担当者会議、ヘルパーの場合
担当者会議、ヘルパーの場合
1、
電話が鳴ったのは午後だった。
電話の向こうにはあの煮え切らない辺見康彦の声だった。
『もしもし、辺見ですけど・・・。』
『お世話になっております。富田です。』
『今日ケアマネに言われたんですけど・・・。』
ケアマネ?
康彦はどうやら怒ってるようだ。
いつもならすぐに『佐藤さんいますか?』と言ってくる。
さては・・・。サトエリちゃん・・・何かやらかしたな・・・。
あの子も少し気の短いところがあるからなあ。
『少しお待ちくださいね。呼んできますから。』
『いや・・・いいんです。』
うちの施設は訪問介護事業所と居宅支援事業所の電話番号は違う。
つまりわざわざこちらの電話番号にかけてきたということは、康彦はサトエリちゃんと話したくないのだろう。
『いいんですか?』
『ええ。あの、担当者会議のことなんですけど、7日なら大丈夫と伝えておいてください。』
康彦はそう一方的に言うと電話を切ってしまった。
担当者会議・・・。
確かに必要だ。
言いたいことは山ほどある。
・・・というか・・・言いたいことは基本的に言っているのだが『暖簾に腕押し』状態なのだ。
担当者会議でみんなで言ってもあの康彦が言うことを聞くんだろうか??
少し前にサトエリちゃんとも話したが、康彦は昔から何もしないで甘やかされてあの歳になったのだろう。何かを自分からやる、という気遣いは彼には無理なのかもしれない。
基本的に彼は自分のことしか考えていないのだ。
その上、康彦は自分は精一杯やっている、と思っている。
言っても何も響かないのはそういうところにあるんだろう。
そう考えてみれば康彦もかなり重症なのだろう。
多分、見た目からすると彼は50歳代半ばぐらい・・・。
あたしたちよりも一回り以上、上の年齢である。今まで何をしてきたかは知らないが、一般的に50歳代半ばといえばまだまだ現役で仕事していてもおかしくはないのだ。
彼の『病気』はおそらく一生治らず、結果としては親の財産を食いつぶし、最終的には生活保護を受給するようになってしまうのかもしれない。
あたしはそんなことを思いながらも、自分のデスクから離れ、隣の部屋の『居宅支援事業所』に向かった。
康彦から電話があったことをサトエリちゃんに伝えるためだ。
あたしが部屋の入り口から部屋をのぞくと、一番手前のデスクで頭を抱えているサトエリちゃんがいた。
う~ん。
絶対また太ったわよね・・・。
『はあ~。』
サトエリちゃんは思いきりため息をついていた。
背後にいるあたしの存在には気づいていないようだ。
『どうしたの?』
あたしは康彦のことを伝える前に、ため息の理由が聞きたくて思わず言ってしまった。
またフラれたか??
君はもう少しお酒を控えないと基本的には男は寄ってこないぞ。
サトエリちゃんは机につっぷしたまま言った。
『康彦のバカが・・・。』
へえ。
新しい彼氏。
康彦って言うんだ・・・。
・・・。
んなわけないか・・・。
『ああ。そうそう・・・電話あったわよ。』
どうやらサトエリちゃんは仕事以外のことを考える余裕がないようだ。
そんなんじゃ完全にダメよ。
てゆうか最近、どっかで女捨ててるでしょ。通勤の時も、ずっと施設のユニフォーム着てるし・・・。
『ええ??』
サトエリちゃんはガバっと起き上がってあたしをみて言った。
二重でパッチリした目。ビューラーやつけまつげをしなくてもかなり目がパッチリしている目があたしを見た。
顔も小さいし、肌も白いし・・・。
『黙っていればかわいい。』と呼ばれる女性の代表がサトエリちゃんだろう。
少しふっくらした体型も、背の低さも、彼女は自分では気づいていないだろうけど、男性が好む外見なんだろうと思う。
一度、うちにサトエリちゃんを呼んだ時にうちの旦那が『佐藤さんってモテるだろ?』と言っていたので間違いない・・・と思う。
『なんでも・・・担当者会議やるって・・・。』
『え???なんで????』
康彦も心のどこかで、何もしていない自分に対する負い目を感じているのかもしれない。
おそらく、担当者会議の件でサトエリちゃんに何か言われたのだろうけど、あの自分からは何もしない康彦が担当者会議の日付を指定してくること自体、あたしにはちょっとした『事件』だ。
『結局、あの人も心のどこかで負い目を感じてるのかもね。』
言葉には出さないけど、サトエリちゃんはあたしの意見とは違うようだった。
『いつがいいとかは言ってなかったのよね?』
『7日がいいって。』
『7日??もう~よりによって忙しい日に~!!』
毎月10日前後は事業所からの実績を給付管理票に落とし込まなければならないケアマネージャーは多忙を極める。
逆にあたしたち事業所側のスタッフは月末から3日ぐらいまでが忙しいのである。
『それにしてもなんでサトエリちゃんに直接言わないのかしら?』
あたしはなんとなく察しはついていたことを、いかにも知りませんよ、という顔をして言った。
2、
担当者会議で言いたいことはたくさんある。
まず、朝。
初子さんのベッドの中は尿でびしょびしょになっているのだ。
朝、サービスに入るヘルパーの手間・・・というよりあの状態で一晩中過ごしている本人が一番つらいと思う。
うちの会社は夜間対応型の訪問介護はやっていないけど、もし康彦ができないのならサービスを使ってでもなんとかしないと、寒い季節になったら命にもかかわる・・・。
あとは狙い澄ましたかのようにサービス終了時にトイレに行きたがること。
これもサービス時に康彦が近くにいてくれれば問題はないのだ。
それか臨機応変にサービスを延長してくれればいいんだが・・・。
お金を払いたくないのか、康彦はサービスの延長を認めないのだ。
この件に関してもこの際しっかり主張させてもらいたい。
まだほかにも、台所の食器類が一切洗ってないので、本人の分以外の食器を洗うのにえらく時間がかかってしまうのである。
言うまでもないが介護保険では本人のもの以外は洗えない。
ただ、そんな細かいこと言ってたらどうしようもなくなるので、大抵、少しぐらいならやってしまうのだが・・・辺見さんのお宅はひどすぎるのだ。しかも同居家族が、高齢の夫ならまだ仕方ないのだが、若くてまだなんでもできる息子のことでサービス時間の大半を使ってしまうのは違うとあたしは思う。
いや・・・。
あたしだけじゃなくて誰がみたって違うというだろう。
この際だから担当者会議の席できっちり結論をつけたいものだ。
『あの・・・すみません・・・。』
初子さんのファイルを見ながら頭の中で問題点をまとめていると、ふと声をかけられたので少し面食らったがそんなことをおくびにもださずにあたしは声の方を振り向いた。
あたしに声をかけたのは川元有紀。
在宅介護の現場のヘルパーにしては珍しく若い女の子だ。
そもそもうちの会社のように巡回のヘルパーもやっているような会社や施設と併設しているようなところなら若い子もそこそこいるのだが、基本的には訪問介護のヘルパーさんたちの平均年齢は高まるばかりなのである。
というのも、一つの要因としては給料が安すぎることがある。
一生懸命勉強してヘルパー2級の資格を取得しても、給料はコンビニのレジ打ちよりも安い。
そうなると体力も気力も有り余っている若い子は介護の世界には来ないのである。
これも介護の世界の大きな問題点。
しかも国は在宅介護を推進しているにもかかわらず、在宅介護の担い手が50歳代ぐらいの主婦の小遣い稼ぎなんだから未来があるわけがない。これに関しては企業レベルでの努力も必要のなのかもしれないが
この不景気では多額の資産をなげうってまで人材の育成をするような企業はない。
『どうしたの??』
有紀ちゃんは少し精神的にもろいところがある。
今の若い子にはありがちな精神的なもろさなのだが、当人にとっては深刻で、彼女は薬も飲んで、休日にはメンタルクリニックにも通っている。
そういう子が介護の仕事はちょっときついかもなあ・・・とあたしは思っていたのだけど、週3日ぐらいの勤務で彼女は頑張っている。
『辺見さんのお宅、明日はあたしが行くことになりました。』
『え??そりゃいいけど・・・大丈夫?てゆうか村沢さんでしょ。明日は。』
『なんか・・・用事があるから変わってってさっき言われました。』
有紀ちゃんはあからさまに困った顔をしていた。
正直な話。
有紀ちゃんは仕事のできるタイプではないし、押しの強いタイプでもない。
たくさん仕事を抱えるとパニックになってしまうので、あたしは様子をみながら彼女に仕事を振っている。
ただ、押しが弱く、仕事の手際が悪いタイプの子は悪い言葉で言えばイジメにあってしまうのである。
で・・・村沢さんというのがヘルパーたちのボス的な存在。
前述したが、基本的に在宅の訪問介護のヘルパーさんたちはおばさんがその9割を占める。
村沢さんはそのおばさんたちのボス的な存在で・・・正直、ちょっとした問題児だ。
勝手に時間を変えてサービスするわ、利用者に他のサービスを薦めるわ、自分が都合が悪くなるとこうやって人に仕事押し付けるわ・・・。
おそらく面倒な辺見さんの家の仕事を、村沢さんは押しの弱い有紀ちゃんに仕事を押し付けたのだろう。
辺見さんのお宅は少し難しい家ではあるが、いい意味で細かいことは言わない。
康彦も自分が何かやらなければいけないようなことは渋るが、サービスの時間変更などに関してはかなり
寛容である。だから村沢さんのようなヘルパーでもなんとかやっているのだが、ほかの利用者だとこうはいかない。
利用者というのは普段お世話になっているという思いがあるから、現場のヘルパーには本音を言わないことがある。・・・いや・・・基本的には援助者には本音を言わないと思った方がいいかもしれない。
本音を言わないならどうすればよいのか・・・。
難しい問題ではあるが、本音を引き出すためにいろんな努力を援助者はする。
そのやり方は人それぞれだけど、あたしはあまり難しいことは考えないようにしている。
利用者が言っている言葉を信じるようにしている。
それが本音であろうがなかろうが・・・言ったことには責任をもってもらおうと思っている。
本音は他のところから分かることが多い。
だからあたしはあえて本音を深読みしない。
そこで本音が分からなくても、近いうちに本音は見えてくるんだから。
さて村沢さんが勝手なことをしたおかげであたしは利用者の『本音』を聞かされることが多い。
そしてその『本音』はクレームという形で知らされるのだ。
それをあたしが聞いた場合はまだいい。
ケアマネージャーがその『本音』を聞いてしまったら・・・。
しかも他事業所のケアマネージャーが聞いてしまったら・・・。
想像するだけでも恐ろしい。
だから村沢さんはうちの事業所のケアマネの利用者にしか派遣していないのだが・・・。
『勝手に曜日を変えるってどういうことか説明してもらえますか!』
以前に勝手に利用者の訪問日を変えた村沢さんがサトエリちゃんに噛みつかれていたのを覚えている。
運悪く・・・クレームがケアマネージャーに行ってしまったのだ。
この村沢さんの問題は自分が悪くても絶対に謝らないことだ。
『利用者が良いと言ったんですからいいじゃないですか。』
『良いわけないでしょ。変えた曜日はデイの日なんですよ。』
村沢さんが行っていた利用者は男性だったのだが、家に閉じこもり気味になっていたからデイに行かせるつもりでサトエリちゃんが前々から苦労していたのだ。それを村沢さんが・・・しかも自分の都合で・・・曜日を変えてしまったせいで利用者が『ヘルパーさん来るし、デイにはいかないよ』と言い始めてしまったのだ。
つまり利用者に『行かない』理由を与えてしまったわけである。
『そんなことあたしらは知りませんから。』
『知らないんだったら勝手なことしないでください。ちゃんとこちらに連絡してもらえませんかね。』
『しましたよ。富田さんに。』
言っておくけど・・・聞いてない。
だからあたしは『報告は受けてませんよ。』と言った。
でも村沢さんは頑として『言った。』と言って曲げなかった。まあ、いつものことである。
『言っても聞いてないんじゃ言ったって仕方ないじゃない。』
『うそばっか・・・報告なんかしてないくせに・・・。』
サトエリちゃんはボソリと言った。
あたしは血の気がすーーーっと引いていくのが分かった。
問題ありのヘルパーでもやめられては困るのだ。だからあたしは何を言われてもガマンしていたのだ。
もちろんサトエリちゃんもそういう事情は知っているはずだが、彼女はあたしよりはるかに短気だということをあたしはその時にあらためて思い出した。
『なに!!信じないつもり!!!』
『信じれるわけないでしょ!!大体、きっこちゃんはささいなことでもわざわざ書類にしてあたしに報告してくれるのよ。そんな人がこんな大事なこと忘れるわけないでしょ!!!』
『じゃあ、何。現場で汗流してるあたしたちヘルパーよりも、ケアマネ様はこの人のことを信じるんだ?』
『あたしたち?あたしたちじゃないでしょ。ほかのヘルパーさんは信頼してますけどあなたの言うことはあたし、全然信頼してませんから。』
『分かりました。ではあたしたちは辞めますから。』
『辞めてたければ事務長に自分でおっしゃってくださいね。まさか、そんなことまで人任せにするわけじゃないでしょうね。』
この時は事務所どころか施設内が騒然としたのを覚えている。
もちろん・・・。
あたしが何も言えずにおろおろしていたのは言うまでもない。
どちらかというとサトエリちゃんが正しいのだが、この村沢さんに何を言っても無駄なのだ。
『馬の耳に念仏』という言葉を思い出す・・・。
とにかく辞めるなら辞めてもらっても構わないのだが、彼女の困ることは数人、自分の部下的なヘルパーを道づれにしてしまうのだ。
結局、この騒動は事務長が間に入って事なきを得た。
うちの施設の事務長はあたしたちとさほど歳が変わらないぐらいの独身の男なのだが、かなり人当りがソフトだし、仕事もできるので、誰からも信頼されている。
ただし・・・サトエリちゃんとは犬猿の仲である。
事務長はサトエリちゃんのかわりに村沢さんに頭を下げていた。
あたしは最初からあまり村沢さんには強く言わなかったし、サトエリちゃんのように徹底的にやりあうつもりなんかなかったから、事務長と一緒に頭を下げた。
『ほら、佐藤さんも謝って・・・。村沢さんも・・・お互い同じ職場の仲間なんだからさ。』
と事務長がサトエリちゃんと村沢さんに言うと、サトエリちゃんは村沢さんの方を見ずに言った。
『なんであたしが謝るんですか?おかしなこと言ってないでしょう。あたしは・・・。』
すると、今度は村沢さんがわざとサトエリちゃんに聞こえるようにあたしに言った。
『いいわよ。謝ってもらわなくても。あたしもケアマネのために仕事してるわけじゃないしね。』
恐るべし・・・。
女の戦い。
まあ、あたしも女なわけなんだけど・・・。
この争いはなんとも中途半端な仕方で解決をみたのだが、ケアマネと事務長を屈服させたと勘違いした村沢さんは好き放題し放題で、この時以来、あたしの頭を悩ませてくれている。
この問題に関しては、サトエリちゃんには相談できないし、あたしが解決しないとな・・・と思っている。
辺見さんの家に村沢さんを派遣したのは前述した通りの理由で、時間を変えたりヘルパーが変わったりすることを康彦はあまり気にしないからである。
それにしても勝手にヘルパー交代するのは辞めてもらいたいし、交代するなら自分で言いに来るべきだ。
有紀ちゃんは辺見さんの家はまだ数回しか行ったことがないし、経験も少ない。
まして辺見さんのお宅は変なものを聞いてしまうこともあるのだ。
有紀ちゃんにはゆっくり仕事を覚えてもらいたい。
仕方ない。
担当者会議の前に現場を見ておけるし、ちょうどいいタイミングだろう。
明日は時間を空けてあたしも一緒にサービスに入るか・・・。




