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義兄妹  作者: 空と色
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「御影!御影、助けて!鰻が俺をぼこぼこにしようとするんだ!」そう言って私に抱きついてきたこともあった。それは夢だから大丈夫だと兄をたしなめた事もあった。兄は、触れ合う事が大好きで、最初こそ戸惑うもののもうずいぶんと馴れた。

一瞬でもこの兄を愛しいと感じてしまった自分の心に蓋をした。兄は兄らしいところもたくさんあるが、兄らしくない一面も見せる。そのギャップに何度翻弄されたことか。

数えたって仕方ない。とにかく二十歳を迎えた私には新しい彼氏ができたのだから……。

一人暮らしも始めるし、これ以上あの兄と一緒にいるのは無理だと判断したのだ。

「御影いなくなったら寂しくなっちゃうよ。」大袈裟だと思うほど本当に寂しそうな顔でそんなことを言われ、私はちょっと笑うと「会えないわけじゃないんだし。」とだけ言ってその家を去った。

私の彼氏はどことなく兄に似ていた。

でも、全く兄と違っていた。彼には、兄が持っているような鋭い雰囲気もなければ、時折見せる射ぬくような視線もなく、ただただ優しい人だった。

それでしばらくは幸せだった。―――兄が私に会いにくるまでは。

ある日唐突に兄から連絡が入り、私に会いにくると言った。実家から私の家までは距離がある。兄の仕事の休みは毎週日曜日のみ。私の仕事の休みは毎週土曜日のみ。これまですれ違ってきたので会うなんて話題は出なかった。

……それなのに兄は突然会いに来ると言ったのだ。自分の仕事を一日休んでまでこちらに来るという。拒絶はしなかったが、戸惑った。別に誰とも予定が入っていたわけではないが、今会ってはいけないような気もしていた。

一緒に住んでいた頃はまだ兄としての感覚をつかめていた。でも離れた今となっては兄は一人の“異性”でしかない。それでも会うと決めたのには、どことなく大丈夫だという気持ちもあったからに他ならない。

私には、彼氏がいる。今さら兄と会っても揺らがないさ、多分……と、このように不確かな気持ちのまま最寄りの駅で待ち合わせた。見慣れていたはずの兄の細い体つきが遠目に見えたとき、思わず私は彼に背を向けた。そして、近くの柱に寄り掛かるとケータイで時刻を確認した。

―――少し来るには早い。

私も兄も時間はきっちり守る性格だからだろうか。そんなことを考えていると耳元で甘いような、凄く低いのに心地よい声が聞こえて私は思わず「ひゃっ!!」と言って耳に手をあてようとした。

驚いたまま私より身長が12センチも高い彼を見上げると、少しばかり見覚えがあると思った。兄の身長は、私の彼氏と全く同じなのだ……と、瞬間的に思った。

兄は満足気に微笑むと、次の私の反応を待っていた。そんな私の口をついて出てきた言葉は、「……ずるい……。」とただその一言だけだった。

兄は、私が兄の声が好きな事を知っている。本人は、自分の声が嫌いだったらしいが、私はそんな彼のセクシーな声が好きだった。いや、今も、好きである。彼氏のよく通る低いのに低すぎない青年的な声も好きだが、兄の声には毎回一度くらいはドキリとさせられる。

兄は声をたてて笑うと、仏頂面になってちょっとむくれた私に「ごめん、ごめん。」と言ってたいして謝る気持ちもないように謝った。私は、むくれたままだった。

「ごめんよ、御影。」

不意にさっきとは違う声で謝られ、抱き締められたので困惑したが、すぐに正気を取り戻すと、兄の背中に軽く触れるように触ると、「許す、から……離れて?ここ、駅だよ。いろんな人に見られるよ?」と言って兄の背中をポンポンと2、3回軽く叩いた。

兄は「そんなん知らないよ。見せ付けてやれば良い。」と呟いて離れる気配は見せなかった。

……やれやれ、困った人だ。私はそのまま身動ぎせずに、「どこか、行きたいところとかある?」と聞いた。兄は、私からようやく離れると、「御影の家?」と何故か疑問形で答えた。

私が「……まぁいいけど。」と答えると、兄は嬉しそうに微笑んだ。この人、本当に私より12歳も歳上なのだろうか?と、そう思ってしまった。12歳差に12センチ差……もしかして、12って数字が私は好きなんだろうか?そんなことをうすぼんやり考えていたら兄に手をつかまれ、引き止められた。

「これ何?」

それは、私の家へ向かう途中に存在する動物園の周りを囲んでいる黒いフェンスだった。

「……動物園のフェンス?」何気なくそう答えると、兄は、「へぇ、動物園なんてあったんだ。」と言って歩きだした。

確かにここは、何もない田舎なわりには動物園だけが存在する。意味もなく、動物園だけが。

道路の長い坂道を何故か手をつないだままゆっくりとのぼる。車が時折通り過ぎる程度で通行人もめったにいなければ、自転車が通る数も少ない。そうやって坂を登りきり、家についたとき、少し上がった息のまま「いい運動になるね。」と言った。繋がれた手は、かすかに汗ばんでいた。

「お兄ちゃん、手、離してくれないかな?鍵、開けられない……。」ようやく私が言いだすと、兄は少し驚いて気付かなかったとばかりに私の手を離した。

離されて下にぶらさがり、揺れた手が、瞬時に冷えて冷たく感じたのは、きっと気のせいだったと思いたい。

家に招き入れて手を洗って……それらの極当たり前の行動を済ませると、「お茶、用意するね。待ってて。」と言って準備をした。

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