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掌編作品(1~4000字)

からす、走る。

作者: はなうた
掲載日:2014/01/19

ラ○さんへ投稿したものの改稿版です。

私の掌編十九作目です。




 夕暮れ時は、どこか憂鬱だ。

 オレンジ色の空がほんのひとときの幻想的な世界を演出する。

 そんな光景を汚そうとするかのように、黒い影が一つ二つと飛んでいった。

 カァーカァーと、ひとを小馬鹿にしたような声を残して遠ざかる姿を眺めていたら、自然と溜息が出る。


 住宅街の交差点にさしかかる。その角のミラーがボクの姿を映し出していた。

 華奢。膨らみの乏しい胸元に、少し大きめなブレザーとスカート。真っ黒のオカッパ頭から出た一房の髪が力なく垂れ下がり、ちょっと自慢の大きな瞳もこの日はどんよりとしている。


「なんか、ホントに色気ないや……」


 自分で言って虚しくなってきた。


 ボク――烏羽かえで(からすばかえで)は人見知りな性格とパッとしないこの外見のせいで、クラスの中でどこか浮いているようだ。実際、教室で声を発するのは先生とのやりとりくらいで、それ以外はほとんど誰とも話さないし……。

 でも、そんなボクでも特に不自由はないし。だから大丈夫。

 そんな事を思っていた頃の自分を、少し憎んでいた。



 高校に入学して半年ほどたったある日。

 クラスでいつも騒いでいる女子のグループ、そのリーダー格の生徒が突然話しかけてきた。


「ねぇ烏羽さん。何でいっつも教室の端っこで沈んでんの?」


 半笑いの表情で話しかけてくる彼女に、ボクは目を合わせずに答えた。


「ボクの席が、ここだから……」

「はぁ? そんな事きいてんじゃないよ」


 たったそれだけの、些細なやりとり。

 でもそれが、ボクのクラスでの立ち位置を歪ませたようで。


 休憩中にわざと机の脚を蹴られたり。トイレに行って教室に戻ると、鞄の中身がばら撒かれていたり。ボクの周りでそんな異変が増えていった。

 おまけに今日は机に落書き。制服を着ている真っ黒なカラスの絵が机に大きく描かれていた。


「あんな事して、何がうれしいんだろう……」


 彼女達がそれを描く時の光景を何となく想像してみる。

 数人でキャッキャとはしゃぎながら油性ペンを走らせる姿が浮かんだところで、首を大きく左右に振った。


「ボクなんかより、あいつらの方がよっぽどカラスみたいじゃん。煩いし、すぐに群れるし……」


 独り言が誰もいない通学路に消えていく。そんな事言ったって今の状況が変わるわけでもない。でも、口にでもしないと苦しくて、息をするのさえ辛い。


「はぁ……」


 時間とともに伸びていく影。それとは正反対に、ボクの背中が丸くなっていくのが自分でも分かった。



「かぁーらすっ!」

「わ、わぁ!」


 もうすぐ家に到着しようかという所。すぐ後ろからいきなり大きな、そして少し濁った声がした。と同時に肩が叩かれる。女の子の華奢な体には少しキツめの衝撃。小さい頃から相変わらず、いつものご挨拶だ。


 ――からす。


 小さい頃からボクの事をそう呼ぶ人間は……一人しかいない。まぁ、照れてる時かフザけてる時だけだけど。


「い、た……! 孝一、いきなりビックリするじゃん……」

「まあまあ。お前がどんよりと下向いて歩いてたからさ」


 幼馴染――鷹崎孝一たかさきこういちは悪びれた様子もなく、白い歯を見せて笑う。

 家が隣同士だったこともあり、孝一とは小さい頃からよく一緒にいた。高校に入ってクラスも別々になり、昔に比べて接する時間は減った。でも、放課後はこうしてたまに一緒に帰っている。今のボクにとって彼は唯一仲の良い、親友。


「元気ねぇな。まぁ、いつもだけどさ」

「うっさい」

「俺と一緒に帰れなかったのがそんなに寂しかったのか?」

「ちが……」

「そうかそうかー。悪かったな。今日と明日は掃除当番でさ。また来週から一緒に帰ろうぜっ」


 ボクの反応など気にもとめずにしゃべり倒す孝一。そんな彼に呆れつつ、ほんの少し気持ちが楽になった。


「あ、その靴。俺が欲しいって言ってたやつじゃん」


 ふと、ボクの足元。新しいスニーカーの存在に気づき、孝一は目を輝かせる。


「ふふ、いいでしょ。昨日買ったんだ」

「むむぅ、からすに先を越されるとは……。俺も後で買いに行こうかな」

「うん。履き心地最高だよ」

「くぅ、何か悔しい」

「今回はボクの勝ちだね」


 フフン、と胸を張ってやる。長く一緒にいたせいか、自然と物の趣味も似てきた二人。たまにこうして、欲しいものをどちらが先に買うかで争う事があった。


「おっ、やっと背中伸ばしたな」

「あ……」

「うん。それでこそ、俺の知ってる『烏羽かえで』だよ。んじゃな」


 いつの間にか家に到着していた。「今度一緒に帰る時は、お揃いの靴だな」と笑いながら玄関に入っていく孝一を呆然と眺め、息を吐く。


「君の知ってるボクって誰さ」


 そう毒づきつつも、心を包むような温かさがボクの顔を綻ばせる。


 いつもの時間。

 いつもの帰り道。

 いつもの彼がくれる言葉。


 確かにそれが、ボクを明日へと運んでくれていた。



 ◆


 翌日。この日は穏やかに時間が過ぎていく。授業中も休み時間も特に何が起こるでもなく、そのまま終業のチャイムがなった。

 いつもちょっかいをかけてくる生徒たちも、反応を示さないボクに興味を失ったのか、それとも自分達のしてきた事がバカらしくなったのか、何もしてこなかった。

 帰り際には、その生徒達が、


「さよなら、烏羽さん」


 と、笑顔で挨拶までしてくる始末。

 突然の出来事に、ボクは頭を下げる事しかできなかった。


 なんか……変だな。


 嫌な予感を胸に、早足で昇降口へと続く階段を降りた。



 斜陽を受け、昇降口に並ぶ下駄箱たちもその頬を紅く染めている。

 ようやく、彼女達の笑顔の意味を理解した。


 ――空になった自分の下駄箱を見下ろして。


「……どうして」


 体の両横で握った手の震えを、どうしても止める事ができない。


「ボクが、何をしたってのさ……」


 教室で誰に迷惑をかけたわけでもない。ましてやあの女子グループみたいに、カラスみたいに、騒がしく誰かの周りを飛び回ったりもしない。

 一体ボクに……どうしろっていうのさ……。

 自分は静かに地べたを歩く事も許されないのだろうか。

 ぼやけた視界が、朝までそこにあった、今はもう無いはずのスニーカーを映し出す。


 ――今度一緒に帰る時は、お揃いの靴だな。


 孝一が昨日、去り際に置いていった言葉。


「……バカだな、ボク」


 孝一が欲しがっているって分かってて、彼と同じ靴を履きたくて、つい先に買ってしまったけど、彼とお揃いの靴。一緒に履ける日をほんのちょっと、期待していただけ。そんな小さな願いも、叶えてはいけないのだろうか。


「ぅ……ぅぅ……っ」


 悔しい。

 どれだけ目を擦っても、体中の悔しさが溢れてくる。


「ど……どうし、て……こんな事すんの……?」


 嗚咽が止まらない。もう、周りに誰がいようと関係ない。今はこの苦しみを吐き出してしまいたかった。



 しばらくしてようやく涙は止まった。けれど、ボクはまだ下駄箱の前でぼんやりしていた。帰るにも靴がない。


「……上履きで帰るしかない、か」


 上手く力が入らない手で鞄からペットボトルを取り出す。そして中身の緑茶を一口、含む。ほろりとした苦みが今の気持ちを反映しているかのようだった。


 これからの事を考えると再び心が重くなる。まるで全身が泥に浸かっていて、もがいているような感覚だ。

 こんなに息苦しい世界で、あと何年ボクは生きていかなくてはいけないんだろうか。

 果たして、ボクはどれだけ耐えられるんだろうか。


「もう、疲れちゃったな……」



「かえで!」

「えっ?」


 大きな、そして少し濁った声が、ぼんやりとしていた自分の耳朶を打った。ホント、相変わらず突然で、びっくりする。


「はぁ、はぁ! かえで!」


 もう一度同じ名前を呼ぶ声の主――孝一が、昇降口の扉の前で息を切らしている。新しく、少し汚れたスニーカーを片手に。


「あ……」

「これ、お前の靴……だよな?」


 いつも、そうだ。


「今さっき、焼却炉で見つけた」


 いつも、隣で好き勝手しゃべり倒して。


「ほら、履けよ。帰ろうぜ」


 いつも、壊れそうな心に土足で入り込んできて、ボクの沈んだ気持ちを引っぱりあげてくれる、


 ――温かい声。


「なっ……か、かえで……?」


 気づかないうちに頬を伝っていた温かい感触。それをひとつ拭うと、さっきまでの疲れがすべて消え去っていた。


「な、何でもない……」

「それは……さすがに無理があるだろ」

「うっさい」

「まあ、なんだ……からす! ……アレだ。何かあったら、すぐ俺に言え。何年幼馴染やってんだっ」


 ずっと近くでボクを見ていてくれた孝一。さすがに彼に隠し事はできないな。手渡されたスニーカーを履きながら、心の底からそう思う。


 ありがとう、孝一。


 そう感謝をこめて、一歩だけ、素直になろう。


「何か嫌な事されたのか? なら今から俺がそいつらを……ぶぶっ!?」


 しゃべり続ける孝一の口に、お茶のペットボトルを突っ込む。


「げほっ、いきなりっ何すんだ……!? ぐふっ、気管にっ……!」


 真っ赤な顔で咳込みつつも抗議する孝一の脇を抜け、昇降口の階段を駆け下りる。そして、少し離れたところで振り返り、アイツには聞こえないように呟いてやった。


「それ、ボクのファーストキス」


 咳込み俯く孝一がすごく滑稽に見えて、自然と頬が緩んでしまった。



 ふと空を見上げると二羽のカラスが寄り添って飛んでいた。オレンジ色の温もりの中、同じ速度で。

 これから先、また何が起こるか分からないけど、また疲れてしまう事もあるだろうけど、君が背中を押してくれるたび、ボクはまた歩いていける。


 君と一緒に、明日へ進んでいける。


「もう日が暮れちゃうから、早く帰ろ」

「お、おう。そうだなっ」


 ボク達もあの二羽に倣い家路を急いだ。


 空も飛べない小さなからすは、これからもこの世界を走り続けるつもりだ。



 大切な人とお揃いの、このスニーカーを履いて。




シリアス書くの苦手ですが、たまに練習がてらに書きます。

陰湿なシーンも極力ライトを心がけました。


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