お人形さんみたい
彼を初めて見た時、お人形さんみたい、と思った。肌が白くて、整った顔立ちで、手足もすらりとしていて。そのなかで、瞳が妙にリアルだった。くすんだ緑の瞳が、彼が生きた人間だということを象徴しているように思えた。それがなぜかはわからなかったけれど。とにかく、人形みたいに綺麗だけれど人間なのだと思った。
彼が魔術の師匠になってから、侍女が噂話をしているのを何度か聞いた。彼女たちは彼の容姿を褒めてうっとりしているのだが、決まって最後に言うのだ。「あの瞳が澄んだ色なら、もっと素敵なのに」と。その感覚は、どうしてもわからなかった。
彼はおしゃべりではない。愛想もよくない。しかし、ちゃんと感情はある。それなのに、まわりの人々にはそれが伝わっていないようだった。命じられれば淡々と戦をこなす。高度な魔術を使っても、けろりとしている。その姿を見た人々のなかには、彼を「魔術人形」と評する者もいた。初めてそれを聞いた時は腹が立った。むしゃくしゃして彼の部屋に行くと、彼は涼しい顔で本を読んでいた。それがまた癪に障った。
「『魔術人形』って言われてるよ」
そう言うと、ワンテンポ遅れて彼が「何て?」と聞き返してきた。
「『魔術人形』なんてあだ名つけられてるよって言ったの。ねえ、もうちょっと愛想良くしたら?無愛想だから誤解されるんだよ。社交的になった方がいいよ」
「別に僕は何て呼ばれても構わないけど」
「何でよ!人形なんて言われて腹立たないの?」
「別に?君、ちょっと落ち着きなよ」
彼は本から目を離さない。
「何でそんな冷静なの!」
バン、とテーブルを叩くと、彼はやっと目をあげた。
「誤解されてて悔しくないの!」
「……誤解、ねぇ」
「誤解でしょ!人のこと、操り人形みたいに言って!」
「放っておきなよ。言いたい奴には言わせておけば?」
「それじゃ嫌なの!」
彼は立ち上がり、こちらへやって来た。彼の手が頬に触れる。
「何で泣きそうになってるの」
そう言われて、自分がいつの間にか目に力を入れていることに気づいた。涙がこぼれないように。
彼の顔を見ないように下を向く。
「何で悔しくないの……?」
せっかく下を向いたのに、彼の指が顎にかけられて上を向かされた。
「君は何で悔しいの?」
「だって、あなたがそんな人じゃないって知ってるもん。みんなそれを知らずに悪口ばっかり……」
「君が知ってるんだから、いいんじゃない?」
彼はあっさりとそう言った。
「君は知ってるんでしょ、僕の人となり。それでいいんじゃないの?」
顎を持ち上げていた彼の手が、頬に移動して親指が目尻をなぞった。
「僕の愛想が良くなったら、今より忙しくなって君の相手はできないかもね」
「えっ」
「いいの?」
彼は意地悪な笑みを浮かべている。
こんな表情を知っているのも、きっと自分だけだ。
そう思うと、今度は妙な優越感と満足感がわき上がってきた。なんと勝手な話だろうか。
おずおずと微笑んで頷くと、彼も満足そうに微笑んだ。それも、他の人が知らないであろう珍しい表情だった。
ルーマの笑った顔を思い出し、胸の奥がぎゅうっと痛んだ。思わずそこに手を当てた時、扉がノックされ「飯だけど」と言いながらロベルトが現れた。
ユウたちは、南の社がある街にいた。カトリとフェルディが魔力をあわせ、空間転移の魔術を使って移動したのだ。高度な術なため、遠い距離を一度に移動するのは難しく移動は二回に分けて行ったため、二日かかった。しかし、街道を利用するのに比べると格段に早い。確実にルーマよりも早く到着できたはずだ。ルーマが来れば、カトリとフェルディが魔力を検知できる。そこで、社に一番近い宿で待機することになった。
到着の翌日、ユウはまたも謎の倦怠感に襲われてベッドの上にいた。ロベルトとフェルディが心配して押し込んだのだ。しかし、怠いだけで他に不調はなかったので、一日ルーマの部屋にあった魔術史の本をめくって過ごした。
「体調、どうだ?」
「大丈夫だよ」
「夏バテかなぁ。ここ数日涼しいと思うんだけど」
ロベルトの手が控えめにユウの額に触れる。それから彼の目が本に移った。
「こんなもん読んでたら、今度は知恵熱が出るぞ」
「平気。ねえ、宝珠って五つあるんだよね?あとひとつはどこにあるか知ってる?」
聞いてみると、ロベルトは目をぱちくりさせた。
「そういえばそうだな。王都にあるんじゃねえの?城で守られてるとか」
「聞いたことないんだよね。お城にそんな部屋あったかな……」
クッションに背中を預けて考えていると、再びノックの音がしてフェルディが顔を出した。
「ユウ、体調はどうですか?ちょっと気になることがあるのですが」
「あ、うん。何?」
フェルディはロベルトの隣に並んだ。
「ユウの体調のことなんです」
「私の?」
「私の勘違いかと思ってカトリ様にも確認したのですけれど……ユウ、最近魔力使っていないですよね?」
「使ってないよ。私、ほとんど魔術使えないし」
「それなら妙な話なんですが、ユウの魔力の増減が激しい。見たところ、今日も魔力が減っています。それが体調に出ていると思うんです」
フェルディは、先ほどのロベルトがしたようにユウの額に手を触れた。
「ルーマ殿がいなくなる前に、あなたの体調について気にしていました。それは、このことじゃないかと思うんです。ロベルトではなく私に言ったのは、彼はユウの体調不良が魔力の減少に関係しているとわかっていたからではないかと……」
「何で魔術を使ってないのに魔力が減るんだよ?」
ロベルトが眉をひそめて聞いた。
「わかりませんが、何者かがユウの魔力を吸収しているのかも……」
「ルーマか?」
「魔力を奪えば、ユウの体調は不安定になります。彼がそんなことをするとは思えません。それに、魔力を吸収することが目的なら、他に魔術師はいくらでもいます」
「じゃあ誰が……」
ロベルトが唸る。
それには答えず、フェルディは再びユウに視線を向けた。
「あと、先日カトリ様が仰っていた天候のことなんですが……」
「結界の中だけで天気がおかしいって話ね」
「ええ。昔の文献を見てみると、結界が弱まった時期には洪水や日照りなどが起きていることがわかりました」
フェルディがメモ書きをユウに渡してくれた。それをロベルトと一緒に覗きこむ。
「おそらく、宝珠の力が不安定になることで何らかの影響があるのだと考えられます。もしかすると、天候だけではなく他の影響もあるのかもしれません」
フェルディの綺麗な字が並ぶ羊皮紙をパラパラめくりながら、ユウは眉をひそめた。
「ルーマ、このこと知ってたのかな」
「わかりません。でも、もしかしたら今回の件とも関わりがあるかもしれませんね」
「じゃあ、何がなんでもあいつを捕まえねえとな。まずは腹ごしらえだ。立てるか、ユウ」
「大丈夫だよ」
持っていた本をサイドテーブルに置いてベッドから出る。ふと、彼らが部屋に来る前に考えていたことを思い出した。
「ねえ、二人とも、ルーマに初めて会った時、どう思った?つまり、彼の第一印象なんだけど」
「そうですね。こんな若僧が上官か、と思いました。彼の実力を見たら納得しましたけどね」
フェルディの台詞を聞いて、ロベルトは苦笑いを浮かべた。
「あんた、意外と腹黒いな。俺は……前に言ったっけ。ピリピリしてて怖かったって」
「そうだったね。フェルディがルーマと会ったのは、ロベルトよりあとだよね?」
「ええ。既にユウの先生になってましたよ」
「そっか……ルーマの歳って知ってる?」
フェルディは目をぱちくりさせた。
「そういえば、知りませんね。最初会った時、二十歳ぐらいかと思ったんですけど……今もそれぐらいに見えますもんね」
「そうだね」
何だかもやもやする。
それを振り切るように、ユウはやっと立ち上がった。
「お待たせ、行こうか。カトリとバルトさんは下?」
「ああ」
「お腹すいちゃった」
「キッシュがおいしそうでしたよ」
そんな会話をしながら部屋を出る。廊下には、おいしそうな香りが充満していて、ユウのお腹が小さく鳴った。




