9話
短針が7を過ぎた時、玄関のドアが開いた。エリザベスはみずたまをおんぶ、少し離れて理沙ちゃんが傘をさしながら風船ガムをふくらませています。
プク〜ン。
ガムの主原料にはサポディラの樹液で煮て作る天然樹脂チクルがもちいられている、ちなみに風船ガムにはよく伸びる酢酸ビニル樹脂がよく使われるらしい。こんな事知らなくてもガムをかめますのでご安心を! もし食べてしまってもあわてないで、う〇ことして外に出るからさ!
プク〜ン。
上手ですねふくらますの、どうやったこんなに上手にふくらます事ができるんでしょうか? ……うおっ、風船ガムの中に風船ガムが! 凄いよダブルだよ何だかお得だよ!
「お姉ちゃん、そんな所でふくらましていないでさっさと家に入ったら?」
生意気の中の生意気、ナンバー1生意気、の健一がポケットに手をつっこみ言いやがりました。
「ひょっとはって(ちょっと待って)」
何を待つのでしょうか、とっても真剣な表情ですが今から何をするのでしょうか。風船ガムを三つ目ふくらます、はないよね。
「またアレに挑戦するの? 理解に苦しむな、何故意味の無い事をこう何度も何度も」
生意気小学生健一は壁にもたれて言いました。健一はこんなキャラだったのです、高感度は絶対右肩下がりです、断言します。
「ひょんどほそひょいほうしゃしぇる(今度こそ成功させる)」
またお空でゴロゴロ鳴ってますが何かを成功させるんですね? わかりました、成功を祈りましょう、頑張れ理沙ちゃん!
「僕勉強の続きがあるからもう行くね、成功しても失敗しても誰も見てないけど落ち込まないで」
ムキー! 生意気! 可愛くない、全然可愛くない、シーマンのほうがまだ可愛いかも!
プク〜ン。
な、なんと風船ガムの中に風船ガムがあってそのまた中に風船ガムが! 予想は見事に当たってしまった……。
玄関らへんでヤッターと大声が聞こえた時、健一は二階にいました。エリザベスは廊下に立っていて、前にあるドアを見ていました。その部屋はみずたまが寝ている部屋です。
健一はポケットから手を出して、エリザベスの手を握りました。
「助けられなかったから、アイツは助けたいの?」
健一はドアを見ながら言います。
「そうかもね」
エリザベスの目には涙が浮かんでいました。健一は心配そうに見ています、先程までの生意気は何処へ行ったのでしょう。
「アイツさ、誰か知らないけどお姉ちゃんの彼氏?」
「そうかもね」
健一は目を見開きオドロキます。ほっぺたをつねって夢じゃないか確認します。失礼ですよ!
「もうキスとかしたのかな? 最近の小学生はませてるからさ」
「そうかもね」
健一は目を見開きオドロキます。角に顔をぶつけ夢じゃないか確認します。失礼ですよ!
「お姉ちゃんは忘れちゃったのかな、あんなに泣いていたのに……」
「そうかもね」
手を広げた健一は、エリザベスのほっぺたを軽く叩きます。しかし反応はありません、ぼーっとしてます。健一はその場に座り、うつむきました。
「いなくなって初めて気付くんだよね。スゴく大切って、好きだって、気付くんだよね。以前よりもっと、もっと」
「……お兄ちゃん」
ドアの横の壁にかかっている額が落ちました。そこに達筆で書かれていた名前は雨宮家の長男のもの。
「僕が拾うよ」
お兄ちゃんは事故で亡くなりました。あの日も今日と同じで、雨がたくさん降っていました。
「雨が降ると思い出すのよね、お兄ちゃんを」
公園で倒れていたのです。髪の毛を、顔を、体を、足を、手を、全身ぬらして倒れていたのです。お兄ちゃんのそばで泣いていたのは理沙ちゃん、泣く事しかできなかったのです。
「僕も思い出すよ、やさしいお兄ちゃんを」
パパとママが来た時には心臓は止まっていて、手遅れでした。それでも心臓マッサージをしました、人工呼吸をしました。
「何でお兄ちゃんは川に入ったんだろう?」
溺死だったのです。普通雨の日に川には行きません、でも何故か川に……。パパとママはお兄ちゃんに抱きつきましたが、その体はとても冷たかったそうです。
「お姉ちゃんが何か知ってると思うんだけどな、パパとママより先にいたんだしさ。でも――」
聞きました、パパとママは優しい表情と声で聞きました、でも理沙ちゃんは泣きだしたのです。後日、わからない、と泣きながら言った理沙ちゃんは偉かったです。
「理沙ちゃんを探しに行ってきなさいって言わなければ、私がパパとケンカなんてしなければ、お兄ちゃんは死ななかった」
「お母さんのせいじゃないよ、だから自分をせめないで」
「ゴメンお兄ちゃん、私が悪いの、私が命をうばったの、ゴメンなさい」
「お母さん……」
階段で下を向いて立っているのは理沙ちゃん。右手にはバナナがありました。
「食後のデザートはいらないかな」
薄暗い階段を下りていきます、足音が響きます。




