1話 サバイバル生活
次に目を覚ましたときは、辺り一面が草原に囲まれている。
その場で起き上がった俺は、口を開けながら、唖然と立っていた。
「夢じゃなかったのかよ……」
どうやら本当に異世界へ転移されたようだ。
どうしてこうなった……
ちなみに、俺の手荷物は、 布団で寝ていた頃の私服で、特に武器はない。
「なんだよこれ……ひのき棒ですらないとか、どうやって戦えばいいのさ!」
国民的に人気のあったRPGでも、主人公には、最弱の武器が最低限に装備されていた。
今は完全に手ぶらである。
やばい、異世界の定番である魔物に襲われたらどうしよう……
しかも食糧も俺のポケットにしまってた飴玉だけ。
もちろん、水なんてない。
このままじゃ餓死する可能性が高い。
俺はとんでもない詐欺にあったかもしれない。
「とりあえず……集落を探してみるか」
道なき道へ向かうが一向に人影が見当たらない。
歩いていてきづいた事は、俺の体力が格段にアップしていた事だ。
明らかに、運動神経が上がっている。
まあ、だからどうしたと言われればそれまでだがな。
本当に厄介な事になったよ……
せめて魔法がほしい。
そんな微かな希望を込めて、水が湧きだすイメージをしながら、魔法を唱えてみた。
すると、俺の手から水が大量に湧きだす。
「うお!? まさか本当に魔法がある世界だったのかよ!」
湧き出した水が止まらない。
だが好都合だ。俺はのどが渇いていたので、わき出す水をひたすら飲みまくった。
これで多少は空腹を抑えられるだろう。
他にも火をイメージしたりと、様々な魔法を唱えようとしたが
湧き出す水と、明かりとして使えるライトしか今の俺には唱える事が出来なかった。
どう考えても、魔物相手の攻撃に使えない……
本当に俺って勇者なの?
「元の世界に帰してくれーーー!」
俺は段々と暗くなる夕日を眺めながら強く叫んだ。
こんなサバイバル生活を強いられるなんて、平凡な人生を歩んでいた俺には無理ゲーすぎる!
そんな俺の願いはむなしく、辺りは日が沈み、夜となっていた。
母さんに会いたい。
もう既に俺はギブアップ状態だ。
「腹へったな……」
俺はポケットから飴を取り出す。
食糧はこれだけだ。 ヤバイ、遭難して餓死コースだろこれ……
空腹に勝てなかった俺は、飴を口にくわえた。
甘い飴を舐めなめている俺は辺りの暗闇を見渡す。
「流石に夜は危険だよな。今日は野宿か……」
地面は固く、草原の草がパサパサ当たってしまい、非常に寝にくい。
しかも虫がぶんぶんと俺の周りに群がってやがる……
ふかふかの布団がこれほどに欲しいと思った事はない。
「はあ……どうしてこうなったんだ……」
俺は朝の陽ざしを浴びながら、目を覚ます。
今日もひたすら道なき道へ向かうしかない。
人口密度が全くないのか、人の姿や魔物すら見かけない。
小さな昆虫ぐらいしか、草原には生き物が居なかった。
まさか人の住んでいない島だったオチじゃないよな?
「俺を呼び寄せたあのルビアとか云う名の女は全く連絡を寄越して来ないし、もしかして俺って騙されたのか?」
確かに身体能力は想像以上に上がっている。
だが、武器も用意せず、魔法は水を湧き出させるのと光を照らすだけ。
どう考えても勇者の待遇じゃないだろ……
「おっ!?」
兎のような姿をした角のある動物が俺の隣で横切って行った。
あれは、魔物なのか?
あの程度なら、俺でも狩れるかもしれない。
今の俺は、あの魔物が完全に食糧にしか見えなくなっていた。
「逃すか!」
俺は急いで逃げた兎へと駆け込み、角を避けながら、思いっきり兎を蹴りあげる。
だが、俺の食糧になる筈だった兎は爆散してしまった。
「……」
どうやら俺の身体能力は、想像以上に強化されていたようだ。
まさか、兎のような生物が爆散するほどに力があったとはな……
せっかくの獲物が木端微塵になってしまった俺は、そのまま茫然とたたずんでいた。
「とりあえず、飛散した肉を集めよう……」
食べられそうな肉をとりあえず収穫して、肉を串で刺し、俺は炎を照らすように念じるが何も起こらない。
なので、代わりにライトに熱を追加させたのを唱えて、時間をかけながら肉を焼く。
やはり光は熱を浴びさせる事が可能なようだ。
俺が照らしたライトはかなりの高温となっている。
「ふう……焼くことが出来てよかった。流石に生の肉を食って食中毒になったらたまらん。」
俺は時間をかけて焼きあがった肉をそのまま食べる。
……血の匂いと臭みがあって不味い。
だが、それ以上に空腹だったので、かなりの速度で肉を平らげた。
臭みさえ我慢すれば普通に食える。
味付けがあれば完璧だったんだがな。
とは言え、今は贅沢も言っていられない現状だ。
今日、食糧に巡り合えた事を感謝しなければならない。
いつまで、こんな自給自足の旅が続くのだろうか?
そんな事を心配しながら、俺はひたすら太陽が沈む方向へ目指した。
俺は川を発見して、そのまま川を下れば人里を発見するのを期待して
ひたすら川の道を辿った。
だが、途中から草原地帯から背の高い草が生い茂る、草原と湿原が入り混じった、地帯へと変わってて
とてもじゃないが、歩くことが出来ない。
なので、山の広がる密林地帯と草原の境界線の場所まで徘徊しなければならなかった。
でも、思わぬ収穫があった。
木の実が大量に実っている森を発見したのである。
問題はそれが食えるかどうかなのだが……
もしかしたら、保存食になるかもしれないし、背に腹はかえられない。
俺はためしに木によじ登り、たくさん実ってる、痛んでいない木の実を取り出した。
「よし、食ってみるか」
俺は、そのまま木の実の皮をむきく。
中身のほうは、クリのような姿をしていた。
これなら食べられるかもしれない。
期待が膨らんだ俺はそのまま木の実を口を開けて食べ始める
「……不味い」
後から広がって来るこの独特の苦味……とてもじゃないが、沢山食べる事は出来そうにない。
だが、肉ばかり食ってしまったら体に悪い。
俺は、我慢しながら木の実を食らい、沢山実っていた木の実は俺のズボンのポケットに大量に詰める。
これで獲物が取れなかった時の非常食は確保した。
「いつまで、この苦行が続くんだよ……」
そう思わず口をこぼし、愚痴を吐いた俺である。
あれから旅をして数日後。未だに人影は見かけない。
なんなんだ? ここは未開の土地なのか? 俺ですら倒せる魔物しか居ない。
もはや、魔物ではなくて、只の動物だ。
まあ、動物でもふつうは、生身で相手をしたら、こっちが倒されるけどね……
奈良の鹿は、トラウマになったな。
だが、今の俺には、異常な身体能力をもっている。
イノシシやクマが相手でも倒せそうな気分だぜ。
「はあ……サバイバル生活がすっかりと慣れてしまったな。」
「サバイバルしている暇があるならさっさと汚物を消毒しなさいよ!」
「うわっ!」
俺は目の前に怒鳴りながら現れたルビアに驚き、思わず後ずさりしてしまう。
「なんだよ、いきなり脅かすなよ」
「貴方が全く仕事をしてないのが悪いのよ!」
ルビアの姿が透けている。
ホログラム的な魔法なのか、肉体が無い。
どうやら、まだこの世界に降りていないようだ。
「そんな事言われても……魔族どころか、人影ですら見かけないのですが。」
「えっ?」
「えっ? って、なんだよ! まさか適当に俺を放り出したんじゃないだろうな!」
「こ、細かい事は気にしちゃだめよ! 勇者なんだから、この程度の困難なんて簡単に解決できるわ!」
ルビアは苦笑いしながら、俺を激励している。
アカン、話を逸らそうとしているし、どうやら図星のようだ。
「それより……なんで武器が無いのさ? いくら俺の肉体が超強くなっても、武器無しはないだろ……、仮にも俺は勇者になった筈だよな?」
「あら、あの聖剣が無いって事は、まだまだ半人前なのね!」
「半人前とか、当たり前だろ! 俺は武器なんて一度も使ったことのない平和な世界だったんだぞ!」
俺の訴えに、ルビアは少しだけ驚いている。
なんだ? この俺を憐みのような見つめる視線は
「なんてこと……私はとんでもない人選ミスをしてしまったかもしれないわ」
今更になってそれに気づくとか、遅すぎる……
せめて軍人さんや警察を呼べよ。
何故、只の学生である俺を召喚したんだよ。
「なら元の世界に帰してくれよ!」
元の世界に帰りたい。
もうこんな自給自足の生活はこりごりだ。
おいしい日本料理が食べたいと思ったことはない。
そもそも、いつ死ぬかもしれない世界に放り込まれるなんて
全く予想してなかった。
まさに新手の詐欺にあった気分である。
そんなギブアップ宣言を俺はしてみたものの
ルビアは俺の訴えにヤレヤレとした表情で俺に言葉を交わす。
「はあー……私だって返品をしたいわよー!既に契約を交わされたんだがら、もう後戻りはできないのよ!」
「なん……だと……!?」
終った。
俺の優雅な学生生活が終った。
「しかし……とんでもない場所に召喚させちゃったわね……まさか人が住んでいない未開の島だったなんて」
「へっ? 無人島……だと!?」
ルビアの深刻そうな表情になっているが、俺はトドメを刺された心境となっている。
数日間は徒歩で歩いても、未だに海の姿が見えない島……
なんでこんな大きい島が無人島なんだ?
てか、俺詰んでね? 島から脱出する事が不可能じゃねーか!
「なあ、どうやって無人島から脱出するんだ?」
「き、気合いで無人島から脱出するのよ!」
「出来るかー!」
思わずにツッコミを入れる俺。
ルビアの提案はあまりにも無謀すぎる。
気合いでどうにかできたら、俺だって苦労しないって!
「仕方ないわねぇ……私も人間界へ降りたついでに、貴方を救助してあげるわ!」
自信満々に俺にそう話すルビア。
確かにそれしか方法がない。
だが、ルビアが救助して来る日はいつになるのだろか?
不安になった俺は、そう口を開きながら、ルビアに訪ねてみた。
「なあ、俺は何時までこの島で暮らさないといけないんだ?」
「……がんばってね!」
そう言って、俺に目を逸らしながら激励するルビア。
「おい、さっき俺の視線を逸らしただろ!明らかに話を逸らしてるよな!」
「カズキならきっと、この島でも生きていけるわ! 絶対に私が助けに向かうから、安心して無人島生活をしていってねー!」
そう言って、ルビアは笑顔で俺に手を振りながら消えてしまった。
どう考えても、当分は助けに来る事は出来ないに違いない。
勇者として周りからチヤホヤされる旅とは、なんだったのか……
開始早々に挫折を味わってしまったよ。
だが、当分はこの島で生きる為に頑張るしかない。
「元の世界に帰りたい……」
かーちゃんの料理がこれほどに欲しいと思った事はない。
俺が居なくなっちゃったし、カーチャンやトーチャンは俺を必死に探してるんだろうな。
兄貴とゲームで対戦していた日常が懐かしい。
これがホームシックって奴か。
過去に戻れるなら、今すぐに戻りたい気分だ。
俺はこの無人島で生き抜かなければならない。
せめて元の世界へ帰れるよう頑張らないとな……