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君のためなら  作者: 細雪
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変わらないもの

「相変わらずバカだね、君は。相手の力量を見極めなよ」

振り向かないままでルーマが言った。

アルトが足元に倒れた部下を一瞥する。彼が起き上がろうとするのを「寝てろ」と言って止め、目を細めた。

「邪魔をするな。どうせ壊すんだろう?だったら俺が貰う」

「残念だけど、壊さなきゃ意味がないんだよね。でも助かったよ。君が防護の術式を解除してくれたから、仕事が楽にすみそうだ。……リア」

「はい」

どこからともなく、青い瞳の娘が現れた。宝珠に歩み寄る彼女に、アルトが掌を向ける。

「君の相手は僕がしてあげるよ」

言うなりルーマが小さな風の渦をアルトにぶつける。彼は舌打ちをしてそれから逃れ、仕方がないといったようにルーマと向き合った。

「ルーマ……」

「邪魔。死にたくないならどいて」

そう言われて、ユウは仲間のケガだけでも何とかしようと詠唱を始めた。まずは、ロベルトの腹部だ。傷を塞いで血を止めないといけない。

傷に翳した手がいきなり掴まれた。驚いて顔をあげる。くすんだ緑の瞳が間近にあった。

「魔力を使うな」

「でも」

「使ったら死ぬよ」

「でも、みんなが!」

ルーマが目を眇た。身体のどこかが痛んだみたいだった。

「ルーマ、大丈夫?」

そう聞くと、彼はますます痛そうな顔になる。彼はユウの手をはなしたが、その手でそのまま頬に触れた。

頬が温かくなる。倦怠感がとれていく。

ルーマはじっとユウの顔を見ていた。ユウも彼から視線をはずせなかった。聞きたいことはたくさんあって、やっとルーマが自分を見てくれたのに、何も言うことができなかった。

長い間そうしていた気がしたが、実際は一瞬だったのだろう。

「よそ見はよくないぞ」

アルトの低い声がして、ルーマが振り向いた。落ちてきた雷を防護壁で防ぐ。それからすぐに詠唱をし、その短い詠唱では考えられない規模の竜巻を発生させた。二本の竜巻がアルトに迫り、彼の姿は見えなくなる。

その隙に、ルーマのおかげで魔力が回復したユウはロベルトの傷を塞ぎにかかった。すべての傷を治すことはできなかったが、彼は呻いて起き上がった。

その次の瞬間、竜巻はかき消された。かき消したアルトが火の玉を飛ばしてくるのと、ルーマが魔力を固めた矢を射るのが同時だった。

ルーマは火の玉を水の術で消したが、ひとつ間に合わずに彼の顔をかすった。チッと舌打ちし、軽く火傷した頬に手をやる。その視線の先では、アルトが肩を押さえて片膝をついていた。治癒術が効かない傷のようだ。

「あんた、普通の魔術師じゃないな」

「さあね」

ルーマは肩をすくめ、アルトの方へ歩いて行った。

「ここで退くなら殺さないでおくよ。まあ、宝珠を奪うにはもう遅いけど」

ルーマの視線の先で、ちょうどリアが宝珠を破壊していた。それを見てなぜかほっとする。彼女はくるりと振り向き、表情を変えずに「終わりました」と報告した。

「ご苦労様」

ルーマが頷くと、リアはまた詠唱を始めた。空間転移の魔術だと気づき、ユウは慌てて身体を浮かせる。

「ルーマ、待って!」

彼は振り向かなかったが、肩のあたりがぴくりと動いた。

「助けてくれてありがとう!」

助けたわけじゃないと言われるか、振り向かないかどちらかだと思った。しかしルーマは振り向き、またどこか痛そうな顔をした。そしてそのまま、リアとともに消えてしまった。


立ち尽くすユウの後ろで、ロベルトがフェルディの傷を塞いでいた。魔術は使えないので自分の服を使っての止血だったが、それが刺激となったのかフェルディは目を開けた。彼は呻いて身体を半分起こすと、ぶつぶつと詠唱をして自分の傷を塞いだ。ユウも我に返り、カトリの傷を治しにかかる。

その間、アルトも肩を押さえたままで部下たちに治癒術をかけていた。それでも起きない気絶している部下には、「起きろ」と頭に蹴りをいれている。それから、つかつかとユウの傍までやって来た。ロベルトとフェルディがユウを庇うように前に出る。

「何もしない。もう任務も遂行できねえからな」

アルトはそう言ったが、ロベルトもフェルディもどかなかった。

「あんた、『災厄』の正体知ってるのか?」

「『災厄』じゃない。ルーマよ。正体って何?あなた何か知ってるの?」

「知らない。でも、あの魔力は普通じゃない。ただの魔術師だとは思えない」

「負け惜しみだろ」

挑発するロベルトを一瞥し、アルトは踵を返した。

「じゃあな、カトリ姫」

アルトは自分を睨んでいるカトリにも一瞬視線をやり、部下たちを集めた。彼と、狼を操った部下が空間転移の術を発動する。

「行かせていいんですか」

フェルディが訊ねた。ユウはこくりと頷く。

消える直前、アルトがこちらを振り返った。黒い瞳が僅かに細められた気がした。気のせいだったのかもしれない。


その後、役人や兵が来る前にユウたちは宿屋へ引き上げた。全員ユウの部屋に集まったものの、誰も話さなかった。ただ、カトリが「拝見してもよろしいですか」と言って魔術史の本を手にとり、それをめくる音が響いていた。

「カトリ」

ややあって、バルトが口を開いた。

「待って下さい。あと少しで魔力が戻りますから、そうしたら治癒術を使えますわ」

「違う。ちゃんと部屋で休んだ方がいい」

「ああ……ええ、そうですわね」

「俺たちがここにいたら、姫も休めない」

バルトがちらりとユウを見る。

「そうですわね。でもちょっと、アルトの言葉が気になってしまって」

窓際に立っていたロベルトが振り返った。

「普通の魔術師じゃないってやつか?」

「ええ。私も、同じように感じたのです。ほとんど意識がなかったので、はっきりとは言えませんけど」

カトリの向かいから、フェルディが問いかけた。

「普通ではないというのは、具体的にどういう意味ですか?」

「難しいですけど……違和感、でしょうか。人間ではないような……」

「それなら、人形?」

ユウが口を開くと、カトリははっとしたように顔をあげた。

「違います、私は……」

カトリの言葉を聞かず、ユウは立ち上がった。そのまま部屋を出る。もう、胸のなかがぐちゃぐちゃだった。何も考えたくないのに、頭は勝手に思考する。

食堂から小さな庭に出て、空を見上げると星が綺麗だった。ぼーっと上を見ていると、傾けた後頭部に何かが触れる。

「昔、星座が好きでさ」

話し出したのはロベルトだった。頭に当たったのは彼の手だ。

「気になってた女の子と星見に行ったんだけど、俺、その子より星に夢中になっちゃって。ふられた」

情けない顔でそんな話をされて、思わず笑ってしまった。

「それは可哀想だね」

「俺が?」

「ううん、その女の子」

ロベルトは口をひん曲げた。

「それで失敗したからさ、次に機会があった時は相手の趣味に付き合ってみたんだよな」

「何をしたの?」

「花畑でお昼寝。退屈で死ぬかと思った。それが顔に出てふられた」

今度は、思わず吹き出してしまった。

「でも、私も昔ルーマを花畑に付き合わせた。お城の裏庭だけど」

「あいつ、ちゃんと付き合ってくれた?」

「うん。私が花冠作るの見てたよ」

ロベルトは目を丸くする。

「本当?じゃあ俺の愛が足りなかったのかなあ、彼女への」

「何でそうなるの?」

「だって、ルーマが花に興味あると思えねえもん。ユウといるのが好きだから一緒にいてくれたんだろ」

「それはどうだろ……」

「それか、ユウが楽しそうだから付き合ってくれたんだろ。どっちにしても愛だよ、愛」

にやにや笑っていたロベルトが、ふと真顔になった。

「……誰が何と言おうとあいつが何者だろうと、おまえがあいつを信じてればいいんじゃねえの」

顔をあげてロベルトを見ると、彼は決まり悪そうに目を逸らした。

「……ありがとう」

そう言うと、照れ隠しのように額を指で弾かれた。

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