第五話 異世界の結婚は相手をよく見極めてから
広場に後から後から集まってきた街の人々が、次々とウィッグをキャンプファイアーに放り込んでいく。それが済むと、火を囲んでちょっとしたダンス大会になった。これがしばらく続いてから、祭典は終了ということらしい。
花嫁探しのイベントも、それまでは続く。
私とジェイドは、屋台のそばで微妙な距離を開けて立ち、目を合わさずに、踊る炎を眺めていた。
「…昨日、助けてくれた時」
ジェイドが、ためらいがちに口を開いた。
緑灰色の、少し癖のあるミディアムヘア。私の世界にはない髪色なのに、金髪よりもしっくりくるのが不思議。
「成人なのかって聞いたら、ミモレットは『二十過ぎてる』って答えたよね。この国の法律では、飲酒は二十二からなんだ。…まあ、その時は、『二十過ぎてるから大目に見て』って意味かと思ったんだけど」
ああ~くっそ! そうだよ、日本の常識で考えちゃダメだって!
内心地団太を踏みつつ、私は黙って彼の話を聞く。
ジェイドは申し訳なさそうに、
「そのあと、夜に花嫁探しに付き合ってもらった時…君、祭典のプログラム、逆さに持って読んでたよね…」
がびーん! しまった! 眠さのあまり無意識に!
「さすがにそれで、変だなって思った。…そのあと、本店のソファでミモレットが眠ってたんで、俺…そっと近づいて…」
何よ!? 寝てる私に何したの!?
「近くでよくよく顔を見たら、まつ毛が黒かった」
「げふっごほっ」
頭の中で、白旗が翻る。…参りました。
常識の違う異世界で逃げ切れると思うなんて、考えが甘かった。
私はため息をついて言った。
「…良かったじゃない、あんなに花嫁見つけたがってたんだし。これで賞金もらえるよ。領主のところに連れていけば?」
「そうじゃない」
ジェイドは、ふてくされる私の方に向き直った。
「召喚、街の人は当たり前みたいに喜んでたけど…いきなり違う世界に勝手に呼ぶなんて、俺はあんまりだと思う。しかも結婚って…。だから、俺が一番最初に見つけて、不安だろうから色々説明して守ってあげたかったんだ。匿ってもいいと思ってた」
顔を上げたら、視線が合った。まっすぐに見つめられている。
なによ…いい奴じゃん。お金のためじゃなかったんだ。
やっぱり、真面目だなぁ。
「それに…」
ふっ、と目をそらして下を向くジェイド。ん? 顔がちょっと赤い?
「もし…もしも万が一、その女性がこちらの世界を受け入れて、結婚を望むなら…自分の花嫁くらい、自分で見つけたかったし…」
え? 今なんて?
そこへ、別の声が割り込んだ。
「そろそろ時間だよ、ジェイド!」
わあ、ロザラインおばさん登場!
髪の毛が蛍光グリーンのパンチパーマだ、色々と期待を裏切らないお方。
「はい」
ジェイドが応え、私を見て言った。
「おばさんたちと一緒にいて」
そして返事を待たず、ステージの方へ走って行った。
え、これ以上何が起こるの?
ステージ周辺が賑やかになり、ジェイドが例のポイマイクを持って壇上に上がるのが見えた。そして、彼の声が…。
『レイフェールの街のみなさん、初めまして。このたび領主に着任した、ジェイド・レビウスです』
「えっ!? ジェイドが新しい領主!?」
声を上げたのは私じゃなくて、屋台から顔を突き出したマテオです。私はただ絶句してただけなので。
「ちょ、ミモレット知ってた!?」
あんたらが知らないのに私が知るわけないだろー!!
ステージ上ではジェイドのあいさつが続いている。
『ずっと留学でこの地を離れておりましたが、このたび病気の伯父のあとを継ぐことになり、故郷に戻って来ました。今現在のこの街のことを知りたくて、祭典期間中は皆さんと一緒に働かせていただいておりました』
アナイスがくすくす笑う。
「私は知ってたんだ、実は。それにロザラインおばさんも」
「そうなの!?」
「祭典の何日か前に、飛び込みでおばさんの店に来たの。前領主の急病でいきなり領主に着任したけど、外国で勉強ばかりしてたから、社会勉強のためにこっそりこの街で働いてみたいって」
やっぱりジェイドって真面目だ。私は微笑んだ。
きっと彼なら、私のことも悪いようにはしないだろう。たった二日、一緒に働いただけだけど、そう確信が持てた。
「ま、そういうわけで、ジェイドは今日で店辞めちゃうからさ。ミモレット、その分もよろしく頼むよ!」
バンとおばさんに背中を叩かれて、たたらを踏む。うへえ。
ステージでは、ジェイドが司会のお姉さんにインタビューされている。
『花嫁が未だに発見されていないようですが?』
『ええ…そうですね、本当に召喚されたんですかねぇ、ハハハ』
誤魔化そうとしてか、セリフ棒読みで無理矢理笑ってる。大根だなぁ。
「…もし、花嫁が自分から領主のところに行ったら、賞金ってどうなるのかな」
ジェイドを見つめたまま尋ねると、アナイスが答えてくれた。
「そりゃあ、誰にも支払われないんじゃない?」
「そっか。私をネタに誰かが儲けるわけじゃないなら、ちょっと安心した」
私は言うと、スタスタとステージに近寄って行って、勝手に壇上に上った。
「み、ミモレット」
あわてるジェイドの横に立ち、私は帽子を脱いだ。黒髪がこぼれおちる。観衆がどよめく。ちょっといい気分。
「貸してよ」
私はジェイドからポイマイクを奪い取ると、ぺこりと頭を下げてから笑顔でこう言った。
『昨日、召喚されました、羽田野 ちづ――チヅ・ハタノです。私も、立派な新領主さまにならって、こちらの世界を知るためにしばらくこの街で働かせていただきたいと思います。どうぞよろしく』
どっと歓声がわき、広場はやんややんやの大騒ぎになった。こう言っとけば、誰も結婚をいますぐには強制しないでしょ。
「え、えと、ミモレット、働くって? その…結婚はどうするかとかは」
ジェイドがどもりどもり話しかけてくるのを、すっぱりと遮る。
「ちづ」
「あ、ち…チーズ?」
それ私の小学校時代のあだ名だよ。だからミモレットチーズから名前を取ったんだよ。パルメザンとかゴーダより響きが可愛かったからさ。
「ち・づ。…なんで今すぐ結婚するかどうか決めなきゃいけないのよ。仕事も見つかったことだし、とりあえず私、この街で住む場所見つけようっと」
「えっ、あの…領主館に住んだら」
「結構です。あなたの家に住んで、事実婚になったら困りますので。ああ、でも後で話は聞かせてもらいますから、召喚について詳しく教えて下さいね、領主さま」
日本に帰れるのか調べないと。それに、この人のことも、もっと…知らないとね。
うろたえるジェイドに、私は微笑みかけた。
閉会式が終わり、私はひとまず本店でシャワーを借りて、肌の色を落とした。
本当の姿に戻った私を見たジェイドは、いきなり顔を真っ赤にして、目を回してぶっ倒れてしまった。どういう反応?
なぜか周りの人々はヒューヒュー言ってたけど、あらら、慣れない仕事と必死の花嫁探しを同時進行してテンパってたみたいだから、疲れたんでしょ。いきなり領主になれって言われて故郷に連れ戻されたそうだし、私の状況と似てると言えなくもない。
それにしても、異世界に来て気絶って、私のやることじゃないのかね? つくづく、私のフラグを横取りする奴だ。
その後、ロザラインおばさんやアナイス、マテオたちに聞いた話によると。
召喚というのは神のみ業らしいよ…がっくし。教会みたいな場所があって、そこに新しい領主が着任の報告に訪れると、領主が独身だった場合だけ、その年の祭典で勝手に召喚が起こるんだって。
祭典の初日、花嫁の姿が教会の大きな鏡に浮かび上がるんだそうだ。担当者(?)が鏡をすかさず写真撮影して、大急ぎで作ったのが、あの半目ポスターだってさ。
過去にも数人が召喚されてるんだけど、元の世界に帰った人もいるし(何か条件があるらしいけど)、行き来した人もいるという言い伝えがあるんだとか。
そして、この祭典で行われた数々の不思議な風習については。
初代領主と結婚した異世界人が金髪だったんで、それを記念して期間中はみんな金髪のウィッグを被るんだとか。
どういうわけか毎度毎度、召喚された女性を最初に発見するのが領主で、賞金は過去一度も支払われたことがない(キャリーオーバー発生中)とか。
それがまるで二人を引き合わせているかのようだということで、『恋人同士で花嫁探しをするとその二人は幸せになる』というジンクスまであるとか。
まあ…そういうことだそうです。
そんな『幸運の女神』状態の私がいる『ロザラインの店』は、祭典以来大繁盛。
ジェイドも毎日のように通ってくる。
「チヅ…俺、領主やっぱり向いてないかも…。ど、どうかっ、俺のそばで手伝ってくれませんかっ!」
「はいはい、弱気にならないの。今日は何食べる?」
やれやれ、これじゃあしばらく辞められないじゃないの。おばさん、私の後任、ちゃんと探しておいてよね。
私が日本に帰るんで辞めるのか、領主の花嫁になるんで辞めるのかは、別にして…ね。
【第一章 金色フェスティバル 完】