↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/12

福祉用具専門相談員、海山香奈枝の場合

福祉用具専門相談員、海山香奈枝の場合。

1、

『褥瘡があるから・・・。』

という話をケアマネージャーから受けたのはつい昨日の話。

往診の先生と話し合って訪問看護を週1日入れることになったらしい。

あたしはついこの間まで関西にいたからこちらのことはよく分からない。正直、こちらのことは食事の味から人間関係までよう分からん・・・というのが本音ではある。

うちの会社は介護業界にしては珍しく全国展開している会社だ。

神奈川支社に空きが出たから行ってほしいと言われてきたのが数日前。

あたしは独身やからどこいってもええんやけど・・・こんな、阪神戦はないわ、食事はまずいわ、なんかボケてもつっこんでくれへんわ・・・この土地はあたしには合わへんような気がする。

まあ、そんなことも言われへんからあたしは前任者から引き継いだ利用者の家を回りながらレンタルしている介護用品のメンテナンスをしてたんやけど、まだ利用者全員の名前と顔が一致してへんうちから、問題ありの家の担当ケアマネから電話があったのだ。

『ご挨拶遅れてすんません。今度、辺見さんの担当をさせていただくことになりました海山です。』

『ケアマネージャーの佐藤です。よろしくお願いします。』

『こちらこそよろしくお願いします。』

『辺見さんなんですけど・・・実は最近、仙骨部に発赤ができておりまして、できればエアマットを導入したいのですが。』

『分かりました。それならカタログ持って辺見さんのお宅を訪問しますよ。』

『ありがとうございます。実はですね・・・。』

ケアマネージャーを名乗る、佐藤という女性は歯切れがよくて、我の強い感じがした。この業界にはこういう女性は多いんやけどな。

まあ、もっとも電話で話した感じだけの感覚やけど・・・。

『ちょっとここの家、問題がありまして。』

『問題・・・ですか?』

福祉用具を導入する際の問題。

それは一番代表的なのはベッドや車いすを導入する時に介護度が足りてないことである。

はなはだおかしい話ではあるが、介護保険では要介護2以上ないとベッドがレンタルできない。

車いすも要介護1以上ないとダメなのである。

現状態が最初から最後までまったく変わらないのなら、この制度でもええやろう。

しかし、介護職は全員、生きた人間を相手にしているのだ。

ある日突然、具合が悪くなって、立ち上がれない、起き上がれない、歩けない・・・なんてことは日常茶飯事の話なのである。

そんなときに介護度が足りていないと、その人に必要な福祉用具がすぐに手配できないことがある。

まったくあかんたれな法律や。

ただ・・・辺見さんは要介護3。

すでにベッドも導入しているし、今回はエアマットの導入だからそういう類の問題ではないやろ。

『はい・・・。家族がお金を使いたがらないんです。』

やっぱりそうか・・・。

家族があかんたれなんやな。

これもけっこう多い話ではある。

ベッドや車いす、手すり・・・あれば便利なのに、家族が金を払いたがらない。

なんでなんやろうなあ。


2、

『はじめまして、橋本商会の海山です。』

あたしは名刺を差し出して言った。

ケアマネージャーの佐藤さんは色白で背が低く、目がぱっちりした可愛い感じの女性だった。

多分、この人、もう少し甘え上手になればもてるんやろうけど・・・無理なんやろなあ。

『はじめまして、ケアマネージャーの佐藤です。』

佐藤さんも名刺を渡してくれた。

『海山さんは最近こちらに?』

『そうなんです。』

『関西弁が抜けてないですもんね。』

『はは、えらいすみません。』

『いや・・・そんなことないですよ。』

佐藤さんは大きくて持ち手が紐になっているオシャレなトートバックから、書類を出してあたしに出してくれた。

おそらく差し替え分の提供票だろう。

それにしてもオシャレやなあ。

あたしの『おっ!サン』トートバックとはえらい違いやな。

ちなみに『おっ!サン』とは関西のみ受信できる『サンテレビ』というTV局のマスコットで、太陽のシルエットにおっさんの顔という気持ち悪いと言えば気持ち悪いキャラではあるのだが、なんだか憎めない奴なのである。

そのおっ!サンがプリントされているトートバックをあたしは愛用している。

『えーと・・・辺見さんなんですけど、お電話で話した通り、ちょっと家族の方が問題があって・・・。なんとかエアマットを導入するよう持っていきたいな、と思ってるんですけど一緒に言っていただてもいいですか?』

なかなか可愛い表情で物を頼む人やな。

あたしが男やったら惚れてまうな。

でも、この人のこの表情は・・・仕事用の表情なんやろな、これ。この表情をプライベートでやってたらもてるんやろうけど・・・。

左手に指輪がないところをみると独身なんやろな。

まあ、あたしも人のこと言われへんけど・・・。

『分かりました。がんばりましょう!!』


3、

こいつ、煮え切らない男やなあ・・・。

辺見さんに挨拶をし、そのあと息子の康彦さんと話をしたのだが、まだエアマットの話もはじめないうちからあたしはそう思った。

『こんにちは、橋本商会の海山です。よろしくお願いします。』

『はあ・・・。』

おいおい。

『はあ・・・』ってなんやねん。

お前、何様やねん。こっちが挨拶してんねん。ちゃんと挨拶せんかい!!

てなことをはっきり言えるわけもなく、あたしはカタログを開いて説明をし始めた。

『褥瘡はまだ発赤程度ということですので、本格的なエアマットというよりは、ベッド上での動作を制限しないように耐圧分散型のマットの方がいいと思うんです。』

『はあ・・・。』

聞いてるんか?ボケ。

目が泳いでるやんけ。

『初子さんは食事の際は車いすに乗り換えて台所で食事をされたり通所介護に行かれたりしているとのことなので、このマットなんてどうでしょうか?』

あたしは『いわしや医療』の『メディマット』という商品を薦めることにした。

実はこのマット、かなりの優れもので、尿失禁があっても軽く水拭きするだけで匂いも汚れもとれてしまうというマットなのだ。

あたしがそのことを説明すると息子の康彦より佐藤さんの方が目を輝かせた。

なんや・・・可愛い人やなあ。

しつこいようやけど・・・この可愛い顔を男にはできんのやろうなあ。

『いいじゃないですか。これ。ねえ。』

佐藤さんは康彦に言った。

『はあ・・・』

はあってなんやねん。

どっちや!

良いのか、悪いのか・・・はっきりせえ!

『とりあえずあたしの方からの説明は以上なんですけど・・・なにかありますか?』

あたしはメディマットの値段も説明したあとに言った。

『はあ・・・えーと・・・。これって今必要なんですか?』

えーーーーっ!

今、その質問かい!!

必要やからあたしが呼ばれたんやろが!!

しかも主治医の先生が必要と判断したんやろ・・・今更なにゆうてんねん!!

あたしは心の中だけで巻き舌で康彦にすごんだ。

もちろんホントに口に出して言うわけにはいけへんけど・・・こいつ、ホンマに腹立つやっちゃなあ。

『主治医の先生がこのままにしておくとよくないから必要だとおっしゃったので医療的にお母さんの身体の状態からして絶対に必要なものです。』

佐藤さんは言い切った。

多分、この人に中途半端な態度をとると付け込まれるからだろう。

それにこの件に関してはエアマットが必要なのは一目瞭然である。

初子さんは食事のとき以外は、基本的に一日中ベッドで寝ている様子だし、この息子も見た限りでは2時間に1回の体位交換なんかできそうにもない。

『先生がそう言ってるのは知ってるんだけど、母をこのままにしておくとどうなるの?』

あたしはつい佐藤さんを見た。

佐藤さんの顔がこわばっているのが分かる。

頭にきているのだろう。

主治医の先生は褥瘡の危険をちゃんと康彦に説明しているはず。

『インフォームド・コンセント』つまり『説明と同意』は現在の医療ではごく当たり前のものなのだ。

この場合もエアマットと訪問看護が必要な理由は十分に説明されているに違いない。

『はっきり言いますよ。そのままにしていると最終的には命にかかわります。』

『はあ・・・なんで?』

『なんでって・・・。』

佐藤さんはあいた口がふさがらない様子だった。

『今は発赤やけど、このままにしとったら傷が深くなって、最終的にはそこからばい菌が入って、発熱などを引き起こして、抵抗力のない高齢者には命にかかわることがあるんです。まあ、先生の方からも説明があったとは思いますが・・・。』

あたしはあきれてものが言えない佐藤さんに変わって皮肉たっぷりで説明してやった。

仕事とはいえ、こういうやつはホンマに腹立つ。

仕事やなかったらもっとケチョンケチョンにやっつけてやりたい。

『はあ・・・。』

『どうします?いずれにしても先生の指示ですからエアマットは導入した方がいいと思いますけど?』

『はあ・・・じゃあ・・・。』

康彦は、佐藤さんの言葉にも、あたしの言葉にも・・・基本的には煮え切らない返事やった。

どんだけアカンタレやねん。

おのれは・・・。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。