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君のためなら  作者: 細雪
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プロローグ

 この国には、歴史書に記されなかった歴史がある。


 十年前、この国を救った青年の名を、この国では誰も知らない。


 彼の名を記憶に留めるものは、一人もいない。


 彼のことを人々は呼んだ。災厄とーー……。



 彼との出会いは、ひょんなことだった。第二王女として王宮で育ったユウは、上に兄がいたこともあったからか、それとも生来の気性のせいか、王族としてはのんびりと暮らしていた。王妃である母は早くに亡くなっていたが、兄のセオドアも優しかったので、特に寂しさを感じることも少なかった。


 彼と会ったのは、五歳の時だったと思う。ユウには魔力があったので、それを制御するために魔術の授業を受けさせられた。その時、講師だったのがその頃王宮に魔術師として雇われたルーマだった。

 彼はユウから見ても相当な使い手だった。ユウが暴走させた火の魔術や雷の魔術をいとも簡単に抑え、あっさりと「才能がないね」と言い放った。

 彼は魔術師としては一流だったが、性格も“とても素晴らしかった”のである。


 彼に罵倒されながら、ユウは最低限の魔術を身に付けた。「バカ」「間抜け」「アホ」なんて言葉は日常茶飯事で、侍女は何度か国王に苦情を言ったらしい。国王は、「ユウがやめたいと言うならやめさせよう」と答えた。

 ユウはやめたいとは言わなかった。ルーマは確かに毒舌だったが、ユウを傷付けるために言っているわけではないことがわかっていたからである。


 ルーマは博識で、魔術以外に国の成り立ちや歴史などの授業も彼がしてくれた。

「この国がどうやって守られているかは教えたよね」

「うん。五つの魔力がある宝珠が配置されてて結界を作っているんだよね」

「そう。実際に結界を作っているのは四つだけどね。王都の一つはほぼ機能してないから」

「そっか。えーっと、宝珠の結界のおかげで防衛の兵力が少なくて済んでるんだっけ」

「ああ。ただ宝珠の魔力は人の理解を超える。使うならそれなりの覚悟が要る。宝珠だけじゃない。魔力を持つ者はそれを正しく使う必要がある」

 ルーマの真剣な口調に、ユウはちょっと首を傾げた。

「正しく使うってどういうこと?」

「君が君のしたことに胸を張って責任をとれると思ったなら、それは君にとって正しいんじゃないかな」

 ルーマはそう答えて、その台詞は妙に心に残った。



 ルーマの部屋で本を読むのがユウの日課になった。ルーマは本をたくさん持っていたし、ユウが勉強したいと言うことに関しては誰も文句を言わなかったからだ。

 ルーマの手が空いている時は、本の内容を説明してくれたりもした。



 ユウが十五になった時、国王は嫁入りのことも考えてユウに淑女としての振る舞いを習わせるようになったので、自由に使える時間は格段に減った。それでもユウは、空いた時間には本を読みに行っていた。そのためには多少のさぼりもやむを得ない。

 今日もマナーの授業をさぼってルーマの部屋にこもっていたところ、会議から戻って来たルーマが眉をひそめた。

「家庭教師が探してたよ、お姫様」

「お辞儀の仕方より本の方が魅力的なんだから仕方ないよね」

「……僕は何も言わないし聞いてないことにする」

「ありがと。だからルーマ先生好き」

「……巻き込まれると面倒だからね」

 ルーマはそう言って机に戻り、資料をめくり始めた。

「そういえばルーマ、魔術兵団の団長になったって本当?」

「本当だよ」

「忙しくなるから邪魔するなって兄上に言われたわ」

 ぷうっと膨れてやると、ルーマは「余計不細工になるよ」と容赦なかった。

「でも、この国の兵は平和ボケが甚だしいね。結界のおかげで」

「そうなの?」

「ああ。陛下も眉をひそめておられたけど…………」


 ルーマが懸念した翌年、国王はいきなり体調を崩してそのまま亡くなった。その喪が開けるのを待ち、セオドアがあとを継いだ。

 政務に必死の兄と違い、ユウはなかなか父の死から立ち直れなかった。ルーマは付かず離れずの距離にいて、ユウをさりげなく励ましてくれた。


 幼い頃からずっと、ルーマは傍にいてくれた。おとぎ話に出てくる姫を守る騎士のように、表立って誓いをたてたり守ってくれたりするわけではない。王子様のように甘い言葉を吐くわけでもない。口が悪くて厳しくて、慰めはぶっきらぼうな言葉か不器用に頭を撫でる手だったが、ユウはそれが好きで支えだった。


 彼と共に過ごす日常が当たり前で、ずっとそれが続くと思っていた。

  いつか自分は嫁に行かなくてはいけないし、彼には彼の人生があると頭ではわかっていたけれど。


 そして、異変は訪れた。



 「ルイーズって知ってる?」

 いつものようにルーマの部屋で読書をしていたユウに、ふとルーマが聞いてきた。

「誰だっけ」

「マッキンリー家の次女」

「ああ、評議会議員の。会ったことないなあ。その人がどうかした?」

 ページをめくりながら聞き返すと、ルーマはちょっと言いにくそうに唸った。

「嫁入りの話が出てたよ。君の兄上に」

「へっ!?」

 ユウは思わず間抜けな声を出し、書類に何やら書き込んでいるルーマのもとへ行った。

「聞いてないよ、あたし!」

「だろうね」

「だろうね、じゃない!」

「うるさいな。さっきたまたま聞いたんだよ。陛下とアドルフが話してるの」

 ルーマはやっと手を止めてこちらを見た。

「マッキンリー家は家柄もいいし発言力もある。本決まりになるんじゃないかな」

 憂鬱な気分が広がっていく。セオドアが結婚するなら次は自分だ。

 手近な椅子に身を投げ出したユウを気の毒に思ったのか、ルーマが珍しくお茶を淹れてくれた。



 セオドアとルイーズ・マッキンリーの結婚話はすぐに現実のものとなり、話はトントン拍子に進んだ。

 マッキンリー家との会食には、もちろんユウも参加せざるを得なかった。挨拶をし、少し話しただけで、ユウは何となくルイーズを好きになれないと思った。一緒にいると、妙な居心地の悪さを感じる。

 しかし、意外にもセオドアは気に入ってしまったらしい。終始顔を弛ませて彼女の相手をし、ダンスまでしてしまった。豊かな蜂蜜色の巻き毛と、ふくよかな身体つきにやられてしまったに違いない。


 両家の会食が終わると、数ヶ月後には婚約披露パーティーが開かれた。

 ユウはこういった格式ばった式典が大嫌いだ。何が悲しくて一段上の席に座り、へらへら笑っていなければならないのだろう。

 だから、比較的雰囲気が緩んだところでさっさと用意された椅子から逃げ出した。王家と繋がりを欲しがる貴族たちには捕まるが、ただ座っているよりまだましである。

 貴族たちをやり過ごしていると、部屋の隅にルーマを見つけた。これ幸いとそちらへ行くと、彼は一人の騎士と話していたが、ユウに気付いてくれた。

「これは姫様、ご機嫌麗しゅう存じます」

「何が姫様よ。その挨拶、気持ち悪い」

 そう言うと、優雅にーー嫌みに?ーー礼をしたルーマはむっとしたようだった。

「仕方ないだろ。公式の場なんだから。君こそ立場を忘れてふらふらしすぎだよ」

「おあいにくさま。あんなところに座ってたら頭と顔が変になっちゃう。邪魔した?」

 ユウが聞くと、ルーマは首を横に振って一緒にいた騎士をぞんざいに親指で指した。

「別に。彼はロベルト。第三軍の隊長だよ」

「お初にお目にかかります、姫様」

 指された彼は、綺麗に騎士の礼をとってみせた。

「はじめまして。ルーマに友達がいるなんて思わなかった」

「友達じゃない」

 ルーマはむっつりと否定する。ロベルトがにやりと笑った。

「俺……私も、ルーマが姫様とこんなに親しいとは思いませんでした」

「魔術の師匠なの。家庭教師からの逃亡も助けてくれるし」

「このひねくれ者とよく馬が合いましたね」

「あなたもね」

 ルーマは眉間にしわを寄せていたが、ロベルトと二人でひとしきり笑う。そのあと、ロベルトがこほんと咳払いをして場の空気を戻した。

「しかし、このたびはおめでたいですね。ルイーズ殿は幸せ者だ」

「そうね。花嫁よりその父上の方が幸せそうだけど。兄上のお顔も緩みっぱなし」

 ちくりとした口調で言うと、ルーマが警告の視線を寄越した。誰が聞いているかわからない場で、あまり婚儀に反対のことを言うなということだろう。

 広間の真ん中では、ダンスが始まろうとしていた。セオドアは相変わらずルイーズにでれでれで、二人で優雅にステップを踏み始める。

 いつもなら、腹に一物抱えた貴族のどら息子たちがユウにダンスの申し込みに来る頃合いだ。だが今日は、後ろで顔をしかめている魔術師が怖いのか誰も寄って来なかった。

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