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宣戦布告

 新九郎は、赤尾に宣言したとおり鴇島を後ろ盾にして、黒脛巾組に限定闘争を持ちかけることにした。新九郎自身もこれ以上黒脛巾組を敵に回したくなかったからだ。もし震災がなかったら、新九郎は両親の取り決めどおり千菊を娶ったかもしれなかった。そうなれば、黒脛巾組も、千菊を通じて身内になった相手かも知れないのだ。だから、お互いに死傷者を出さない手段で雌雄を決する事が、千菊のためにも自分たちのためにも最善と考えたのだ。

 現実問題として、新九郎が協力を要請したとたんに鴇島家がとった、ためらいのない武装を見て、むしろ相手のためにも殺傷可能な武器での闘争は避けたいと真剣に考える様になった。

 黒脛巾組がどんな謀略集団だとしても、もとは千菊の身内だと言うし、日本国内でありながら平然と銃で武装する鴇島家も問題だった。

 いくら黒脛巾組が荒事になれた組織で闇打ちが得意だとしても、広域暴力団の本部を一晩で壊滅させたような家と事を構えては無事には済むまいと考えたのだ。

 もちろん放火や爆破などの破壊工作も禁止すべきだろう。それは警察沙汰を防ぐだけでなく、伊達家の身内である黒脛巾組を保護する意味合いもあった。何より新九郎は、自分を頼ってきた千菊を巡る戦いで、人死にや怪我人が出るのは絶対に避けたかったのだ。

 新九郎は未だ五里霧中とは言え、なんとかこの問題に安全な落としどころを見つけたかった。


 とりあえずは、イストの案内で、サンルームに移った。すぐにもう一人のメイド、ヴェリーが、紅茶とサンドイッチを持って来てくれた。彼女達はメイドとしても一流の腕を持っている。だが過去の実績から考えれば戦闘能力も並み大抵の事ではないのだろう。しかし定近は、一体どうやって彼女たちのような特殊な人材を手にいれたのだろう?まさか自前で訓練しているのか?だとしたら一体誰がどこで?

 日本のような平和な国で戦闘要員を育てるのは容易なことではない事を新九郎は自分の家を見て良く分かっていた。例えば阿辻のような剣術書生は小学校の頃から浅井の家で起居し、一年中剣道の稽古を行って技を身につけ、やっと用心棒として通用するようになるのだ。

 だが鴇島のメイドたちは、日本刀やショットガンや拳銃と言った、日本国内では非合法かも知れない武装を躊躇いもなく装備している。そう言う飛び道具を扱う軍事訓練並みの事が出来るのは、国内では自衛隊か警察組織くらいだろう。

 色々聞いて見たい事はたくさんあったが、今は当面の問題を片づけるのが先だ。取り敢えずサンドイッチを摘まみながら千菊を相手に、黒脛巾組についてより詳しい事情を聞いて見る事にする。

「お千、単刀直入に聞きたい。黒脛巾組というのはどんな奴らだ」

「うむ、伊達家の裏の仕事を担ってきた集団じゃ。金は持っておるが、はっきりいって地下人じゃな」

「お前は、また身内を地下人呼ばわりか?そ奴らは武士の子孫ではないのか?」

 新九郎は千菊の言い方だけは気にくわない。今時そんな差別があるものなのか?

「元から黒脛巾組は我らの身内ではないぞ。修験道の行者から取りたてられた者たちが始まりなのじゃ。今は伊達の譜代の中で代々なにか理由があって、当主から叱責を受けた家のものも組み込まれておるがな」

「つまりはどういう連中なんだ?」

「一族の中で何か罪を犯した者が出ると、その家は当主の許しがでるまで、譜代であっても汚れ仕事を請け負う黒脛巾組に入ることで罪を償うのじゃ」

「ということは、連中は犯罪者の集団か?」

「別に今の連中全てが犯罪者ばかりというわけではない。ただ、その父親、祖父、あるいは一族の者が何かの罪を犯したか当主の不興を買った家系に連なる者というだけじゃ」

「ふうむ、と言うことは、元々は修験道の行者から出たが、今は犯罪に加担し、罪を負った家のものが、伊達家の中で降格させられ、罪を償うために汚れ仕事をさせられているという理解で良いか?」

「うむ、だいたいそんな感じじゃ」

 なるほど、末女とは言え、本家のお姫様が関わりを持ちたくない訳だ。だが千菊のわざとらしい言い方もちょっと引っかかった。まるで黒脛巾組をその様に見ろ、その様に扱えと誰かに言われてやっているような感じがして仕方ない。


 新九郎は千菊から必要な事だけ聞き出すと、麻美とイストを呼び寄せ、携帯端末の着信記録から、黒脛巾組の黒川を呼び出した。黒川は待ち構えていたように電話に応えた。

「浅井の新九郎殿か?一体どこに雲隠れした?」

 黒川の声音には少し焦りが感じられた。彼もまさか新九郎がこんなに早く動くとは思っていなかったのだろう。

「黒川さんか?伊達千菊はやはりこちらで面倒を見ることにした」

「浅井長政ほどの名君の子孫ともあろう者が短慮に走ったものだな。そのような一方的な話、呑めるわけがなかろう。もはやどのような仕儀になっても責任はとれぬぞ」

 黒川の口調は、一見穏やかに聞こえるが、語尾は常に恫喝を含んでいて暗い。二度の襲撃が実は本気では無かったと匂わせるような言い方だ。

「お千が嫌だと言ってもか?」

 新九郎はそんな恫喝には乗らない。

「五郎八姫の御意志は、この際関係ない」

「馬鹿を言え、こっちはそのお千の意志のために、お前たちと事を構える覚悟を決めたんだぞ。本人が嫌だと言っている以上、手を引くのが主を立てるということだろうが」

「馬鹿は新九郎殿、御主のほうだ。その様な若造の思い込みは、命を縮めるだけだぞ」

「ふむ、このままいくら話し合っても、平行線のようだな」

「それはお互い様だ」

「そこで提案がある」

「提案?」

「そうだ。俺は今回の件で、鴇島家に協力を依頼した」

「と、鴇島?渋谷の松涛のあの鴇島家か?」

 黒川が電話の向こうで動揺しているのが分かった。

「さすがに黒川さんも鴇島の事は知っているようだな」

 新九郎は相手の顔も見えないのにほくそ笑んでしまった。やっと会話の主導権を握れそうだと感じたのだ。彼もガキ大将だった頃から、喧嘩沙汰には慣れっこだった。喧嘩は相手を飲んでかかった方が勝つ。まずは相手より優位な立場で話を進めたいのだ。

「当たり前だ。鴇島家といえば、立ちふさがるもの、逆らうもの、何一つ許さず、跡形もなく消し去ってきたといわれる、武力闘争でのし上がった荒事専門の家ではないか」

 黒川の鴇島家に対する評価は、新九郎より過激なものだった、だがもっと意外なことに、隣で片膝ついて控えているイストがウンウンと無言で頷くのが気になった。

 新九郎は心の中で嘆息した。やっぱり噂は本当だったのだろうか。この可愛らしいメイド長も、やくざやマフィアを相手にドンパチやらかした張本人と言う訳か。

 俄かには信じ難いが、同業のはずの黒川の動揺が電話越しからも伝わってくる。その感じからも鴇島家が只者ではない事が分かる気がした。

「おいおい、そりゃあ言い過ぎだろう」

 一応、新九郎はやんわりと否定しておく。

「抜かせ、いったい御主はどうやって鴇島なぞに渡りをつけた」

「企業秘密だ」

 まさか、鴇島の娘にカツ定食のカツを分けてやったのがきっかけだなんていえないし。

 新九郎は落ちつきを取り戻し、少し意地悪な気分にさえなってきた。ガキ大将だった過去を持つだけに、喧嘩沙汰の駆け引きなら慣れたものだ。それにこいつら、地方豪族の謀略組織なだけに、中央の同業者に必要以上の恐れを抱いていやがる。

「いや、なんにせよ、我らの意志は変わらん。鴇島なら相手にとって不足はない」

「強がるな。鴇島が本気を出したら、お前ら文字通り跡形もなく消されるぞ」

「む、それは…」

「板橋の関東穢土組が一晩で殲滅させられた件、都内のチャイニーズマフィアが一昼夜で跡かたもなく消滅させられた件、他にもいろいろあるぞ。お前らも知らない訳ではあるまい?」

「そ、それくらい承知しておるわ。それで脅しをかけて、我らに手を引かそうというのか?」

「そんなことは言っていない。事実を述べているだけだ。いいから俺の話を聞け」

「よし、聞くだけは聞いてやる」

「お千の保護者を決める方法だが、この際、仕合によって決めないか?」

「仕合?」

「そうだ、お前らも鴇島や浅井を相手に殺傷沙汰は避けたいだろう?表立って動いて死人でも出たら、お前らは刑務所行きだが、警察権力や法曹界にすら影響力を持つ鴇島家は無傷のままだからな」

 新九郎はあえて自分が襲われた件については言及しない事にした。回避できた襲撃など、自分は歯牙にもかけていないぞいうハッタリのつもりだった。

「むう、た、確かに」

 黒川の口調はすっかりおとなしくなってしまった。

「お前らの心積もりは俺も分かるつもりだ。お千を当主に頂いて伊達家中央への進出、それが望みだな?」

「お主、そこまで分かっていながら、それでも邪魔立てする気か?」

「だからさ、お千が望むなら、俺だって邪魔なんてしやしない。だがお千は今、お前らとつるみたくないと言っている。お千の気持ちが変わらない以上、俺はお千の意志を尊重してやりたい」

「自分の嫁にする気もないのに、勝手な言い草だな。だから仕合で姫の保護者を決めるというのか?」

「そうだ。この際相手を殺傷するような武器は、お互いに使わない。もちろん火付け・爆破・毒薬の類も禁止だ。鴇島の黒服軍団は既に銃器で完全武装して臨戦態勢だが、黒川さんが仕合に応じるつもりがあるなら、彼らの武器は防衛のためのみに使うと俺が約定を取り付けてもよい」

「鴇島の黒服軍団だと?それはなんだ?」

「以前やくざやマフィアをたった一晩で叩き潰した鴇島の戦闘集団だ。それがもう臨戦態勢に入ったということさ」

 新九郎も地方豪族の跡取り息子で、しかも近隣に名を轟かせたガキ大将だった過去を持っている。祭りの陣取り合戦やら学校間のもめごとやら、小さい頃から荒事には慣れている。当然こう言う交渉事も得意だった。もちろん、鴇島の戦闘集団の構成員が、黒服だけでなく、白いエプロンまで付けている事など一切明かさない。

「む、むう、さすがだな」

「だからさ、お前さんがたも無意味な戦いは諦めて、正々堂々仕合で雌雄を決しようと言うんだ」

「虫のいい話だな。まあ良い。では、どうやって雌雄を決するのだ?」

「お前らも奥州伊達の武士の末裔だろう?」

「む、無論だ」

「で、あれば、当然剣の心得はあるな」

「おう、もちろんだ」

「では改めて時と場所を定め、双方三人の剣士を立て、仕合で雌雄を決したい」

「竹刀剣術と言うことか?ふむ、よかろう、望むところだ。それでは連絡を待つ」

 黒川はなぜか自信たっぷりにそう言うと、自分から電話を切った。


「新九郎、相済まぬ。わらわのために仕合うてくれるのか?」

 千菊が大きな眼を潤ませ、小さな両手で新九郎の右手を握りしめて礼を言った。

「ああ、まあ乗りかかった船だからな。だが、俺が出るまでもなく、阿辻と新十郎で決まりだろう」

 新九郎は、千菊が尊大な態度を取るのをやめ、礼を言って来た事に満足していた。こう言う風に頼られるのが大好きな性分なのだ。だが新九郎もまだこの時は楽観的に構えていた。

「その二人はそれほど強いのか?」

 千菊が期待を込めた眼差しのまま聞いて来た。

「ああ、阿辻も新十郎も北進一刀流の使い手だ。ここ数年は全日本剣道連盟の大会で、毎年上位入賞を果たしている」

「新九郎、それはまずいかも知れぬ」

 心なしか千菊の表情が曇った気がした。

「まずい?なぜだ」

「先ほど御主が電話で話していた黒川をはじめとする黒脛巾組の連中は、日本剣道協会の剣士だ」

「日本剣道協会?すると神道無念流か」

「そうじゃ、全日本剣道連盟が認めていない、体当たり、足払い、組み打ちも平気でやる荒っぽい連中じゃぞ」

「ふうむ、お千も剣道に詳しいみたいだな。そいつらはそんなに強いのか?」

「わらわも武家のたしなみで剣道と長刀道は習ったからの。黒川は歳じゃから往年の力はないと思うが、確か神道無念流七段じゃ。他にも同じ程度の高段者がおったはずじゃ」

「七段?そいつは凄いな。阿辻と新十郎は北辰一刀流で四段になったばかりだ。実力は十分あると思うが…」

 新九郎は未知の敵の実力を侮ったかと一抹の不安を覚える。

「ねえ、新九郎、ボクもその仕合に出ようか?」

 麻美がいつもと変わらない軽い口調で新九郎と千菊の会話に割り込んできた。

「麻美も剣道をやるのか?」

 新九郎は意外に思って聞き返す。

「うん。結構強いと思うよ」

 麻美は軽く言う。しかし新九郎はにわかに信じられない。

「確かに、以前見せてくれた武蔵の二天一流の剣舞は凄かった。だが、相手は剣道の高段者だぜ」

「新九郎さま、麻美は女ですが、二刀流の使い手です。少なくとも仕合であれば、相手に容易に一本取らせないだけの腕はございます」

 それまで無言で話を聞いていたイストが麻美の剣技について淡々と説明してくれた。定近は、戦闘については、このイストに相談しろと言った。もしイストが例の暴力団やチャイナマフィアを殲滅した張本人なら、その戦闘能力は計り知れない。もちろん剣の使い方も。なぜなら板橋の事件の時は、銃器で武装したヤクザ者の中に、日本刀で惨殺されたものもいたからだ。

 しかしこのちっちゃくて可愛いメイドさんが、本当に戦闘のプロなのだろうか?新九郎はまだその判断が付かずにいる。

 新九郎はイストへの疑問は棚上げにして、麻美の実力を確認しようと考えた。仮にイストが日本刀でヤクザ者を惨殺した本人だとしても、立場上剣道の試合に出すのは憚られると思ったからだ。黒川達を武士として立てる以上、出来るだけ身内から剣士を出したいのだ。

「麻美は二刀流を使うのか?二刀流って、公式戦では平成になってから復活した流派だろう?いったい誰に教わった?」

「イストが教えてくれた。五輪の書を研究したんだって」

 なるほど、やはりこのメイド長が戦闘の専門家と言うのは確からしい。俄かには信じられないが、さっきの軍用拳銃の話も半端な知識ではああいう答えはできなかったはずだ。警察に線条痕を記録された自動拳銃の銃身を交換してしまい、殺人の証拠を消すなど、プロの殺し屋でも容易にできることではない。さっき門衛をやっていた瀧夜と言う少女の殺気も凄かった。

 麻美にはああいう険呑さは感じられないが、瀧夜は麻美を姉様と尊敬をこめて呼んでいた。麻美自身の剣の腕の方は、新九郎が竹刀を交えてみれば、はっきりするだろう。

「五輪の書というと、始祖の宮本武蔵が編み出した二天一流そのものと言う事か。それは面白い。よし一度俺と手合わせしてくれ」

 新九郎自身は北辰一刀流の三段だが、学生剣道出身で二刀流とは対戦経験がない。今は社会人の剣道なら二刀流も認められている。防御に徹した技が多いというが、達人になると一刀流の高段者でも一本取るのは至難の業だと聞いている。そういう剣技を一度は見てみたかった。それに麻美が本当に戦力になるのなら、この際男女にこだわっている場合ではないだろう。

 なにより新九郎は体育祭のバスケの試合で、麻美が見せたプロ並みの技量を見ている。さらに養父の定近によれば麻美は吸血鬼の身体能力も受け継いでいると言う。新九郎自身も眼の前で麻美がライフルの弾丸を掴み取ったのを見せられている。おそらく剣道の方も十分期待できるのだろう。


 新九郎はメルセデスに積んであった自分の稽古着と防具と竹刀を出して来た。麻美の剣道具一式はイストが運んできてくれた。

「ところで、仕合場もそうだが、屋敷内にどこか剣道ができそうなところはあるのか?なければ庭を借りてもいいのだが」

「前にボクが使っていた部屋の一階が室内運動場になっている」

「あのアールデコ建築の一階か?」

 新九郎たちはイストの案内で別棟に移動した。麻美が住んでいたと言う明るいオレンジ色の建屋の一階は、玄関のすぐ奥から先が天井の広いホールになっていた。運動場というより、磨きこまれたフローリングの床を持つ、ダンスフロアか体育館のような造りだ。これなら剣道の仕合どころか、バスケの試合くらいできそうな広さと高さがある。

「ここは麻美を引き取ることが決まったときに建てたものです。麻美の身体能力が大変優れていたので、武家の奥方に相応しいように、武芸を仕込んでみようと義母様がおっしゃいましたもので」

 イストが説明してくれた。そう言われて見回すと、バスケットボールのゴールやら、マシンジムやらも片隅に置いてある。どうやらこの施設は、麻美一人のために用意されたものらしい。

 浅井の家も剣道場を持ってはいるが、そこは地域の住民にも開放されていた。今は水戸東部館で北辰一刀流を学んだ県警の師範を招いて剣道教室を開いている。新九郎も子供のころから近所の子供たちと一緒に竹刀の素振りや撃剣の稽古に励んだものだ。

 夏祭りの時期になると、浅井の持ち山の芝刈り場を解放して、東西に別れて「合戦」もやった。新九郎は東京に出るまで、ずっと西軍の大将だった。彼が持っている戦略や戦術の才能はそう言った経験がもたらしたものだった。

 いずれにしても鴇島の奥方は、その浅井の剣道場と同じくらいの規模の体育館兼住居を麻美一人のために建てたものらしい。まったく鴇島家のやることは想像の斜め上を行くような話ばかりだ。

 麻美はフロアの端に行くと、なんのためらいなく着替えを始めてしまった。

 同行した千菊が慌てて止めようとした。

「これ、麻美、殿方の前ではしたない」

「え?ここはボクの家だからいいじゃないか」

 麻美は部屋着代わりのスウェットを脱ぎ捨て、ショーツ一枚で脱いだ服を丁寧にたたみ、奥の棚にしまいに行く。そして純白の稽古着を出して着替えを始めた。

 新九郎は麻美のしなやかな裸身に一瞬目を奪われた。しかし麻美の動きを見て、性的な関心より、しっかりした骨格と美しく筋肉のついた身体の動きに興味が移ってしまった。

 イストは麻美を武家の奥方に相応しく育てようとしたと言っていた。

 室町式礼法や和服の着付けも、その一環だったのだろう。麻美はなにか、鴇島の特別な目的に沿って育てられ、教育されてきた女なのだろうか。だがこうして見る限り、定近が言っていた吸血鬼の要素など、なにも見当たらないように思える。


 もしかして麻美は、俺を篭絡するのが目的で育てられた女だったのか?

 新九郎は自分も稽古着に着替えながら、そこまで空想してみたが慌てて打ち消した。

 思い上がりもいいところだ。

 それに今は、そんなことを考えている場合じゃない。

 まずは麻美の二刀流を確認しなくては。


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