使い始めたのはいつだ?……つーか、カトリも姫もよく朝からそんな甘いもん食うな」
ユウはカトリと顔を見合わせる。
「おいしいのに」
「ねえ。バルトもひとくちいかがですか」
「絶対要らねえ」
「甘いものは脳にいいんじゃねえの?」
「そうですけど、私も朝からは無理ですねぇ。苦いコーヒーの方がいいかな」
「このおいしさがわからないなんて」
「人生、随分損してますわ」
ユウとカトリはくすくす笑う。
バルトは顔をしかめていたが、微かに頬を緩めた。しかし、それに気づいたのはフェルディだけだった。
朝食を終えると、もう一度魔術史と歴史の本を開くことにした。宝珠に関する記述を探すためだ。魔術史の方はフェルディとカトリに任せ、ユウはバルトと歴史書を見る。ロベルトは、以前作ったメモ書きをめくっていた。二三枚めくって、眉をひそめる。
「あいつ、今さら魔力の供給について調べたのか?魔術師の間じゃ普通のことなんだろ?」
「ええ。それ、何ページですか?」
「百二十四ページ」
フェルディがぺらぺらページをめくる。
「本当ですね。何でこんな基本情報を……あれ、でも詠唱の文言が一ヶ所違いますね。古い本だからでしょうか」
「これは……」
カトリのほっそりした指が、本の記述をなぞる。
「この最後の文言、制約の呪いではありませんか?」
「何だ、そりゃあ」
バルトが眉をひそめる。
「術者が被術者を限定する、一種の呪術ですわ。この呪いは、世代が変わっても継承されます。ですから、術者の魔力が途絶えない限り永久的に作用するもので……」
「……つまり?」
バルトはフェルディの方を向いた。
「例えば、カトリ様が私に制約の呪いを用いて、私から魔力を吸収する術をかけたとします。そうすると、カトリ様が死ぬまで私は魔力を吸いとられ続けます。私が死ぬと、次は私の子孫から魔力が吸いとられます。私に子どもがいなければ、最も魔力の波動が似ている血縁が対象となるでしょうね」
顔をしかめたロベルトが吐き捨てる。
「そりゃまたえげつない術だな」
「ええ。ですから、この術は禁忌とされています。それに、これだけの術ですから術をかけるのに力も時間も要ります。かけようと思っても、簡単にはかかりません」
フェルディの説明を聞き、バルトがユウに視線を向けた。
「あの魔術師がこれを調べていたってことは、この術をかけようとしていたってことか?」
「ルーマが?彼、もともと魔力は多いからわざわざ集めなくてもいい気がするけど……」
「解こうとしているのかもしれませんわ」
カトリがいつもより大きな声をあげた。
「ユウ、あなたこの呪いをかけられているのではありませんか?」
「まさか」
ユウは思わず即座に否定したが、フェルディが真剣な目で振り向いたので、続きは言えなかった。
「ユウの魔力が何者かに吸収されているのは、おそらく間違いない……そうか。確かに、考えられます」
「だって私、そんな術かけられた覚えない……」
「フェルディ殿が仰ったでしょう。この呪いは世代が変わっても継承されます。しかも、術者が際限なく魔力を吸収すれば被術者は生命力まで奪われ、死んでしまいます」
カトリが言うなり、魔術師二人は立ち上がって何やら詠唱を始めた。
バルトがこちらを見る。
「おまえの両親は?」
「二人とも、病気で亡くなったよ。でも、まさか……」
ロベルトが腕を組んで考える体勢になった。
「前国王陛下は心臓の病気だったよな。女王陛下は……」
ユウはロベルトと顔を見合わせた。
ロベルトの青い目が見開かれると同時に、ユウもはっとした。
「……原因、わからなかった。ずっと体調崩してて、それで……」
言葉は続かなかった。背中がぞわりと粟立つ。
フェルディとカトリの詠唱によって、ユウの周辺に魔術の紋様が浮かび上がる。しかし、二人とも顔をしかめている。
「……わかりませんわね。普通の魔術なら術がかけられているかどうかわかるのですが……」
「やっぱり普通の術じゃないからでしょうか」
フェルディとカトリが悔しそうに言って術を解く。
ソファに身体を沈めていたバルトが僅かに首を傾げた。
「それで、その術と宝珠を壊すこと、何か関係あるのか?」
はた、とフェルディとカトリが動きを止めて彼を見た。ロベルトは腕を組んだまま唸っている。
「あと、おまえの母上の前は誰が被術者だったんだ」
「おじいさまとおばあさまが何で亡くなったかは知らないなぁ。物心ついた頃には二人ともいなかったから」
ユウは歴史書に手を伸ばし、ぱらぱらめくった。たしか、祖父の代までの記録はあったはずだ。
「……お祖父様は、胸の病気だったみたい。お祖母様に関する記述はないわ」
「おまえが生まれた時にはもういなかったのか?」
「うん」
「その前は?」
「曾お祖父様は戦死。曾お祖母様は……ああ、老衰じゃないかな。大往生だったみたい」
ロベルトがユウの後ろにまわり、本を覗きこんだ。
「ユウの曾お祖父様が戦死されたことで結界が作られたんだよな。それは俺も騎士団で習ったのを覚えてる」
「そうだね。それは私も家庭教師に習った」
何かがひっかかり、ユウは首を傾げた。
曾祖父が戦死し、それを嘆いた祖父が戦をなくそうと結界を作り出した。その伴侶である祖母は短命だった。
ユウがぶつぶつ言っているのを聞いて、カトリが首を傾げた。
「ですが、アストレア王国は男系ですわよね?お母様は、お祖母様と血縁関係にないのではありませんか?」
その質問には、フェルディが答えた。
「それが……先々代はお子に恵まれず、ユウのお母様は一人娘だったんです。王位を継いだのは先代の陛下ですが、彼は形としては婿入りだったんですよ」
「なるほど。それならば、お祖母様、お母様で術が継承された可能性がありますね」
祖母から母へ術が継承された。曾祖父と曾祖母は、術をかけられていた様子はない。となると、祖父母の代からという線が濃厚になる。
「繋がったな」
バルトが低い声で言った。
「魔力を吸収する術と、宝珠ですね」
彼の言わんとすることを理解したらしく、フェルディが頷いた。
ユウがついていけていないのを見て、バルトが口を開く。
「術が発動した時期と、宝珠で結界を作り出した時期は重なる」
「ああ、そういうことか」
ロベルトが相槌をうった。ユウも、バルトの言いたいことは理解した。
「でも、じゃあ術をかけたのは誰?私の力を今吸収しているのは…..」
「それと、ルーマ殿が宝珠を壊す理由ですわね」
カトリはそう言って、本をぺらぺらめくっている。
とんとんと指でこめかみを叩きながら、フェルディが口を開く。
「ルーマ殿は、ユウに術がかけられていたのを知っていました。宝珠を壊すことが、ユウの術を解くことと関係しているとしたら?」
一瞬、間があった。
「……力を吸収しているのは、宝珠?」
ロベルトの呟いた言葉に、誰も返事をしなかった。
そんなことがあるのか。有り得ないだろう。
そう思いつつ、その考えが一番しっくりきてしまったからだった。
昼食後、フェルディとカトリは魔術史の本を広げて議論を始めた。時々実際に詠唱をしたり、それを慌てて取り消したりしているようだ。
その隣の部屋で歴史書を膝にのせ、ユウは考え事をしていた。社でのできごとについてである。
彼は、ユウを助けてくれた。ユウに魔力を分けてくれた。あの時のどこか痛そうな顔は、何だったのかーー……。
ユウは本を閉じて立ち上がった。




