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第1話

こちらだけ読まれていた方は、お久しぶりでございます。お待たせ致しました。楽しんでいただけましたら幸いです。

「好きです、付き合ってください」


 お決まりの文句を言われ、はあ、と短く反射で声を発した。

 どうしたものだろうか。目の前の光景は実に信じ難い。というよりも、信じなくて良い。と、誰かが告げている。いや、私の頭には特に何も住んではいないが、いわゆるあれだ、自分会議というか。そのようなものだ。

 昼休みに呼び出され赴いたのは人気のない校舎裏。ここまでくれば大抵の人間はどんな用向きか察しはつくのだが、目の前の人間を前にして、それはありえないだろう、と結論を下した。

 それは私自身が異性に好意を示された事が皆無であるからだとか、容姿、人格共にごくごく一般的かそれより多少下ではないかと自負しているからであるとか、高校2年生にもなって発した言葉の意味を正しく理解していないほど純情であるとか、そういった私自身の問題で結論を下したわけではないとどうかご理解いただきたい。

 緊張した面持ちで私を見つめる彼、在籍クラスはどこか忘れたけれど、同学年の佐藤(さとう)(すばる)君。

 接点は恐らくほとんどないだろう。同じクラスになったこともなければ、何かの係で同席した覚えもない。どういうきっかけで私を知ったか。そういった細かい事はひとまず置いておこう。

 何故、私が彼を知っているか。

 それは、彼が学校内の有名人であるからだ。


「……じゃあ、帰りはいっしょにかえろう」

「へっ」


 頭の中で色々と整理していたらば、目の前の彼が満面の笑みでそんなことを発言してきた。

 おや、どうしたことだろう。なんだか彼がひどく輝いて見える。頬を染め瞳を潤ませ、まるで乙女のようにはにかんでいる。この瞬間を写真に収めたならば、男女問わず買ってくれそうだ。佐藤ブロマイド、一枚いくらだろうか。儲かるだろうか。


「それじゃあ、またあとでね!」


 嬉しそうに手を振って去って行く彼に慌てて声をかけようとしたが、驚きのが勝って、これは最初の返答で男女交際を承諾したととられているなとわかってはいたのだが、私はそれほど真剣に呼び止める事をしなかった。そもそも、彼も本気なわけではないのだから、誤解をといてあげようと親切心を発揮してやる気にもあまりなれなかった。

 だって彼は、男性しか愛せない人間であるはずなのだから。


 ふうむ、と顎に手をやりながら私は校舎へと戻る。あまりぼんやりしていると、昼食を喰いっぱぐれる可能性がある。正直、空腹をほっておいてまで挑むべき疑問ではない。

 図書室へと戻れば、すでに弁当を広げている友人が興味があるのか、戻って来た私に話しかけてきた。


「佐藤君、なんだって?」


 当然くるであろう質問に、私は困った顔でお弁当を広げつつ、首を傾げた。


「うーん……わかんない」


 期待はずれな私の答えが不満だったらしく、ぴくり、と片眉を上げ、ふうん、と声をあげる友人に、付き合ってくださいとは言われたんだけど、と正直に話した。すると友人はよほど驚いたのか、口をあんぐりと開けて固まった。なんとも珍しい姿である。

 数秒待ってもそのままなので、食欲旺盛な私は友人の弁当箱にあるウインナーへ手をつけた。律儀にタコ型になっているそれを見て、友人の母はちょっとした所で芸が細かいな、と感心する。全体的に女の子のお弁当といった風情でとても可愛らしい。自作している私の今日の内容はのり弁当だ。弁当屋に並んでいたら美味しそうにうつるだろうが、女子高生のそれとしては少々彩りが少ないかもしれない。

 戦利品を口に含んで咀嚼した所で、やっと我に返った友人は私を無言で睨みつけると一気に冷気をあびせてきたがさもありなん。絶対そうだとは言わないが、所詮この世は弱肉強食、と断言してしまった人もいたではないか。

 とはいえ好奇心が勝ってやらかしてしまった悪戯。さらに怒らせたくはない相手を怒らせてしまったのは事実。私が無言で卵焼きをさしだせば、友人はころりと機嫌を直した。


「……でも、それってありえないでしょ?」

 

 まだおかずが入った状態のまま喋るのは少々行儀が悪いが、話の流れを切ってまで今それを指摘する必要性を感じなかったので私は心に留め素直に頷いた。


「まあね」

千絵子(ちえこ)はなんて返事したの」

「そこ」


 友人の質問に、私はか、と目を開く。

 そう、つまりはそれが問題だ。先程たいした問題じゃないと一蹴したがそこはそれ。空腹の前には瑣末な事柄であったがもりもりと腹を満たしていけば冷静な思考も戻るというものだ。相手が本気でないにせよ、承諾してしまった以上面倒な方向へ転がる可能性は高い。

 難しい顔をして弁当を貪りつつ説明すれば、なるほど、と友人が頷いた。


「つまり、なんとなく声出したらそれがイエスという意味にとらえられた、と」

「そう、それ」

「変なところで抜けてるのよね、あんた」


 苦笑して私の頭をやんわり叩く友人の大人びた表情に一瞬見惚れながら、この友人はとても美人なのである、私はぼんやりと考える。

 とにかく、告白がまがいものであるのは間違いがない。だからそこを指摘すればいい。そうすれば私は解放されるはずだから。

 解放。はて、私は一体全体何にとらわれたというのだろうか。

 首を傾げながら物思いに耽る私は、とりあえず食べちゃえば、という友人の声に反応して食事を再開した。

 先程の友人との会話でわかるとおり、佐藤昴氏のそういった恋愛観は、実は学校中に知れ渡っている。なぜかといえば、ある日ある女子から告白をされた佐藤君が、にっこりと微笑んで「僕は男性しか愛せないからごめんね」というお断りの返事をしたのである。

 それから新たな噂が流れ、どうやら佐藤君は同じクラスの幼なじみである男にずっと懸想しているらしい、と知ってから、一部すきものの女子はそれに興奮を覚え、その他の人間も変に面白がって学校全体がそのふたりを応援する図が成立してしまっている。

 

「……あれ、てことは私は邪魔者になるのか?」


 昼食を終え歩く廊下で、腕を組みつつ眉間に皺を寄せる。

 学校全体の敵にも成り得てしまう状況に、私はちょっと心穏やかではない。ひょっとするとこれは思った以上に深刻なのだろうか。

 これはあくまでも仮定だが、たとえば、たとえば何か、私に声をかけねばならぬ事情があった。私ではなくても良かったのかもしれない。とにかく、異性に告白せねばならない窮地に佐藤君が立たされてしまったとしよう。そうして、告白された私が、「いいよ」と、誤解にせよそうやって返答してしまったという事実が今はある。当然、佐藤君はお付き合いをするしかない。みずから告白したのに、了承されて手の平を返すのはおかしな話だからだ。

 そもそも、断られる前提だったのかもしれない。全校生徒が噂を知っているのだから、断られると思うか、疑問を呈すだろうと予想するのが普通だ。ひょっとすると、想定外の結果に私以上に彼が狼狽しているかもしれない。 

 そこまで思い至って、なんとなく悪い事をしてしまったか、と気になった。

 いや、多分この場合、悪いのは佐藤君になるのだが、のっぴきならない事情があるのならば私はそれを聞くくらいの了見は持ち合わせている。気はそうそう短いほうでもないし、今現在私に想い人がいないのも一因だ。誤解されて困る相手がいなければ、焦る必要もない。

 ひょっとすると、好きな男性に何か言われたのかもしれない。へんな賭け事でもしたのかもしれない。あるいは。

 とにかく、現段階ではあれこれと思考を広げすぎても仕方がない。ある程度の想定をして準備をし、彼の話を聞こうではないか。

 教室に戻って席に着いた私は、そういった方向性で話を纏めていた。


野田(のだ)さん」


 放課後の教室にわざわざ迎えに来てくれたらしい佐藤君を見て、クラスメイトが不思議そうな顔をそれぞれ私に向けてくる。今まで接点など何もなかったのだからそれはそうだ。

 佐藤君は、とても可愛らしい顔立ちと茶髪の柔らかい猫っ毛から、どこかなにかの動物を連想させる。背はそれほど低くもないが、見た目通り性格もひとなつこい雰囲気があるからか、皆に愛でられている傾向がある。

 恐らく、彼が同性愛者であると公言しなければ、もっと頻繁に告白をされていただろうし、女性をちぎってはなげ、なんてことも出来ただろう。本人がそれを望むのかはわからないが。いや、男性だって、付き合いを了承するひとはたくさんいるかもしれない。

 そんなしょうもないことを考えつつ、名前を呼ばれ無言で彼の前まで歩いていくと、佐藤君は微笑みながら私の手を取った。 

 少し驚いて身体を強張らせると、目の前の佐藤君が表情を曇らせた。

 彼に動物のような尻尾が付いていたならば、きっとしょぼん、と萎れていたに違いない。泣き出しそうな顔をしつつ、弱弱しい声で私に問いかける。


「嫌だった……?」


 哀しそうなその声に、私は無言で首を振る。そもそも、強く拒絶する理由も見当たらない。別に私は彼を嫌いではないし、手を握るくらいで頬を染めるほど男性を意識してしまうわけでもない。

 それにしても、解せないのはこの行動だ。

 嫌々付き合っているのなら、こんなことするのだろうか。私の言動に一喜一憂するのだろうか。それとも、これもなにかの条件で、演技をしなければならない理由があるのだろうか。

 考えつつ辿り着いた昇降口で、靴を履き替える。つながれていた手が離れて安堵の息を吐き出したということは、なんだかんだ多少緊張していたということだろうか。心に余裕が出来た所で、私は口を開いた。


「佐藤君」

「なあに?」


 相変わらず微笑んだまま、靴を履き替えた私の手を再度取る佐藤君。こうやって異性に触るのは、彼は嫌ではないのだろうか。


「まずちょっと謝罪しておきたいんだけど。私はあなたとのお付き合いを了承したつもりはないの」

「え?」

「そもそも、佐藤君は私が女性だと知ってるはずでしょう?あなたは異性を恋愛対象として見れないんじゃないの?」


 無言で固まる佐藤君を前に、私はとりあえず頭の中であれこれ考えていたことを口にしてみる。


「私、佐藤君が言ったことにびっくりして思わず声あげちゃったんだけど、それを勘違いして了承の返事にとっちゃったんだよね?それは謝罪させて、ごめんなさい。ただ、何か事情があるんなら、聞くのはかまわない。罰ゲームとかで告白しなきゃいけなかったとかそういうのなら、今すぐこの場で終わらせよう。好きでもないのに付き合ったりするのは苦痛だろうし、佐藤君が好意を寄せてる人に色々と誤解されたら嫌でしょう?」


 伝えたいことをとりあえず伝えて、彼の反応を待つ。すると何かを思案しているように顎に手をやり黙り込んだ佐藤君は、しかし一分もかからないうちに顔を正面に戻した。真剣な表情で私をみつめる。


「わかった。本当は……何も言わないでおこうと思っていたんだけど、それは卑怯だよね、ごめん。覚悟して事情を全部話すよ」


 真剣な表情になった彼につられて、私はごくり、と唾を飲み込んだ。 

 

「でも、ここでは話せないから……場所を変えよう」


 頷きながら私は彼にひかれ歩き出す。しかし、やっぱり手は離さなくていいのかな。私は気になって訊ねると、そのままでいいんだ、と微笑んで答えられた。

 ひょっとして、事情とやらにこれの理由も含まれているのだろうか。少しうずく好奇心が、多少彼の言葉を急かすけれど、話してもらえることにかわりはないのだから、と無言で彼と帰り道を歩いていた。

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