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第18話

 ぐるぐると、彼の言葉が頭の中で巡る。今、昴君はなんと言ったのだろう。

 真っ直ぐとこちらをみつめる彼の瞳をみつめ返せば、吸い込まれそうになる。理解できない言葉に、私は感情をどこへ持っていけば良いのかわからない。

 無言でかたまる私に、昴君はしびれを切らしたのか、再び声をかけてきた。


「千絵子さん、さっき好きな人がいるって言っていたよね。僕には、可能性は1%もないのかな」


 昴君の言葉に、やっと覚醒した私は、かたまっていた身体をやっとほぐせば、なんとか先程の言葉を咀嚼する。

 信じられないけれど、告白をされたらしい。

 らしい、と客観的に語ってしまうのは、私がいまだ現実を受け入れられないからだ。

 だって。そもそも、私と彼は接点がない。一体、なにがきっかけで彼は私を想うようになってくれたんだろうか。

 物言いたげな私の表情を察してくれたのだろう。昴君はふ、と苦笑いのような、自嘲するかのような微笑をみせて、やがて口を開いた。


「いつだったかなあ、たまたまその日は奏が学校を休んでてね。あいつは人一倍声が大きいし人が寄ってきやすいタイプで、いつもその流れのまま教室でお昼を食べてたんだけど、その日はゆっくり食べれるな、と思って、教室を出たんだ」


 人と話すのが嫌というわけじゃないけど、という昴君の言葉に、私は頷く。

 彼の言いたい事はよくわかる。やなぎんのように、大勢でわいわいやりながら食事をするのだって楽しいけれど、毎日それだと疲れる時だってあるだろう。昴君も柔らかい性格だから話しかけやすいかもしれないけれど、いっしょに騒ぐという意味では近寄り難いかもしれないし、事実、本人もそんなに騒ぐのが好きというわけでもないのかもしれない。


「それで、図書室に行ってみたんだ。覚えてないかな?席がいっぱいで、同じテーブルで食べさせてもらったんだけど」


 昴君の言葉を私は反芻してみたけれど、どうも思い出せない。お昼時はけっこうそういうことがあるのだ。特に私とあかりは2人組だから、テーブルは6人座れる構造なわけで、ひとつ席を空けて座ることもできる。だから、私達はよく同席を求められるし、断ることもしなかった。

 私が覚えてないと申し訳なく告げると、昴君は別に気にしていない、と首を振った。


「そのときにね、千絵子さんが言ったんだ。ずいぶんと綺麗な顔をしていますねって」

「えっ」


 そ、そんなことを私は言いましたか。驚いて思わず声をあげてしまった。昴君は、思い出しているのだろう。くつくつと楽しそうに笑っている。


「あんなに真っ直ぐ言われたの初めてだよ。しかも、全然色っぽくないんだ、言い方が。ああ、この子は純粋に、綺麗だと思ってくれたんだなあって。まじまじと僕を見てさ、まるで絵かなにかを褒めるみたいに、そう言ったんだ」

「……それはそれは」


 ということは、私が昴君を綺麗だと思ってるのすでにわかってるっていうことか。なんだろう、ものすごく恥ずかしいです。


「僕がありがとうとお礼を言ったらさ、千絵子さんいつもの調子で、いいえどういたしましてー、なんて言ってそれからまた食べるの再開しちゃって。横田さんなんか、何言ってるのよって呆れた顔してたけど、それにもマイペースに、あれそうか失礼なんだっけこういうのごめんなさい、なんて僕の方向き直って返してて、笑い堪えるのに必死だったなあ、あのときは」

「……それいつのこと?」

「んーと……2年の最初のほうだったかな。そこから目で追うようになったんだ、千絵子さんのこと」


 にっこりと微笑んで言う昴君に、私はそうですか、としか言えなかった。

 そんな事実は覚えていないし、そもそもそれで私に惚れる要素なんてないだろう。ともすればちょっと失礼じゃないのこの子、なんて思われててもそんなに変ではないだろう。

 多分、その時の私は、どうしても本人に伝えたくなってしまったんだろうな。それは、すごくわかるけれども、でも、やっぱりそんな風に一方的な会話をしたことさえ覚えていなかった。

 でもひょっとしたら。

 その時初めて、昴君を認識して、佐藤昴という有名人を知ったのかもしれない。


「…………」


 でも。

 どうしよう。どうしたらいいのだろう。

 彼の言葉を聞き終わって、途方に暮れる私がいた。


「千絵子さん?」


 呆然としている私を覗き込むように、昴君が声をかける。びくり、と肩を揺らして彼を見れば、心配そうな顔がこちらをうかがっていた。

 ああ。昼休みのこと、少しは気にしてくれているのかな。そう思ったら、少しこころが温かい。それなのに、どこかが冷えていくのはどうして?単純に、この部屋が寒いからなのか。それとも。


「……嘘吐き」

「え?」

「私のこと、好きなんて嘘でしょ」


 あれ。

 気付いたら飛び出していた言葉に、私自身も驚いたけれど、もっと驚いたのは、他でもない昴君だろう。目を最大限見開いて、かたまっている。

 でも、私の口は堰を切ったかのように止まらない。


「好きなら、あんなこと出来るわけないじゃないか。今日みたいなことだって、初めてじゃない。私の身体を好き勝手触って、嫌だと言ったらやめてくれる約束だって、守ってくれなかった」

「それは、千絵子が他の男が好きだと思ったら我慢できなくて」

「それ以前にも、私の身体に触れたじゃない!騙すみたいに始めたのはそっちのくせに、今更都合の良い嘘言わないでよ!」

「……っ」


 私は、言っててじんわりと涙が浮かんできた。だって、こんなのおかしいじゃないか。掌を返すかのように、私が好きだなんて。

 それじゃあ、廊下の会話も、片想いって、昴君のことだったの?でも、やっぱり信じられない。だって、普通に告白してもフラれるって思ったからなんて、理由にならない。私に恋人がいない限り、昴君のチャンスは潰えるわけじゃないし、なによりこんな風に画策する彼が、本当に私を好きだとしたら、告白したって諦めるとも思えなかった。

 だからきっと。昴君は私のこと好きじゃない。私とどうして別れたくないのかわからないけれど。やっぱり、カモフラージュとか。やなぎんにたいしての。

 どうしても、そっちに思考がいってしまう。最初の話が、強烈だったからなのかもしれない。


「耐えられなかったんだよ、これ以上、千絵子さんに触れられないのが。普通に告白してフラれて、そこから付き合えるようになるまで、どれくらいかかるか。一生叶わず終わるのか。考え出したら止まらなくなって、周りの男共に渡すわけにはいかないしって考えたら、手段を選んでいられなかったんだ」

「また適当なこと言わないでくれたまえ」

「千絵子さん!」

「私、信じたんだよ。苦しかったんだよ。昴君がやなぎんを好きなんだと思うたび、あかりのことを好きだって言うやなぎんの気持ちを、昴君が知っているんだって考えるたび、苦しかったのに!」


 私の言葉に、昴君が口ごもる。二の句が継げないのか、昴君は声も出せずにそのまま黙り込んだ。


「……とにかく、私は昴君とどうこうなる気はないから」


 言って、私は立ち上がる。もう話したい事はすべて言い終えた。本当は、告白してフラれるつもりだったのだけれど、この状態で言えば、じゃあ付き合おう、と言われるに決まっている。正直、今の段階でそんな風になるのは無理だった。私は、昴君を信じきる心を今は持てそうにない。


「昴君、出よう」

「…………」

「晩ごはん、作らなきゃいけないから」


 私の言葉に、座り込んでいた昴君は渋々と言った様子で立ち上がる。2人揃って部室をあとにすれば、私はしっかりと施錠した。

 歩き出そうとした矢先、昴君が思わぬ行動に出た。


「……誰?」


 背後から私を抱きしめるように身体を寄せ、その両腕できつく自身のからだを囲われる。

 保健室での、国松先生の言葉を思い出した。確かに、細く見えて案外がっしりしている。男女の違いももちろんあるのだろう。

 現実逃避なのかなんなのか、ぼんやり思考をあちこち飛ばしていれば、昴君が苛立ったように名前を呼んできた。耳元で囁かれるとくすぐったくて、私は身体を捩るけれど、離してはくれない。

 ああ、もういやだな。

 好きだと思う気持ちはもちろんそのままだから。そうじゃなくともきっと恥ずかしいのに、よりいっそうこころが揺さぶられて、きっと私の顔は今、真っ赤になっている。


「好きな奴って、どこのどいつなの」


 昴君の質問に、私はどきりとする。

 誰って。

 今私を羽交い絞めにしているあなたです、とはもちろん言えるはずもない。


「……別に、誰だっていいでしょう」

「話ってそのことだったんでしょう?」

「それは、まあ、そう、だけど」


 昴君に告白しようとしていたのだから。どもるように私が答えれば、昴君はじゃあ、と声をあげる。

 せめて、耳元で喋るのやめてくれないだろうか。


「話すつもりだったんならいいじゃないか、教えてよ」

「……やだよ、もういい。嘘吐きな昴君に、本当の事言う必要ないじゃないか。不誠実に誠実で返すなんて、理不尽もいいとこだ」

「っ俺が千絵子を好きなのは本当だって言ってるだろ!」

「……っもういいってば!」


 聞いていると、苦しい。好きな人に好きだと言ってもらえているのに悲しいなんて、こんなのは嫌だ。

 どうして、こんなこと言うの。ぜんぶ、ぜんぶ嘘なのに。

 たまらなくなって身体を離した私は、そのまま走り出した。後ろから名前を呼ばれたけれど、私は止まる事なく走り続ける。

 今は、どう接したら良いのかわからない。昴君はやっぱり、私の気持ちを知っているんじゃないのかな。だからこそ、あんな嘘吐くんじゃないのかな。

 信じたいよ、本当なら。

 私も好きだって言って、昴君と笑いたい。

 でもさ、できないじゃないか、そんなのは。こわいよ。もしそれすらも嘘だったら、私はもうぺしゃんこになって、二度と立ち直れない気がする。


「あれ、ちーちゃん。まだ帰ってなかったの?」


 昇降口で靴を履き替える私に、後ろから声をかけてきたのはまーくんだった。笑って、こちらへと駆け寄ってくる。


「まーくん……は、どうしてこの時間まで」

「ん?たまにはと思って部室に顔を出してたんだよ。ちーちゃん、は、なんかあったんだね」


 苦笑して、私の瞳に溜まる涙を指先で拭ってくれる。ああ、また心配かけちゃったな。


「まったく、こんなに泣かせるなんて、何を考えているのやら」

「いや、ちょっとこれは、うん。色々とわけわからなくて」

「そう?あ、ちーちゃん、今日遊びに行ってもいいかな、最近行ってなかったし」

「あ、本当?今日は母がいないけど父は早く帰ってくるし、喜ぶよ」

「ほんと?久しぶりだなおじさんに会うの」


 会話をしていたら、やがて涙は止まっていた。靴を履き替えた私とまーくんは、そのまま歩き出す。


「千絵子!」

「! 昴君」


 怒鳴るような声で名前を呼ばれ、驚きに目を見開く。先程は苦しそうな顔をしていたけれど、今はまるで般若のような形相をしている。怖い。

 そういえば、般若って怒った女性の顔がモチーフなのだったっけ。そうすると、昴君は女性的な顔立ちでもあるわけだから、まあ、この例えでも間違っていなくはないのだろうか。いや、今はそんなことどうでもいい。

 とにかく、目の前の彼は怒っている。間違いなく、怒っている。


「……本当にただの従兄弟なのか」

「しつこいな、そうだって言ったよ」


 睨む昴君を、私も睨み返す。昴君は、ますます怖い顔をした。


「ちーちゃん、ここは逃げずに話したほうがいいみたいだよ?」

「! まーくん」

「思うところがあるなら、そのほうがいい。お家に行くのは、また今度で」

「……」


 救いを求めるようにまーくんをみつめても、彼はただ笑うだけ。

 ああ、これはだめだ。

 私が何か、道に逸れるような行為をすると、いつだってまーくんは微笑んで押し留める。もっとも、今の自分の行動が間違ったなんて、私は思っていないんだけどな。


「佐藤君」

「……何かな」

「僕は、ちーちゃんのことを実の妹のように思ってる。だからこそお願いしたい。無理強いしたり、傷付けるようなことはしないでくれるかな」


 まーくんの言葉に、昴君は少し先程までと顔付きを変える。怒っている雰囲気はいまだ変わらないけれど、少し冷静さを取り戻したようにみえた。


「約束する」

「ありがとう」


 短いやり取りを終えれば、まーくんはあやすように私の頭を撫でて、やがて行ってしまった。なんとも薄情である。いや、そうじゃないとはわかっているんだけれど。

 これ以上、彼と何を話したらいいのかなんて、わからない。

 少し気まずくなり、私と昴君はまーくんが完全に立ち去ったあと、どちらからともなく視線を逸らして無言になっていた。しかし、いつまでもこのままでいたって仕方がない。

 先に声をあげたのは、昴君だった。


「どうしたら、信じてくれる?」

「え?」

「わかってる。全部僕が悪いって。でも、本当なんだよ。本当に千絵子を好きなんだ。僕のことを好きになってくれとか、今すぐよりを戻してくれとか言わないから、それだけ信じてもらうには、どうしたらいい」

「……昴君」


 真剣な彼を見て、私は困惑する。

 本当なの。嘘じゃないの。どっちなのだろう。

 わからない。人のこころなんて、目に見えないものを、どうやったら信じられるかなんて、わからないよ。


「今は……混乱している、から、ごめん。でも、努力はしてみる」


 私の今のせいいっぱいは、ここまでだ。告げると、昴君は少し悲しそうではあったけれど、それでも、わかった、と頷いた。


「あとさ、好きな人って、やっぱり気になるんだけど。付き合ったりするの?」


 付き合ったり。


「……わからない。私ひとりの問題じゃないから」

「……そう」

「……うん」


 また気まずい沈黙がおりて、そろそろ本当に帰ろうかな、と思った時。

 ふいに昴君が、私の腕をぐい、と引っ張った。

 すっぽり真正面から抱きしめられて、私の心臓が変な動きを見せる。


「好きだよ、千絵子さん」


 耳元で囁かれた言葉に驚いて、私は目を見開く。

 今日は、別々に帰ろう。そう言って、昴君はもう言いたい事をすべて伝えたと思ったのか、足早に靴を履き替え去って行った。

 私はついに、その場にへなへなとくずおれると、唇が少し触れた左耳を、手でおさえる。


「……卑怯な」


 真っ赤な顔で呟いた言葉は、なんとも情けない響きをもっていた。


 


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