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第19話

 どこか寂しさもあるのか、私はひとりきりのリビングではたびたびテレビをつけている。信じられない、なんて感情的に叫ぶ女の子を、どこか不可思議にみつめていたりした。テレビドラマなんていうものは、家事の合間になんとなくテレビをつけている時くらいしか見ないけれども、頻度としてはそこまで少なくもないとは思う。

 今日も家の電話が鳴り、父親から残業になってしまったと連絡が入ると、私は頷いて受話器を置く。ため息をひとつ吐き、作ったごはんにラップをかぶせて冷蔵庫へ。こんなこともしょっちゅうだから慣れているけれど、今日はあまりひとりになりたい気分ではないな。考えすぎてしまう気がして。

 結局ひとりでもそもそとごはんを食べて、食器を洗って、ソファに腰かけながらテレビを見ているのだけれど。

 ううん、こうして客観的に見ると、やはり首を傾げてしまうなあ。


『私のどこが好きだっていうのよ!』


 そんなもの、気付いたら好きになってたし、明確な理由なんてなかなか言えないもんである。


『本当に私のこと好きなら、ちゃんと証明してみせてよ!』


 どうやってそんなもんしろっていうんだ。目に見えないんだぞ。切り取ってはいって見せられるならとっくにそうしてるわ。

 って。


「……今日まったく同じようなこと、昴君に言ったじゃないか」


 深いため息を吐く。

 いやあ、だってでも。このお嬢さんとは事情が違うよ。私はほら、その、騙されていたわけですし。

 そんな風に自己弁護してうんうん、と頷いていれば、感極まったのか、可憐な女優さんからほろりと涙が零れた。名前はわからないけれど、演技はとてもうまい方なのだな、と見入ってしまう。


『この前までナギが好きだって言ってたくせに!いつから私を好きになったって言うのよ!』


 あまりのことに私は飲んでいたココアが気管に入ってしまったのか、飲み込んだあと変な感覚になりむせこんだ。

 げほげほと思い切り情けない咳をしつつ、私はたまりかねてテレビを消した。無音になると孤独感もあるけれど、それ以上になんともいえない気分なのだから仕方がない。


「……恋はハリケーン、とかいうやつか」


 気付いたら、好きになるのなら。なにかのきっかけで終わりを告げて、また、始まるものなのだろうか。でも昴君の場合、これとはちょっと違う、のか。結局、やなぎんとはなんでもないんだもんな、本人いわく。しかし、噂を逆手に取り今日まできたというのならば、なかなかにしたたかである。

 まあ、本性みたいなものは垣間見えていたけれどね。


「やっぱり昴君て、腹黒いんだなあ」


 そうなるとやっぱりますます信用できないんだけど。それこそ私は、あんな理不尽な要求をするつもりなのだろうか。好きならば証明してみせて、なんて。そんな困った屁理屈のようなだだをこねられたってたまったものじゃないだろう。

 でも、まてよ。

 いっそ、無茶振りをして愛想尽かされるのを待つのもいいのだろうか。いや、性格的にそういったものはむいていないな。要求された相手方があまりにも不憫に思えてしまう。実際問題、そんな痛々しいことできるはずもない。

 結局、好きなんだよな、いまでも。

 そう。

 私はあなたが好きなのだよ、昴君。

 その綺麗な顔が、歪んでいくさまを見ると自分のことのように胸が痛い。笑うと嬉しくなり、微笑みは安心を覚える。

 昴君は、他ではどうかわからないけれど、あまり活発には動かさなくとも、色々と細かな差異で表情を変える。なにより物を言うのは、瞳だ。

 怒った時なんて、真っ赤になってるんじゃないかと、錯覚するくらい。

 そう、彼の顔は、他の人よりずっと感情がにじみ出る。それが、すごく綺麗だ。だから私は、私をみて穏やかに笑うあなたに、安心をもらうんだ。


「……本当は、信じたいんだけどな」


 素直に、私も好きだと、言えれば良いんだけれど。

 なんだか、釈然としない。素直になりきれない。信じきれない。

 そんなことを言っていて、そのあいだに他の誰かと付き合ってしまったら、それこそ笑えない。でもやっぱり、怖い。

 好きになって、しっぺ返しをくらうのは、怖い。普通に別れを告げられるのだってきついだろうに、やっぱり全部嘘でした、なんて言われたらと思うと、怖いよ。

 私が好きだと思った彼の表情ひとつさえ、嘘だったらどうしよう。今はそんなことまで思ってしまって。

 ああ、結局うじうじと考えてしまっているではないか。なんだろうな。もっとすっぱりと、決断できたらよかったのに。


「……昴君のどあほう」


 呟いた言葉は、思わず飛び出たものだったけれど、それで気が晴れるわけでもなかった。


 冷蔵庫にあった晩ごはんは綺麗になくなっていて、私はそれに微笑む。テーブルにはありがとうのメモ。帰って来たのはとても遅かったのに、出るのは私よりも早いだなんて、本当に大丈夫なのだろうか。今日も無事に朝食とお弁当も持って行ったな、よしよし。父は早い時は会社で食べる人だから、基本的に夜の時間が合わないと、弁当といっしょに朝食も持って行けるものを作るのだ。

 ごはんとおかずを弁当箱に詰め込むのは、いつも両親がみずからやっている。前はそこまでやって手渡ししていたのだけれど、それだと私が睡眠不足になる、と両親が今の方法を提案してくれた。別に私はかまわないのだが、そう言ってくれる彼らの心配気な顔を見るとなかなかどうして強くは出れない。

 私は苦笑しつつ自分用のおかずを取り出す。今日はごはんをおにぎりにするべく、昨日混ぜ込みごはんを作っておいた。内容はたらことしらすである。

 朝はパンにしておこう。おにぎりを作ってお弁当箱におかずを詰めて、私は牛乳を取り出した。マグカップに注ぎレンジにつっこむ。温めているあいだ、棚から取り出した食パンをトースターに放る。

 ひとりきりだから、適当でいいや。

 自分以外の誰かが居るならば、これにサラダやら卵料理やらも付けるけれど、どうにもやる気が起きない。あくびをしつつ、あんずジャムを取り出してぼんやりとトーストが出来るのを待った。

 そのときだ。家中に呼び鈴の音が鳴り響く。

 私は驚いて思わず頬杖をついていた手の平から顎をがくん、と外してしまい、間抜けにもうわあ、と声を上げてしまった。

 柱時計に目をやると現在時刻は朝の7時。こんなに早くから一体誰であろう。私は慌てて席を立ち、玄関でサンダルをつっかけると扉を開いた。


「だめだなあ、千絵子さん。インターホンがあるんだから、きちんと確認してから扉を開けないと」

「えっ」


 変質者だったらどうするの、と首を傾げるその顔は、そんな綺麗な変質者がいてたまるかい、とつっこみをいれたくなるほど、端正な顔立ちの男だった。

 というか。


「昴君……?」


 呆然と私が小さく名前を呼べば、にっこりと微笑む昴君。勝手に我が家の門を開き、入ったら門を閉め、ご丁寧にありがとう、つかつかと玄関先までの数メートルを歩いてくると、半開きの我が家の玄関扉をぐい、と開いた。


「千絵子さん、まだ準備中?」

「え?なんの……」

「登校。まだする時間じゃない?」


 ああ、もう制服は着ているけれど、エプロンをつけているからだろう。ちらりと私の姿を確認して、昴君が言った。


「朝ごはんを、食べるところ」


 多少うわずった声で言うと、昴君はそっか、と頷いた。


「じゃあ、早く来すぎちゃったね。ごめん」


 お邪魔しました、とお辞儀をされて、私は展開についていけずにいえいえ、とお辞儀を返せば、昴君はそのまま来た道を戻ろうと踵を返す。

 何しにきたのかわけがわからずに、ぼんやりと彼をみつめていたけれど、小さく手を振って昴君は歩き出してしまった。

 なんだったんだ、一体。

 私は白昼夢でも見ている気分にさえ陥って、それでもしっかりとトーストにジャムを塗り、温めた牛乳にインスタントコーヒーを入れてカフェオレにし、それらを食べ飲み干した。こういうところが食欲娘といわれる所以である。

 食器を洗ってエプロンを外し、歯を磨いて鞄を持つ。いつものように戸締り確認をして、最後に玄関に鍵をかけ、私は家を出た。

 しばらく歩いて駅前に着いた時には7時40分頃。私の家から学校までは電車で10分くらいなのでかなり近いといえる。中には1時間かけて登校してくる生徒だっているのだから、お疲れ様でございます、と言いたくなってしまう。


「千絵子さん!」


 どうでもいいことを考えつつ駅前のコンビニを通り過ぎたとき、先程聞いたのとまったく同じような声が響く。さらに私の名前を呼んでいたような。

 私はきょろきょろと辺りを見回すと、コンビニのほうから走ってくる男が視認できた。

 ていうか。

 本日二度目の昴君!?

 あまりのことに混乱する私に、満面の笑みでいっしょに行ってもいい、と昴君が話しかけてくる。


「……ええーと、昴君?」

「なあに?」

「君、我が家を先程、訪れなかったかね」

「うん、行ったよ。ごめんね、突然押しかけちゃって」


 迷惑だったよね、とうなだれる昴君に、私は慌てて首を振る。というか、そこはどうだっていい。別に迷惑だとか思っていないのだし。そう告げると、ぱっとその顔が喜びからなのか華やいだ。やめてください、かわいいです。

 いや、だから、そうじゃなくて。


「7時に我が家を訪れ、現在時刻は7時40分。まさか、私を待っていたのかい」

「コンビニで立ち読みしてたら、けっこう時間過ぎちゃって」


 さすがに昨日の一件があるから、私はこれをすんなりと受け入れられない。そもそも、自惚れでもなんでもないことくらい、わかりきっている。

 私はあまりのことに、憤慨した。


「そんな健気な乙女みたいな言い訳が通用すると思っているのかね!昴君、ずっとコンビニで私が来るのを待っていたんじゃないのかい!」

「だって僕健気な恋する男の子だもん。乙女じゃないけどね」


 怒鳴る私をものともせず、微笑む昴君。せりふもさることながら、その表情。


「やめて、かわいい」


 あ、いけね、口に出しちゃった。

 私が思わず心の呟きを声にすると、昴君がきょとん、と目を丸くした。

 しかし次には眉を顰めて、昴君が私の名を呼ぶ。返事をすれば、彼の口から息が吐き出された。うわあ、白い。


「綺麗、の次は、かわいい?」

「いや、その」

「千絵子さん、僕を無害な男だとはもちろん思ってないよね」

「思ってないよ!そこまですかぽんたんな頭じゃないよ!」

「あははは。いまどき言わないよねえ、それ」


 ならいいんだけど、と笑う昴君は、やっぱり綺麗だし、かわいいと思う。でもそれは別に、彼の事をなんの実害ももたらさない小動物のようなもんだなんて、さすがにもう、そこまで鈍い事は思っていないつもりだ。なんなら手酷く咬まれたわけだし。

 なにか響きが卑猥だ、やめよう。

 そして、いいかげんにしてくれ。話を逸らされ続けているではないか。


「昴君。いっしょに登校したいと、なぜ一言そう言ってくれなかったの」

「……嫌がるかと思ったから」

「だったら先に行けばよかったじゃないか」

「…………でもいっしょに登校したかったから」


 えええ。

 昴君の言動が、いちいちかわいい。なんだこれ、なんなのだろうこれ。

 いや、お待ちなさい。腹黒い、と昨日評価をくだしたばかりだ。これも計算なのかもしれない。あれだ、小悪魔というやつだ。ほだされるな、私。

 でも。

 寒かったろうし、眠かったろうに。昴君の家が、どこなのかは正確に把握していないけれど、少なくとも我が家よりは学校から距離がある。そもそも、私と昴君は駅が反対方向なのに。わざわざ学校を通過して来てくれたのだと思うと、計算だろうがなんだろうが単純に胸が締め付けられてしまった。

 なんだ、結局は思う壺ではないか。

 でも、でもな。

 しばし葛藤して、目の前でしおれる彼をみつめて。私は大きくため息を吐いた。


「……昴君」


 私の声に、昴君は黙って私をみつめる。


「いっしょに行くのはかまわない。けれどこういうのは、今日限りにして」

「! やっぱり」


 傷付いた様子の彼に、慌てて首を振った。なんなんだ、いちいちそんな顔されたら、こちらが悪い事をしてしまっている気分になるではないか。


「迷惑ではないけれど、外で待たれるのは心苦しいし、昴君が定期外の我が家までたびたび来るのは忍びない」

「……僕が、毎日千絵子さんに会いたいだけなんだ」

「学校で会えるでしょう」

「それだけじゃ足りない。放課後は、前はいっしょに居れたけど、今は無理だし」


 せつなそうな顔をしないでくれ。ついでに私の髪をつまんでちょこちょこいじるのやめてくれまいか。何がしたい。ああ、私が抵抗しないとわかると、今度は頭を撫でるのか。なんなのだ、やめてください、ここちよいです。

 あーあ。

 あーあ。

 もう。


「……わかった」

「! えっ」

「そのかわり、私は今の時間に登校することもあれば、これよりちょっと早い時もあるし、遅い時もある。だから、毎日同じ時間ではないし、昴君が来るまで待ったりしないよ」

「そんなのかまわないよ」

「あと、外で待たれるのは嫌だから、もしも昴君が早く来ちゃったら先に」


 行ってくれ、と言おうとして、昴君は無言で首を振る。だから、そのせつなそうな顔やめてほしい。こっちが泣きそうになる。

 昴君が、苦しそうな表情のまま、私の頬へと手の平を滑らせる。ぴったりとくっついた手は、冷たい。


「…………もしも早く来ちゃったら、心苦しいのでリビングで私の支度が終わるまで待っててください」

「! 千絵子さん」


 ぱ、と輝く瞳で私を見る、嬉しそうな顔。

 あーあ、やっぱり。こういう顔させたいと思ってしまうや。だめだな、私。

 しかし、ふいに先程までの無邪気な顔をひっこませると、昴君は私の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「俺の好きを、信じて、千絵子」


 好きだよ、と囁くその声に、どきどきしないわけがない。

 こいつ、耳が弱いってわかっててやってるのではないだろうな。疑いの眼差しを向けつつも、結局私たちは仲良く学校までの道を歩き出した。


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