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第2話

季節は初冬だけれど、今日は春のように暖かい。小春日和というのは、一体いつからいつの言葉であったかわからないから、心の中でも使ったらいけないなわかんないし、なんて思っていたら、目的地に着いたらしい。少し前を歩く佐藤君の足がぴたりと止まった。

 見れば、なんの変哲もない公園だった。遊具もそんなには多くないからか、夕日がぽっかりと浮かぶ空のこの時間帯にはもう子どもはいなかった。カップルが訪れるにしてはまだ早いかもしれない時間で、つまりは誰も居ない空間のベンチに、すすめられるまま私は隣りあわせで腰かけた。

 離された手を一瞬視界に留めてから、佐藤君へと視線を向ける。佐藤君は、正面を向いてなにやら考え込んでいた。

 恐らく今は声をあげないほうがいい。彼の言葉をじっと待った。


「……知ってた、んだね」

「? は」


 ぽつ、と呟かれたそれの意味が一瞬わからなくて、思わず短い返事のような声を発してしまう。そんな私の曖昧な音に困ったのだろう。疑問符を浮かべた顔でこちらを見てくる佐藤君に少し慌ててごめん、と返した。


「意味がわからんくてだね。ええと、知ってたとは?」

「あ、そういう喋り方が素なんだね。そっちのほうがくだけた感じで僕は嬉しいな」


 いや、今そんな話じゃなかったはずですけど!?と、思わず脳内でつっこんでしまったが、口に出していないから問題はなかろう。

 確かに、先程は少々気取った話し方ではあったろう。けれどもほぼ初対面でありながら巻き込んだ責任感からなのか、彼は私に重大な何かを話そうとしてくれている。それならば、私も本来の姿で臨むのが礼儀であろう。と、思わなくもない。

 いいや、単に勝手に素うどんな私が出ただけである。言っててうどんてなんなのだろうか、とやはり自身に問いかけたが、所謂その場の勢いであって、深い意味はないよ、と回答された。そうですか、わかりました。

 夕日に照らされる空を一瞬見上げ、美味しそうな色である、と食欲ばかりに結び付けたがる思考を少々叱りつつ、私は佐藤君へと向き直った。


「素とか素でないとか、今は置いとかんかね?とりあえず、さっきの。どういう意味なの?知ってたんだねって何が?」


 私の言い様にしょぼんとしながらも、再度の質問に佐藤君はああ、と頷く。

 いや別に、本当の私なんて知らないくせに、とか素とか素でないとかそんなの知らないよ、とかそんな風に思っていたわけでは決してないんだ。そんなに情けない顔をしないでくれまいか。悪い事をしてしまったみたいだ。ただ、目の前にぶらさがったままの疑問を優先させてしまっただけなのに。言い方が少しきつかったろうか。

 ああ、と言ってから、彼の言葉がどうにも続かないので、私はぱたぱたと左手を上下に振った。あらいやだ奥さん、とかおばちゃんがやってる仕草そのものだ。それにたいして別に若人である私はなんら抵抗を感じない。ちなみになぜ左手なのかと言ったら私が右、佐藤君が左側に座ったからだ。

 

「あのさ、佐藤君。別に私は言われて憤慨したわけではないのだよ?ただ、さっきの言葉が気になっちゃっただけでさ。この喋り方がお気に召してくれたんなら私としても気が楽だよ。かしこまんなくていいってことなんだし」


 わはは、と笑い声も付けながら言えば、佐藤君は萎れたしっぽをぶんぶんと振り出した、ように見えた、実際に彼の尻から尻尾が生え出したわけではない、ので、私は安堵の息を吐く。

 というわけで、仕切りなおしだ。なんだかなかなか先に進まないではないか。


「知ってたんだって言うのは、僕の恋愛対象が、その」


 言い淀む佐藤君の言葉を引き継いで、私は声をあげる。


「同性愛者?」

「……知らないんだと思ってた」

「学校内で知らないひとはいないと思うけど」


 苦笑する彼に、私は頬をかく。どうしてそんなに、まいったなあ、って顔をしているんだろう。でもそうか。ということは、彼は私が佐藤君が男性が恋愛対象であるってことを知らないと思ってたわけだ。そして今、彼はその事実に直面してどうやら困っている。何かを隠したまま、私とお付き合いを継続させたかったんだろうか。それは一体なんだろう。きっと、その理由はこれから話してくれるのだろうけれど。

 そんな事を思っていたからだろうか。佐藤君が意を決したかのように正面に向いていた顔をこちらにぐるり、とまわしてきた。

 近くで見ると、やはり整った顔をしている。その整った顔は今、私を真剣に見つめているのだと思うと、妙な緊張感が生まれてきた。

 口元を注意深く見つめていれば、元々ゆっくりとだったからなのか私の目の錯覚だったのかはわからないけれど、佐藤君が唇を開く瞬間がまるでスローモーション映像のように私の瞳にはうつった。

 唇の形すら、綺麗だ。

 そう思ったのと、彼の声が耳に届いたのは同時だった。


「わからないんだ」

「え?」


 反射的に聞き返すと、佐藤君はまた正面を向いてしまった。ああ、私は彼の可愛らしい顔を真正面から見たいとどこかで思っていたようだ。無意識下の自分に少し驚く。


「僕は、本当は女性が苦手なだけなんじゃないのかなって。ひょっとすると、男性が好きなんじゃなく、ある種の恐怖症のようになってるのかもしれない」


 佐藤君の告白に私は目を丸くする。ええと、それはつまり。

 私は頭の中で考えを整理していく。

 女性不信、女性恐怖症。女性に嫌悪感を抱く。まあ、とりあえずなんでもいいが、そういった感情を女性に抱きがちな男性がいたとしよう。しかしそれじゃあ、その男性が同性愛者なのかといったら、それはまるで違う話になるだろう。それは、女性に当てはめれば何かのきっかけ、たとえば某かの行為、痴漢であるとか、で、男性全般が恐怖の対象になってしまった。として、その女性は同性愛者か?やはり違うと言えるだろう。

 私たちは、まだ16、7そこそこの小坊主、小娘、俗っぽく言えばガキ、である。と同時にとても多感なお年頃だ。不安定で、思い込みも激しいところがあるし、まだまだ自分の考えに確固たる何かを見出せる年齢とはとてもではないが言い難い。そんな我々が、そういった感情を勘違いしてしまう事は、決して有り得ない話ではなかろう、とこの時私は結論を下した。

 でも、とここで私は疑問を抱いた。


「あの、気分を害さないで聞いてほしいんだけども。今現在の想い人って、あくまでも噂だけれど、同性の幼なじみなんでしょ?その人の事は、どうなの?佐藤君は好きじゃないの?そうじゃなくとも今まで好きになった相手は?」


 私の質問に、佐藤君は特に不快感を抱かなかったようだ。顎に手をやり、そこなんだ、と声をあげる。


「僕は、ずっとそう思い込んでいたから、幼なじみの事もそういう対象としてみていると思ってた。でもね、少し前に言われた一言で、僕は何もかもわからなくなった」


 ほほう。その一言とは一体なんぞや。

 心で呟いたすぐあと、彼から答えが返ってくる。


「お前が俺に抱く感情は、友情とどう違うんだ、って」

「! ほう、それはそれは」

「……とっさに、言い返せなくて。思えば、恋人同士でするような事を今まで好きになった人たちとしたいと思ってなかったかもなって」


 恋人同士でするような事。

 その一文を聞いて頭の中を流れたあれやこれやは、まあ外れてはいないんだろう。そういうことを、佐藤君は今までしていないということか。

 私も誰かと交際した経験がないからわからないけれど、きっと好きな人とはそういった行為もしたくなるのだろう。自然と、求める心も生まれてくる、はずだ、恐らく。

 物質的な何かを求めるのは、そもそも若ければ若いほどそういう衝動は大きいんじゃないのだろうか。男性側は特に。わからないけれど。さっきからわからないけど言い過ぎているけれど。

 戸惑いつつも、好奇心からなのか。私は気付けば口を開いていた。


「キスとかもあまりしたいと思わないっていうこと?またはしたことがない?」


 さすがにこれには答え辛かったんだろう。一拍置いてから、佐藤君が見る見る頬を染めていった。瞳を潤ませて戸惑うその表情は、そんなつもりがなくともなんだか変な気分になる。別に私はどこぞの中年ではないのであるが。可愛すぎる君がいけないんだ、という男前なセリフが私の脳を突き抜けていった。もちろん、声に出して言うほどハッピーな人間ではない。


「その、したことは……」

「! あるんですな」


 なんか若干変な言葉遣いだけど気にしてはいけない。動揺が隠しきれなかったのかもしれないし、単に興味津々になってしまったのかもしれない。案外私も野次馬根性が盛んであったのか。

 真っ赤になってうつむく可愛い男の子にどうしたらいいかわからずしばらく無言でいたが、やがて佐藤君はぽつぽつと呟くように話し出してくれた。


「その、なんていうか、僕からというよりも向こうから半ば無理やりっていうか。その時も、気持ち悪いまではいかなかったけど、かといって良くもなくて。手を繋ぐくらいで十分だと思えたし、それもたまにじゃれあいみたいのがあればそれでいいな、って」

「ああ……なんか男子ってたまにアグレッシブな遊びをやってのけてますのう、そういえば」


 なるほどなるほど、と頷きつつ、彼の言葉を聞く。そうか、それならば確かに……微妙、といえるかもしれない。いや、男性を愛する気持ちはあるが、ひょっとすると女性も特別に無理、というわけではないのかもしれないという可能性もある。つまりはどちらも、という人々。そこらへんは詳しくわからないけれど、いずれにせよ、佐藤君が言いたかった真実を大体把握できた。出来た、けれども。

 はて。


「……私は、なぜあなたと付き合わなければならんの?」


 首をこてん、と傾げつつ佐藤君の方を向く。

 私の言葉に佐藤君がば、と俯いていた顔をあげる。興奮状態なのか、立ち上がって何かを言おうとした、矢先。

 私のお腹が、暴君の如く癇癪を起こした。


「……とても元気な腹の虫だね」


 佐藤君が気を遣って言葉を選んでくれる。でも、その綺麗な顔は引き攣っていた。私は気にせず自然に微笑んでみせる。


「優しい言葉をありがとう。……ふむ、現在時刻は17時。暗くなってきたしそろそろ帰るか場所を移動するのがよろしかろうて」

「? 移動」

「腹が減ると人間それを最優先させる傾向にあるから、どうにも思考が短絡的になっていけない。であるから、空腹は満たすべき。真剣な話し合いをする前ならば尚更。というわけで佐藤君、この後のご予定は?」


 とくとくと語る私に、面食らったのだろう。

 目を丸くした佐藤君は、立った状態のまま勢いを失って戸惑いの表情を見せた。


「いや、特にありません」


 多少情けない声音になっている。なんだか申し訳ないが、目下、最優先事項はこの腹減りをどうにかすることである。


「お家で誰かがご飯を用意していたりは」

「いや、僕の家、両親共働きで、母親がけっこう作り置きしてくれてはいるんだけど、今日は外食用のお金をもらってるんだ」

「それはそれは。ではおいでませ」

「? おいでませ、ってどこに」


 佐藤君の問いかけに、私は微笑んだ。


 野田という表札が出ている一軒家。所謂住宅街にあるそれは、ごくごく平凡なものだ。しかし私の隣に立つ男の子は、それをとても珍しい何かのようにまじまじと口を開いてみつめていた。

 なんだかその反応がおかしくて、笑った。


「佐藤君、固まってないで入りなよ」

「……えっ、いやでも」

「別に遠慮しないでどうぞ。誰もいないから」

「ええっ!?」


 私の返答に更に驚く佐藤君。なんなのだろうか。とにかく私は早くこの空腹をどうにかしたいのだ。


「いいからほら。タダメシ食らうからには手伝ってもらうからそう気にしなさんな。早くはやく」

「お、おじゃま、します」


 私の言葉に観念したのか、観念という言葉もなにやらおかしいが、佐藤君は戸惑いつつも玄関へと足を踏み入れた。

 リビングに通して、少しだけ待つように告げれば、私は二階の自室へと足を運ぶ。

 少し急いで着替える。いつもの部屋着だ。料理するのに格好を気にするのは良くない。佐藤君はもう私の中でお客様っていう立ち位置でもないから、外見を気にかけても仕方がない。

 少し早足で階段を駆け下りて、ごめんね、と佐藤君に一声かけると、佐藤君が固まった。予想はしていたけれども。


「……それ」

「中学校時代のジャージ。便利だよ、汚れても気にならないから。ほれ、これをお使い。ブレザーは脱ぎんしゃい、動き辛いだろうから」


 四人がけのダイニングテーブルの上にあったエプロンを佐藤君に投げてよこせば、彼は慌ててそれを受け取った。よしよし、言うとおりに装着しましたね。


「佐藤君、料理の経験は」

「ごめんなさい、ほとんど……」

「謝らんでよろし。覚えておくと便利よー、今は男も料理作れるとポイントが高い!らしい」

「…………野田さんは、料理作れる男のが好き?」


 佐藤君の質問に私は腕をまくりつつ手を洗ってうーん、と声を上げる。特にそうだからってわけではないけれど、まったくしない人や、家事労働に抵抗のある人よりもやってくれる人のが良いのは確かだ。特に偏見かもしれないけれど、男のするものではない、と言っている種類の方は、日々のお礼を怠る傾向がある気がしてならない。たとえ全く手伝ってくれずとも、美味しいよ、ありがとう、という言葉の威力ははかりしれない。私は、物心ついた時から毎日当たり前のように家事をこなしているけれども、正直、両親の感謝の言葉がなければ、もっとひねくれていたと思うのだな。

 そんな事を頭の中で反芻する家事労働と交えつつ考えながら、私は頷く。


「そうだね、私はいっしょにやってくれればかなり嬉しいな」

「! 僕でも出来ることってなにかな、なにしたらいい?」


 佐藤君がブレザーだけでなくネクタイも脱ぎ捨てて腕まくりをした。急にやる気を出してどうしたことだろうか。でも非協力的よりずっと嬉しい。私は微笑んでそれじゃあ、と口を開いた。


「あーあー、そんなに正確じゃなくていいんだよ、要は食べやすきゃいいんだから」

「そういうものなの?」

「そうそう。こうやって一回切るごとにくるっとまわして」

「そうやって切るんだあ!」


 見本に横でにんじんを切ってみせるだけで、佐藤君は感嘆の声をあげる。なかなかどうして良い生徒だ。微笑ましい思いで私は佐藤君の手元を見やる。


「うん、うまいうまい。あ、にんにくは苦手?」

「! ううん、むしろ好き」

「よかった。じゃああとは、サラダ作ってもらおうかな?」

「はい!」


 大変良いお返事ですね。


「ごめんねー、ぜんっぜん凝った料理でもなんでもなくて。でもご飯はガーリックライスにしたから一手間かかってますよ!」

「いや、十分だよ!カレーって久しぶりかも」

「サラダは個人的な趣向でミモザサラダにしました、召し上がれ」

「へー、これってミモザサラダって言うんだ。いただきます!」


 ミモザサラダ。本当は黄身だけ使うんだけど、私はもったいないので白身もいっしょに使います。美味しいよ。

 サラダとカレー。なんてことない食卓だけれど、やっぱり誰かと向き合って食べるのは美味しい。両親は別に子どもに無関心な親っていうのでは全然なくて、いつも私を気にかけてくれるし時間を少しでも作ってくれようとはするけれど、出張も多いし夜は遅い事がほとんどだ。だからせめて健康的な食生活を、とふたりのぶんのお弁当も作っているし、それが苦痛ではないけれど、それでもやっぱり寂しいって感情はどこかしらあるもので。


「佐藤君の家も、ご両親忙しいんだ?」

「うん。最近は家政婦を雇おうかみたいなことも言ってたかなあ」

「へえ……」

「なんとかやってくれようとはしてたけどそろそろ限界みたい。僕もかまわないよって言ったから、近々そういう人が来るんじゃないのかな」

「そうなんだ。じゃあお母さんの料理食べれなくなるのちょっと寂しいね」

「うーん、そうだね。でも、両親にそこまで無理もさせたくはないから、そう我儘も言っていられないし。僕は野田さんみたいに家事を一手に引き受けるとか、そういうことも出来なかったんだから、やっぱりしょうがないかな」


 口ぶりから、どうやら佐藤君の家も特にご両親と険悪な状態というわけではないみたいだ。それでもやはり、仕事が忙しければどこかしら心に空間は出来るもので、なんとなく、私たちは空気でそれを感じ取った。お互いにどこか照れ臭くて、誤魔化すように微笑みあう。


「片付けは僕がやるね。ごちそうになった御礼に」

「あやー、そらありがたい。悪いねえ。なんなら明日のお弁当とか作ろうかい?」

「それじゃあきらかに僕のが御礼が足りないんじゃないかな」

「そうかねえ?食器を洗った上に拭いて棚にしまってくれたらとんとんになるんじゃないかな」

「それはそこまでしたら作ってくれるってこと?」

「別にかまわんけども。ただかわゆらしいのは作れんよ。ザ・弁当みたいなのしか作れんよ」

「なにそれ」


 笑う佐藤君につられて私も笑う。ひとしきり久しぶりの人と食べる晩ごはんを楽しんだ。

 それから私はお弁当作りを、佐藤君は後片付けをそれぞれやって、無事佐藤君に完成品を渡し、お茶でも飲むかー、とふたつマグカップを用意した、ところで何かを忘れているような気がした。


「……千絵子さん」

「ほっ!?」


 マグカップに牛乳を注いでいたところで背後から呼びかけられ、とても間抜けな声をあげてしまった。ああこれお茶ではないけれどお気になさらず、とか口に出しつつも、なんだか少し動揺している自分がいる。

 一体全体なんだというのだろう。どこか圧力のようなものを感じなくもない。冷たいシンクに手をついた彼は、背後から私を囲うようにしている。これでは牛乳が温められない。レンジの前に移動させてくれ。

 しかし私の願いもむなしく、佐藤君はそのままの態勢でそう呼んでいい?と訊ねてきたので、お好きになさってくだせえ、と私は返答した。


「ねえ、千絵子さんは、さ。こんな簡単に誰も居ない家に男の子を上げちゃうの?」

「ん?んや。そんなあばずれみたいな真似はしないよ?」

「あばずれって」


 私の言いようがおかしかったのか、背後でくつくつと笑い声が聞こえる。


「さっきの話を聞いてはいたけどもさ、でもふたりきりになったところで別に佐藤君が私をどうこうすると思えなかったし。だって女の子が苦手なんでしょ?」

「問題は、そこなんだ」

「? そこ」


 佐藤君がシンクから手をどかしてくれたので、私は背後にいる彼へと向き直った。振り向けば思った以上に近かったその距離に多少狼狽する。顔、けっこう近いのですね。


「どうして付き合う必要があるのか。千絵子さんはそう訊いたね」


 佐藤君の言葉に、私は頷く。

 それを見届けたからか、佐藤君はいっかいまばたきをすると、すっと口を開いた。


「僕の女性への苦手意識を、払拭する手助けをしてくれないかな。その為にも、僕と交際をしてほしい」

「……ほほう」

「名ばかりの恋人、というわけじゃない。つまりは、公園で話していたように、恋人同士がするようなことを、僕としてほしいんだ」

「それは、ええと」

「うん、手を繋いだりとか、あの、キス、とか」


 あまりの出来事に面食らっていたのかわからないが、私はもう一度ほほう、と呟いていた。

 というか、そんな、頬を赤らめて言わないでほしい。そこいらの女の子より美しい。

 そういえば、先程一回した佐藤君のまばたきは、とてもとても綺麗だった。

 まあ、どうでもいいことだけれど。


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