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囚われしもの

作者: 如月皐月

幽霊屋敷、という物は比較的存在しやすい類のスポットだと思う。たとえば、君の町に人が住まなくなった洋館なんかがあったらそれだけで、幽霊屋敷という噂が立つのは時間の問題だろう。という訳で、僕の町にもしっかりと人が住まなくなった洋館があり、そこに幽霊が出るという噂も出来上がっていた。

そして、そんな洋館があれば僕、オカルト研究会所属の相田英一としては、行かざるを得ないわけだったのだ。



「さて……」

町外れの洋館、僕はその門の前に立っていた。今回はこの屋敷に出ると言われる幽霊の調査だった。いや、調査というのは少々語弊がある、調査なら一人でしない。我らが会長、篠崎美麗さまがオカルト研究会たるもの、夏休みに一度は本当にヤバそうなスポットに肝試しに行くべきだと主張し、全員にレポート提出まで課したのだ。

「町外れの廃墟には幽霊が出るという。それは可憐な少女の姿とも言われるが、とある人は恐ろしい姿を見たとも言われる」

もってきたメモに書いてあるだいたいの事前情報を確認する。僕はカバンにそれをしまうと、さっそくこの廃墟の中に入る事にした。


開かない門を乗り越え、手入れがされなくなって草木が暴れ回っている庭に入る。纏わりつく草を払いながら、庭を抜けると玄関の扉に着く。

僕は扉をがっちりと掴むと力を込めた。

「ふんっ…、ってうわぁっ!」

力をかける必要も無く、扉はすっと開いた。むしろ、こちらに押されたかのような気さえした。たいていの古い家は鍵がかかってたり、扉がうまく動かなかったりするんだけどなぁ。

不思議な事もあるな、と僕は首を傾げつつ廃墟に入っていった。

今思えば、この判断が重大な選択だったのだが、そこに気がつくのはこの時には不可能だったのだ。



廃墟をぐるりと一周する廊下を歩いてみた。少し汚れている窓から指す陽光が、僕が動くせいで舞う埃をきらきらと光らせていた。

僕はふと、その埃を見つめる。何かがおかしい、僕の少し前の埃の揺らめき方がおかしいのだ。

まるで、透明な人型がいるかのように落ちていく……?

(……!?)

思い出した、ここは幽霊屋敷なのだ。これはまさか幽霊なんじゃないか……。思わず足がすくむ、実物に近いものに出会ったのは初めてだった。僕はふるえる手でカバンからカメラを取り出すと撮影を試みた。

すると、その“何か”は動き始めた。まるで僕から逃げるように、いや、まるで僕を導くように。

曲がり角で止まり、距離は一定を保つ。何度か角を曲がったその先、行き止まりのその部屋、“何か”は扉を突き抜けた。

僕は迷わず扉をあけ――。


「ようこそ、好奇心旺盛なお客様」

部屋の奥の窓際に立つ女性の姿があった。美しい着物、その背まで伸びる長い黒髪、病的といえるほどに白い肌、唇だけが紅く染まっている、その姿は現代離れしているように見えた。


「どうしたの?私の事が聞きたいんじゃないの?」

漆黒の瞳に見つめられながら、僕は声も出せずに頷いた。すると彼女は薄く微笑み、僕を部屋の中心にある椅子に導く。すとん、と腰を下ろすと、彼女は机を挟んで反対に座る。

頬に手を当て、にこにこと笑いながらこちらを見る彼女の姿はどうにも幽霊には見えない。

「私の名前は九条志乃、幽霊よ」

僕がハッと顔を上げ彼女を見つめると、彼女、九条さんは変わらず微笑みを称えていた。

「幽霊、なんですか」「はい」

場に沈黙が流れる。と、急に九条さんは僕の手を取ると自らの胸へ引き寄せる。

「ちょっ…!?」

引き剥がそうとするが、彼女の力は強かった。僕の手が、彼女に触れ――なかった。僕の手は、見事胸元を突き抜けていた。

「どうです?……あ、残念でしたか……?」

彼女は変わらぬ笑みを浮かべながらそう言うと、僕の腕を押し返す。その途中、彼女の手は僕の腕をすり抜けた。

「触ろう、って私が強く意識しなければ触れないです」

目の前で繰り広げられる異常事態に僕は声を失っていた。彼女は手を戻した。

「私に何か、質問などはないのですか?」

そうして再び彼女は僕に聞いたのだ。


僕は彼女に多くの質問を投げかけた。すると彼女は微笑みながら、静かに答えてくれた。


生まれつき体が弱く、この屋敷からは出れなかった事、両親は優しく世話をしてくれたけど彼らが亡くなる時、生きていけないと悟った彼女も共に逝こうとした事……。

「まぁ、私は逝けませんでしたけど」

彼女はそう言って話を締めくくった。そう言う彼女の顔は、さっきと変わって悲しそうな微笑みを浮かべていた。

 

 部屋にかかっていた古そうな時計がボーンと、これまた古そうな音を出す。針を見ると、もう真下を指していた。

「すいません、僕はもう帰らせていただきますね」

 そう言って、立ち上がろうとすると足に力が入らなかった。思わず椅子に尻餅をつく。

「……、大丈夫ですか?手をお貸ししましょう」

 すいません、僕はそう言って差し出された手を握る。力を借りたせいもあってか、すんなり立ち上がることができた。

「今日はありがとうございました。あの……、また来てもいいでしょうか?」

 ここで永遠を生きるのは辛いだろ、せめて僕が暇つぶしにでもなれれば、そう思った。

「もちろん、いつでもいらっしゃってください」

 そう言って、嬉しそうに微笑んでくれた。



 私はどうして戸惑ってしまったのだろうか、彼が帰ってから思った。最後のチャンスだったのではなかったのか。彼が門から入ってくる前から入念に策を練った。最後の装置だった時計もきっちりと作動した。そして、拘束は成功したのに、何故彼を解放してしまったのか。

「きっと……、いい子だったせいね」

 久しぶりに来てくれた人間で、素直に着いてきて、話を聞くのも真剣だった。幽霊になった私にはどうにもその熱意はわからなかったけれど。

「まぁ、もう未練はない……、か」

どうせ明日までの命、死んだのに命なんておかしな話だ……。

さて、と私は窓のカーテンを閉め、ベッドに向かう。彼のおかげで最後の眠りは、とても安らかになりそうだった。


僕は家に戻ると、靴も揃えずに居間に向かった。そこではいつも通り、母親がせんべいをかじりながらテレビに興じていた。

「母さん母さん!!」

「なんだよ、うるさい息子だなぁ」

そう言って、めんどくさそうに顔をこちらに向けた。

「そんな事より、俺、幽霊を見たんだよ!」

「そう」

僕の話をひと通り聞いた俺はまた顔をテレビに戻す。あまりにも反応が薄くて寂しいが、別にこれは信じていないわけではないというのを知っている僕は別に悲しくはなかった、うん。

こんな母さんの職業はカウンセラー、と言えば聞こえはいいが実際はちょっと胡散臭い。何と言ってもこの人の専門は幽霊関連、つまり憑かれただのどうのこうのを取り扱っているのだ。その中には実際に憑かれたのもいるのよ、なんて話を聞いて履いたけれど、僕は半信半疑だった。

(それが僕があんな研究会に入ったきっかけだったけれど)

それも悪い選択じゃなかったと今日、わかった。

「それで、見たんだったっけ?」

一段落したのか、テレビから目を離し、母さんがこちらを向いた。

「あ、うん。そうなんだよ」

「どこで」

さっきとは違って、母さんは真剣な目だった。

一応真面目に聞いてくれるようだった。

「ほら、知ってるでしょ。あの町外れの洋館」

しばらく考えている様子だったが、ああ、と納得したようだった。

そう言って、ボーッと僕の身体を見ると、戸棚に向かった。

そこから何やらお札のようなものを取り出すと、僕に放り投げる。

「それ、持っときな」

そう言うと、またテレビに向かってしまった。

「ったく、面倒なことを引きこんでくる子だ。それに、束縛の呪法までかけられるなんて息子として情けない子だね」

母さんが何やら言っているようだったが、僕にはよくわからなかった。

その後は、それについての会話もなく、僕は眠りについた。


あの洋館が次の日に取り壊されていたのを知ったのは3日後の事だった。


「……」

僕は独り、洋館の前で立っていた。

あの人はどうして知らせていくれなかったのだろうか。知らせても無駄だったから……、かも知れない。知っていたところで、僕に一体何ができたのか。何もできなかったに違いない。地縛霊だった彼女は何処へ往ってしまうのだろう。

僕はため息をつく。そして、持っていた小さな花を一つ手向けた。

(僕にはこれくらいしかできませんけど……)

心のなかでそうつぶやき、黙祷を捧げる。これで、少しでも安らかに天国に行ってくれれば、と思った。


帰り道、僕の身体を夏にしては冷たい風が一つ撫でていった。


「ただいまー」

どうにもテンションが戻らない、こういう時はさっさと寝るのがいい。僕はそう思い、二回の部屋に行くために居間の近くにある階段を登ろうとした。

「……、ありがとうございました。あの呪符がなかったら、危うく消えてしまうところでした」

「いいのよ。あいつにはこのくらいしかできないんだから。あなたの思いが満ちるまでいつまででもここに居るといいわ」

居間の中から母さんと、どこか懐かしい声が聞こえた。

なるほど、そういう事だったのか。僕は中にいる人のことを想像し、努めて冷静に、扉を開けることにしたのだった。

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