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暗黒面の娘

 千菊メイドになる

 翌朝、新九郎と千菊は鴇島家の当主である定近に朝食の席に呼びだされた。

「ああ、新九郎さん、それに千菊さん、朝早く申し訳ない。とりあえずこちらにお出でください」

 定近はサンルームの片隅にしつらえた朝食の席に二人を呼ぶ。今朝は亜理須の姿はなく、代わりに若いメイドが一人朝食の用意をしている。あの娘は、この屋敷に来た時に門を守っていたメイドではないか?麻美は瀧夜と親しげに呼んでいた。新九郎はそのメイドの鮮やか過ぎる立ち居振る舞いが気になって仕方がない。これが男なら、殺気と言っても差し支えないような気迫をメイドは放ち続けていたのだ。とりあえず鴇島のメイドたちは敵ではないと、自分に言い聞かせて席に着く。

「おはようございます。それで御用向きは?」

 新九郎は指定された席に着き定近に訊ねる。千菊は黙って新九郎の隣に座った。彼女はなぜか定近の前だと、妙におとなしい気がする。

 新九郎の問いに、定近はにこやかに答える。

「まず千菊さんを保護するために、これを着ていただきたいとおもいましてな」

 鴇島定近が合図すると、瀧夜が伊達千菊にメイドのお仕着せ一式を差し出して来た。

「屋敷内にいる間は、メイドとして振る舞う様にお勧めする」

「はい?」

「我が家では、嫁に行く先が決まるまで、娘はすべてこのお仕着せを着て家事を行うのが決まりでしてな。これは麻美が誘拐されて、大けがを負っていらいの習慣です」

「はあ、それはまたどうして」

「まあ、娘たちを守るためですな」

「御当主、そのメイド服にはなにか武器でも隠してあるのかや?」

 千菊が遠慮勝ちに訊ねる。

「武器なんて仕込んではおりません。でもこのお仕着せを着て、他のメイドと一緒に働いていれば、敵からはあなたが見分けにくくなるし、逆にメイドたちはあなたを守り易くなる、そう言うことです」

「なるほど、妙案じゃのう」

「それと、この瀧夜をあなたの護衛兼影武者に付けます。瀧夜はちょうど高校生ですし、背格好も割と近いですから」

 定近はその場で、麻美の義妹であり、イストの娘である鴇島瀧夜に護衛と影武者を命じた。この頃の瀧夜は千菊と同じような身長だったので好都合だったのだ。

「鴇島瀧夜と申します。以後お見知り置きを」

 その瀧夜は千菊のように黒髪を栗色に染め、同じような髪型にそろえていた。瀧夜も小柄な割に胸の大きな少女だった。千菊のような巨乳ではないが、ゆったりしたメイド服とエプロンドレスの御蔭で、その差はそれほど目立たなかった。

「瀧夜は当家ではイストの次に、武術を得意とする娘です。武芸だけでなく、射撃の腕も一流だ。きっと千菊姫をお守りする良い盾となるでしょう」

「それはかたじけない。瀧夜とやら、よしなに頼むぞ」

 千菊は鷹揚に頷きながら、瀧夜に微笑みかけた。

「はい、万事お任せください」

 瀧夜は優雅にスカートの裾を摘まみ会釈してみせた。そこに麻美が入ってきて、朝食が始まった。新九郎から見ると、瀧夜のそうした一連の振る舞いには、全く隙というものが見いだせなかった。

 瀧夜に比べたら、麻美ですら隙だらけに見えるほどだ。しかし、逆に、その隙のなさすぎるところが瀧夜の振る舞いをギスギスしたものに見せている気がする。


 その後も色々あったものの、麻美の依頼でイストも指導に加わり、新十郎と阿辻は、なんとか麻美を相手に互角に戦えるようにはなっていった。だが、竹刀を持ったイストには誰も敵わなかった。新九郎はイストに仕合に出てもらおうか考えたが、その件を打診するとイストからやんわりとだが拒否されてしまった。

「私は鴇島家のガーディアンです。申し訳ありませんが、今回のような仕合に出るのは遠慮させていただきます」

 その代わりイストは、黒脛巾組が修行しているという神道無念流についても、あれこれ調べてきてくれた。

「神道無念流は現在の剣道では禁止されている投げ技や足技、体当たりなどを含め、荒っぽい稽古を続けているといわれますが、基本は竹刀を頭上に大きく振り上げて渾身の一撃を繰り出すことが、一番大きな特徴と思われます」

 新九郎も同意する。

「北辰一刀流のように、多彩な技を繰り出して、一本を狙う竹刀での仕合を主眼に置いた流派とは違うということですね」

「その通りです。神道無念流は力の剣法と言われるように、軽く打つことを良しとせず、真剣であれば、相手を一刀両断するような渾身の一撃を打ちおろすことを奨励しています」

「とすると、麻美の打突と同じように重い剣だということですか?」

「そうだと思います。その代わり、上段からの攻撃が多いので、胴に隙が出やすいということになるでしょう。


 新九郎は自ら仕合に出ることをあきらめ、新十郎と阿辻、麻美の三人で仕合に臨むことにした。麻美にヒビを入れられたあばら骨も完治していなかったし、なにより自分の剣の実力が実弟の新十郎や阿辻にも劣ると悟っていたからだ。

 取り敢えず準備は整った。そう感じた新九郎は、次の週末土曜日の午後二時に仕合の日時を定め黒川に連絡した。黒川は待ちかねたように委細承知と返事をしてきた。


 仕合当日、鴇島家の門は朝から八の字に開かれ、門にはイストの配下の戦闘メイドさんたちが、ロットワイラー犬のリプリーを連れて立った。定刻の三十分前に黒塗りのゲレンデバーゲンが門にやって来た。黒川だった。クルマには男女三人が乗っていた。黒川も約定どおり、剣士三人だけでやって来たようだ。

 三人は瀧夜の案内で、麻美の住む別棟の一階に案内され、そこで準備を始めた。黒川の紹介によると、彼の手勢は遠藤宗信と言う長身の青年と黒川の姪の麗子と言う若い女だった。

 黒川は慇懃な態度で先鋒は遠藤、中堅は黒川の姪の麗子、大将は黒川自身が務めると告げた。なぜか、電話での暗い口調はなりを潜め、微かに高揚したような口調なのが印象的だった。


 黒川麗子

 中堅の剣士はダース・ベイダーを彷彿させる床まで届くような黒いマントを羽織っていた。マントを脱ぎ捨てると、その剣士は素肌に胴を直接まとっていた。黒尽くめの防具と袴は身につけているが、上半身は胴以外素肌のままだ。その黒尽くめの剣士は女性剣士だった。麻美より背はすこし低いが、女らしい抑揚に富んだ身体付きの美人だ。ワンレングスの髪を無造作に後ろで束ねている。

「麗子?そなた、黒川麗子か?」

 千菊が意外そうに問いかける。

「お千、久しぶりね。いったいどうしたの?メイドさんなんかになっちゃって」

 麗子と呼ばれた女は妖艶に微笑んでみせた。美人だが、なぜか影のある容貌だ。色白なのだが、切れ長な瞳の回りに暗い影のようなアイシャドーを塗っているせいだろうか?彼女はどうやら千菊の知り合いらしい。

「これはその、この屋敷に住まう娘の正装だそうだ。そんな事よりお主こそそのありさまは何だ。乳が見えそうではないか?」

「そう?それにしても、あなたのその格好ったらないわね。あたしはてっきり、お千が喰いつめて、メイドとして就職したのかと思ったわ」

 麗子は千菊を憐れむような口調でそう言った。

「たわけ、それよりおぬし、なぜそのような格好でこの試合に来た?」

「この格好はね、あたしの作戦の一部なの。そもそも黒川一輝は私の叔父よ、私も黒脛巾組の一員なの」

「そんな、わらわは麗子が一族だと言うことも知らなんだぞ」

「伊達家で殿上人の頂点の一人だったあなたには、あたし達のような存在がどこで何をしているかなんて知りもしなかったでしょうね」

「麗子のような存在?お主とは高校でも同級生だったではないか?」

「あなたにとって、あたしは単なる同級生の一人だったでしょうよ」

「おぬしにとってのわらわは違ったというのか?」

「あたしにとってお千は、身分を隠して守らなきゃならない君主の娘だった」

「そんな、わらわはそんな事、何も聞かされておらなんだぞ」

「あたしは中学まであなたの影武者をやっていたのよ。あなたに手出ししようとした男子を遠ざけたり、時には叩きのめした事もあるわ。でも高校に入ってあたしの背はどんどん伸びてしまった。それで影武者の役は終わり。あなたの身長、ちっとも伸びなかったから」

「わらわの背の事などどうでもよいわ。それよりなぜそなたが影武者などやっていたのじゃ?」

「君主の娘を守るのは当たり前でしょう。お千は仮にも伊達総本家の末娘だったのだから」

「だったとはなんだ?伊達の末女なのは今でも変わりないぞ」

「そう思っているのはあなただけかもね」

「どういう事じゃ?」

「お千、あなたは、今回の震災で本家という後ろ盾をすべて失ったのよ」

「そ、それはその通りだが」

「あなたはもう、あたし達と手を組むしかないの」

「そんな事はない、ここにおる新九郎だって、わらわを助けると言うてくれておるし」

「世間知らずの浅井の若様に何ができるというの」

「新九郎は立派なオノコぞ」

「無理よ、浅井の資産程度じゃ伊達の復興なんてできはしないわ」

「伊達の復興?それはわらわや親戚衆が考えればいい事じゃ」

「だから、それにはお金も土地も人も要るの、そんな事も分からないの?」

「そのくらい、わらわでも分かるわ!」

「ふん、世間知らずで、時代遅れの御姫さま独りで、いったいなにができるというの」

「………」

「お千、いいえ、千菊姫、あなたも五郎八姫となって、あたしと一緒にダークサイドに堕ちなさい」

「ダークサイド?」

「そうよ、これは運命なの。あの大震災も、あなたの両親や親類縁者が皆いなくなったのも、すべて運命。私たち黒脛巾組がいるのは、あなたの大好きなダース・ベイダーの世界、権力と金が支配する闇の世界よ」

「そんな…」

「わたしたち黒脛巾組はね、伊達の盟約に縛られ、組織を止めなければ結婚もできないし、子供を持つ事も許されない。でも組織の中にいれば、財力によって権力は奮い放題、あなたもそう言うの好きでしょう?」

「わらわは、いや、それは困る。わらわが子をなさねば、伊達の家は滅んでしまうではないか」

「だから、あなたが必要なの」

「わらわが必要?どういう意味じゃ」

「あなたが黒脛巾組を率いる、でも伊達家の存続にはあなたが子供を産む事が必要、だからルールを変えるのよ」

「ルールを変える?」

「そう、黒脛巾組の人間でも自由に結婚して、子孫を残せるようにするの」

「それが、そなたたちの望みか?」

「そうよ、伊達の隠し資産は膨大な金額になるわ。でも黒脛巾組にいる限り、一代限りの奉公でしかない。莫大な資産は、誰にも活用されないまま、金融機関でただ肥え太っていくだけ。それを解放するのよ。あなたがその気になれば、青葉城だって買い戻せる。仙台の復興だってできる、いいえ天下を取る事だってきっと夢ではないわ。そのためには、黒脛巾組にはあなたと言う伊達家直系の跡取りが必要なの」

「それは、黒脛巾組の陰謀ではないのか?」

「陰謀?夢と言って欲しいわ。あなたには仙台だけでなく東北を、もしかしたら日本を復興させる力があるかも知れないの。でもあなたの力は私たちと組まなければ無いも同然だわ」


 千菊は、黒川麗子との会話にショックを受けた様子だった。彼らがただやみくもに千菊を取り込み、その事で権力を振るおうとしているのではないと気がついたのだ。しかし新九郎や鴇島の一族まで巻き込んでおいて、今更後戻りはできない。

 新九郎は、千菊と麗子のやり取りを聞いてはいたが、敢えて口をはさまなかった。千菊は自分で麗子の申し出に対する答えを出さなくてはならないと考えたのだ。必要があれば支援は惜しまないつもりだが、今はまだその時ではないだろう。


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