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新十郎と千菊

 新九郎は仮設住宅の使用期間が終わろうというのに、未だに落ち着き先が決まらない、伊達の親戚衆五家族の救済策を鴇島定近と話合った。その結果、彼らを起居させるために、鴇島家が持つ福島山中の別荘を借り受ける事にした。別荘は尾瀬の登山口に程近い桧枝岐と言う場所にあった。山里とは言え、もともと観光地のため、近くには民宿や温泉旅館や商店もあり、当面の暮らしには不自由のない場所だった。

 鴇島定近は千菊の影武者を務めた鴇島瀧夜に差配させ、瀧夜と年若い妹たちをメイドとして差し向け、親戚衆の世話をさせる一方、クルマも貸し与え日々の暮らしに不自由無いようにさせた。鴇島の別荘は鉄筋コンクリート造だったが、外観はスイスの山小屋風で、五家族は二十部屋以上ある別荘内を自由に使うことができた。避難所暮らしが長かった親戚衆にとっては、願っても無い住居といえただろう。


 伊達の親戚衆が寄宿先に落ち着いてしばらくたった頃、新九郎は千菊と麻美に弟の新十郎と黒川本人、それに黒川の姪の麗子をともなって伊達の親戚衆を訪ねた。

 目的は千菊と伊達家の将来を話し合うことだった。話し合いの場所は、別荘の大広間を使い、酒は地酒の良いものを選び、肴は瀧夜が腕をふるった山菜や川魚の料理を振る舞った。瀧夜に料理を作らせる事を勧めたのは麻美だったが、彼女は武芸の器量だけでなく、料理や家事全般も得意な女だったようだ。

 奥州伊達側からは、生き残った五家族の長たる石川光明、留守正影、公理元宗、郡重宗、国府盛宗が出てきてくれた。

 新九郎は震災以来の労苦をねぎらい、最初に必要なら寄宿先にいつまでとどまっても良いという鴇島定近の言葉を親戚衆に伝えた。その上で、新十郎と麻美と瀧夜に酒肴の接待を命じた。さらに親戚衆の総意で伊達の宗家を誰が継承するかという話し合いを進めてもらうことにした。

 実は震災を生き延びた親戚衆は、すでに伊達姓を名乗っていない分家やかつての家臣の家柄ばかりだった。それで彼らは一も二も無く千菊を後継者に推すと言ってくれた。問題は後継者がまだ高校生であり、将来は嫁いでしまう可能性が高い女性であることだった。その事について、年長である光明が新九郎に問いかけた。

「このたびの浅井家、鴇島家の援助、心からお礼を申し上げる。それで、肝心なことをお聞きしたい。浅井の新九郎殿は、千菊を娶られる所存なのか?」

 新九郎は正直に答える。

「その事については、特に決めておりませんが、腹案はございます」

「千菊を娶るかどうかも決まっていないのに、新九郎殿はなぜ、このように我々に親切にしてくださるのだ」

「お千が、いえ、千菊姫を私の許婚にと言うのが、元々私の両親と伊達のご両親のお考えだったことと、千菊姫が、身体一つで私のことを頼ってきれくれたからです」

「それだけでここまでしてくださったのか?この別荘を借り上げるだけでもずいぶんと金銭を使っておられるはずだ。その上でいつまでも、この地にとどまっても良いとは、ずいぶん豪儀な話に聞こえるが」

 新九郎はここで正直に話してしまおうと考えた。ひとつの真実を告げることは、千の説得より効果があると考えたのだ。

「鴇島家と私は、そこにいる麻美を通じて、個人的な付き合いがございます。この別荘も全て鴇島家の好意で、無償で借用しておりますので、その点はご心配なく。実は私も千菊姫と同じく、大震災で両親を失った身の上なのです」

「なんと、新九郎殿も大震災の被害者ということか」

「幸い私も私の実家も領地も、震災の直接の被害は受けておりません。しかし両親を失ったことで、私は大きな痛手を負いました。何より、この若輩の身で、もうすぐ浅井の家を継がなくてはなりません」

「それで、伊達との縁を持とうとお考えになったのか?」

「はい、幸い私にはここにいる新十郎と言う弟がおります。弟は今回の黒脛巾組との仕合においても、十分な働きをしてくれました。千菊姫に異存がなければ、新十郎を将来千菊姫の婿にするのはどうかと考えております」

 新十郎と千菊は、その言葉を聞くと頬を染めてうつむいてしまった。二人はお互いに惹かれあってはいるように見えるが、まだ高校生の身の上だ。この先二人の関係がどうなるかは予断を許さないが、とりあえず今は憎からず思っている男女として遇しておくのが最善だろう。

「なるほど、それは妙案」「皆の衆異議はないな?」「ああ、願ってもないことだ」

 親戚衆の面々も口ぐちに賛同の意を示してくれた。

 新九郎は、千菊の後継者内定を受けて、別室に控えさせていた黒川と麗子を呼び出す。

「ご一同、ここにいる黒川氏とはご面識がありますでしょうか?」

「黒川?黒川一輝、当代の黒脛巾組の頭か?」

「なぜそのような者がここに?」

 親戚衆はさすがにざわついた。新九郎はそのざわつきが収まるのを待って声高に告げる。

「ここにいる黒川を始めとする黒脛巾組は、震災後、自ら千菊姫の保護者を名乗り出ましたが、千菊姫はこれを拒否しました」

「それはもっともなことだ。千菊が黒脛巾組の世話になるなどおかしい」

「ですが、現実問題として、千菊姫は震災で家屋敷はおろか、家族の全てを失い、困窮の中で暮らしていました」

「それは我らとて同じことだ」

「何をいまさら」

「黒川たちは、自分たちも家族の多くを震災で失った時も、千菊姫を保護しようとしていました」

「それは本当のことか?」

「下賎の輩が俄かに信じられん」

「その様な中で、千菊姫は、奥州伊達のご両親と、浅井の両親が決めかけていた婚約を頼りに、私を頼って東京に出てきたのです」

「それは千菊の立場ならそうだろう」

「ここで、私はご一同にお考えいただきたい。私は今の世の中で、殿上人と地下人などという区別があること自体がおかしいと思ったのです」

「それは部外者だから言えることだ」

「伊達の家の昔からの取り決めをないがしろにはできぬ」

「本当にそうでしょうか?伊達家の再興を願うのであれば、今こそ伊達家の総力を結集する時なのではありませんか?」

「それはまあ、そうだが」

「地下人と一緒に何をしろというのだ」

 やはり、過去のしがらみを断ち切るのは容易ではないか?


 新九郎は千菊姫の保護者を決めるための確執の中で、黒脛巾組と同等の立場で仕合う事を決めた。身内のはずの千菊ですら、黒川たちを地下人と呼んでいた事に違和感を覚えたからだ。

 新九郎は対等の立場で仕合う事で彼らを自分と同じ階級、つまり武士として遇したことを説明した。結果として、黒脛巾組の黒川たちは新十郎の北進一刀流と麻美の二天一流に敗退はしたが、新九郎の公平な態度に満足し、約束した通り千菊の将来については新九郎に一任すると約束してくれたのだ。


 だが結局意見は百出状態で、その日のうちに何かを決めるのは無理だと思われた。

 千菊自身は必要以上に浅井家を巻き込むことに気兼ねしている様子だった。しかし親戚衆の勧めもあり、最後は新九郎を後見人に立て、自らが伊達の家の跡取りとなることを約束し、その勢力下に黒脛巾組を加えることで、政治決着を付ける方向を決めることができた。


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