宝珠を狙う者
事態が動いたのは、それから十日後だった。
もちろん、南の社がある街にも「災厄」の噂は広まっている。アストレアは、四つめの宝珠だけは死守しようと警備の兵を増やしている。しかし、それでも少ない。結界が消えたので、各地に防衛の兵を配置しているのだろう。なんと脆弱な兵力だろうか。
宿から外を眺めてため息をついていると、ノックの音がしてフェルディが入ってきた。
「あんまりため息をつくと、幸せが逃げちゃいますよ」
「意外とロマンチストね、フェルディ」
「そうですか?」
フェルディは小首を傾げた。
「ここの社、天然の洞窟でできているらしいですね。こんな時じゃなかったら、洞窟観光ができたのに」
「こんな時じゃなかったら、鎮守社になんて入れないよ」
「……至言ですね」
フェルディが頷く。
「夕焼け、綺麗」
ええ、と微笑んだフェルディの眉がきゅっと真ん中に寄った。
「ロベルトのやつ、騒がしいですね」
階段をかけのぼる音が聞こえる。そして間もなく、勢いよく扉が開いた。
「シルヴィアが兵を動かしたぞ!」
「まさか!」
思わず立ち上がると、椅子がひっくり返った。
「門の内外で睨み合いだ」
「行こう。カトリは?」
「もう行ってる」
三人は部屋から飛び出した。フェルディが三人分のマントをひっつかみ、走りながらそれぞれに渡す。ユウはそれを受け取って羽織ると、フードをかぶった。
大門までは遠く、ロベルトはすぐに馬を出してきた。二頭だけだったので、ユウはロベルトの馬に乗る。街のなかを駆けると時折文句を言われたが、かまっていられない。
門の前には兵が集結していた。彼らは、何かを取り囲むように立っている。何かと思えば、その中心にいるのはシルヴィア皇国の紋をつけた騎士とカトリ、その傍らにいるバルトだった。カトリは目の前のシルヴィアの騎士を睨み付けている。
「もう一度よくお考えなさい、ルイス卿。あなたはこのまま戦を起こすおつもりですか?」
「我らは皇王様の命に従うまで。姫様は、皇都へお帰り下さい。皆様心配していらっしゃいます」
「この状況を置いて帰れるはずがありませんわ。あなたが兵を退けば考えます。あなた、今ご自分がどれだけ愚かなことをなさっているかおわかりですか?」
「……失礼」
ルイスと呼ばれた騎士が、カトリの腕を掴んだ。次の瞬間、バルトの抜いた剣が彼を向く。門の外にいるシルヴィアの兵がどよめいた。
剣を向けられたルイスは、バルトを睨んだ。
「バルト、無礼であろう」
「主に手を触れるな」
バルトが低い声で威嚇する。
「殺してはいけませんよ」
カトリのたしなめる言葉も、ある意味脅しだった。
「ルイス卿、あなたでは話になりません。魔術部隊はどこですか?」
カトリの問いに、ルイスは答えなかった。カトリは返事を待っていたが、はっとしたように表情を固くする。
「部隊長はどなたです?まさか、アルトですか」
ルイスは答えない。カトリは弾かれたように踵を返した。アストレア兵たちをかきわけ、その先にユウたちの姿を見つけて微かに安堵の表情を浮かべる。
「早く社へ。宝珠が危険です」
「え?」
「魔術部隊一の使い手が来ております。それなのに、彼の部隊がここにおりません。既に社へ向かったのだと思います。この人たちは囮ですわ!」
必死に訴えるカトリを、アストレア兵も見ていた。先頭にいた隊長が、はっとしたように目を見開いてこちらへやって来る。
「ユウ様!?姫様でいらっしゃいますか!?そ、それに、ロベルト!?」
「よ、マルコ。お役目ご苦労さん」
馬の上からロベルトが気軽に手をあげる。騎士団の隊長同士、顔見知りなのだろう。
「おまえ、王都がどれだけ大騒ぎだったと……!」
「その話は今度聞くよ。今、急がなきゃいけないみたいだから」
ユウはカトリを見下ろした。
「社に行く。カトリ、あなたも来て」
「姫様!?」
マルコが驚いたように大声を出す。
「マルコ殿、シルヴィアの兵を街のなかへ入れないようにして下さい。ですが、こちらから手を出さないように」
「しかし、姫様……」
マルコは納得がいかないようだった。その気持ちはわかる。しかし、時間がなかった。
「言ったとおりにして下さい。それから、馬を一頭貸して貰えますか」
カトリとバルトの馬を手配している間に、カトリもルイスに軽はずみな真似をしないように言い含めていた。
バルトが馬に跨がり、カトリを引っ張りあげる。ユウが頷くと、ロベルトが馬首をめぐらせた。フェルディもそれに続く。そのあとをバルトの馬が追った。
「あれです!」
フェルディが叫んで指差したのは、本当に洞窟だった。洞窟の入り口には、警備の兵と社人が倒れている。馬からおりたロベルトが「眠らされているだけだ」と言った。
ユウの横に並んだカトリが囁いた。
「ものすごい魔力の波動を感じます。気を付けて」
頷いたユウを励ますように、フェルディが肩に手を置く。それから、ロベルトとフェルディはユウを守るように前に立って歩き出した。フェルディが手を振ると、洞窟に備え付けられた蝋燭にあかりが灯っていく。天然の洞窟だからか、ぴちょんぴちょんと水音が聞こえていた。
洞窟は大きくカーブしていて、それを曲がると開けたところに出た。そしてそこには、七、八人の人間がいた。
そのうちの数人が、ユウたちの気配に気づいて振り向いた。
「何者だ!」
「こっちの台詞だよ」
ロベルトが呆れたように言って、剣に手をやった。
後ろを歩いていたカトリがユウの横に並んだ。
「アルト殿」
彼女が呼びかけると、宝珠の前で魔術を使っていた男が振り返った。真っ黒な瞳がこちらを射抜く。
「姫様、なぜここに」
なぜここにと言いつつ、彼は特に驚いていないようだった。
「アルト殿、何をされているのですか?」
「見たらわかるでしょう。宝珠を取りに来たんですよ」
そう言いながら、アルトは術を止めない。それからも、彼が相当な使い手だということがわかった。
「今すぐ手を引いて下さい」
「残念だが、あんたの命を聞く気はない」
ユウはロベルトとフェルディを引き寄せた。
「ねえ、バルトさんと言い、シルヴィア皇国って上の言うこと聞かない人多くない?」
コン、とユウの後頭部をバルトの剣の柄が小突いた。
「聞こえてるぞ」
「ご、ごめんなさい。でも、あの人何者? 」
「魔術部隊長、アルト。シルヴィアで一番の魔術師だ」
バルトは眉をひそめた。
「あいつが本気になったら厄介だぞ。魔術勝負になったらカトリでも歯が立たねえからな」
カトリとアルトはまだ睨みあっている。
「アルト殿、あなたはどうして宝珠に手を出そうとするのです?」
「上の命令を聞いているだけだ。皇王直々の命だからな。皇王はあんたより上だろう?」
アルトが手をあげると、まわりの魔術兵がこちらを向いた。
「邪魔をするなら、実力行使に出る」
「仕方ありませんねぇ」
フェルディが一歩前に出る。それを見て、アルトは薄く笑った。
「やめておけ。おまえが俺に敵うとは思えない」
「力押しならね」
フェルディが詠唱を始める。相手の魔術兵が迎え撃とうとするところへ、剣を抜いたロベルトが飛び込んだ。アルトの傍らにいた魔術兵が、ロベルトに向かって掌を向ける。かまいたちとなった風が、ロベルトの身体を切り裂いた。
「くっ!」
ユウは素早く詠唱をして、呻いたロベルトの身体のまわりに防護壁を発生させる。
「ロベルト!」
怒鳴ったフェルディが氷の矢を降らせた。ロベルトは彼の声に反応し、ぱっと後ろへ飛びずさる。相手の魔術兵が二人がかりで防護壁を作り、残りの三人がこちらの頭上から雷を落とした。カトリがそれを防ぐ。その間にバルトも剣を抜き、ロベルトの隣に並んだ。
アルトはこちらに背を向け、宝珠のガードを崩そうとしている。
突然、ユウの視界が歪んだ。
「う……」
思わず呻くと、こちらを見たフェルディが目を見開いた。
「ユウ、魔力が……」
「大丈夫」
倒れている場合ではない。
ロベルトがちらりとこちらを見た。
「フェルディ、援護しろ」
「わかった」
フェルディが頷いた瞬間、ロベルトは飛び出した。魔術兵が繰り出す雷や炎を、フェルディの氷の術がかき消す。
兵たちがロベルトに気をとられている隙に、カトリが光の矢を射る。それを防いだ瞬間、バルトの剣が降り下ろされた。
アルトと彼の傍らにいる兵を除いた六人のうち、三人が地面に倒れた。
その間にも、ユウの具合はどんどん悪くなった。立っているのもやっとだ。かろうじて、腰の剣を抜いて握っている。
アルトがちらりと振り返った。
「……思ったよりやるようだ。やれ」
「は」
アルトの傍らにいる兵が詠唱を始める。
ロベルトとバルトが、フェルディとカトリの援護を受けてまた二人倒した。
詠唱が終わる。
カトリがはっとしたように叫んだ。
「二人とも、避けて下さい!」
魔術兵のまわりから、何か黒いものが複数飛び出してきた。狼のような獣だ。ロベルトが後ろに飛びながら切り裂いたが、その傷はすぐに修復してしまう。
「召喚獣は、術者を倒さなければダメです!」
「ふん、なるほどな」
バルトが一匹撥ね飛ばしながら鼻で笑う。そして、地面を蹴って飛び出した。
「おまえを殺せばいいわけだ」
バルトの前に狼が立ち塞がる。ロベルトはもう三匹に囲まれていた。斬っても効かない。魔術も効かない。そのうえ、残った魔術兵も雷や炎で攻撃してくる。
ロベルトが、飛びかかってきた狼を真っ二つに斬った。その狼は斬られたまま、後ろのカトリに襲いかかる。
「カトリ!!」
ユウは立ち上がり、カトリを狙った狼の首に剣を降り下ろした。狼は首だけになってカトリに食らいついた。
そこからは早かった。カトリの援護がなくなり、フェルディが一人で雷と炎を防ぐのには限界があった。怒り狂ったバルトの強さは目を見張るものがあったが、彼も死なない狼に囲まれてはどうしようもなかった。ロベルトは、ユウの傍にいた。彼がいなければ、ユウもカトリも食い殺されていたはずだ。しかし、手負いを二人抱えて満足に戦えるわけがなかった。
アルトが、手をふって攻撃を止めさせる。
「そろそろ降参したらどうだ?俺だって隣国の姫様を殺しちゃ寝覚めが悪い」
片膝をついたまま、ユウは彼を睨み付けた。残りの魔力を総動員して、気づかれぬように詠唱を始める。
「泥棒するのは寝覚めがいいわけ」
「それが俺の役目だからな。やれ」
アルトの命で、狼が飛びかかってきた。ロベルトが起き上がろうともがく。
ユウは、溜めていた魔力を放った。一本の氷の矢が、術者に向かって飛んでいく。しかしそれは、彼の防護壁に阻まれた。そして、目の前には狼の牙ーー……。
噛まれる、と目を閉じた。
風が吹く。
「出たな、『災厄』」
アルトの低い声がした。
目を開ける。
すぐそこに、ルーマがいた。




