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君のためなら  作者: 細雪
11/18

宝珠を狙う者

事態が動いたのは、それから十日後だった。

もちろん、南の社がある街にも「災厄」の噂は広まっている。アストレアは、四つめの宝珠だけは死守しようと警備の兵を増やしている。しかし、それでも少ない。結界が消えたので、各地に防衛の兵を配置しているのだろう。なんと脆弱な兵力だろうか。

宿から外を眺めてため息をついていると、ノックの音がしてフェルディが入ってきた。

「あんまりため息をつくと、幸せが逃げちゃいますよ」

「意外とロマンチストね、フェルディ」

「そうですか?」

フェルディは小首を傾げた。

「ここの社、天然の洞窟でできているらしいですね。こんな時じゃなかったら、洞窟観光ができたのに」

「こんな時じゃなかったら、鎮守社になんて入れないよ」

「……至言ですね」

フェルディが頷く。

「夕焼け、綺麗」

ええ、と微笑んだフェルディの眉がきゅっと真ん中に寄った。

「ロベルトのやつ、騒がしいですね」

階段をかけのぼる音が聞こえる。そして間もなく、勢いよく扉が開いた。

「シルヴィアが兵を動かしたぞ!」

「まさか!」

思わず立ち上がると、椅子がひっくり返った。

「門の内外で睨み合いだ」

「行こう。カトリは?」

「もう行ってる」

三人は部屋から飛び出した。フェルディが三人分のマントをひっつかみ、走りながらそれぞれに渡す。ユウはそれを受け取って羽織ると、フードをかぶった。

大門までは遠く、ロベルトはすぐに馬を出してきた。二頭だけだったので、ユウはロベルトの馬に乗る。街のなかを駆けると時折文句を言われたが、かまっていられない。

門の前には兵が集結していた。彼らは、何かを取り囲むように立っている。何かと思えば、その中心にいるのはシルヴィア皇国の紋をつけた騎士とカトリ、その傍らにいるバルトだった。カトリは目の前のシルヴィアの騎士を睨み付けている。

「もう一度よくお考えなさい、ルイス卿。あなたはこのまま戦を起こすおつもりですか?」

「我らは皇王様の命に従うまで。姫様は、皇都へお帰り下さい。皆様心配していらっしゃいます」

「この状況を置いて帰れるはずがありませんわ。あなたが兵を退けば考えます。あなた、今ご自分がどれだけ愚かなことをなさっているかおわかりですか?」

「……失礼」

ルイスと呼ばれた騎士が、カトリの腕を掴んだ。次の瞬間、バルトの抜いた剣が彼を向く。門の外にいるシルヴィアの兵がどよめいた。

剣を向けられたルイスは、バルトを睨んだ。

「バルト、無礼であろう」

「主に手を触れるな」

バルトが低い声で威嚇する。

「殺してはいけませんよ」

カトリのたしなめる言葉も、ある意味脅しだった。

「ルイス卿、あなたでは話になりません。魔術部隊はどこですか?」

カトリの問いに、ルイスは答えなかった。カトリは返事を待っていたが、はっとしたように表情を固くする。

「部隊長はどなたです?まさか、アルトですか」

ルイスは答えない。カトリは弾かれたように踵を返した。アストレア兵たちをかきわけ、その先にユウたちの姿を見つけて微かに安堵の表情を浮かべる。

「早く社へ。宝珠が危険です」

「え?」

「魔術部隊一の使い手が来ております。それなのに、彼の部隊がここにおりません。既に社へ向かったのだと思います。この人たちは囮ですわ!」

必死に訴えるカトリを、アストレア兵も見ていた。先頭にいた隊長が、はっとしたように目を見開いてこちらへやって来る。

「ユウ様!?姫様でいらっしゃいますか!?そ、それに、ロベルト!?」

「よ、マルコ。お役目ご苦労さん」

馬の上からロベルトが気軽に手をあげる。騎士団の隊長同士、顔見知りなのだろう。

「おまえ、王都がどれだけ大騒ぎだったと……!」

「その話は今度聞くよ。今、急がなきゃいけないみたいだから」

ユウはカトリを見下ろした。

「社に行く。カトリ、あなたも来て」

「姫様!?」

マルコが驚いたように大声を出す。

「マルコ殿、シルヴィアの兵を街のなかへ入れないようにして下さい。ですが、こちらから手を出さないように」

「しかし、姫様……」

マルコは納得がいかないようだった。その気持ちはわかる。しかし、時間がなかった。

「言ったとおりにして下さい。それから、馬を一頭貸して貰えますか」

カトリとバルトの馬を手配している間に、カトリもルイスに軽はずみな真似をしないように言い含めていた。

バルトが馬に跨がり、カトリを引っ張りあげる。ユウが頷くと、ロベルトが馬首をめぐらせた。フェルディもそれに続く。そのあとをバルトの馬が追った。


「あれです!」

フェルディが叫んで指差したのは、本当に洞窟だった。洞窟の入り口には、警備の兵と社人が倒れている。馬からおりたロベルトが「眠らされているだけだ」と言った。

ユウの横に並んだカトリが囁いた。

「ものすごい魔力の波動を感じます。気を付けて」

頷いたユウを励ますように、フェルディが肩に手を置く。それから、ロベルトとフェルディはユウを守るように前に立って歩き出した。フェルディが手を振ると、洞窟に備え付けられた蝋燭にあかりが灯っていく。天然の洞窟だからか、ぴちょんぴちょんと水音が聞こえていた。

洞窟は大きくカーブしていて、それを曲がると開けたところに出た。そしてそこには、七、八人の人間がいた。

そのうちの数人が、ユウたちの気配に気づいて振り向いた。

「何者だ!」

「こっちの台詞だよ」

ロベルトが呆れたように言って、剣に手をやった。

後ろを歩いていたカトリがユウの横に並んだ。

「アルト殿」

彼女が呼びかけると、宝珠の前で魔術を使っていた男が振り返った。真っ黒な瞳がこちらを射抜く。

「姫様、なぜここに」

なぜここにと言いつつ、彼は特に驚いていないようだった。

「アルト殿、何をされているのですか?」

「見たらわかるでしょう。宝珠を取りに来たんですよ」

そう言いながら、アルトは術を止めない。それからも、彼が相当な使い手だということがわかった。

「今すぐ手を引いて下さい」

「残念だが、あんたの命を聞く気はない」

ユウはロベルトとフェルディを引き寄せた。

「ねえ、バルトさんと言い、シルヴィア皇国って上の言うこと聞かない人多くない?」

コン、とユウの後頭部をバルトの剣の柄が小突いた。

「聞こえてるぞ」

「ご、ごめんなさい。でも、あの人何者? 」

「魔術部隊長、アルト。シルヴィアで一番の魔術師だ」

バルトは眉をひそめた。

「あいつが本気になったら厄介だぞ。魔術勝負になったらカトリでも歯が立たねえからな」

カトリとアルトはまだ睨みあっている。

「アルト殿、あなたはどうして宝珠に手を出そうとするのです?」

「上の命令を聞いているだけだ。皇王直々の命だからな。皇王はあんたより上だろう?」

アルトが手をあげると、まわりの魔術兵がこちらを向いた。

「邪魔をするなら、実力行使に出る」

「仕方ありませんねぇ」

フェルディが一歩前に出る。それを見て、アルトは薄く笑った。

「やめておけ。おまえが俺に敵うとは思えない」

「力押しならね」

フェルディが詠唱を始める。相手の魔術兵が迎え撃とうとするところへ、剣を抜いたロベルトが飛び込んだ。アルトの傍らにいた魔術兵が、ロベルトに向かって掌を向ける。かまいたちとなった風が、ロベルトの身体を切り裂いた。

「くっ!」

ユウは素早く詠唱をして、呻いたロベルトの身体のまわりに防護壁を発生させる。

「ロベルト!」

怒鳴ったフェルディが氷の矢を降らせた。ロベルトは彼の声に反応し、ぱっと後ろへ飛びずさる。相手の魔術兵が二人がかりで防護壁を作り、残りの三人がこちらの頭上から雷を落とした。カトリがそれを防ぐ。その間にバルトも剣を抜き、ロベルトの隣に並んだ。

アルトはこちらに背を向け、宝珠のガードを崩そうとしている。

突然、ユウの視界が歪んだ。

「う……」

思わず呻くと、こちらを見たフェルディが目を見開いた。

「ユウ、魔力が……」

「大丈夫」

倒れている場合ではない。

ロベルトがちらりとこちらを見た。

「フェルディ、援護しろ」

「わかった」

フェルディが頷いた瞬間、ロベルトは飛び出した。魔術兵が繰り出す雷や炎を、フェルディの氷の術がかき消す。

兵たちがロベルトに気をとられている隙に、カトリが光の矢を射る。それを防いだ瞬間、バルトの剣が降り下ろされた。

アルトと彼の傍らにいる兵を除いた六人のうち、三人が地面に倒れた。

その間にも、ユウの具合はどんどん悪くなった。立っているのもやっとだ。かろうじて、腰の剣を抜いて握っている。

アルトがちらりと振り返った。

「……思ったよりやるようだ。やれ」

「は」

アルトの傍らにいる兵が詠唱を始める。

ロベルトとバルトが、フェルディとカトリの援護を受けてまた二人倒した。

詠唱が終わる。

カトリがはっとしたように叫んだ。

「二人とも、避けて下さい!」

魔術兵のまわりから、何か黒いものが複数飛び出してきた。狼のような獣だ。ロベルトが後ろに飛びながら切り裂いたが、その傷はすぐに修復してしまう。

「召喚獣は、術者を倒さなければダメです!」

「ふん、なるほどな」

バルトが一匹撥ね飛ばしながら鼻で笑う。そして、地面を蹴って飛び出した。

「おまえを殺せばいいわけだ」

バルトの前に狼が立ち塞がる。ロベルトはもう三匹に囲まれていた。斬っても効かない。魔術も効かない。そのうえ、残った魔術兵も雷や炎で攻撃してくる。

ロベルトが、飛びかかってきた狼を真っ二つに斬った。その狼は斬られたまま、後ろのカトリに襲いかかる。

「カトリ!!」

ユウは立ち上がり、カトリを狙った狼の首に剣を降り下ろした。狼は首だけになってカトリに食らいついた。

そこからは早かった。カトリの援護がなくなり、フェルディが一人で雷と炎を防ぐのには限界があった。怒り狂ったバルトの強さは目を見張るものがあったが、彼も死なない狼に囲まれてはどうしようもなかった。ロベルトは、ユウの傍にいた。彼がいなければ、ユウもカトリも食い殺されていたはずだ。しかし、手負いを二人抱えて満足に戦えるわけがなかった。

アルトが、手をふって攻撃を止めさせる。

「そろそろ降参したらどうだ?俺だって隣国の姫様を殺しちゃ寝覚めが悪い」

片膝をついたまま、ユウは彼を睨み付けた。残りの魔力を総動員して、気づかれぬように詠唱を始める。

「泥棒するのは寝覚めがいいわけ」

「それが俺の役目だからな。やれ」

アルトの命で、狼が飛びかかってきた。ロベルトが起き上がろうともがく。

ユウは、溜めていた魔力を放った。一本の氷の矢が、術者に向かって飛んでいく。しかしそれは、彼の防護壁に阻まれた。そして、目の前には狼の牙ーー……。


噛まれる、と目を閉じた。

風が吹く。


「出たな、『災厄』」


アルトの低い声がした。

目を開ける。

すぐそこに、ルーマがいた。

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