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第10話

『はあ?』


 不機嫌な声が耳元から響いて、私は目の前にその声を発している主がいるわけでもないのに縮こまる。自分でも、そういった反応をされる質問をしている自覚があるだけになんともいえない気分だ。

 しかし現状、糖分を摂取したところで答えが出ないのだから仕方がない。


「だから……普通、恋人同士が出かける時、女性はどういった格好をするものなのかと」

『初デートなの?』

「…………まあ」


 あかりの質問に居た堪れない思いをしつつも、是と返答する。

 数秒の沈黙が異様に長く感じられ、私は暴れたくなったが、実行に移す前に友人が簡潔に言った。


『そんなもん、足さえ出しときゃいーのよ』


 足、とな。


「……それはつまり、着丈が短いものを履けということ?」

『そうね』

「スカートはこの時期寒いのでは」

『じゃあパンツでいいんじゃない』

「しかし短いズボンでも寒いのでは」

『ブーツあわせればいいでしょ』


 ああ、なるほど。

 その言葉を私が発したと同時に、ぶつり、と電話が途絶えた。なんともあかりらしいと思ったが、答えてくれた事には変わりないので、携帯電話を置き、正座して深々と頭を下げてみた。ありがとうございました、という意を込めて。

 まあ、本人に見えないのだからまったくもって意味のない行為であるとわかってはいたが。

 着るものがある程度決まれば、それに該当する服装のものをクローゼットから出すだけだが……どうしたものか。

 少し悩んで、いつだか買ったかぼちゃパンツのようなデザインのものを引っ張り出す。色は赤と緑のチェック柄だ。これは太腿あたりまでしか着丈がないから、かなり短い部類だろう。上は……とりあえずセーターで良いだろうか。

 ごそごそと探して、割とシンプルな灰色のセーターにした。全体的に身体の線にぴったりくっつくデザインだが、タートルネックがちょっと苦手な私は、首元だけがだぶついてるものを好んで買う。これもそういうものだ。一応中にキャミソールも一枚着ておこう。

 外気温からいって、コートを取り出すほどでもないんだよな。マフラーは、まだそんな苦手ではないけれど、意識するとふとしたときに喉が詰まってうえ、と声をあげる。あの、うえ、と声をあげる瞬間が嫌なので、今日のような中途半端な寒さでは巻きたくはない。

 またも少し悩んで、ポンチョがあったことを思い出した。柄はちょっと牧羊民族の方が着そうなものだ。色は白で、柄部分が暗い青。パッと見は紺だけど、紺よりもう少し青に近い。前に丸まったふたつの毛糸玉のようなものがぶらさがってるのだけれど、これの正式名称はわからない。とりあえず、この形を見ているとアメリカンクラッカーによく似ているといつも思う。

 ポンチョは、木で出来た茶のボタンをみっつ留めて着る。

 戸締りの確認、荷物の確認をし、玄関の靴箱にて目当てのブーツを探す。靴下はいつも着用している慣れ親しんだハイソックスにしたが、これで良かったろうか。まあ、ブーツを履いてしまえば隠れてしまうのでいいか。

 ごそごそと探して、目当てのものをみつけた。

 黒いブーツはふくらはぎあたりまでの長さのものだ。素材が面白くて気に入っている。なんの変哲もないものなのだが、上部分に切り返しのようにニット素材がくっついているのだ。ちょうど、ファーなんかをあしらったブーツがあるが、あれのファーの部分がニットになっている。ニット部分は灰色なので、セーターとおそろいの色。

 一応玄関の姿見でなるべく客観的に自身をみつめてみる。若干足が寒そうではあるが、おかしな格好ではない。と思いたい。

 ふむ、と一度頷いて、私は決心して玄関扉を開けた。いざゆかん。

 携帯電話で時刻を確認。今から駅まで歩いて電車に乗れば、10分前には到着できる。遅刻ではい事に安堵しつつ、髪型はまるで気にしていなかったがこのままで良かったのか?と一瞬過ぎった。

 まあ、ちゃんと寝癖は直したわけだしいいか。


 待ち合わせ場所には、もうすでに昴君が立っていた。遠くからでもスタイルが良い彼は目立つ。格好もなんというか、妙に垢抜けている気がしてしまうのはなぜであろう。

 黒いカーディガンに、普通のシャツだし、パンツもちょっとお洒落な型ではあるっぽいけれど普通の灰色のパンツ。

 特別気取らなくとも格好良く映ってしまう人が、本当のすごい人なのだろう。

 うなずきつつ、私は彼に近寄る。


「昴君」


 手を挙げて声をかければ、反応して昴君がこちらへと顔を向けた。彼のただでさえおおきい瞳が驚愕で見開かれ、さらに大きくなった。どうしたのだ。

 わからなくて首を傾げると、昴君がぽつり、と呟いた。


「……早いね」

「早いのは昴君じゃないのかね」

「いや、だって。本当に時間通り来るとは思わなかった」

「なぜ?」

「一時間後ってさすがに無理あったでしょ。余裕が全然ないし」

「だったらもっと遅くに設定すれば良かったのでは」

「わがままかもしれないけど、早く会いたかったから」


 急いで転んだりしてほしくはなかったけど、急いでほしかった。そのぶん、早く会えるから。

 そう答えた昴君の顔が、赤くて。瞳も潤んでいて。

 正直、どこの乙女ですか、と心の中で思ってしまった。あと恥ずかしい。私にそんな価値ないと思うのだけれど、というかその発言は本当にどういう意味なのだろう。

 昨日から、いや、彼が付き合ってくれと言ったあのときから、私は混乱の極みだ。


「……昴君?」

「え?」


 え、じゃない。私の問いかけの理由をわかっているくせに、すっとぼけないでほしい。

 なぜそんなにじろじろ見るんだ。穴が開くじゃないか!

 この格好、何かおかしいだろうか。急激に不安になって、私は自身の身体にあちこち視線をさまよわせる。

 しかし、次の瞬間。

 私の左手に、温かいぬくもりが伝わってくる。


「かわいい」

「! あ、あの」

「私服、そういうの着るんだ。かわいい」


 満面の笑みで言われて、私は先程とは違った理由で焦りを覚える。なんだか、頬に熱が集まっている気がするし、昴君と繋がれた私の左手は、汗をかいていないだろうか。

 振りほどきたくもなったが、それは彼に悪い気がして、なんとか耐える。

 そんないっぱいいっぱいの私を、その態度で察しているはずなのに、昴君は更に私の耳元まで唇を寄せれば、囁いた。


「僕の為に着てくれたと思うと、よりいっそうかわいい」


 艶っぽいその声に、中心がどくん、と鳴った。

 ありがとう、と言った声は、かすれてはいなかったろうか。

 昨日から、私の中でなにかがかたちを変えてしまった気がしてならない。けれども、その正体がわからなかった。

 ぼんやりと考えている間にも、昴君は普段の調子で話しかけてくる。


「お昼、何を食べたい?」

「……美味しければなんでもかまわない」


 私の言葉に、千絵子さんらしいと言って彼が微笑んだ。


「あそこのビルの二階、知ってる?パンが食べ放題のお店あるんだ。焼きたてのパンがどんどん足されていくから、食べ放題なのにひとつひとつが美味しいって評判なんだよ。メイン料理はハンバーグが多いかな。好き?」

「私は好き嫌いがない。昴君のおすすめならば、是非行ってみたい」

「よかった」


 手をひかれて、歩き出す。

 繋がったそれを、離したくないと思ったのはなぜだろう。空腹だからか、やはり答えはわからなかった。

 

「千絵子さん、良い食べっぷりだったね」


 からからと笑う昴君に、私はそういう場面ではなかろうとわかってはいたが胸を張って答える。


「当然美味しいものは気の済むまでいただくに決まっているよ。いっこいっこがけっこう小さかったし、さくさくしたのとかもちもちしたのとか色々あって非常にうまかった!昴君、ありがとう。大満足のお昼ご飯だったよ」


 ちょっと苦しいけど。

 そう言えば、昴君はくすくすと笑いながらどこかで休憩する?と提案してくれたけれど、私は首を振った。


「しばらく歩けば消化される。せっかくだからそこの通り歩いていこうよ」

「地元民には定番コースだよね、ここ」

「そうだねえ。たいがいショッピングモールの所まで歩いて向かうよね」

「調べたらちょうどいい時間に上映する映画あるんだよ。せっかくだから観ない?」


 ここの通りは、割とここらへんに住んでいるひとたちからすれば有名な場所で、色々な雑貨屋だったり飲食店だったり洋服屋だったりが並んでいる。それを抜けた先にあるゴールが、巨大なショッピングモールなのだ。その中には映画館もあって、休日は学生以外も訪れる事が多い。

 映画か。そういえば最近観ていないな。


「どんな内容?」

「えーとね……確かコメディだったかなあ」


 話しながら歩いていると、前方からすれ違う人とぶつかりそうになる。おっと危ない。思った時には、もう昴君に肩を抱かれていた。

 かばうように引き寄せられて、私はそんな風にあつかわれるのは慣れていなくて、慌ててしまう。


「大丈夫?はぐれちゃうといけないね」


 お店を出た時は離されていた手を、昴君はそう言って再度握ってくる。自然な成り行きといえば、そうなのかもしれないけれど。


「……」

「? 千絵子さん」


 どきどきしているのは、私だけなのかな。

 そう思うと、少しだけ哀しくなるのは、なぜなのだろう。


「千絵子」

「! え、あ、なに?」

「映画。あんまりのんびりしていると始まっちゃうから、いこっか」

「……うん」


 微笑む昴君に、私も笑みを返す。2人並んで、仲良く通りを歩く。

 私たちはきっと、外からみれば恋人にみえるのだろうな。ん?いや、わからないか。兄妹に見えるかも。でも兄妹って手を繋ぐものかな。仲良しならば繋ぐかも……わからないな。

 いや、まあいい。そこは、あまり深く考えないようにして。

 もしも。私たちが、なんの問題もない恋人たちに見えたとしたら。好き合っている仲の良い男女に見えるのならば。

 こんないびつな事はないよね、昴君。

 珍しく皮肉っぽい思考を浮かべながら、私は傍観者のように彼の隣を歩いていた。


 映画は、ラブコメっぽいものだった。高校生の2人が、出会って、少しの山やら谷やらがあって、両想いになっていくまでのお話。

 主役の女の子がなんともいえずにクールで、冷静すぎるその思考に苦笑する。あそこまで割り切って自身や相手を分析できたなら、どんなに楽だろうか。けれども相手役の男の子は大変そうだ。あそこまで隙がない彼女を、しかし最後は溺愛という名の力技で押しきってしまった。

 放課後の人が行き交う校門でのキスシーン。きっと付き合っている男女で観に来た人々は、それぞれの想いをこの映画に投影させてながめているに違いない。

 楽しかった映画が、その瞬間つまらないものに思えて、私は多少冷めた目でスクリーンをながめる。

 しかし、次の瞬間、突如見えなくなった画面に声を上げそうになった。なんということはない。視界を塞がれたのだ。

 眼前にあらわれたのは昴君の綺麗な顔。触れた柔らかいものは、彼の唇。


「……なぜ」


 キスをされた理由がわからなくて問うてみる。

 無言で体勢を戻した昴君の顔は、暗闇ではっきりとはわからなかったけれど、笑っているようだった。


「けっこう面白かったね」

「そうだね。……あの、昴君、さすがに映画代は私が」

「いいよ!本当は千絵子さんの分も払うつもりだったのに」


 外に出て、発した私の第一声に昴君は唇を尖らせる。

 結局、お昼代を出してもらってしまったので、私はせめて映画代を2人分払いたいと申し出たのだけれど、却下されてしまった。

 なんとか食い下がって自分のぶんは払えたのだけれど、どっちにしろ昴君にお金を使わせてしまったのには変わりない。


「僕が誘った初デートだよ?費用を出すのは当然じゃないか」

「それは違う。断らなかったのは私なんだから。なにより今日一日楽しかった。ならば私だって同じ程度の負担をおってしかるべきだ」


 私が睨みつけるようにそう言うと、昴君は頑固だなあ、と呆れる。


「わかった。じゃあ、晩ごはんは千絵子さんがごちそうして?」

「おお、いいとも」

「ただし、手作りのね」

「! それじゃいつもとかわらない」

「いいのー。大体、いつも千絵子さんがごはん作ってくれてるじゃない。そのお礼だと思ってよ。異論は聞かない。さ、行こう」

「昴君」

「行こう?」


 微笑む彼の顔を睨みつけても、無駄だとわかった。頑固だと先程言われたが、それは彼もいっしょだ。

 なんとなく。

 なんとなくだけれど、今日はこれ以上いっしょにいたくないと思った。家で2人きりだなんて、なおさら。でも、そんなこと、いま彼に言えるはずがない。私は、晩ごはんをごちそうするとつい数秒前に口にしたのだから。

 ため息を吐いて、昴君の手を取る。

 満足そうに笑う彼の顔を視界に留めれば、私は負けた気分がして悔しかった。


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