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第27話

 好きだと言ってから、君の心を手に入れるまで。どれくらい時間がかかるのだろう。そんなには待てない、と思っちゃう僕は、どれだけ身勝手な男なのかな。

 わかっていてもやめられないなんて、嫌になってしまうね。


「好きです、付き合ってください」


 言ったその意味を、把握しかねているのだろう。

 呼び出したのは校舎裏。時間は昼休み。ここまでべたな展開なのだから、君にだって僕の用件はどんなものかわかったはずだろう。まあ、僕が普通の男ならば、だけれど。

 所謂告白をしたというのに、目の前の女の子、同学年の野田千絵子嬢は、口をぽかん、と開いたまま、少々間の抜けた声ではあ、と呟いた。

 ああ、やっぱり、この子も噂を知っていたんだな。だからこそ、驚愕の色をありありとその顔にうつしているのだろう。

 でも、かまわない。だって今言質はとった。君は言ったよね、僕の言葉に、はあ、と。

 イエスと取っても、僕に罪はないはずだよね。

 微笑んで、僕は告白した彼女に声をかける。


「ありがとう、嬉しいよ。まさか良い返事がもらえるなんて思っていなかったから」

「…………」

「もしよかったらなんだけれど、今日は一緒に帰れないかな?」

「…………」


 返事はない。いつまで呆けてるつもりなのだ、この子は。

 聞いているのかいないのかわからない相手に独り言のように話しかけるのが多少馬鹿らしく思えれば、約束だけを取り付けてここから立ち去ることに決めた。


「じゃあ、帰りはいっしょに帰ろう」

「へっ」


 断定的な物言いをしたところで、やっと意識が浮上したようだ。これまた間の抜けた声をあげて、僕をまじまじとみつめる彼女。その事実があるだけで、俺は暴走しそうになる。

 あんなこともこんなことも、是非したい。まあ、お楽しみは後々、だな。

 微笑んで、自分の思考が危険なほうへといっている自覚があったので、早々に距離を置こうと改めて彼女を見やる。……まぁた思考とばしてるな。

 キスしてもばれないんじゃないのか?

 一瞬過ぎったが、さすがにこちらを見ているようでいてみていない女にキスをするのはむなしい。好きな女とあってはなおさらだ。

 俺はため息をこらえて、再度彼女に満面の笑みをむけてみせた。


「それじゃあ、またあとでね!」


 なんとなく、呼び止められそうな雰囲気もあったかれど、僕は手を振ればかまう事無く歩き出した。

 危ない、あぶない。

 思考が「俺」になっているときは、どうも気分が高揚しているようで、へたをすれば獣のように彼女を襲ってしまいそうになる。

 

「……ちょっと長かったかな」


目で追うようになってから行動を起こすまで、ずいぶんとかかった。本当ならば、自覚したときにすぐ言おうかと思ったのだけれど、環境がなかなかそれを許してくれなかった。

 教室に戻れば、クラスメイトに囲まれた幼馴染みが見える。元凶なのか、恩人なのか、よくわからない男と目が合えば明るく声をかけられた。


「昴!用事済んだー?」

「……まあね」


 にこにこと笑いながら手を振るこの男は、能天気そうに見えて案外そうでもない。特に裏表があるわけではないのだが、察しが悪いわけでもなく、けれど無神経という不可思議な性格をしていて、よく無意識に人の神経を逆撫ですることがある。簡単に言ってしまえば一言余計だ、という人間なのだ。

 輪の中へ入るのはどこか億劫で、僕は奏の傍には行かずに教室窓際いちばん後ろである自身の席へと腰を下ろす。それを見て何を思ったのか、何人かの女生徒がこちらへと歩いてきた。

 そのひとりは、好奇心旺盛な瞳を輝かせ、僕に質問する。


「ねえねえ、昴君て本当に奏君のことなんとも思ってないの?」


 内心うんざりしている繰り返し聞かされた言葉に、僕は頷く。


「本当になんとも思ってないよ」

「じゃあどうして噂を否定しなかったの?」


 これもまた同じ質問。いつも僕は、それをちょっとね、と言ってはぐらかしてきたのだけれど。やっとこれからは真実が言える。それでも、慎重にやらなければならないのにかわりはないのだが。


「うーん、必死に抵抗するとなんだかますます信憑性が増すというか。困ることもなかったしいいかなって」


 肩を竦めて言うと、えー、と同級生が声をあげる。

 まあ、元々は色々と面倒で、そもそも断る口実としてとても都合が良かったからなのだけれど。それにしたって、いつから自分発信だという話になったのか。たしか、何人目かに断った女の子が悔し紛れについた嘘だったと記憶している。それがなんでか飛び火して、奏が本命なのだという話になり、もはや学校全体がそれを応援している、というおかしな空気が出来上がってしまった。特別な人間がいない限りは、それもいいかと思っていたけれど。


「じゃあ、どうして今は否定するようになったの?」


 待ってましたな質問に、僕はにっこりと微笑んだ。


「好きな女の子に誤解されたくないからだよ」

「えっ!?」


 ざわめきは、教室全体に響いた。いつからみんな聞き耳をたてていたのか。そんなに他人の色恋って気になるものなのかな。

 

「えー!誤解されたくないってことはこの学校の子だよね!」

「誰だれ~、気になる!」

「本当の本当に奏君を好きなんじゃないの!?」


 色めき立つクラスの女子それぞれに微笑みつつそれらを否定し、好きな女の子が誰なのかはふせておく。ここまでは、予想通りの流れだ。

 あとは、どこまでうわさが広まるか、かな。


「ねえ昴、告白どうだったの?」

「付き合うことになった」

「え、マジで!?あー……だからか」

「そういうこと」


 クラス全体、いや、学年全体が僕と奏を応援しているような空気がある。そんな中に放り出されれば、千絵子はどうなるか。邪魔者扱いされるのは目に見えている。なぜなのか、妙に僕のことを神聖視する連中がいて、そいつらにとっては僕が奏と大団円を迎えることこそが願いであり、目標なのだ。それが正しいと本気で信じている。男女問わずそういう思考のやつらはやることが色々と過激なのだ。このまま黙認していられない。交際を隠せば、まあなんとかなるかもしれないけれど。そんな気はさらさらない。


「そもそも、佐藤君は私が女性だと知ってるはずでしょう?あなたは異性を恋愛対象として見れないんじゃないの?」


 放課後。少し浮かれつつも並んで歩いた帰り道で言われた言葉は、まあ、予想通りといえばそうだったけれど、このまま力技で押してしまえるんじゃないか、という考えも少なからずあった。

 恐らくだけれど、彼女はお人好しであり、押しに弱い。それならば、と。

 でもやっぱり、そうだよな。そうでなければ、気持ちを告げた時、あんな反応になるわけがない。

 苦笑して、僕は当初の予定通りにするしかないことを悟った。あんなに払拭しようと必死になったうわさを引っ張り出して、利用して、彼女を絡み取ろうとしている。卑怯だとわかっていたけれど、止められなかった。

 後悔の念ももちろんたくさんあったけれど、それ以上に触れた彼女の甘さにどんどん毒された。

 理性ってけっこうもろいものだけれど、それでも最後の最後まではいかなかった自分はそれなりに忍耐があるんじゃないかな、と思う。

 いや、もちろん色々とだめだったけれど。

 好きだと、自覚してから。色々汚いことをやってきた。

 無自覚だけれど、正直、この野田千絵子という女の子は、学校でもそれなりに人気のある生徒なのだ。友人である横田あかりが典型的な美少女で、もちろん彼女はしょっちゅう男に好意を持たれる。しかし、あかり目当てだとみせかけて千絵子に近付く連中だって中にはいるのだ。

 千絵子は、はっきりと言ってしまえば可愛い。目を見張るような美少女ではないけれど、ふとした瞬間に笑う姿や、少し抜けた言葉の数々や、落ち込んだときにかけられる優しい言葉が絶妙に男心をくすぐるのである。

 親切心ではあるのだろうが、なにか困った様子の人間を見るとさりげなく助けたりしている。それも、目立つ行為ではなく本当にさりげない。クラスの中心人物にあるようないかにもな親切ではなくて、少しよろめいた所を支えたりだとか、転がった消しゴムを拾ったりだとか、廊下で何か運んでる人間が両手を塞いでいると扉を開けてあげたりだとか、そんなものだ。

 そんなものだけれど、それにやられる男は案外多い。そして横田あかりの目をかいくぐり、彼女は友人が人気があることをもちろん理解しさりげなく男を遠ざけている、なんとかお近づきになろうという男はあとを絶たない。

 もちろん、俺はそれが気に入らなかった。

 徹底的に排除しないと、いつ愛しい彼女を他の男に取られるかもわからない。

 時にはその男に片想いしている女をあてがったり、時にはその男が千絵子に付き合ってる男性が既にいると誤解させるようなことをしてみたり。

 女々しい、と言われてしまえばそれまでだというのはわかっていたけれど、とにかく彼女をあきらめるつもりはなかった。

 生まれてこのかた、とにかく顔が綺麗だと言われ続けてきた。嫌味な話ではあるけれど、両親共に整った顔立ちだから仕方ないといえばそれまでだ。中性的な顔立ちゆえ、女だけではなく男もなぜか寄ってくることがあった。そんな自分とまわりに辟易していたと言ってもいい。そんなときだ。彼女が僕に声をかけたのは。

 綺麗だと、あんな純粋な瞳で言われたのは初めてだった。嫌な気持ちにまったくならなかったのも、心拍数がどんどんあがっていったのも、とにかくすべてが初めてだった。

 好きだ、と。

 言葉にしてしまえばあとは坂道を転がるように。どんどん気持ちが育っていく。

 そうやって、我慢できなくなってしまったんだよ。こんな自分に、好かれた君を、かわいそうだと思わないではないけれど。

 でも、お願い。好きになってよ。僕を、好きになって。

 従兄弟が出てきたときは本当に焦った。泣いている君にも本当に焦った。どうやったら信じてもらえるのか、何度考えてもわからなかった。だから、伝えるしかないんだよなって腹を括ったんだ。

 うわさをきちんと潰して、今度は僕が好きな女の子と上手くいくように応援する、という流れに学年全体を動かして。それには井上詩織の協力が不可欠だった。

 すべて済んだら、君をつかまえにいこう。それこそ全力で。

 まあ、今までだって裏でこそこそやってたから分散されてただけで、全力だったんだけれどね?


 長いキスを終えて、触れるだけのキスもして、僕と千絵子は生徒会室をあとにした。しばらく生まれたての子鹿のようによろよろした様子だった彼女は、真っ赤な顔をしてごめん、と言ったのだけれど、それがまたかわいくて押し倒しそうになった。堪えたけれど。  

 昇降口で靴を履き替えて、校舎を背にふたり並んで歩く。外は寒かったけれど、少しのぼせている僕らにはちょうどいいのかもしれない。……千絵子、まだ顔が赤いな。

 まじまじと彼女のほうをみつめていると、その視線に気付いたのか、千絵子が咎めるような表情でこちらを見返してきた。


「昴君……あの、さっきから恥ずかしいこと言い過ぎじゃないかね」

「えー、そうかな。好きだって伝えたいから伝えているんだけど。だめ?」


 小首を傾げて言うと、う、と千絵子が短くうめいた。

 うーん、かわいいなあ。

 って多分、彼女も同じ事を考えているのだろうけれど。どうも僕のこの仕草に彼女は弱いようで、なんともいえない気分になるのか、よく身悶えている姿を見る。そんな姿もやっぱり僕にはかわいくうつる。

 阿呆か、と言われようが思われようが、とにかくそういう気持ちが今は溢れて仕方ないのだ。目の前の彼女が、その唇で僕が好きだと囁いたときから、僕はもう気持ちの歯止めがきかない。


「昴君は、相変わらず綺麗なのに、へんなの」


 どういう意味だろう。そう思って訊けば、今度は千絵子が首を傾げた。今すぐどこかに連れ込みたい。


「だって、昴君てとても綺麗でしょう?それなのに、昴君が誰かを綺麗だとか可愛いだとか表現するのは、とっても不思議なの。なんだろうなあ、歌がとっても上手いひとにあなたは歌がすごく上手いね!と言われているのと同じような違和感なのだよね」

「なにそれ」


 わかるような、わからないような。

 笑う僕に、なぜわからないんだ、というようにきょとん、と瞬いて僕をみつめる彼女は、夕日に染まって赤くなっていた。僕もきっと、同じように赤く照らされているのだろう。

 ふと愛しさがこみあげて、やっぱりそれを口にしてみると、もういいよ、と彼女が恥ずかしさをごまかすように唇を尖らせた。

 それに吸い寄せられるように僕自身のそれを重ね合わせたのは、言うまでもない。


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