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第26話

 浮きかけた腰をソファに改めて押し戻すように、昴君が私の左手をぐい、と引っ張った。彼は今私の左隣にいるのだ。

 ああ、糖分が遠のいていく。

 絶望的な私の表情に何を思ったのか、ため息をひとつ吐いた昴君がごそごそと制服のポケットを探ると、どうぞ、と私に一粒のチョコレートを差し出してきた。

 おお、これは、私の好きな味。中にいちごが入っているやつだ。単純だとわかっていつつも、ふってわいた糖分にぱ、と先程とは真逆の喜色ばんだ私の瞳に、昴君は複雑そうに微笑んだ。

 やなぎんと隣同士に座るあかりは、動物ね、と呟く。あれ、あかり先生、まだ終わりませんかその辛辣なお言葉の数々。先程から痛恨の一撃ばかりですが。ちなみにまーくんは所謂お誕生日席の位置だ。椅子に座って私をにこにことみつめるのみである。

 ぺりぺりと包装を剥ぎ、口に入れればもぐもぐといただいたチョコを咀嚼する。

 そういえば、何か話をしていたはずであった。私は昴君に首を傾げる。


「……それで、なんだっけ?」


 まだまだ脳の稼働率が足りないのか、欲していた糖分にばかり気がいってしまったのか。さすがに自身でも抜けた質問であるとわかっていたが、本当に思い出せなかったので素直に訊ねてみる。すると、左を向いてすぐにある昴君の顔が、苛立ったように眇められた。あ、これは、まだそんなに怒っていない表情だけれど、警戒が必要ですな。


「いつから、愛しのまーくんとお付き合いをしていたわけ?」

「…………」


 ごくん。

 口に広がるいちごとチョコレートの香り。それがだんだんとなくなっていくごとに、私は昴君の言葉を咀嚼していった。


「いつから私がまーくんとお付き合いなんかしているわけ?」

「……千絵子さん?」

「いや、言葉遊びをしているわけでもなんでもなくね!?やめて、その顔こわい!」


 はっきりと不機嫌顔で私に近寄る彼から少し距離をとりつつ、私は慌てて右手をあげる。腕の長さの分だけ一応は距離があるけれど、それでも私は落ち着かない気分だ。

 昴君からどんどん冷気が発せられていくのがわかる。ちょっと待ってください、落ち着いてください。

 しかし、おかしなことに、昴君は私とまーくんが付き合っているという前提で話をしている。付き合っているのか?ではなく、いつから、と訊いてくるあたり、確信があるということだろう。

 そこで私は、思い出した。あの日のまーくんの言葉を。


「まーくん!あの日の電話で、昴君になんか言ったんでしょう!?」

「あははー。ちーちゃんは冷静なときとそうじゃないときの察しの良さに差が出るねえ」


 いつもそうだけど、と笑いながら言うまーくんの後ろに、黒い翼が見えるかのようだ。おい、さらっと何か言ってるぞ腹黒紳士が。

 まーくんて昔からそうなんだよなあ。まったくもう、昴君以上に怖いよ、このお人。

 私たちの会話で、恐らく昴君もすべてを察したのだろう。けれども一応、事実確認を、と私は昴君に向き直った。


「昴君……もしかしなくとも、一週間前、私の携帯に電話くれたんだよね」

「うん……したね」

「それで、まーくんが出たんだよね」

「うん……出たね」

「で、まーくんが、言ったんだね?私とまーくんが付き合ってると」

「……二度とちーちゃんに近付かないでくれるかな、これ以上混乱させたくないし、とか言われたかな」


 井上詩織に言われたようなことを、今度はまーくんが昴君に言ったということだな。ああ、もう、何をしているのやら。

 私と昴君が同時にまーくんを睨みつけると、まーくんはにっこりと天使のような顔で微笑んで見せた。


「お仕置きだよ。ちーちゃんをたくさん泣かせたね」

「泣かせた……?」


 うわわわ。

 まーくんの言葉に疑問を浮かべる昴君を遮るように、声をあげる。昴君は首を傾げながらも、とりあえず深く追及はしなかった。

 まーくんは、それに、と言葉を続ける。


「佐藤君が大掃除をしているらしいのはわかっていたし、ちーちゃんを遠ざけるほうがそっちに集中できるんじゃないかと思ってね?これくらいであきらめるようならば、元々、大事な妹をあげる気なんてなかったしね」

「……まったく、君は敵にまわすと本当に怖いね」


 ため息を吐き、ソファの背中に身体を沈める昴君に、私は今ならば訊けるだろうと色々と浮かんでいた質問をぶつけることにした。


「それじゃあ、井上さんが言っていたのは全部嘘だったんだ?」

「もちろん付き合ってる事実なんてないよ。電話できっぱりと近付くなって言われたあとも、ずっと話をしたかったけれど、高木君がずっと張り付いてて声をかけられなかったし、へたに千絵子さんにかまうとまた井上がよからぬ事を考えそうだったし、もうとにかく全部済ませてからにしようって途中からは開き直ってたんだ」


 昴君が額を覆って弱りきった声をあげて一気に話す。そんな彼を笑いながら指さしたのはやなぎんだ。


「もーすっごい怖かったんだよ、昴!終わるまでずっとぴりぴりしてさあ。もうめんどくさいからお前も全力で誘惑しろとか言い出すし」

「あら、それは詳しく訊きたいわね」

「ん?あかりちゃん、俺に誘惑されてくれるの?」

「内容によるかしら」


 なんか知らないけどなんで大人な会話を繰り広げてるの、あの方々?ていっても、あかりは鼻で笑ってるような態度だけれど。しかしいつからこんなに近しい間柄になったのだろうか。


「あ、言っておくけど、協力者は横田さんもだよ」

「……え!?」

「私から高木君に言われてたのよ。佐藤君から千絵子にコンタクトをとろうとしても一切協力しないようにって。その流れで、詳しくではないけれど高柳君がちょっとやらなきゃいけないことがある、とは教えてくれてたの」


 ああ、そうか、まーくんとやなぎんは繋がっているから、必然的にそうなったわけね。……ていうことは、知らなかったのは私だけか。あと、昴君も騙されていたわけですね。

 ちら、と隣に座る昴君を見れば、彼もこちらを見ていたようで、目が合った。

 あ。

 まんまと騙されちゃったね、って、瞳が言ってる。困ったような、けれど納得したような、笑顔。優しい、大好きな笑顔。

 ああ、綺麗だな。昴君は、本当に綺麗だなあ。


「……じゃあ、俺たちはそろそろ行くから」

「そうね、馬に蹴られる前に行きましょうか」

「佐藤君、くれぐれも無茶なことはしないようにね?」


 やなぎん、あかり、まーくんがそれぞれ言いたいことを言って部屋を出て行く。私は慌てて同じように出ようと思ったけれど、昴君の手ががっしりと私のそれを掴んで離してはくれない。

 今、私はすごく情けない顔をしていると思う。だって、かなり狼狽しているし、ここから何をどうすればいいのかすらわからない。

 昴君に掴まれた腕が、そこだけ熱をもったようにどんどんあつくなっていく。彼の顔をみるのが何故か怖くて、私はずっと俯いていた。


「好きなひと、って、高木君ではない、んだよね?」


 恐る恐る、といったような声音に、私は下を向いていた顔をあげる。

 目を瞬かせながら昴君の顔を見ると、不安そうに瞳が揺れていた。それだけで、私の心にある疑心暗鬼な気持ちがどんどん消えていく。

 信じていいのかな。昴君が、私の心がどこにあるのかを、知りたいと思ってるのだって。

 私が、まーくんを好きなのかどうか、不安なんだって思っても、いいのかな。


「……うん、まーくんじゃないよ」


 答えると、昴君の瞳が輝く。しかしそれと同時に、新たな不安が彼を襲ったのか、じゃあ、と緊張した声でさらに彼が続けた。


「千絵子さんの好きなひとって、誰……?」


 う。

 核心をつきすぎた質問。

 そうだよね。さすがに答えなきゃいけないのはわかっている。今日言わなければ、いつ言うのだっていうぐらいのタイミングなのだから。

 しかし、なんというか。覚悟していた一週間前と違って、なんの気構えもない今は、どうしたらいいのかわからずひたすらわたわたしてしまう。

 でも先程のやりとりで、私の気持ちはひょっとしたらばれちゃったんじゃないかな、とも思っていたのだけれども。

 無言で固まっている私に何を思ったのか、昴君が突然ぐい、と私の腕を引っ張ると、私を懐に閉じ込めてしまった。

 お尻が昴君の太股の上で、私の両足は昴君の左側に投げ出されている。このまま立ち上がったら横抱き、所謂お姫さま抱っこというやつの状態になるだろう。

 って、なんですかこの状態は!

 慌てふためく私を他所に、昴君は耳元で私の名を囁いた。

 

「泣いていたって、俺と井上が付き合ってると訊いたから?」

「!」

「さっきも、まさか井上を叩くなんて思いもしなかった。あれって俺のためだよね」


 うううう。

 や、やっぱりわかってるんじゃないかよう。

 どんどん縮こまる私に、ちらと見た昴君は楽しくて仕方がない、というような表情を見せている。

 というか、あんな風に叩くところ見られて、幻滅されたりしていないのかな。


「すっごく嬉しかったな。なんか熱烈な愛の告白でもされたみたいだった」


 くすくすと笑う彼を、半ば睨むようにみつめて、私はぼそりと呟いた。


「……じゃあそれで」

「え?」

「昴君の言ってた方向で」


 先程の彼の言葉は、まさしくもってそのとおりなのである。

 愛の告白ですよ。そうですよ。まさしく。

 だって好きな男を蹂躙されたとあっては、黙っていられますかい!大切にしてくれると思ったから身を引いたのに、まさかあんな女だったとは思いもよらずに。

 だから、もう、そうだってことにしてくれないだろうか。もう、なかなか言葉が出てこないのですよ。


「千絵子、それはずるい」


 先程までは楽しそうにしていたその顔が、一気に真剣味を帯びる。息を呑んでその瞳を見れば、昴君が苦しそうな、せつなそうな表情をした。


「好きです、付き合ってください」

「! 昴君……」


 もう、三度も、あなたに言わせてしまったんだね。ごめんね、昴君。いっぱいいっぱい、待たせてしまって。

 ひとつ、深呼吸。うむ、よし。

 閉じていた目を開けば、うかがうような彼の瞳。私は真っ直ぐみつめて、微笑んでみせた。


「好きです。私でよければ、ぜひ」


 静寂が、私たちを包んだ。

 なんだろう、この沈黙。何か言ってほしいのだけれど。


「……おおーい、昴君?」


 固まっているのだろうか。覗き込もうと顔を近づける。

 え!?

 後頭部に手がまわされたと思ったのも束の間。唇に生温いなにかが触れて、私は呼吸が出来なくなる。

 咬みつくような、早急な、ああ、これは接吻ですね。

 冷静に頭の中では解説者のような声が響いているけれども、現実の私は驚きにあわてふためいている。

 一瞬抵抗しようと力を込めたけれど、だめだ。

 久しぶりの感覚に、脳がしびれる。甘い、糖分を摂取するときよりももっともっとあまったるい何かが私の唇から全身に広がっていくみたいだ。

 遠慮もなくどんどん進んでいく昴君の舌に応えたくて、拙いながらも私も彼のそれへと自分のを絡めてみる。恥ずかしかったけれどそれ以上に気持ちを少しでも、ほんの一部でも彼に渡したくて、必死だった。

 昴君は、ゆっくりと上顎から歯列をなぞるように這わせ、私が差し出した舌を根からしごくように強く吸い付く。嚥下しきれない唾液が顎から伝って、流れていくのがわかった。

 恥ずかしい水音が耳に響けば、そろそろ呼吸が苦しい。

 眉根を小さく寄せれば、彼が唇を離してくれたのはその数秒後だった。


「……んっ」


 漏れ出た声すら恥ずかしく、顔を真っ赤にしながら呼吸を整えようと浅く繰り返す。

 昴君が、私の頬へと手の平を添わせた。感覚が鋭くなっているのか、それだけでぞわ、と背筋が粟立った。


「……ああ、たまんないな」

「…………?」

「もう全部、俺のものなんだ」

「へっ」

「逃がさないからね、千絵子」


 骨の髄まで、愛してあげるよ。

 そんな言葉、現実で囁かれる機会があるとは思わずに。嬉しいのか怖いのか、それとも両方なのか。

 ひょっとして余りあるくらいに好意を寄せられているのだろうか、と気づいたのは今更になってから。それでもまだ、半信半疑な私もいたりするのだから、どうしようもない。


「しかし、言っていた好きなひとって、もしかしなくとも僕のことだったんだよね」

「え!……ああー、まあ、そうですけれども」

「そんなまわりくどい言い方したのは、やっぱり僕を信用できなかったから?」

「う。ご、ごめん……」


 首を竦める私の額に、昴君が軽い口付けを落とす。

 予期せぬ行動に驚いて変な声をあげれば、昴君が笑いながらかわいい、なんて言ってくる。もうそういうことをさらっと言うのをやめてくれないだろうか。どう反応すればよいものか心底困る。


「全部悪いのは僕だからね、こっちこそごめん」

「いや、そんな!私も、もっと早く信じてれば……」

「でもやっと手に入れたから、もうなんでもいいや」

「す、昴君て、そんな感じだったっけ?」


 にこにこ微笑ながら先程から大胆な発言をする彼に引き攣った笑みをみせれば、昴君は満面の笑みで堂々と言ってのけた。


「今まで我慢していたぶん、ちょっと抑えられないかも」

「えっ!?」

「しょっちゅう溢れちゃったらごめんね?」


 そう言って、昴君は私の頬にまたもその唇を落としたのだった。




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